◆22
「楽園の人間だって?」
開いた口が塞がりそうにない。ここ最近驚きっぱなしが続いている。それほどまでに驚愕的事実が眼前に迫っているということか。
楽園の人間だと聞いて、レーラは不機嫌そうな顔を見せている。その機嫌を直そうとしているのだろうか、エルダは「元だよ、元」と訂正を求めた。
「確かにあたしは楽園側だった。けれども、そこから逃げてレジスタンスに逃げることにしたんだ」
エルダは亡命者だった。
「なんで、こっちに?」
「んー? ちょっと、あっちの考えがやばいことに気付いてね。ちょうど、拠点潰しに来たレジスタンスの連中を見掛けたからさ。それがグーダンさんたちだったってわけ」
「…………」
レーラはとても何か言いたげである。この場で大声を上げて癇癪を起こしたいのだろうか。だが、トラックを運転するオクレズは周りの警戒をしていてくれと言っていた。その言葉とグーダンが指示をしたミッションの意味。これらを照らし合わせると――。
亡命者、エルダには追手が来る可能性がある上、「亡命したい」という言葉の信憑性が薄いから。このまま共に寝泊まりをする拠点に戻ったとしても、そこから楽園側にバレてしまえば? 一巻の終わりである。
だからこそ、グーダンは策を作った。迂回しながらのダミーの拠点へと向かう。そうしながら、追手がいるならば、そこまで撒けということだろう。
平たく言えば、亡命者だろうが信頼は全くできないということ。それはイアンでも同様だったはず。彼の場合はヴレィス峡谷で死にかけのところをたまたまグーダンたちから助けてもらったらしい。楽園の者ではないが、どこの派閥のレジスタンスかすらもわからなかった。
【ここで療養している間はこの部屋から出ないでくれよ】
グーダンはお人好しと見せかけた疑り深い人物である。仲間内ではどうなのかはわからないが、余所者に対しての当たりは少し強い。いや、得体の知れないものに対しては誰だって当たり前か。まだ彼は優しい方と捉えるべきなのだろう。
「すまないな、二人とも」
状況を把握しきれた頃合いを見てか、オクレズは荷台にいる二人に申し訳なさそうにいうのである。彼の言いたいことはわかる。黙っておきたかったのだろう、エルダの正体を。これ以上の騒ぎを立てたくなかったのだろう、彼女の存在を。しかし、一番思うことはある。エルダの右手である。楽園側の者は右手の甲に入れ墨をしているはずなのだ。彼女にはそれらしきものはない。あるのは到底人の者とは言いがたい機械の手。それは『エンジェルズ』の意か。
エルダはエスパーなのだろうか。右手をじっと見てくるイアンの視線に気付いたようで「気になる?」と見せてきた。
「右手、本当は楽園の忠誠を誓ったと証明するモノがないからね」
「エンジェルズですか?」
「いや? エンジェルズはたとえ体を機械に身を委ねても、あのマークは入れるよ。あたしの場合は逃げるために、逃げたかったからこうしただけ」
逃げるために入れ墨を入れていない。その発言にレーラは「腕は?」と訊ねた。それにエルダは小さく笑う。
「切り落とした」
そう言って、懐から出したのは力の入っていない下腕だった。手の甲にある入れ墨は忌まわしいという感情がただ漏れするかのように、ずたずたに刃物で傷付けられているではないか。
「楽園からの亡命者である証明を作るならば、手の一本がどうなっても構わない。あたしはとにかく逃げたかった。だから、死ぬ覚悟でグーダンさんたちに近付いた」
何も言えなかった。いや、かける言葉が見つからないのである。
あまり見世物ではないとでも言いたげに、エルダは切り落とした右腕を仕舞った。衝撃的な物を見たというせいもあってか、トラック内では無言が続いた。とてつもなく、空気が重たい。レーラの方を見れば、なんとも言えない表情をしている。楽園の人間に対する感情を出したいのだが、彼女の本気を見てしまったせいで言いたいことも言えないのだろう。それはもちろんイアンもだった。この気まずさある空気をどうにかしたい。かと言って、三人を穏やかにすることは不可能である。
イアンが一人悩ましくしていると、イヤフォン型の通信機器よりタツから連絡が入った。なんというか、彼はある意味で救世主ではないだろうか。
「どうしたんだ、タツ」という声はどこか弾んでいる様子。しかし、タツはその声音に気付いているのか。はたまた気付かないふりをしているのか――。
《リーダーからの伝言。本当はオクレズさんかレーラ姉にしようと思ったけど、二人とも電源を切っているから仕方なしにイアンに》
「別に理由なんていいけど」
《要るのっ。いいから聞けよ。というか、オクレズさんに伝えてくれ。迂回路はミノン山道を通ってこいって》
「ああ、わかった」
