◆24
五人の神が世界を創った。
アヴェシェロは生命の源である水を。イグニシスは母なる恵みの大地を。ウンノリエは永久の美しき空を。エイファロンは試練のために存在する自然を。オリエヴィジェはすべての生物において聡明な人間を創った。
神々は自分たちが作った存在を愛した。特にオリエヴィジェは人間を溺愛する。そのあまりに彼は人間と接する機会を作るために、人間になる指輪『ラヴリング』を創ったのだ。
オリエヴィジェは人間と暮らす時間がとても楽しいものであると思っていた。ああ、永遠にこの時間が続いたならばいいのに。一生彼らといたい。そうは思っても、時が過ぎれば彼は神として生きなければならないのである。
オリエヴィジェは人間から去る間際にフェリシエンヌという者に忠告をする。
「この世界は人間の楽園、そう易々と他の生物に明け渡してはなりませんよ」
フェリシエンヌは誓ってその忠告を守ると約束した。約束をした彼はオリエヴィジェからラヴリングを渡すのである。それはいずれ『オリエヴィジェ』が神ではなく、人間として再びこの地に戻ってくるという誰も干渉できない約束。
こうして、オリエヴィジェは惜しみながらそこを離れ、フェリシエンヌはラヴリングを持って彼の帰りを待つのだった。
「はい、おしまい」
レーラがそう言うと、ベッドに体を横にしていた子どもたちが「えぇ」と不満垂れる。
「もうおしまいなのぉ?」
「まだききたいよぉ」
どうやらレジスタンスの子どもたちを寝かしつけるために、レーラがおとぎ話を聞かせてあげていたようだが――彼らは寝る気はないらしい。もっとお話をしろとせがんでくる。
傍らで話を聞いていたイアンも「もうおしまいだぞ」と声をかけた。
「寝る時間だし」
「やだぁ」
「……寝てくれ」
イアンは困ったような顔をしているが、事実であった。実のところ、本当は彼が子どもたちを寝かしつけるために、色々とお話をしてあげた(大半は本の読み聞かせしてあげていた)のだ。だが、残念なことに彼らは諦めない。そこで助っ人として呼んだのがレーラである。これでも彼女がするお話は五つ目。
二人が早く子供たちを寝かしつけたいのには理由があった。これでも彼らは夜のミッションがあるのである。今回はあのお菓子工場でゲジェドたちから情報を得るための対価となるお菓子の奪取である。
「ミッション、あるんだけどな」
「しらないもん」
当たり前だ。都合があるのは二人だけであり、子どもたちにとっては不都合以外の何物でもないのだから。
さて、どうしたものか。イアンたちが早くも疲労を見せていると――。
「何をしているの?」
エルダが偶然にもこの部屋を通りかかったようで、そう訊ねてくる。彼女もまた二人と同様のミッションに挑むのである。
「いや、子どもたちが寝てくれなくて」
「寝ないの?」
「ねぇ、イアンおにいちゃん。おはなししてぇ」
「レーラねえちゃんも」
文句を垂れる子どもたち。それを見てエルダは「なるほどね」と苦笑い。それと同時に同情の念も送っているようである。
「お話、何でもいいならあたしがしてあげようか?」
「えっ、いいんですか?」
正直言って、エルダが救世主に見えた二人。もちろん、子どもたちもお話を聞くならば、誰だっていいらしい。少しだけ戸惑いを見せつつも「してぇ」と彼女に頼んだ。
「なんのおはなしぃ?」
「オッケー、今の楽園の政治情勢を語ってあげよう。楽園の女王は知っているよね? みんなにとっての敵である楽園の親玉。その人の配下にある政統治官長さんがいるんだけれども、その人が施行した一つの公約が『紋様絶対支配下』というものは明らかに楽園の女王の思想に則っているんだよね。まず、生まれたばかりの子どもの右手の甲に楽園の紋様を入れて、手の平には管理チップを埋め込む。そうすることで――」
エルダがそこまで言ったときだった。あちらこちらから寝息が聞こえるではないか。どうも彼女がする話は眠くなるお話だったらしい。
「すごいですね」
