◆34
無機質で青白い世界。青い光が床や壁、空中を走っている、そんな場所だった。だが、コンピュータウィルスに感染したせいですべてが赤色に変貌している。警告色とも呼べるようであった。
「ガン!」
イアンはガンに向けて声を上げる。この場所は初めてコンピュータ世界へ来た場所と同じではあるはず。彼はどこにいるのだろうか。できることならば、コンピュータウィルスには出会わず、ガンと合流したい。武器なんて――持っていない。あるのは左薬指にはめられた婚約指輪のみ。なぜにこれがあるのかは定かではないが、どうせならばこちらよりフォーム・ウェポンが手に握られていたならば。
なんて嘆いているひまがあれば、ガンを捜せ。
「片っ端から捜すしかないのか?」
このRe:WORLDシステムという場所は相当広そうな場所ではある。データ・スクラップ・エリアへと向かう際にシステム棟の外側を見れば、大きかった。見たことのある建物で比較するならば、ブレクレス商業街の奥に存在する商業施設だろう。
もう手あたり次第捜して行くしかない。少し困ったような表情で動こうとしたとき、イアンの目にとある掲示物が映った。
「これは?」
そこにあったのは建物内の案内版であった。これはありがたいと思う反面、このシステムにいる思考回路を持った者なんて基本はガンしかいないのに、と不思議に思う。それでもこれを利用しなれば、何がどこにあるのかわからないのも現実だ。
「えっと、現在地……現在地……」
イアンがいる現在の場所はシステムのすべてにつながるホールのような場所らしい。そこでガンと出会ったのも納得はいく。そして、彼はとある場所に目をつけた。案内板に表記しているのは『武器所蔵データ』である。実際に自分が想像している武器があるとは思いがたいが、試してみる価値はありそうだ。そこへ行ってみて、武器のデータを上手く利用できないだろうか。
武器さえあれば、コンピュータウィルスで苦戦しているガンを助けられるかもしれない。その思いを胸にイアンは武器所蔵データが保管されている部屋へと急いだ。もちろん、すべての部屋につながるホールにいるのだから、そこへ向かうのには時間がかからなかった。
だとしても、問題が一つ生じる。それはホールからの廊下へと行った先にデータ・スクラップ・エリア付近で見つけた八本足の虫型ウィルスがかさかさと存在しているからだ。
「なんで、あいつらが?」
ガンは言っていた。あれには無暗やたらと近付かない方がいい、と。
【自分が持っている情報を食べられてしまうから気をつけて】
情報を食べてしまうとは末恐ろしいコンピュータウィルスだこと。それらに会わずして向かいたいところだが、生憎こちらの通路を利用しないと武器所蔵データには辿り着かないのである。
「強引に突破するか?」
そいつらは人ではないのは明らか。現実では見たことのない生き物だ。情報を喰らう者――イアンはとある作戦を思いついた。それが成功するかはわからない。が、やってみないことにはわからないし、成功するかもしれないのだ。
イアンはすぐにその作戦の実行をするために、一度Re:WORLDシステムからデータ・スクラップ・エリアへと向かうのだった。そこの下にある情報の砂浜で適当な大きさの情報データの欠片を拾い、それをコンピュータウィルスに向かって投げつけた。
ぽんと軽く投げられた情報データの欠片はウィルスたちにとってご馳走のように見えたらしい。あっという間に周辺にいた者たちは集まり出す。その隙をついて、イアンは駆け出した。このまま見つからずに武器所蔵データへと着けますように。
しかしながら、餌として投げた欠片は小さ過ぎたようだ。集まるのが早かったのと同じように食べ終わるのも早かった。そんな小さな物よりも、こちらの大きな情報データがたらふく食べられそうだ。
――そうだ、こちらの方が美味しそうだし――。
――たくさんのオイシイ情報が詰まっているんだろうな。