イアンが返事をすると、タツはすぐに通信を切ってしまった。ブツン、という少し耳に痛い音が聞こえる。彼はレーラにメモ用紙の有無を訊ねた。
「あるよ、はい」
本当は口頭でいいかとも思った。だが、車内にはエルダがいる。いくら自分がレジスタンスに身を売ると言っても、まだまだ信用はできない人物だ。イアンはメモ用紙にタツからの伝言を書くと、それをオクレズに手渡しした。しばらく前方とそれを交互に見て――。
「わかった」
受け取ったオクレズは小さな声で「ありがとう」とお礼を言うと、その用紙をポケットに適当に突っ込んだ。
「目的地まではそんなに時間はかからない」
誰に対して言い放ったのかは定かではないのだが、それは全員に言っているようでもあった。
そんなに時間はかからないと言っていたが、どれほどぐらいなのか。少しばかり気を緩めたレーラ。少し面倒そうに足を投げ出していると――。
「危ないっ!」
急激にイアンが声を荒げた。危険だと察知した彼はレーラを自分の方に抱き寄せる。途端に彼女がいた場所にあるのは弾丸だった。
「えっ」
「オクレズさん!」
「ああ。二人とも、落とされるなよ!」
銃声とイアンの焦った声音だけで判断をしたオクレズはアクセルを踏み込んだ。急発進するトラックは荷台に乗っている二人を振り落としそうな勢いで揺れる。
「うっ!?」
「は、ヘヴン・コマンダー!?」
「レーラ、車体にしっかり捕まってろ」
一瞬だけであったが、弾道はトラックの後ろから来ていた。だとしても、後方から追いかけてくるものは何もない。見当たらない。どこから撃ってきたのか。どこから来るかわからない以上は下手に動けない。そう判断したイアンはフォーム・ウェポンを盾に変形させて、レーラと共に隠れ込んだ。こればかりはこちらの方が賢明だろう。
「……っ!?」
エルダはまさか追手が来るとは予想していなかったらしい。難しそうな顔をして、窓から顔を覗かせる。
「おい、あんた。弾が顔に来るぞ」
一応は心配しているらしい。オクレズがそう注意を促す。
「う、うん。ごめんなさい。でも、見えない彼らから逃げるにはどうするつもりなのか……」
「多少の入り組んだ道ならあいつらも撒くことはできる。が、そこまでは距離が遠い」
「そう……」
不安げながらも、エルダは荷台にいる二人をサイドミラーから確認した。その直後にそれは弾丸によって破壊され、後ろを確認できなくなってしまう。
一方でイアンはぶつかってくる銃弾を盾で防いでいた。見る限り、手当たりからして後方から来ているのは間違いないのである。それでも正体が掴めないのは歯痒い。
「い、イアン」
「これで凌ぐしか……」
見えない攻撃。見えない敵。恐ろしいが――。
「は?」
盾からこっそり顔を覗かせて、相手の様子を窺っていたイアンは謎の追っ手のあることに気がついた。
地面にある謎の影。これが見えない敵の正体。迷彩か。
わかった以上はやることやらないと。思い立ったが吉日、イアンはトラックの荷台に置かれた鉄の箱を開けた。その中に入っている物は――大型爆弾。いや、訂正する。この鉄の箱こそが爆弾そのものである。中身は仕掛けであるのだ。
イアンは中身の仕掛けに手を触れた。爆破の仕掛けは中の仕掛けにある紐を一定の長さまで伸ばすこと。ただゆっくり伸ばすのではなく、一気に引っ張らなければ爆発はしない代物である。
少しは危険の賭けかもしれないが、やらないよりはマシだ。
「ねえ、もしかして……」
爆発の準備をするイアンに気づいたレーラは顔を引きつらせた。
「そのまさかだ。レーラ、フォーム・ウェポンを借りていいか?」
「気をつけてよ?」
レーラからフォーム・ウェポンを受け取ると、勢いをつけて盾から飛び出た。大型爆弾の箱を抱えて。そして、すぐさま箱を投げ捨てた。もちろん、紐はきっちりと手に取って。
更に、箱の重さに体が持っていかれないようにしてレーラのフォーム・ウェポンを変形させた。ラファエルとガブリエル戦で学んだ形。
一定の長さまで伸び、限界まで達したとき、イアンは荷台の外に投げ出されそうになる。それを引き留めるは車体を掴んだフォーム・ウェポン型グーダン。それと同時に彼は紐から手を離した。鉄の箱型爆弾はガンガンと音を立てながら、謎の影のところまで転がると――大爆発を起こした。その熱風がこちらに伝わるほどである。熱い、があまり気にしていられない。これで成功なのか――。
そう、成功である。先ほどまでは見えなかったヘヴン・コマンダーの装甲車が横たわって炎上していたから。
炎が立ち上がるその車はまだ後ろから追いかけてきていた迷彩装甲車にとって邪魔だったようで、急ブレーキが間に合わない車体も現れて巻き込まれてしまったようだった。
大規模な事故と言っても過言ではない。四人はそんな大惨事を後目にダミー拠点へと急ぐのだった。




