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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、記憶にないのは当たり前である。
39/108

◆39

『今日はとことんツいていないでしょう』


 一枚のカードの意味を知り、レーラは眉をしかめた。レーラの部屋のテーブルの上には数枚のカードが並べられており、どうも彼女は占いをしているようだった。


 この占い、エルダから教えてもらった楽園ヘヴン式の占いである。これでもレジスタンスの年頃の娘にとっての娯楽は少ない。だからこそ、運勢や占いなど気になるのだ。相手の死相は見えても、それ以外の未来を見通すことはできないのだから。


「えぇ……」


 予想外の結果にレーラは唇を尖らせる。どこまでも今日はツいていないらしい。よくないことが起こるらしい。それは嫌だ。


「あっ、そっかぁ」


 突然わかったぞ、とレーラは勝手に納得をする。そう、これは楽園ヘヴン式の占い。今日初めてやってみただけ。おそらくはレジスタンスの人間には最悪の結果しか出そうとしないインチキ占いカードなのだろう。


「止めた、止めた」


 気にしないが一番。そう決めたレーラが当番である朝食の準備をしに部屋を出ようとするのだが――「わっ!?」と何もないところで躓き、前のめりになって転倒――する前に偶然にもイアンに助けてもらった。


「ととっ……大丈夫?」


「うん、大丈夫。イアンもだっけ? 朝食当番」


「そ。寝起きだからか? 気をつけなよ」


「ありがとう」


 躓いたのはただの偶然、とレーラはそうこじつける。いや、そうしないとやっていけなかった。特に調理場は。


 あるときは手に取った缶切りで軽く指を切り、あるときは開けた上の戸棚の戸に額をぶつけ、蛇口を捻ろうとしたところで水が勢いよく飛び出して濡れ、手を滑らせて重たい箱を足の上に落とし――あまつさえ、朝から元気な子どもたちに「わっ!」と驚かされて、それにビビッて腰を抜かしたのだ。


「もぉ!」


 やっていられない、とレーラは自室に籠って頬を膨らませる。なんなのだ、この占いは。本当に当たるなんて。


 エルダに今楽園ヘヴンで何が流行っているのか訊かなければよかった。その占いカードを持っているから、譲り受けなければよかった。


「最悪」


 それよりも、今日はミッションがなくて安心だ。それだけが唯一の救いである。あのクソ占いによれば今日はとことんツいていないでしょう、だ。調理場であそこまでのツキの悪さを思い知らされたのだ。


 今日は大人しく、趣味のアクセサリー作りでもしていよう。レーラはそう思って、ビーズをいくつか通しただけのテグスを手に取った。運が悪くとも、趣味までに「最悪」は入ってこないだろうから。


 そう思い込みをして数時間が経った頃だ。なんだかお腹が空いてきたのである。それもそうだ、朝食を食べて数時間もアクセサリー作りに没頭していたのだから。


 何かもらってこようかな、とレーラが席を立とうとするのだが――。


「あぁ!?」


 今頃になって気付いた。ビーズの色を通す順番がおかしいことに。それも、取り返しがつきそうにもない中途半端なところでの間違い。


「もぉ……」


 これではやる気が失せるではないか。レーラは面倒そうに作りかけのアクセサリーを机の上に放り投げるのだが、床へと落としてしまう。これに苛立つ彼女は拾って、机の上に叩くようにして置いて自室を出た。


 拠点内を歩いていると、偶然にもグーダンと会った。彼は「ちょうどよかった」と言う。


「レーラ、悪いがメーディのところと物資交換予定があるんだ。今から指定の場所にこれを持っていってくれないか?」


「えっ、私がですか?」


「ああ、別に誰でもよかったんだがな。どうせ、レーラは、今日は何もミッションがなかっただろ? 行ってきてくれるか?」


 今日は運勢が悪いから行きません。なんて言えないだろう。グーダンみたいな中年男性の大半は占いの結果を信じるようなことはあるまい。仮にそのことを言ったとしても「信じなければいいじゃないか」との一言で終わりだ。今日の自分自身の運勢が悪いことをただの偶然だ、で終わらせる気だ。


 つまりは、グーダンの依頼はよほどのことがなければ断り不可である。故にレーラは「わかりました」と腑に落ちない様子でミッションを承諾してしまうのだった。なぜにそうしてしまったのか。これも運の悪さになるのだろうか。


