◆40
レジスタンスの拠点内にある地下の訓練場ではタツがオクレズに稽古をつけてもらっていた。今、彼らがしているのは木の棒を武器と見立てた攻防戦だった。
「そうそう、こっちの方も見て」
「そりゃっ!」
オクレズのアドバイス通りに、手に持つ木の棒を当てていくタツ。だが、あまりの勢いつけて叩きつけたせいか、所持していた木の棒が折れて――。
痛そうな音と共にタツの額に折れた木の棒が当たる。それに一人悶絶する彼にオクレズは「運がなかったな」と笑いを堪えたような顔を見せていた。
「大丈夫か?」
「いってぇ……なんだよ、今日は。俺もレーラ姉も運なさ過ぎ」
そう嘆くタツにオクレズはそうなのか、とあごに手を当てて感嘆を上げた。タツ曰く、彼とレーラは運がないらしい。
「それだったら、占いか何かで回避方法を知るべきだったな」
「なんだっけ? レーラ姉、確かエルダさんから占いセットをもらってた気がする。俺、見たことがありますもん」
少し前の話だった。偶然、拠点内でレーラたちが占いセットの受け渡しをしているところに見覚えがあったのである。
「ていうか、自分の運勢占って悪かったって言っていたような」
「エルダからもらったとなると、楽園式か。似たような占い方法なら俺も知っているぞ」
「そうなんですか?」
「簡単だ。お遊び用のカードでもできるぞ」
試しにやってみるか、と実際に占ってみることに。オクレズがする方法は簡単。カットとシャッフルしたカードから自身の名前の文字数だけ引き、並べる。並べたカードの一番真ん中のカードで今日の自分の運勢がわかるのだ。
オクレズが自分自身の運勢を占ってみると――。
『今日はとことんツいていないでしょう』
なぜだか最悪カードが出てしまった。他にもタツでしてみても結果は一緒。こればかりは少しおかしいなと思いつつも「まあ、気にするなよ」という慰めの言葉をかけるしかなかった。それもそうだ。たかが占い。されど占いだ。当たるも当たらぬも八卦。その運勢結果が絶対ではないのだから。
「それよりも稽古の続きでもしようか。ほら、木の棒が折れてしまっただろ?」
タツは新しい木の棒を携えて、先ほどオクレズからアドバイスしてもらった攻撃の仕方をやり始める。相手が武器をどの位置に持ってくるかを予測しつつ、ここぞとばかりに叩く。
「おっ、段々よくなってきているぞ」
タツは筋がいい方だ。こちらが子どもである彼にわかりやすく教えれば、吸収してくれる。将来が有望なレジスタンスとなってくれるだろう。
なんてタツの将来を見通しつつ、防御態勢に入るのだが――悲しいことに、受け止めた木の棒が折れて、彼が振りかざした得物が自分の脳天に直撃する。これがただの木の棒でよかった。真剣やフォーム・ウェポンだったらどうなっていたことだろう。辺りが血の海になるのは間違いなし。
打ちどころがあまりにもひどかったのか、オクレズは先ほどのタツのようにして一人屈み込んで悶絶し出していた。
「大丈夫ですか?」
「も、問題ない。少し考え事をしていたからだ。さあ、代えて再開をするぞ」
こればかりは――。たとえ、相手が子どもであっても、真剣に取り組まなければ。こんな恥ずかしい痛い目なんて遭いたくないのだ。本来ならば、木の枝が折れてもタツの攻撃を避けなければいけないのに。なんたる失態。二度とこういうことがならないようにしなくては。
そう心に決めたはずのオクレズであったが、訓練場に他の子どもたちが来ていることに気付いていなかったようで――。
「ふげっ!?」
こんな思いはしたくないという『痛い目』に遭ってしまったオクレズ。木の枝が脳天直撃よりも激痛が襲ってくる。情けない姿をなるべく子どもたちに見せまいとして、稽古の邪魔をするべきではないという叱咤をするため、彼は「お前たち」とどこか声を震わせながらも、邪魔をするなという。
「今、俺はタツの稽古をしてやっているんだ」
「でも、ぼくたちはしらないもん」
なんという無邪気な笑顔か。そんな可愛らしい子どもたちの笑顔がなぜだか同じ木の棒装備をしているだけで悪の権化に見えるようだった。
「ねえ、オクレズおじさんもあそぼうよ」
「あそぼぉ!」
二人の返事を聞かずして、レジスタンスチルドレンは彼らの真似事のように木の棒を振り回し出す。これに二人は「待て」と制止をかけるが、基本的に人の話を聞こうとしない子どもがキチンと言うことを聞くだろうか。否、聞くわけがない。「いやだ」というわがままを披露するだけがオチだ。本当に人の話を聞こうとしないからな。
おまけにオクレズの身長と子どもたちの身長の差は大きい。そのため、彼らが攻撃してくる箇所は地味に痛い脛なのである。いくら痛い、と言ってもそれを面白がる悪童ども。ああ、そのいたずら大好き笑顔が小憎たらしい。
どうやら、運勢が悪いのは本当のようだ。もう夕方なのに。というか、子どもたちの相手をイアンがしていなかっただろうか。あいつは何をしている? ミッションか? でなければ、子どもたちがこうして暇を持て余した状態でここに来るはずもないだろう。
それならば、今日の稽古はお終いにした方がいいだろう。そのことをタツも十分承知してくれていたようで「また今度」と子どもたち相手にうんざりの様子。少しばかり助かった、とオクレズは「終わりだ、終わり」と彼らが持てばちょっぴり危険な木の棒を回収し始めた。
「ほら、片付けるからこっちに寄こせ」
「えぇ、もぉおわりぃ?」
「つまんなぁい」
「けちぃ」
「けちじゃなくて、お前たちがわがままなだけだろ」
