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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、ここは情報の宝庫のようである。
31/108

◆31

 粉々に砕かれた情報。それは足元の波打ち際で悲しそうに漂わせていた。これが、必要とされなくなった情報の欠片。イアンはそれを拾い上げようとするのだが――。


「そこからは触らない方がいい」


 ガンにそう止められた。


「砂浜はまだいいんだ。だけれども、その情報の海の物は絶対に触るべきじゃない」


「何が違うのか?」


「言っただろ? データ・スクラップ・エリアはすべてのネットワークにおけるごみ捨て場だと。それは不必要とされたデータだ。きみもレーラも情報で構築された体を持っている。そこへ入れば、不必要なデータと見なされて、逃げ出せなくなるぞ」


 とにかく絶対に入ったり、触らないでくれと、ガンは念入りに注意を促した。そこまでしてせき止めるのだ。彼の言うことを素直に聞いておこう。


「わかった。気をつけるよ」


「うん、お願いだ」


 ガンはレーラの方も見た。彼女にも念押しで忠告しておく必要性を感じているのだろう。それに気付いたレーラも「私も気をつけるよ」と応えた。


「何気におっかないこと言っているし」


 言葉としては緩和的ではある。しかし、その物言いからして「逃げ出せなくなるぞ」というのは、裏を返せば、不必要なデータと見なされて、この海辺のようなデータの残骸になるということか。末恐ろしい場所でもある。


「それじゃあ、方法のデータは砂浜で地道に探すのか?」


「そうだね。二人は何か気になったデータがあれば、私のところに持ってきてくれるかい? 判定ぐらいはできるから」


「わかった」


 こうして探すことを決めたのだが、意外に広いこの情報の砂浜。屈み込んで一つの欠片を手に取ってみれば、それは黄色の固形物である。ただし、限りなく有効的な情報とは言いがたい大きさだった。小さければ小さいほど、どのような情報データであったかはわからないだろう。おそらくガンは判定しづらいはず。


「もっと、大きな物がいいだろうなぁ」


 データ・スクラップ・エリアからの階段を下りて、右の方へと突き進む。ざくざくと小さな欠片たちが悲鳴を上げているよう。遠くからもレーラたちが歩いている音が聞こえてくる。波打ち際ではさざ波の音のようにして、必要とされたいデータたちの悲しみのコーラスのようだった。


 しばらく歩いていて、手の平に乗るサイズの情報データの欠片をいくつか見つけた。これらの中で当たりがある可能性はとても低い。それでもすがらなくてはならない。その僅かな可能性に。


「ガン」


 元来た道を歩いて、ガンのもとへと戻ってきた。イアンは拾い集めた欠片たちを渡す。それを受け取ったガンは早速判定にかかった。


 イアンが持ってきた情報の欠片は全部で五つ。どれでもいいから当たりますように。


 一つ目の情報の記憶――。


『姫はヴィランによって連れ去られた。王城のパーティーの最中だった。最愛の娘を奪われてしまった国王は全国の猛者たちにお触れを出す。「姫を無事に救ってくれたものには王位を継承しよう」それを機に勇者と名乗る挑戦者は姫を連れ去ってしまったヴィランのもとへと旅立つのだった。』


「なんだよ、それ」


 なんというか、おとぎ話のような類に見える。それこそ、眠る前の子どもたちが聞きたがるようなストーリー。そういうものも、昔の時代は存在し、消えていくのか。


「昔話?」


「いや、これはずいぶん昔のネットワークにあったゲームの概要プログラムだね。脱出方法とは何ら関係ないみたいだ」


「へえ、昔の人たちの娯楽は変わっているね」


「じゃあ、次の分を判定しようか」


 二つ目の情報の記憶――。


『俺の名前はジャック、しがない一兵だ。国のため、家族のため、俺は戦場を駆ける。だが、毎話度死ぬのが俺である。もちろん、フィクションだから生き返るけど。今年の俺は一味違うぜ。なんて言ったって、ここまでやって来れた俺たちにビッグなニュースがあるんだ。それは、そう――』