 レーラはグーダンからミッションの物資を手にしながら大きなため息をついた。その彼女のため息と重なり合うようにして、他のところからも盛大なため息が聞こえてきた。誰だろうか、と声のする方を見れば、憔悴しきったタツだった。げんなりとした彼は何があったのだろうか。まあ、訊いたところで何でもないと答えるがオチだろうが。


 タツもレーラのため息に気付いたのか「お互い大変だな」と何かを覚った様子で話しかけてくる。


「レーラ姉も何かしらと大変なんだろ?」


「えっ、ああ、うん」


 何が大変なのかは知らないが、おそらくタツならば今の自分の気持ちを理解してくれるはず。そう思ったレーラは早速タツに相談を持ちかけた。


 今日の運勢が悪い。実際にそうだった。どうすればいいのか。これに対するタツの回答は――。


「イアンを連れていけば?」


「え、イアンを?」


「うん。あいつなら何でも『共有』してくれるだろうよ」


 その言い方に若干なげやり感があったが、イアンか。うむ、彼ならば、意外にも親身になってくれそうだ。タツの名案にレーラは「ありがとう」とお礼を言うと、イアンのもとへと急いだ。彼は自室でぼんやりとしているようだった。どうも彼も今日のミッションがない様子。


「イアン?」


「ああ、レーラか。何?」


 心なしか、イアン自身も声音が疲れているようだった。なんだかお願いしにくいなと、不安ながらも「あのね」と今日の運勢についてと今回のミッションについて話をした。


「それで、何があるか怖いからイアンも一緒に着いてきて欲しいなって思ったんだけど……今、忙しい?」


「いいよ。今日のレーラは確かに大変そうだったもんな。行く準備するから待ってて」


 イアンは二つ返事でオッケーを出してくれた。これにレーラは心の中で飛び跳ねた。独りだけだと何があるかわからないからである。誰か一人いた方が、心は安心する。たとえ、あまり信用ならないイアンだとしても。だが、実際に彼に付き合ってもらった方が多少の手こずりがあったにしても、ひとりだけよりも遥かによかった。


 普通に歩いているだけなのに何度も躓くことはもちろん、枯れた木の枝が上から降ってくるわ、見張りの少ない道を通っていたはずなのにヘヴン・コマンダーに何度も遭遇するし、メーディ一派に物資交換用の品物を失くしかけるし――散々だった。


 ミッションが終わる頃には、レーラは細くて長いため息を口から漏らしていた。そんな彼女を見てどんな反応を見せていいかわからないイアンは「そうだ」と気を紛らわせようとする。


「どうせなら、俺も占ってよ」


「イアンの? いいけど」


 息抜きにいいか、とレーラは持ってきていた占い用のカードを取り出した。手伝ってもらいながらイアンの今日の運勢を占ってみた。その結果がこれだ。


『今日はとことんツいていないでしょう』


 結果に二人は沈黙する。どういう反応をしていいのかわからない。レーラが見る限りだと、イアンはそこまで悪い運勢のようには見えなかったはず。


「おかしいね。イアンって今日の運勢はそこまで悪くなかったでしょ? もう夕方だし」


「えっと……あぁ……」


 もしかしたら、それこそただの偶然? 同じ結果だというのに、こんなにも差があるというのは頭の中での自己暗示にかかってそうなってしまったのだろう。いや、きっとそうだ。レーラはきっとそう、おそらくそうと思い込むことにした。そうでもしないと、また自己暗示にかかって悪いことが起こりそうだから。


「ゴメンね、イアン。私、ちょっと元気出たかも。早く帰ろう?」


「えっ、あ、ちょっと……」


 何か言いたげのイアン。レーラを呼び止めようと声をかけて、一歩近付こうとするのだが――。


「のわっ!?」


 突発的なイアンの足の躓き。前のめりになり――決してわざとではないその右手はレーラのショートパンツに届いて可愛らしいパンツがお見えとなる。


「いっ!?」


「うっ、え、あ? い、いや!?」


 慌ててわざとではない。これは今日の運勢が悪いせいだ、とイアンが弁解を求めようとするのだが、羞恥心に駆られたレーラはそれを聞くどころではない。


「変態っ!!」


 レーラだってイアンがわざとではないということはわかっている。明らかな動揺が見えていたから。だとしても、恥ずかしくないわけがない。ということで、彼には犠牲になってもらおうではないか。


 バシンッ、と以外にも重たい乾いた音。その音のこだまを聞きながら、イアンの脳裏には一つの言葉が思い浮かびあがるのだった。


――理不尽だ。

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