◆23
ヘヴン・コマンダーの追っ手はあれ以来なかった。無事にグーダンが指定したダミー拠点へとやって来たイアンたちは一安心した様子。気配も火薬のにおいもあまりないから。気を張ってまでいなくてもいいから。
「あまり無茶はするなよ」
着いてからオクレズにそう言われるイアンは「はい」と少しばかり反省をした。怪我はなかったとは言え、下手すれば爆炎は自分たちが乗っていたトラックにまでも及んでいたという可能性があるのだから。
「しかし、フォーム・ウェポンをあんな風に使うとは思わなかった」
というよりも、武器に変える以外の使い道があるとは思わなかったらしい。いや、それをグーダンの形――人の形に変えることができるのを知っているのはイアンとグーダンだけ。そして、エンジェルズのラファエルとガブリエルである。
「ただ、なんでリーダーなんだ?」
「それは……俺にもわかりません」
きっと、誰にもわからないだろう。閃いた作戦がそれだけだったことであるのだから。あまり詳しくは説明できないイアンが引きつった表情で中へと入ると、噂のグーダンが既にいた。他にも数名のレジスタンスがいるようである。
「おう、何事もなかったか?」
あったのだが、言うに言えない。それにオクレズは詳しいことは訊こうとしないため、問題ないのだろう。グーダンは早速と言わんばかりに奥の方へと楽園の亡命者であるエルダを招き入れた。
「イアンとレーラは適当な部屋で休息を取っていても構わない」
要約すると、二人はグーダンたちの話に加われないらしい。これでも重要機密事項だろう。仕方あるまい。イアンとレーラは彼らの後ろ姿を見送ると、それぞれ個別の部屋で休息を取ることにするのだった。
グーダンより奥の方へと案内されたエルダはオクレズを含めたレジスタンスの銃口に囲まれながらも、椅子に座った。彼もまた向かい側に腰掛ける。
「どこまで話したか?」
「あたしの自己紹介と証拠提示までね」
エルダはイアンたちにも見せた自身の腕を取り出して、テーブルの上に置いた。手の甲に切り刻まれた傷跡が痛々しい。
「うん。そして、あっちの情報も提示してくれるんだっけか?」
「するのはする。でも、データじゃなく、紙媒体でね」
そう言って、一冊のファイルノートを取り出した。それは分厚い物で楽園の情報が喉から手が出るほど欲しいグーダンたちにとっての最高のご馳走。だが、気になるのはなぜに、このご時世に紙媒体で情報提供をするのかである。その理由について問い質そうとしたところ、エルダは「電子機器じゃ危険だから」と言う。
「楽園はすべてを管理し、監視している。この紙やファイルノートだって、入手するのに苦労した」
「どうやって手に入れた?」
「基本的に独自で。あとはお菓子のおじさん」
「ゲジェドか」
だとしても、なぜに自分たちを頼ったのか。亡命する場所だって、こちらでなくてもあちらでもいいだろうに。グーダンがそう言うと――。
「言い方が悪いけど、これでも品定めしていたの。どの派閥に入る方があたしにとって一番いいかをね。残念だけど、彼らの思想は合わないと判断した」
「合わないだって?」
「それについては追々と説明するとして。まずはこれ……楽園が考えている計画。これを知って、あたしはやばいと思った。だから、逃げたの」
ページを捲るエルダはとある場所を見せた。グーダンはそのページの文章を見て、怪訝そうな顔をする。
「なんだこれは」
「『計画』」
「『計画』?」
「そう。それともう一つ『計画』というものは存在するよ」
その計画とやらの概要を見て、眉根を寄せた。これを楽園が考えている、実行しようとしている計画であるならば、相当危険な類のものではないだろうか。いや、これは人類にとってのタヴーとも呼べる代物なのかもしれない。
「なんだ、これは……」
あまりの内容に、グーダンは大きく息を吐いた。なんとも形容しがたい、『計画』というもの。彼の動揺に対して、エルダは動転する様子もなく、あくまで冷静に答えた。
「概要の通り。言っておくけど、これはまだ他の派閥には教えていない」
「いや、彼らが知ったら知ったで……。それよりも、なぜにあなたがどこでこれを? こんなの、楽園でも相当の地位ある者でなければ、知ることはないのではないか?」
