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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼女は何かを知っている。
27/108

◆27

 お菓子工場の出荷口からお菓子を盗み出し、辿ってきたルートを戻ってイアンとエルダはレーラと合流した。


「おっ、レーラちゃん警備服案外似合ってるよ」


「そうですか?」


「見回りが来ていない内に早く逃げましょう」


 周りを照らす懐中電灯は見当たらない。これこそ警備員たちの隙。今の内だと言わんばかりに三人は木を伝って壁を乗り越えた。トラックの荷台に乗り、イアンは周りを見るついでに工場の横にある従業員たちの寮に顔を向けた。明かりは所々ついているようで、起きている者は一応いるようだ。


「どうしたの?」


 立ち止まって寮の方を見ているイアンにエルダはそう訊ねた。


「気になる?」


「ええ。こちらに気付いていないかどうか」


 だが、寮にいる彼らは気付いていないようだ。それに一安心したところで、離れた場所で帰りを待っているオクレズのもとへと向かった。


 オクレズは三人の姿を見ると、すぐにエンジンをかけてくれた。いつでも逃げる準備はできているらしい。


「お疲れ」


「ははっ、大量に取れたよ」


 一ついかが、とエルダはオクレズにキャンディーを渡した。差し出されて彼は困惑気味であったが、その気持ちを無下にはできないとでも思ったのだろう。無言で受け取った。


「何事もなかったか?」


「ちょっと、警備員さんに見つかりましたけど、大丈夫です」


「そうか。ところで、今回もお菓子以外にも服を盗んできたか」


 オクレズは荷台に乗っている警備員の制服姿のレーラを見てからかう。意外と似合っているぞ、と。


「私としては可愛い服が欲しいんだけど」


 なんて不満を垂れているが、自分たちはレジスタンスの人間である。気楽に商業施設などで買い物なんてできるはずがない。


 それでレーラが思い出したこと。巡回をしていた警備員のスルー。同じ仕事をしている者たちならば、同僚の顔ぐらいは覚えているだろうに。よくもまかり通れたものだ。


「あの、エルダさん。こういう警備の人たちってどの階級の人たちが仕事をしますか?」


「おっ、気になる?」


「ええ。話しかけられましたけど、何も言われませんでしたもん。それが気になって」


 そういうことか、とエルダは荷台にいる二人にもキャンディーを提供する。それを口の中に入れるイアンも気になるようで「何も?」と話に入ってきた。


「うん、何も。全くあやしまれなかった。普通、気付くと思ったんだけど。ていうか、そうだよね? 同じ仕事をしている者同士なら。打合せとかするよね?」


「レーラの演技がよかったとかじゃなくて?」


「生憎、レーラの演技は下手だぞ」


 そこはレーラではなく、オクレズが答える。それに彼女は「オクレズさん」と唇を尖らせて不服そうにしていた。


「失礼ですよ。って、話が脱線したじゃないですか」


「ああ、警備員の階級だっけ? あの人たちも最下層民だよ。確か」


 二人のやり取りが面白かったのか、エルダは肩で笑いながらその疑問に答えてくれた。


「まず、楽園ヘヴンの工場にいる人たち……あの寮を利用している人は必ず最下層民だね。もちろん、こんな夜に見張りをする警備員も同様」


「だとしても、顔ぐらいは覚えるでしょうに」


「そんなヒマなんてないよ。生きるのに必死だからね。イアン君、階段下にいた警備さんの首を絞め落とそうとしたとき、あんまり抵抗はなかったでしょ?」


「えっ、ああ……言われてみれば」


 自分が移した行動を思い返す。欠伸をする警備員の背後に回って――。多少の抵抗に、との暴れはあったにしてもほとんど無抵抗ではあった。それは驚きが大きいからと思っていたが――。


「最下層民の収入だと一日一食が限界。それも具の入っていないスープを飲んでいるような食事ね」


「それって……」


「そぉんな生活していたら、力なんてないよ。ましてや、物理的に押さえつけられて抵抗する力なんて」


「こんな実態ならば、レジスタンス側に寝返るやつがいてもおかしくない、か……」


 それもそうだろう。事実、エルダがその通りなのだから。楽園ヘヴンの縛りから逃げ出さなければ、自分の身が持たない。命がない。毎日、毎日生きている人間にとってはそうせざるを得ない状況なのかもしれない。


 などと、憶測を立てていたイアンたちであったが、「それはない」とエルダは否定をする。


楽園ヘヴンの支配下にあるあたしたちは逃げる気なんてないよ。本来はそれがすべてだという洗脳教育をされてきたから」


「でも、それじゃあ死んでしまう」


「『死んでしまう者は弱者。生きる力を持っていなかっただけ。だから、施しを与えよう』、それが楽園の女王(クィーン)の言葉。あとは賢い三人ならわかるんじゃない?」


 そう言うエルダは自身の右手をちらつかさせた。


 楽園ヘヴンにて人を捨てた者たち、エンジェルズ。


「どれだけいるんだ?」


「あたしが知っている限りだと、四人しかいないよ。それ以外の連中は多分、その施しを受けたときに死んでる」


「つまり、最下層民たちはその施しを受けて死ななければ……」


「階級が上がるし、食べ物にも困らない」


 話を聞いているだけでも胸焼けがしてくるようだ。可能性が存在するから、楽園(ヘヴン)の最下層民はそれにすがって生きようとしている。なんとも悲しいことよ。


「エンジェルズはとにかくただの人間では太刀打ちできない存在。倒すためには相当の準備が必要になる」


「相当の準備が必要な敵相手って……」


「まぐれで勝てたらいい方だと思う」


 エンジェルズはそれだけの強者である。果たして、彼らに勝てそうな人間は存在するのか。人間を捨てた彼らに太刀打ちできる者は――。


 どのようにしたら、エンジェルズに勝てるのかと模索している内に拠点へと戻ってきた。イアンとオクレズが戦利品を運び出していると、グーダンが「エルダ」と彼女を呼び寄せた。どうやらまた話があるらしい。


 エルダは渋ることなく、「いいよ」とグーダンのあとを着いていった。


「あれ、全部読み終わったんだ」


「今ここでその話をしないで欲しい」


「おっと、ごめんなさぁい」


 二人は一番奥の部屋へと入った。そして、誰も入室ができないように鍵をかける。この部屋のテーブルにはエルダがグーダンに渡したファイルノートがあった。


「一応はすべてに目を通したが、この二つの文書は昔使われていた言語だよな?」


「そうだね。何の文書だと思う?」


「悪いが、俺はその言葉をよく知らん。オクレズに相談でもしようかと思ったが……」


「する、しないはグーダンさんの自由だけどね。ちなみに答えは前に説明した『計画』と同じような『計画』でした」


 エルダが答えを言うと、グーダンはとあるページを開きながら「一緒なのか?」と困惑を見せている。それに対して彼女は「惜しい」とその二つのページへと戻した。


「昔の言葉と今の言葉の二つが存在する時点でわかるよね? 昔の言葉、『レイの言葉』は二百年ほど前までごくごく当たり前に使われていた」


「…………」


 どう反応をしたらいいのかがわからない。グーダンは眉根を寄せてエルダを見ていた。沈黙がしばらく続いたかと思えば、彼女は口を動かす。


 そんな気の重い空気の部屋の外――ドア越しで耳を立てている人物が一人いた。その人物は少年、タツである。


「『一度破綻した計画をもう一度』……?」

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