イアンを追いかけ始めてきたコンピュータウィルスは食べさせろと言わんばかりに襲ってくる。それが恐怖、それがホラー。よほど怖かったのだろう。あれ、俺ってここまで大きな悲鳴を出せるんだな、と客観的に冷静さを保ったまま見ているのだが、表情は豊かである。
「ひえっ!? メチャクチャ来た!?」
それもそのはず。目の前にご飯があるのだから。それを狙う者どもはきちんと出てくるに決まっている。
武器所蔵データが保管されている部屋はこのまま向かった先。それまではこの普通サイズではない虫型のウィルスと鬼ごっこをしなければならないというのか。妙に足の速い彼らに追いつかれそう。だが、ウィルスの量は予想できなくとも、こちらを狙うという予想はできている。
「これでもっ!」
何かを投げつけた。それは先ほど同様に投げた情報データの欠片である。これでちょっとした時間稼ぎぐらいは――。
「あれぇ!?」
できなかった。だって、あいつら一口でそれを食べたんだもん。人が必死になって探し回った美味しそうな情報だというのに。現実世界へ戻る方法を探したときに見つけた物を拾ってきたのではあるが。
これまでは己の体力の耐久戦か。イアンは歯を食い縛りつつ、前方を見ると――。
「イアンっ! こっちだ!」
武器所蔵データが保管されている部屋からガンが覗かせてこちらへと逃げ込むように声をかけた。どうやら彼はこちらの方に逃げていたようである。
ガンがいるという安心が出てきて、イアンの走るスピードは少しだけ早まった。だがしかし、コンピュータウィルスとの差が広まったわけではない。一定の速さがあるようで、すぐに追いつかれそうになる。それでも、諦めたりはしない。記憶を奪われるのは嫌だから。
イアンはほとんど飛び込みと言っていいほど、武器所蔵データのある部屋へと入り込んだ。それを見計らうようにして、ガンはドアをすぐさま閉じる。バンッ、バンッと虫のウィルスが体当たりするように、ドアが震えていた。絶対に押し負けるものか。彼はドアを開けないようにしっかり我が身を持って押さえつけていた。
飛び込みで床にうつ伏せで倒れているイアンは「無事か?」と声をかけたいと思っていても、見た感じ無事ではないことはわかっていた。そのため、「手伝うぞ」とこちらも同様にドアに体の重心をかけて入れないようにした。
中へ入れさせろ、とチンピラばりの行動を示し出すコンピュータウィルス。それでも入れさせるものか、と意地になる二人。この攻防戦はすぐに収着する。向こうの方が早々に諦めてくれたからだ。
こちらに向けられた力が完全になくなったことに安堵した二人はその場に座り込んだ。
「一時はどうなることかと……」
「それよりも、助けてくれてありがとうな。俺、死にかけてたよ」
「そうだよっ!」
イアンが死にかけていたということを否定しないガンは剣幕を立てていた。
「現実世界に戻ったはずのきみがどうしてウィルスに汚染されたここに来るんだい!? 死に来るようなものじゃないかっ!」
「そうだな。でも、俺はガンを見殺しにする気はなかった。だから、来た」
「え……?」
「コンピュータウィルスにかかって、グーダンさんたちが初期化するって言っていたから。ガンって、記憶を失うことが怖いんだろ? 俺も……似たようなものだから、助けたいと思ったんだよ」
その場はしんとなる。ガンに至ってはどんな言葉をかけたらいいのかわからないのか、無言でいた。
「危険を犯してまでも、来るべきじゃないってのはわかっているよ。それでも、ガンを助けたかった。死ぬかもしれないけど、今度は俺が助けさせてくれないか?」
なぜかそのような行動を取り出したイアンが面白く感じた。本来は笑うべきではないのに、笑いそうになる自分がいる。これは安心から来る余裕なのだろうか。
一つだけ言わせて欲しい。
「……きみはばかだね。こんな、予測不可能な言行をするなんて」
まさか、ばかと言われるとは思わなかったらしい。イアンは少しだけショックを受けた顔を見せる。だが、ガンは「ありがとう」と感謝の気持ちはあるようだ。
「お願いだ、イアン。コンピュータウィルスに汚染されてしまったこのシステムを直す手伝いをしてくれないか?」
「もちろんだ」




