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グーダンから別のミッションが下りて、イアンとレーラは物資運搬係だったレジスタンスたちとヘヴン・コマンダーたちの亡骸を分けていた。レジスタンスたちの見当たらなかった胴体は少し離れたところにあったようだった。
この状況を見ると、護衛であるイアンたちを待っていたが、ヘヴン・コマンダーたちに襲撃された。一時的に逃げはしたものの、捕まって殺されたと判断がついた。
「…………」
炎上しているトラックを見て、レーラは少しばかり不安に駆られていた。それはレジスタンスの拠点の出入口で言われた言葉を思い出したからだ。
【クレンシャス街道には気をつけて】
ここ、クレンシャスの丘はその街道からそこまで離れてはいない場所にある。おまけに丘であるから嫌でもわかりやすい目印となるだろう。火のないところに煙は立たぬとはこのこと。おそらくは街道に出没するヘヴン・コマンダーは黒煙を発見次第こちらへと向かってくるだろう。それだからこそ、そのヘヴン・コマンダーたちがこの死体であることを祈るしかない。
それに、と亡骸を分け終えて、小休憩しているイアンを見た。
【俺の……返せよ】
今でこそ正気は取り戻しているが、あの目がとてつもなく恐ろしく感じたのである。思い出すだけでもまた膝が笑い出そうとしてくる。
殺されそうになった自分を、我が身を顧みずして助けてくれた得体の知れない人物。色々と訊きたいことはある。それでも、またあの不気味な目を向けられてはどうしようもない。レーラは葛藤をしているのだ。
二度も間違えた自身と誰か。イアンにとって、その人は大切な人であることはわかっていた。恋人か何かか。それとも――彼の左手の薬指にある銀色の指輪。
ぼんやりとそれを眺めていたレーラに声がかかった。
「どうしたんだ? こっち見て」
話しかけてきたのだ。その突然(言うほど突然ではない)さにレーラは肩を強張らせた。心なしか「何?」と言うものの、声が上ずっているようだ。
「えっ、何?」
上ずってしまったことが恥ずかしくて、もう一度反問する。
「いや、何ってこっち見てたじゃん。何か気になることでもあるの?」
言ってもいいものなのだろうか、その指輪に関する疑問を。少しばかり悩ましそうにしていたレーラは恐怖心よりも好奇心に勝てずして「あのさ」と銀色の指輪を指差す。
「イアンって誰かと結婚していたの?」
答えが怖い。ここまでの人生において心臓が跳ね上がるようにして緊迫した場面に出くわすことがあっただろうか。戦闘ではそこまで緊張していなかったのに。そこまでイアンという人物大きな存在なのか。
どのような答えが返ってくるのか、と思っていると、イアンは自身が装着している指輪を見て「うん」と小さく頷いた。
「まだ記憶は思い出せないけど、俺と誰かは結婚こそはしていない、と思う。でも、お互いを好きだったかもしれないはずなんだ」
「そ、そう」
「……ああ、そういえば俺って何度もレーラのことを別の誰かと見ていたよな。すまない、レーラのことを見ていると、デジャヴを感じてさ」
もしかして、何度も見間違えてしまったことで気にかけているのだろうか。そうだとするならば、レーラに申し訳ないことをしたと反省をした。別に見間違えたりするのは悪気があったり、わざとではない。それほどまでに彼女は誰かに似ているのであるから。
「次からは間違えないように気をつけるよ」
「う、うん」
特に恐ろしいことが起こらなくてよかった、とレーラが安堵した瞬間、イアンが何かに気付いた。何もなさそうな岩陰の方を睨むようにして見ているではないか。どうしたのか。そう訊ねようとするのだが、口を塞がれてしまった。
「しっ」
これから推測されるとするならば、クレンシャス街道でうろついていたヘヴン・コマンダーたちが煙につられてこちらへとやって来たか。
瞬時に戦闘態勢に入った二人は拠点から持ってきた武器である剣を握らずして、ヘヴン・コマンダーから奪取した銃器を構えた。正直な話、レジスタンスでは基本的に物資が不足している。そのため、何度も彼らは物資確保で遠征を行ったりしているのだ。主に不足しているのは銃器で使う弾薬。食料に関しては畑でも耕したりして事なきを得ているのだが、これが一番の問題なのである。
それだから、本来はヘヴン・コマンダーたちを倒して銃器や弾薬を奪取して、もしものとき以外は使わないようにしているのだが――先ほどの戦闘でわかったこと。飛び道具には飛び道具で戦う方が好ましいという事実。あれのせいでよくわかったのだ。
何より、とレーラはイアンを横目で見た。ねじが外れたような狂気的戦闘を行った彼の存在である。圧倒的な強さを誇るのはこの目で見て全身に染み渡るようにして理解した。だが、戦い終わった後が問題である。違うと訴えても正気に戻ることに断言できるかと言われると、何も言えやしない。まだイアン・アリスという男のことをよく知らないのだから。
「レーラ、作戦はあるか?」
どうしようか。なんて悩んでいると、そう言ってきた。思わずレーラは「え?」と声を上げる。本当は意外にも慎重派なのか。
「作戦」
「……言っても、敵の人数がわからないから奇襲に耐えるしかない。リーダーたちが来るまで耐えるしかない。タツが言っていたのは、クレンシャス街道であいつらがうろついていたという情報だけなんだから。いきなりだから規模がわからないとしか言いようがないよ」
「そっか。じゃあ、レーラの射撃技術はどれぐらい?」
「多少の扱いはあるけど?」
イアンは何を考えているのか。勝手に、何かに納得したかと思えば「俺が囮になる」と言い出した。
「俺に射撃技術があるとは思えない。だから、ここは俺よりも技術を持っているレーラに任せる」
「それって……」
「何も情報がないやつを多少の形にして受け入れてくれたんだ。だったら、俺が信用できるやつだと証明するためにこれくらいのことはやらないと」
これはあくまでも信頼関係を築くためだ、と言い切るイアンは少し重たく感じる銃器を手に走り出した。
「レーラは隠れて援護射撃をよろしく!」
「えっ、あっ、い、イアン!?」
制止の言葉を聞かずして、突撃していってしまった。気配を頼りにどれぐらいの相手がいると知るには並大抵の人間には不可能な洞察能力。もちろん、イアンだって自身のことをただの人間だと自負している。よくて大まかな気配を辿るぐらいか。
「こっちだっ」
岩陰付近へとやって来ると、火薬の殺気がより一層強まってきた。これだけを頼りに動かなければいけないのである。失敗は許されない。だが、火薬の範囲中に割り込んで、イアンは少しばかり後悔した。なぜならば、そこかしこからその殺気が自分を狙っているから。四方八方から弾が飛んでくるのだ。
その場に止まるな。動け、動け。足が動かないと弱音を吐くな。言葉の鞭を叩きつけてまでも走り抜け。銃弾が足に当たらない内は。己にそう言い聞かせて走り続ける。引き金を引いている暇なんてない。焦点を合わせるのに時間がかかり過ぎるから。適当に撃ったとしても、弾が尽きればそこまで。だからと言って、長時間走り逃げ回ることは体力の底が尽きればこちらもそこまでである。つまり、自分の命は自身の逃げるスピードとレーラの射撃判断力に委ねなければならない。
もちろん、それは別の岩陰に隠れて銃口を合わせようとしていたレーラにも十分にわかっていた。彼女には二つの選択肢がイアンより託された。
イアンを殺すか、助けるか。