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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、ここは情報の宝庫のようである。
32/108

◆32

『脳情報変換機設計概略:脳の記憶情報をマシンにてデータ化。そのデータをケア・プログラムにインストールすれば、その脳の記憶情報を基にして電子世界へと行くことは可能である。また、帰還方法はプログラムの中とマシンの中に存在するデータの初期化を行えば帰還はすることは可能である。もし、このマシンが完成し、実際に人が電子世界へと踏み込んだらば、電子学は大いに発展するだろう。』


「これだ!」


 判定を終えたガンは驚いたような顔で「見つけたよ!」と言う。


「きみたちを初期化すれば、帰ることができるよ!」


「本当?」


「可能性としては。ただ、この情報は実際に実行されたのかはわからないんだけれども、やってみる価値はあるよ」


 やり方はこの情報の欠片と似たやり方をすればいいだけの話。イアンとレーラは脳情報を記憶保存媒体にインストールしてしまったことが原因でこちらに来ているのだ。


「うん、やってみる価値は……」


 と、ここでガンはあまりいい顔をしなくなった。何かが引っかかるような面持ち。「いや、違う」と呟いている。一体どうしたというのだ。


「ガン? どうしたの?」


「今の二人の状態で、この方法を試すにはリスクが出てくるかもしれない」


「たとえばどんなの?」


「今の二人がコンピュータの世界から出られないのは、単調に構成されたプログラムの中に初期化設定がされていないからなんだ」


 ガン曰く、二人は記憶保存媒体の中に脳情報が入っている――簡単に言ってしまえば、USBの中にそのまま脳情報記憶を入れているだけの状態。それをこのまま初期化設定を組み込んでしまえば、ただ単に保存状態である二人の脳情報は消えてしまうらしい。その状態で現実世界に戻れば、記憶障害をきたす可能性だってある。そんな危険を犯してまで二人を現実世界に戻してあげたいとは思えない。彼らを思う気持ちがあればこそだ。そう言われて、イアンには焦りが見えた。眉根を寄せてガンの方を見ている。


「なら、それ以外の方法をここで見つけろと? 色々探したけど、それくらいの大きさのデータの欠片はもうないんだぞ?」


「わかってる。わかっているからこそ、きみたちの人生に棒を振るようなことをしたくないんだよ」


「でも……」


「大丈夫だ。この構成プログラムが作れないというわけではない」


 ガンは焦ってはダメだ、とイアンを落ち着かせようとした。


「記憶を失う悲しみは嫌と言うほど知っている。大切な思い出、楽しい思い出、嫌なこともつらいこともすべてが美しき存在であるんだ。それは私のアイデンティティ……二人だってそうだろう?」


 ガンの言葉にイアンの胸奥に何かが突き刺さった。絞めつけられるようにして痛く思う。以前の記憶がないのはわざとではないとは自負しているが、失くした記憶で嘆くのは自業自得だと誰かが言っている気がした。それは誰なのだろうか。別に失いたくて失ったわけではないのに。まるで己に非があるかのような感覚。


