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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、ここは情報の宝庫のようである。
36/108

◆36

 上を向かないと全体像が見えないコンピュータウィルス。イアンとガンは各自武器を構えてそれに睨みを利かせていた。いくらそれらの親玉とて、体が大きいだけだ。食み攻撃だけを避ければ、何も問題はないはず。


「ガン、一気にたたみかけよう」


 これに長期戦なんて不要。無駄に体力を消耗するだけ。それならば、早くどうにかすればいい。そんな精神で二人は巨大なコンピュータウィルスに挑むのだった。


 先に動いたのはガンである。橙色のハンマーを手にして、その図体に叩きこむのだ。だが、それごときで怯まないのがコンピュータウィルスの親玉。当たり前だ、これぐらいで倒せたとは思わないし、思うべきではないのだから。


 相手は二人いることを忘れるな。


 イアンは攻撃の隙を見て、後ろに回り込み、シージュの一つを当てた。手応えがあったように見えたのだが――傷は浅く感じられる。


「イアン! 危ないっ!」


 不意打ちで倒れると思うな。それは口から半透明な糸を吐き出して、イアンの体に巻きついた。これで動けまい。


「ぐっ……!?」


 助けるため、ガンは駆け出すのだが、こちらも周りをちょろまかされるのは困るとでも言わんばかりに糸を吐き出してきた。それに当たるものか。歯を食い縛りながらも、糸の攻撃を避け続けた。


 もう少しでイアンのところへと辿り着く。それまでは待っていろ。


 あと少しなのに、その巨大なコンピュータウィルスは非情であった。いや、人でもない感情を持たないただのプログラムに情なんて存在するのか。こいつらはただの情報の大食いなだけ。当然な結果。


「しまったっ!?」


 イアンのところに辿り着く前に、糸に捕まってしまった。これではどうすることもできない。彼だって、シージュを扱えなさそうにしているではないか。この糸は攻撃できないようなプログラムでも組み込まれているのか。


 だとするならば、最悪。ここで形勢逆転ができる方法を知っているだろうか。知っているならば、是非教えて欲しいものだ。


 逃げることができない二人。目の前にあるのは極上の情報が詰まった食べ物。これを食さずして、何が情報を食らうコンピュータウィルスであろうか。さあ、いただきます。


 万事休すか、とイアンは心内で後悔していた。なぜに自分はこちらに飛び込んできたのだろうか。友を助けるため? こういう状況に陥ってしまっているならば、そんな綺麗ごとがばからしく感じる。ああ、実にくだらない。


 何もできないから最悪だ。虚しい。ここで情報を食われて、元の世界に戻れなくなってしまうのか。


「……クソくらえ」


 ぼそり、とイアンが呟いたときだった。間近に迫るコンピュータウィルスの口を何かが弾いた。


 何事か。驚いて目を見開いて――更にびっくり。巨体のそれの真上から同じぐらいの大きさの球体が落ちてきたのだから。それは攻撃力もあったせいか、少しだけよろめきを見せてくる。


 一体何が起きた。二人が愕然としていると――。


「危ないでしょ、戦いの最中によそ見しないっ!」


 なんて声が聞こえたかと思えば、糸の束縛から解放された。これで自由に動けるようになったのだ。これは誰が――そう、レーラである。まさか彼女が来るとは思わなかったらしい。イアンは「なんで?」と二重に驚きを隠せない様子。


「えっ、あれってレーラが? というか、なんでここにいるの?」


 コンピュータウィルスに感染したシステムに行くことを拒否していたのに。


「イアンもガンにも何かあったら、私の目覚めが悪いのっ。ほら、あいつを倒したらば、ウィルスは除去されるんでしょ」


「……ありがとう」


 レーラが素直にかっこいいと思った。そして、先ほど感じていた己の心を醜いと思う。なぜにこういうときだけそう思ってしまったのか。なんて責めている暇があるならば、今は動け。コンピュータウィルスが動き出す。それに伴い、自分たちも動き始めた。


 派手に動いても、相手の攻撃はレーラが使用している武器プログラムで防いでくれる。それが安心だとして、イアンとガンは反撃を顧みることなくしてコンピュータウィルスに突っ込んでいく。


 あれだけ攻撃を当てても怯まなかったそれは、流石に三人の相手ともなれば、苦戦するのも確実。三方向からの同時攻撃には堪えた様子。


「ああァァぁああ!!」


 イアンの雄叫びがホール中に響いたかと思えば、シージュはそれの急所を貫いていた。静かに倒れるコンピュータウィルス。それと同時に警告色に支配されていたRe:WORLDシステムは元の青白い世界へと戻っていた。


 これで終わったのだ。これでこのシステムは平和になった。だが、悔やむことと言えば――己の軽薄さである。ここまで醜い人間だとは思わなかった。これが自身の本性か。これまでも命の危険を考えずに行動していたのだが――本当の命の危機にさらされたとき、自分はあれ以上の感情を出そうとするのだろうか。


 安心したようにほっとしているガンを見た。少し離れたところで、撃破に嬉しそうにしているレーラを見た。彼らの本性はどうなんだろうか、と。


 ぼんやりと彼らを見ていると、ガンが「イアン!」と喜びを見せていた。


「きみたちのおかげで、ここを守ることができた! ユーザーもとても嬉しく感じていることだろうっ! 本当に二人が来てくれてから……私はここまでこれた! ありがとうっ!」


 その嬉しさはやがて表に出してきた。ガンは二人に抱きついてきたのである。彼は何度も何度も彼らに「ありがとう」とお礼の言葉を述べていた。


 その言葉を聞きながら、他人には言えない本性を鑑みていたイアンはそれを心の奥底に仕舞い込んでおくことにした。見せてはならない、本当のこと。二人に嫌われたくないから。


 本来の心を押し殺しているイアンの様子に気付いたレーラ。普通ならば、友達のためにと単身でコンピュータ世界に突っ込んだのに。ウィルスを撃破したのに。全く嬉しそうではない顔をしているのだ。どうしたのだろうか。


 それは現実世界に戻るときも、戻ったときも同じ状態だった。どうしたのかという同じ疑問は一向に晴れない。


「お前たち、無事だったかっ!?」


 コンピュータ世界へ行くという前代未聞の話で不安にしていたグーダンたちが声をかけてもイアンは――。


「大丈夫です」


 生返事をするだけ。気になったグーダンはレーラに「どうしたんだ?」と訊ねてくる。だが、それはこちらの台詞である。気になるのだが、その答えが怖くて何も言えないのだ。


「わかりません。戦い終わったら、ああいう顔ばっかりしていて……」


 よくわからないという答えに、しばし考え込むようにして黙った。すでにイアンは自室の方に戻っているようではある。


 グーダンはすぐに答えを出す。


「そのままにしておこう」


 その答えにレーラは驚きを隠せなかった。もしかしたら、コンピュータウィルスとの戦いの後に何かしらの記憶を取り戻している可能性だってあるのに。


「あのまま放っていいんですか?」


「いいさ。多分は……問題ないと思う」


 イアンのことを同じようにしてあやしんでいたのに。疑っていたのに。彼が楽園ヘヴン側だったらどうするつもりなのか。


 何か自分が知らないところで話が動いている気がしてたまらないレーラは伏し目がちに「そうですか」と自室へ戻っていってしまった。


「……なんなの?」


 その疑問は更に膨れ上がる一方である。

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