思わず、イアンとレーラは小さな拍手を送る。だとしても、腑に落ちないのか、エルダは「ここからいいところなのにな」と残念そうだ。
「一応、ここの子どもたちも知っておくべきだと思うんだけどなぁ」
「それでも、まだ早いお話だと思いますよ」
年齢的に考えて。語るならば、タツぐらいの子どもがちょうどいいだろう。彼の場合は子ども扱いするなと怒りそうであるが。
あれほど小うるさくお話をせがんでいた子どもたちが寝てしまったため、三人は今夜のミッションに備えて準備をするのであった。イアンとレーラはフォーム・ウェポンを。一方でエルダは小型銃とナイフを持つ。どうやらこの武器の差はグーダンの指示らしい。こればかりは仕方ないだろう。もっとも、彼女もあまり気にしていない様子。
「他、向こうに入って、なくて困る物ってあった?」
「大体は。武器自体、あまり必要性はないですけどね」
工場内侵入ならば、制服が必須かと思われるが、今回は真夜中のミッションである。従業員は隣にある寮にいるだろうし、気をつけるべきなのは巡回する警備員ぐらいか。
以前と同じルートで侵入するが一番か、とイアンがポケットにフォーム・ウェポンを仕舞おうとしたときだった。エルダはそれを見て「それ、取ったんだ」と見てくる。彼女が知っていても無理はないはず。これはヘヴン・コマンダーの拠点から奪取してきた物だから。
「ええ、奪取した物がたまたまこれだったようで」
「ふぅん、アタリを引いたんだね」
「アタリ?」
このフォーム・ウェポンについて何かしら情報を持っているのか。イアンが訊ねようとすると――。
「元々エンジェルズの専用武器だしね」
質問する前に教えてくれた。
「あの人たちも似たようなものを持って……?」
「そう。イアン君とレーラちゃんが持っているそれはあの人たちよりちょっとだけ劣化した物だけどね。多分、普通のヘヴン・コマンダーにも持たせる気だったのかな」
「よくご存じで」
「まあね。ていうか、その武器って普通じゃないしね」
エルダの普通じゃない発言に硬直する二人。冷静に考えてみれば、そうである。ただの金属の板が色んな武器に変形するのは奇妙な話だから。
「なんだっけ? この世のどこかにフォーム・ウェポンのモデルとなった武器があるらしいよ」
暇なときに探してみる? なんて誘ってくるのだが、イアンはお断りを入れる。そうしている時間はないというのも大きい。ここのレジスタンスは基本的に人手不足だ。それが故に、彼らがミッションに身を投じていたりするのである。
「あれ? しない? じゃあ、別にいいか? 一応は楽園の女王に有効的な武器だと思うけどな」
「だったら、リーダーにその情報を伝えてはどうですか?」
「それもそうだね。今度言っておくよ」
さてさて、そろそろ時間だ、とエルダのマイペースが目立つ。今回初めて同じミッションをするのだが、ここまで自由人だったか。肩身の狭い思いをしながら過ごすかと思われた。彼女自身が元楽園側の人間だから。しかし、エルダはそれぐらいのことで他の者たちに距離を置いたりしなかった。周りが一線を置いているのにもかかわらずだ。どちらかと言うならば、彼女は空気を読まない人物だろうか。割とぐいぐいきて、困惑させられることが多々あるから。
「それにしても、お菓子かぁ。あたし、見たことはあっても食べたことがないや」
オクレズにトラックで送ってもらう際にエルダはそう言う。その発言を聞いて、二人はびっくりした。てっきり、楽園の人間は誰しもが口にしたことがあると思っていたのだが――。
「ないんですか?」
「うん。知っているかわからないけど、楽園は階級制だよ。そんな中であたしは最下層民。本音を言うと、レジスタンスの人たちよりも悲惨な生活を送っているんだな、その最下層民ってのは」
「知らなかった……」
「そそ、だからオクレズ君。このミッションでお菓子の箱を二箱取ってきてって言っているけど、あたしの分も取ってきていい?」
「欲張り過ぎるなよ」
エルダの衝撃的事実に驚いた二人は唖然としながらも、荷台に揺られながら、お菓子工場へと向かうのだった。