――誰が悪い? 記憶がない自分が? 誰を責めたてる? 何も悪いことはしていないのに。


「イアン、どうしたの?」


 胸元を抑えて、下唇を噛みしめているイアンにレーラが不安そうに声をかけた。なんだか、様子がおかしいし、どこか怖いと思う。どこかで――そう、あのときの目とそっくり。


 またイアンが狂ってしまうのではないかと心配になった。それほどまでに切羽詰まった状況でもあるのだから。


 だが、レーラの呼びかけにより――。


「え?」


 イアンの目の色は普段通りになった。


 これだからだ。レーラがイアンを嫌う一因は。訳がわからないから。


「いや、えじゃなくて……すぐに初期化できないなら、私たちのプログラムをケア・プログラムってやつに書き変えれば問題はないんでしょ?」


「あ、うん……そうだな。ガン、俺たちはケア・プログラムの構成情報をここで探せばいいのか?」


「ううん、その必要性はないさ。私のプログラムと同じように再構築していけば、時間はかなりかかるけど、問題はないよ」


「そっか。それじゃあ、俺たちは何をすればいい? 何かしらの情報収集?」


「そうだね。じゃあ、私の普段の仕事を手伝ってもらえるかい?」


 この場でプログラムの再構成をするには好ましくないとして、三人は一度ガンと出会ったRe:WORLDシステムへと戻ることにするのだった。


 そのシステムへと戻った二人は早速ガンにプログラムを組み替えてもらうために、脳情報のデータをシステム内に余っている記憶保存容量へと移してもらった。これで先ほどの状態とまではいかずとも、ある程度の動きはできる。何より、システムの一部となったのでガンの仕事の手伝いも捗るというものだった。


 抜け殻となった自分たちの体を前に「早速取りかかるね」とガンは床から現れて出てきた白色のケーブルを用いてプログラムを建て直しする。


「これからしばらく時間はかかるけれども、大丈夫さ」


「うん、任せたよ。ところで、お仕事はどれをすればいい?」


「えっとね、情報データの整理作業かな。ほら、偽装チップのバックアップデータ。それが適当に保存されている状態なんだ。いいかな?」


「わかった」


 場所は記憶保存容量にあるところ。そこに保存された偽装チップのデータをバックアップへと運ぶ仕事である。ガンの言われた通りにそちらへと赴いていると、確かにごちゃごちゃと灰色の四角い物が積み上がっているではないか。これらを指定の場所に持っていけばいいのか。


「灰色なんだ」


「データ・スクラップ・エリアで見たあれと一緒じゃない?」


「ああ、なるほどね。これって結構重いな」


 情報の砂浜で見つけた欠片はどうも思わなかったのだが、きちんとした情報データとなると、重たいらしい。実際にそうであるかのように、レーラも運ぶのは一つが限界のようである。それほどまでに重たいデータ。


「もしかして、情報量が多いほど重たいのか?」


「その線高いかも。偽装チップって言うくらいだし、管理チップと間違うような仕掛けをしなくちゃならないしね」


「その偽装チップ自体も一からの手作りなんだろ、確か」


「タツの情報曰くね」


 そう言えば、とイアンは思う。


「タツって何気に情報仕入れ強いよな。俺よりもいっぱい情報持っているし」


「あぁ、タツはね。盗み聞きをよくするからね。周りには秘密裏にしている情報すらもこっそり」


「いいのか、それ」


 逆に聞いてはいけない物を聞いて知ってしまったときが一番危険なのでは、と憶測を立てる。流石にこのレジスタンス側にはないかもしれないが、万が一その情報がタツに知れ渡れば、彼はどのような行動をとるのか。


「でも、子どもだもん。とんでもない重要機密を知ったとしても、どうしようもないよ」


 タツは子どもであるから逆に動けないと断言する。それが一番現実的か。


「それに、この前の奇襲戦で十分に理解したんじゃないかな?」


「レーラはタツが戦場に立つことには反対か?」


 イアンの設問により、レーラは立ち止まってしまった。それにつられるようにして、彼もまた立ち止まる。その場には無機質な電子音が聞こえるだけ。


「…………」


 何も答えないレーラに、周りの沈黙が痛いと思う。それでも、時間がかかってでも彼女は答えてくれた。


「タツは戦場の状況を知ってでも、感情任せで死ぬと思う」


「…………」


 これは現実的な会話だろうか。こちらを見てくる青緑色の目はなんだか未来を見据えている気がしてたまらないのだ。


「……私ね、ぼんやりとした死の未来が視えるの」


「え?」


「はっきりじゃない、こうなんとなくって感じ。だから他のレジスタンスの人たちが死んだときもなんとなくわかっていた。ああ、この人死ぬなって」


 バックアップの場所にデータを置き、まだまだ残っている情報データの運搬のために向かうのだが――。


「でもね」


 立ち止まって、イアンの方を見た。


「どうしてもあなたの死だけは視えてこないの」


――わからないからこそ、怖いし。それが一番嫌い。

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