「まあね。でも、あたしが言えることはそのファイルノートにある物はすべてこの世の真実であるということ」
真っ直ぐな目のエルダにグーダンは頭を抱えながらファイルノートをぺらぺらと捲っていった。何も考えている計画とやら以外に楽園の本部の建物の内部設計まであるのだ。これはある意味での貴重な資料だろう。
「それで、あなたがこちらに求める見返りとやらは?」
問題はそれだ。ここまでのとんでもない情報を軽々しく渡してきたのだ。エルダは何が望みなのか。本当に逃げ出したかったからなのか。そうとは言いきれそうにない。彼女からの答えを待っていると、彼女は一度深呼吸をして言うのだ。
「楽園の思想壊滅を手伝って欲しい」
その言葉で更に動揺しているのはグーダンだけではない。銃器を手にしているオクレズたちもだ。話が飛び過ぎて頭が真っ白になる。
楽園の壊滅だなんて。レジスタンスの者たちが夢みてきている望みだ。それを向こうサイドだったエルダが口にするなんて。グーダンは何も言えなかった。言葉が見つからないのだ。言葉を詰まらせていると、彼女が口を開いた。
「多分、グーダンさんたちの考えはただの復讐でしょ?」
「……ああ」
「それで向こうが懲りるはずないから。むしろ、それがトリガーとなって計画を促進する火種になる」
「それは俺たちの考えを否定するのか?」
「半分はそう。でも、あなたたちの派閥の考えは悪いとは思わないけどね。やり方としてまずいと思っているだけ」
「……ちょっと考えさせてくれ」
何を言ったらいいのかわからないのか、グーダンは苛立ちが収まらないらしい。タバコに火をつけて一服した。
「あれだ、ゲジェドたちの思想じゃ割に合わないのか?」
「ゲジェドさんは結果的に楽園の考えに賛成しているようなもの。あと、メーディさんやクェイラさんたち派閥の思想は絶対に向こうには通用しない」
「あの二人は今の政権の解体だったか。それでもダメっていうのか?」
「いいや。あたしがグーダンさんたちのところに来た理由はあっちの計画の進行を阻止させるだけのため。言っておくけど、あなたたちが一番危険だから」
「その計画とやらを止めるために、俺たちは今までの考えを捨てろと?」
グーダンのイライラは止まらない様子。もうタバコを飲むより、それを強く噛んでいるだけ。堪能する気はない。
「そんなことはないよ。思想はそのままでもいい。だから、あたしの計画阻止を手伝って欲しいだけ」
グーダンはしばらく考える素振りを見せて、まだ長いタバコを灰皿にぐりぐりと押しつけた。そうして、黙って銃口をエルダに向けているオクレズを見る。
「オクレズ、どう思う?」
「俺はリーダーの言うことなら賛成です」
それは他の者も同様だった。質問を投げられなくても、大きく頷くのである。オクレズたちにとって、グーダンの考えは自分たちの考えと捉えるらしい。それならば、と「わかった」そう、大きく息を吐く。
「あなたの願いは聞き入れよう。が、俺たちの拠点の中での地位はかなり低いものと思っていてくれ。あなたのことを他の連中に包み隠さず紹介するから」
「構わない。あたしもあなたたちの仕事に全力でお手伝いするよ」
双方の交渉が成立し、話し合いが終わろうとするのだが、グーダンは「言っておくが」ともう一つの条件を突き出す。
「ここにいる全員はこのファイルノートについて知ったことを他言するな。他のやつらが混乱を招くかもしれん」
「わかりました」
これで話し合いは終わりだ、とエルダが提出したファイルノートを手にしてグーダンが部屋から出ようとしたときだった。彼女は「あの」と呼び止める。
「一つ、訊きたいことが……」
「なんだ」
「一緒に来たイアンって子、本名は?」
エルダのその質問にグーダンやオクレズ、他のレジスタンスたちは顔を見合わせると、眉根を寄せた。
「イアン・アリスだが?」
「本当?」
イアンのことを何かしら知っているような気がしたが、確信は持てない。いや、エンジェルズが彼のことを知っていたのだ。中枢関連の情報を引き出すほど事実を知っているエルダは――「何か知っているのか?」その可能性が高い。
だが、その質問にエルダは何事もなかったかのようにして。
「いいや」
知らない、と答えるのだった。