「またゲームか?」


 こちらもまた物語的な要素が窺える。これもゲームの類か。そう思っていたが、ガンは「違うみたい」と否定する。


「これは映像データみたい。あれ? でも、こういうのは別の媒体で保存してあるはずだけど。バックアップすら捨てられたのかな?」


「よくわからないけど、次を判定して欲しい」


「うん」


 三つ目の情報の記憶――。


『■■■■計画実験No26記録:■■■■被検体は■■■■の耐性有り。これほどまでに切断され、壊死したはずの■■■■が予想以上の成果を見せるとは。いや、予想を遥かに上回る結果と言うべきだ。おそらく、被検体は■■■■をする。その成功を称えて、彼の望み通りの■■■■を受け入れようではないか。これにより、■■■■の発展は世界を震撼させるだろう。』


「これは?」


 記録日誌のような物であることは間違いないだろう。だが、この情報データは損傷がひどいようで、肝心のところがわからなかった。計画? 何の計画だろうか。


「ここに行き着いている時点で、破綻した計画だったんだろうね」


「……計画……」


「次のを判定するね」


「ああ」


 四つ目の情報の記憶――。


『調査依頼:国境付近の調査:国境付近にて不審者のあやしい動きが目立っているようである。現在、双方の軍を動かすことは現状からいくと厳しい。そのため、貴殿らに調査を頼みたい。条件として、一週間ほどで、あまり派手に動かないで欲しい。無茶ぶりな依頼ではあるが、両国の繁栄と発展のため、何卒よろしくたのむ。詳しい内容はのちほどメールを送る。』


「調査? 国境付近ってどこのだろう?」


 記憶のないイアンにとって、国境付近というイメージは教えてもらったことのある楽園ヘヴンの本部の周囲二百五十キロを思う。それとも、まだ王国とやらがあった時代の物か。


「そこはわからないな。メールか、昔のツールだね」


「今は使われなくなったんだっけか?」


 そこら辺の事情を詳しく知らないイアンに代わって、レーラも情報の欠片を見つけてきたようで戻ってきた。


「うん、そう。メールは証拠としてハッキングされたときが一番危ないからね。使っている人たちのほとんどは楽園ヘヴンだけ。レジスタンスはどこの派閥も危険と見なしてるよ」


「そうなのか」


「そう、きっちり覚えておきなよ」


 そう言うと、欠片をイアンに渡した。それを素直に彼は受け取る。


「次、イアンが見つけてきたのは最後だけど、判定するね」


「うん」


 最後の情報の記憶――。


『雪山進行演習結果報告:■■■■に行われた■■■■雪山進行演習の結果を報告致す。ほとんどの隊員が登頂と下山を達成。しかし、一名だけ単独行動をとり、森林地帯にて気絶しているところを発見。すぐに下山準備と病院の手配をし、現在は回復している。前後の記憶が曖昧のようであり、復帰には多少の時間がかかると見なされる。』


「報告書、か?」


「のようだね。イアンが見つけてきた物、どれも同年代の物ばかりのようだ」


 娯楽から軍事関係に至るまでの情報のデータがこの場にあったとなると、流石はデータ・スクラップ・エリアと言える。これぞ巨大なごみ捨て場。相当重要そうな物があるのだから、昔はどんな様子だったか逆に気になって仕方がない。


 だがしかし、今はコンピュータ世界から現実へ戻る方法である。それはガンも十分に承知していることであり、いそいそとレーラが拾ってきたデータの記憶を判定し出した。


「これ以外にはもうなかった」


「じゃあ、これが最後の頼みの綱ってわけか」


 ガンはしばらくの間、判定に時間がかかっていたのだが――。


「あっ」


 この欠片から読み取れる情報は――。


『脳情報変換機』

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