◆30
誤ってコンピュータの世界に来て、閉じ込められてしまったイアンとレーラ。彼らが現実の世界に帰還する方法が一つだけあるとレジスタンス内の『Re:WORLD』システムプログラムであるガンは言う。
「帰る方法があるんですか?」
「でも、可能性がとても低いよ」
「それでも構いません。その方法を教えてくださいっ」
現実に帰るためならば、僅かな可能性だって利用しなければならない。二人はガンにすがる思いで訊ねた。だが、当の彼はその方法をあまりいい方法だとは思っていないようだ。
「私が言うのは方法の方法だからね?」
「いいですよ」
揺るぎない精神の二人にガンは心が折れたようで「その方法は」と言葉を続ける。
「『データ・スクラップ・エリア』にある情報の海岸沿いで戻れる方法を見つけることだ」
「そこで方法を見つける、と?」
「データ・スクラップ・エリアはすべてのシステムにつながっている超巨大な記憶情報のごみ捨て場のようなものだ。そこで捨てられたデータなどは情報の大海の渦に揉まれて細かくなり、やがて情報の砂浜へと打ち上げられる。探すのはそこしかない」
気が遠くなりそうな作業になる、と言われるのだが、イアンたちは探す気があるようで――。
「その場所の案内をお願いします」
二人の言葉にガンは「いいよ」と頷く。こうして彼らは現実世界へと戻る方法を探すためにデータ・スクラップ・エリアへと向かうのであった。
それはそうと。そうイアンは思う。隣を歩くガン。彼は独りでレジスタンスのシステムを管理しているのだろうか。気になったのか「あの」と訊く。
「ガンさん以外にシステムを管理する人はいるんですか?」
「いいや、いないよ。私はRe:WORLDシステムを管理したときから……いや、前はいたのかな?」
「どういう意味ですか?」
「うーん、私自身の記憶情報が曖昧過ぎてね」
「記憶が曖昧?」
「うん。前にいた場所は誰かがいた気がするんだ。一緒にシステムを外敵から守ってくれたり。でも、その記憶ははっきりとは覚えていないんだ。こちらに拾われたとき、初期化されて記憶データも消えてしまったから」
なんだか、自分と似た境遇の人物だなとイアンは感じた。どこかしんみりとした雰囲気の中、ガンは「多分だけれども」と言葉を続ける。
「最初に私を作った人が『ガン』って名前をつけてくれたんだと思う。普通、プログラムに名前は存在しないから」
「ガンさんはその人とお友達だったんですね」
レーラのお友達というワードに「友達」と呟く。その言葉はどこか懐かしい気がした。いや、気がするだけ。記憶情報は初期化されているから、ほとんど覚えていない。
「……それじゃあ、ガンさんは俺たちの友達か?」
唐突にイアンがそう言った。それにレーラは鼻水が出そうなほど吹き出した。一方でガンはぽかんとしているようである。
「ちょっと、いきなり何を?」
「えっ? 変だった? だって、ガンさんは見ず知らずの俺たちが現実に戻る方法を一緒に探してくれるし……」
普通に考えるならば、自分が管理しているシステムに知らない誰かがいる時点で不審に思うし、なんならばコンピュータウィルスと思っていてもおかしくはないだろう。これはガンの人がいいということなのだろうか。
しかしながら、レーラはそう思わなかった。
「そうじゃないと思うけど……」
これはガンの善意か。そもそもプログラムに善意は存在するのか。そう考えていると、頭がこんがらがって痛くなってくるぞ。
「友達……そうか、友達か」
ガンは真に受けているようである。
「よかったら、二人の名前を教えてくれるかい?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺はイアンです」
「私はレーラです」
二人の自己紹介を歩きながら聞いて、ガンは「よろしくね」とプログラムというより、人間に近い笑みを浮かべた。
「私に対して敬称は要らないし、畏まらなくてもいいよ。友達ならなおさらだね」
「…………」
なんだかシステムプログラムと友達になってしまったぞ、とレーラは苦笑するしかなかった。それも二人に見られないように。何もそれがいけないということではないのだが、彼と友達となると、珍妙な気がする。かなりの珍しい友達か。そして何よりイアンはガンと友達になれてとても嬉しそうである。というか、イアンの場合は誰かと一緒にいることが楽しいのか。
お花畑な頭の二人だ。こちらとら、いつ帰ることができるのか不安だというのに。意外にも楽観的な考えを持つイアンが羨ましいと思った。あそこまで気楽でいるならば、毎日が苦痛だと生きている自分はつまらない人生を送っているように見える。
「レーラ、どうした?」
そういう風に生きるイアンは好きだ。自分の考えをきちんと持っているようで、とても羨ましいとは思えるから。
――でも、同時に私はイアンが嫌い。
「ううん、何でもない」
何かを考えているのだろうか、とイアンは心配だと思っていたのだが、レーラが「何でもない」というため、気にすることを止めた。あまりに過保護になり過ぎて、嫌われるのは勘弁だからだ。
「もうちょっとしたら、データ・スクラップ・エリアに着くからね」
目的地は眼前だと言わんばかりに、巨大な白い建物のようなものが見えた。その壁には青白い光のラインが走っている。それを目指しているのは何も自分たちだけではない様子。他のユーザーたちも要らないデータを捨てに来たのか、人型の何かが集まり出してきた。
「人が集まってきたな」
「誰もが使えるごみ捨て場だからね。世界中のありとあらゆるネットワークからユーザーは集まるさ。だから――」
建物へと近付こうとしたレーラをガンは止めた。何事かと思えば、彼はとある方向を指差すのである。
「捨てられるごみの中にはコンピュータウィルスがついていたりもする。あれは捨てられる前に脱出したんだろうね」
指の先にいたのは八本の足を持った大きな虫だった。あれがコンピュータウィルスらしい。
「あいつに捕まってしまえば、自分が持っている情報を食べられてしまうから気をつけて」
「わ、わかった」
三人はこちらに気を向けられないように十分な注意を払ってその白い建物の中へと入っていく。そこへ入ってびっくり仰天するのがイアンとレーラである。様々な形に色をした固形物を持った顔のないユーザーたち。彼らはそれらを躊躇なく穴の開いた場所へとその固形物を放り込んでいく。
ここがすべてのシステムネットワークにおける超巨大な公共ごみ捨て場――データ・スクラップ・エリア。見事なまでに圧巻する状況に二人は開いた口が塞がらなかった。
「すごっ……」
「こんなに大勢の人が?」
「ほとんどが同じ製造端末機のユーザーだよ」
ということは、このユーザーたちは楽園の者たちの可能性が高い。そちらの驚きよりも、ごみ捨て状況の方が驚愕しているようで、愕然とする二人に「こっちだよ」とガンが場所を案内する。
「こっちが捨てられたデータを拾えるデータの砂浜さ」
その説明と現場を見て、データの大海を見たイアンは「え」と声を上げる。様々な色が混じりに混じって真っ黒になっていた。それはぐちゃぐちゃに細かく砕かれ――やがて、こちらの方に、情報の砂浜の方に押し寄せられる。
「……私は一度、ここに捨てられた」
以前の記憶はあまりないが、覚えているのはそれだけ。なぜに捨てられたのかはわからない。誰が捨てたのかも知らない。
――願わくば、『ガン』と名付けてくれた友人でありませんように。
三人はゆっくりと情報の海岸へと赴くのだった。