稽古は終わりだから、早くここを立ち去れと子どもたちに促していると、地上の方から野太い怒声が聞こえてきた。ここまで聞こえてきているのだから、誰かが相当怒っているに違いない。けんかか、とオクレズは少しばかりげんなりとした様子で地下から出た。
地下から出ると、レジスタンスたちは大慌ての様子でバタバタとしていた。何があったのか。これはただ事ではない。オクレズも動こうとしたとき、ちょうどグーダンが「オクレズ」と声をかけてくる。
「悪いが、ポトーの町の方に行ってくれないか?」
「わかりました。けど、何があったんですか?」
「……いや、イアンが酒の飲み過ぎか何かで、泥酔状態であっちの方に単体で突っ込んで行ってしまったんだ」
「はあ!?」
我が耳を疑う。泥酔状態で敵の拠点に単身進攻なんて無茶だ。一点集中されて殺されるがオチのようなものだろう。危険極まりない、とオクレズは「というか」と思い返してみる。
「イアンって、酒は飲めない方じゃ?」
「どうもエルダが強引に飲ませたらしいな。それが原因」
「何しているんですか、あの人は」
イアンはお酒が苦手だ、弱いのだ、と以前から断っていた記憶がある。そんな彼が飲もうとしたことだ。エルダが強制的に飲ませたとしか考えられない。
「これを飲んだらしい。アルコール度数が高いのにな」
そう言って、グーダンが見せてくれた酒瓶を見て、オクレズはもう一度「何しているんだっ!?」と声を張り上げた。
「冗談じゃないっ!」
それもそのはず。エルダがイアンに飲ませたお酒はオクレズの『とっておき』のお酒だったから。楽園の酒造工場から盗ってきた自分のご褒美。向こうでも滅多に手に入らないというレア物。ここぞというときに飲もうと思って、きちんと自分の酒棚に仕舞っていたはずなのに!
どうやら、オクレズの気迫に気後れしたのか、グーダンは「おう」と戸惑いを隠せない。一方で怒り狂っている彼は「一言言ってきます」と鼻と眉間の間にしわを寄せているのだった。あまりの興奮気味に落ち着かせようとする。というよりも、酔っぱらったイアンの方が心配だ。
「エルダのことは戻ってきてからでもいいだろう?」
「いえ、ダメです! これはルールを破ったあいつが悪い! 自分の『罪』をきっちりと反省してもらわなくては!」
お酒に関してはかなりのシビアを見せるオクレズにグーダンは何も言えなかった。このまま彼の叱責が終わるのを待っていてはイアンの身が危険だ。そういうことで彼を待たずして、隊を編成させてポトーの町へと向かわせるのだった。
そうしている間、オクレズは「エルダぁ!!」と大声を出して休憩所で小さくなっていたエルダに近付いた。その声に肩を強張らせた彼女は「え?」と困惑している。なぜ、彼が憤怒しているのかがわからないらしい。
「どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもあるかっ! お前っ、俺のとっておきの酒を全部空にしやがって!」
「えっ、あのお酒ってオクレズ君のなの!? 待ってよ、あたしちゃんと別の棚から取ったもん! だから違う!」
「はあ!? これだぞ!?」
オクレズはグーダンから預かっていた空の酒瓶をエルダに見せびらかした。彼女は「そうだよ」と飲ませたお酒に関しては肯定するのだが――。
「でも、棚は自由に取っていいところから取ったもん! あたしはそこまで最低な女じゃないし!」
エルダは嘘をついているようには見えなかった。だが、明らかにこの酒瓶はオクレズのとっておきの物。きちんと、自分専用としての棚に仕舞っていた。その記憶はきちんとある。それならば、誰が――?
考えられるのは一つだった。
――あのクソガキども!
いたずら大好きな子どもたちなはず。そう推測したオクレズは詫びの一言もなしに、空の酒瓶を置いたままレジスタンスチルドレンがいるところへと向かってしまうのだった。
オクレズからの詫びもなし、なんだか自分が悪者みたいにされてエルダは不貞腐れた様子で「何、もう」と床に足を踏みつけた。その音が大きかったのか、たまたま通りかかっていたタツはびっくりしたようにそちらの方を見る。大人げなかったか、と流石の彼女は「ああ、ごめん」とそっけなくも謝罪をした。
「ちょっと、冤罪かけられたからさぁ。ねえ、タツ君、この下の棚って誰でも飲んでいい棚だよね?」
十二歳の子どもが知るわけないか、と思いつつもその質問をしてみると――。
「そうですよ」
返事が返ってきたことに驚くエルダ。まさか答えられるとは思わなかったから。
「下の棚だけは誰でも飲んでいい分ですよ。ただ、他の棚は個人用の棚だからダメですけど」
「ほらぁ!!」
自分にも味方ができたようで、それが嬉しかったのか、エルダは涙目に声を荒げた。そして、彼女は事の経緯をタツに話してみると――。
「ああ、そのお酒って確か、オクレズさんが酔った勢いで『みんな飲んでいいぞ』って下の棚に仕舞っていたような……先週だったかな?」
「ほらぁ!!」
これの何が「ほらぁ!!」なのかは定かではなかったが、これにて証人もいることだし、エルダの疑いは晴れたのだ。彼女は早速タツを連れてオクレズのもとへと向かい、証言を元に謝罪を要求。しっかりと謝礼をする羽目になった彼は「これも運が悪いのか」とすべて運の悪さに責任を擦りつけようとするのだが――。
「話はよくわからないが、違うと思うぞ」
グーダンのその一言でオクレズは二度と占いなんてするものかと決めたのだという。




