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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、なんとなく記憶があったような気がする。
43/108

◆43

 コンピュータウィルス『バグ・ワープ』に感染してしまったレジスタンスの独自ネットワークRe:WORLDシステムの物理的管理人であるガン。その原因は楽園ヘヴンのシステムであるHEAVEN:NetworKからの遠隔操作だった!

 自分たちのネットワークを元通りにするため。困っている友人を助けるため、イアンとレーラは物理的に楽園ヘヴンのシステムサーバーへとハッキングしようとしていた。


 そのシステムサーバーへの侵入経路はデータ・スクラップ・エリアを介して行くこと以外の方法はない。そこを利用して、こちらへとコンピュータウィルスを送り込んだ個体製造番号『i712571587174546』を割り出して、ウィルスの『親』を倒すのである。


 イアンは行く気満々ではあるが、レーラはどこか不安そう。それもそうだ。こちらは向こうのシステムにとっては異物であるのだから。下手すれば、コンピュータウィルスと間違えられないだろうか。なんて愁色を見せている彼女をよそに、HEAVEN:NetworKのシステムサーバーへと行く準備を着々と進めていた。


 ガン曰く、移動方法として『アクセス・ライダー』というものの方が一番いい方法らしい。一瞬でアクセスできる方法があるらしいのだが、あちらのシステムサーバーの方がセキュリティは厳しいはずだ。絶対に跳ね返されるとして、そうなりにくいアクセス・ライダーを推奨するのだった。


「アクセス・ライダーは私たちプログラムの意思で自由に行き来に使えるからね。そちらの方が、セキュリティガーディアンからも逃げられるだろう」


 そうガンが言うと、白い床から青色の光の筋が走るバイクのような形をした物が出てきた。これがアクセス・ライダーである。車輪の上にはいつもの青色の光のラインがあるようだ。そこを見て、イアンはなんとなく「この青色のラインの上を走るの?」と口にした。その質問に「そうだよ」と少しだけ驚いた様子を見せていた。


「よくわかったね」


 どこか感嘆を上げるガンにレーラも目を皿にしているようだ。


 一方で何となく答えただけなのに、当てたことでびっくりされたことに「え」と声を漏らす。結局は「なんとなく」。されど「なんとなく」。これはただの憶測にしか過ぎないというのに、驚かれたことが一番の驚きだ。だが、そのことを口にしたとて、何も得る物はないだろう。意味はないだろう。それだから、イアンは小さく声を出しただけで、何も言うことはなかった。そちらよりも、コンピュータウィルスをどうにかしなければならないからだ。


「行こう。このラインが行先を示しているんだよな?」


「う、うん。それじゃあ、二人とも頼んだよ。できたら、ワクチンプログラムもあるなら入手してくれたらありがたいな」


「わかったよ。行こう、イアン」


 運転席にイアン、後ろにレーラがアクセス・ライダーに乗り込み、エンジン音を吹かせて青色の光のライン上を走り出した。Re:WORLDシステムから一変して、地平線が見えるようなただ広い場所。ぽつんと見えては通り過ぎる廃墟と化した白い町並み、左右前後上下に走っている青色の光。


 何もないようなこの世界を自分たちだけで走っていることに優越感を覚えたイアンは「何だか気持ちがいいな」と発言する。


「ここに誰もいないんだぜ? すごいよな」


「そうだね。私としては、遠くに見える廃墟の町が気になるなぁ」


「うーん、もう使われていないシステムか何かとか?」


「それなら、データ・スクラップ・エリアに行くんじゃ? それとも放置されるのは当たり前なの?」


「わかんないなぁ」


 詳しくないならば、あの勘で答えたことはどうなるのだろうか。憶測に答えたとしても、事前知識というものがなければ何も言えないはずだろうに。そもそも、光のラインが何であるか自分たちは知らなかったはずなのに。疑問点がないほどの違和感のなさだったのに。あれが道であるとガンは説明していなかったのに。


 言いたいことが言えないレーラはだんまりとした様子で怪訝そうにしていた。最初から訳のわからない人物であったイアンは、ますます意味不明な人間として見えているようで仕方がないのである。


 本当に信用してもいいものか。一応はレジスタンスの仲間として接しているが、心のどこかで壁を作っている自分がいる。いや、それは何もイアンだけではない。他の誰でもである。人の『死』の未来が視えて予知の力。いつ、どこで誰が死ぬなんて詳しいことはわからないが、「誰かが死ぬ」ということだけを知ることができる。誰かの顔を見たとき、その死相がはっきりと視えてしまえば、その人の『死』は近い。ぼんやりだと遠い。


 そのことで一番不可解なのが、イアンの『死』である。誰にでも視えている『死』の未来。彼にはそれがない。それがないというのはおかしな話。人間はいつしか死ぬというのに。死なない人間なんていない。ありえない。ありえない。ありえないのだ。断じてありえない。


――それがわらないから、恐れているし、怖いと思う。だから、イアンが嫌い。


 以前、このコンピュータの世界でイアンに言ってしまった言葉を思い出す。あの言葉を覚えているのだろうか。覚えているならば、こうして柔らかい笑顔を見せたりはしない、か。それとも、あえてそういう風に見せているだけなのだろうか。偽りの笑顔を見せて、自分を知らない誰かと重ねて――ああ、気味の悪い人間だ。


 グーダンやオクレズ、タツは時間の経過と共に信頼感を寄せ始めている。こちらもそれに応えるようにしてあげないといけないのに。


「…………」


 レーラが虚空を見つめていると、イアンが「レーラ?」とどこか不思議がっている様子。おそらくはいくら話をかけても反応のない自分が気になったのか。それに一応は反応を見せた。


「何?」


「ぼーってしているからどうしたのかなって」


「別にどうもしていないよ。気にしないで」


「そう?」


 気にするな、と言われても気にするのだが、そうこうしている内にHEAVEN:NetworKシステムサーバー前へと辿り着いた。光の道は中の方まで続いているのだが、そこで降りた方がいい。そんな直感がイアンの脳裏に浮かび上がる。ここからは歩きで行こう。この考えにレーラも賛成だった。


「どうやって侵入する?」


「うーん……」


 二人の目の前にあるのは楽園ヘヴンのシステムサーバーではあるが、見た目は大きな城壁門のようだ。真正面から入れば、セキュリティ的にアウトだろう。元より、ハッキングというのは物理的にどのような位置になるのだろうか。やはり侵入か。


 侵入となると、この高い壁を上らなければならない。だが、この壁は普通に触れてもいい物なのかと言われると、閉口する。わからないのだ。わからないから、やってみる。だからこそ、イアンは自身のプログラムに組み込んでいる武器を取り出した。自分の周りをたくさんの刃が囲った三つのサークルの内、一つ――一つのシージュを壁に向けてぶつけてみた。


 意外にも簡単に壊れて崩れ落ちる壁。これには二人は驚いた。まさか壊れるとは思わなかったのだから。これは――中に入ってもいいの?


 互いに顔を見合わせると、入ってみるしかないと頷き合う。そっと、壊れた壁の穴から顔だけを覗かせて、中を見てみた。そこは現実に存在する町並みにそっくりではあっても、真っ白だった。しかし、Re:WORLDシステムで見た、ここのシステム前でも見た青色の光の道はなかったのである。


「ここが、楽園ヘヴンのシステムサーバーか」


 ただの町にしか見えない。それでも、二人は目的である個体製造番号『i712571587174546』を探すため、システムの町の中を探し回るのだった。

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