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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
20/108

◆20

 新たに現れた『エンジェルズ』らしき人物。正直言うと、イアンは息を切らしていた。ウリエルとの戦いにおいての疲労である。今がチャンス、退却できると安心していたのがいけなかったらしい。


 濃い緑色の軍服を着たエンジェルズの一人はじっと彼を見ていた。ここで戦わなければならないのか。せっかく、ウリエルをダウンさせたばっかりなのに。早く逃げなければならないのに。


 イアンはこちらもまた己の体に動きを任せるかと短剣二本を構えた。だが、向こうは何もすることはなく――下に転がるウリエルを抱えたのである。それは戦わないと言っているのだろうか。


「お前は……?」


 ようやくイアンが口に出した質問。エンジェルズはそれに答えることはなかった。ただ黙ってウリエルを担いで奥へと行ってしまったのである。


 一人取り残された。この暗い場所に。水があって、足が濡れているのが実に不愉快。それが原因なのかはわからないが、安心感は拭えなかった。これはラッキーと言うべきなのだろうか。少し困惑をしていると、オクレズから連絡が入る。


《イアン。グーダンさんから聞いたが、お前だけで平気か?》


「へ? あ、はい。さっき、もう一人エンジェルズが現れて……でも、ウリエルを担いで奥の方に行きました。俺、上に上がります」


《もう一人のエンジェルズ? 気をつけろよ》


「はい」


 イアンはオクレズが通信を切ったことを確認すると、元来た道を戻った。地盤沈没したところにあるのは一本のロープ。これを使って下水道まで下りてきたのである。


「…………」


 あの無表情のエンジェルズはなぜに戦う意思を見せなかったのか。エンジェルズだろうが、ヘヴン・コマンダーらはレジスタンスを見たならば戦闘心を見せてくるのに。


 ロープに手をかけて上る。そうして合流地点としてである拠点から少し離れたところへとイアンがやって来ると、レーラとオクレズが歓迎をしてくれた。


「イアン、タツを助けてくれてありがとうな。本来は俺たちが先に行っていなければいけなかったんだが……」


 オクレズ曰く、どうも裏通りにヘヴン・コマンダーが多くいたそうだ。これではタツの捜索や救助どころではなかったらしい。


「少人数で行動しようとしたことが仇となったようだ」


「そうですか。でも、さっきの連絡、嬉しかったです」


「もう少ししたら、拠点に戻るけど……あっちの方にリーダーたちいるよ」


「ありがとう」


 ひとまずは帰還報告として、イアンはグーダンたちがいるところへと向かった。彼らは火を焚いたところを囲むようにして座っていた。


「グーダンさん、戻りました」


 どこか声をかけづらかったのではあるが、何事も行動を起こさなければならないのである。イアンが呼びかけると「ああ」そうグーダンは返事をくれた。


「戻ってきてくれたか。怪我はないか?」


「一応は。タツは? 怪我はないかな?」


「ない」


 タツは不貞腐れたように唇を尖らせていた。それはまるでレジスタンスチルドレンがイアンと遊べなかったときに見せる不服そうな表情のよう。何かを察したのか、グーダンが横やりを入れようとするのだが――。


「リーダー」


 一人のレジスタンスが怪訝そうな顔を浮かべてこちらへと「ちょっと」そう、来て欲しそうにジェスチャーをする。これにグーダンは立ち上がると、二人を残していってしまった。


 より一層気まずくなるその場であったが、先にこの空気を壊したのはタツだった。彼は伏し目がちに「あのさ」と小さく言う。


「あんたは、どうして俺たちの味方として戦ってくれるんだ?」


「え?」


「ただ単に記憶がないから、ここで世話になっているだけだろ? もしかして、リーダーに恩を返したかったから?」


 唐突な問いかけにイアンはどう答えていいのか頭を悩ませるのだが、彼にとっての率直な返答を出すのだった。


「そうなのかもしれない」


 非常に曖昧な答えにタツは眉根を寄せてこちらをじっと見た。そんな目で見られても、自分の気持ちや考えに変わりはない。


「でも、他にも理由はある」


「…………」


「居場所が欲しかった」


 イアンの言葉にタツは唖然とした。呆気に囚われた口を開いた顔。予想外の答えらしい。なんだか、子どもっぽい答えだ。寂しいとか、悲しいという次元の。


「知っているだろ? 俺、記憶がないって。ないからこその恐怖を持ち合わせているんだよ。何も持たない恐ろしさを」


「独りが嫌なのか?」


「それはタツも一緒じゃないか? お父さんとお母さんに会いたかったんだよな。独りにしないでくれって言いたかったんだよな?」


「…………」


 否定しなかった。あのとき、ウリエルに殺害された両親は自分を突き放すような言い方で「逃げろ」、「早く行け」と言っていた。それが悲しくも寂しかった。思わず、タツの目には涙があふれ出てくる。イアンが言ったことは真実だから。


「俺自身が経験したかどうかはわからないけれども、『独り』ってすごく心がすり減っていく感覚に陥るような気がするんだ。特に、真っ暗闇に取り残されたあの感覚」


 ウリエルがエンジェルズの誰かに担がれて、独りになったときの孤独感。安心よりも不安が大きかった、と言う。


「誰かが傍にいてくれたら、俺はとても嬉しい。安心する」


「……うん」


 タツもまた否定はしなかった。イアンが助けに来てくれたとき――。


【させるかっ!】


 グーダンに連れられて「大丈夫か」と声をかけてもらったとき。心の奥が熱く感じた。それだけ嬉しかったという証拠だろうか。


「……イアン、ありがと」


 ぼそり、と声は小さかったものの――イアンの耳には届いた感謝の言葉。


「タツ……」


「なんで、そんな嬉しそうな顔をしているんだよ」


 頬を上げているイアンにタツはたじろいだ。なぜにそんな嬉々としている。ただお礼を言っただけなのに。それだけでそこまで嬉しいものなのだろうか。


「いや、だって……タツ。初めて俺の名前で呼んでくれたからさ。そりゃ、嬉しいよ」


「え? ああ。そう」


 タツは自覚をしていなかったらしい。それでもイアンは構わなかった。あまりの嬉しさに優しい微笑みを向けていると――。


「そういう見守るみたいな顔をするの止めてくれない? 子ども扱いされている気がするんだけど」


「えっ? タツはまだ子どもだろ? 別にいいじゃん。弟みたいでさ。俺に兄弟いるか知らないけど、こんな感じなんだろ? 弟扱いって」


「その顔してくる兄貴は正直言って、気持ち悪い」


 さらり、とばっさり伝えられたタツの気持ちを受け止めてイアンは、今度は悲しそうな顔を見せるのだった。どうやら彼は表情豊かな人物らしい。コロコロと表情が移り変わりする様子を見ていると、どちらが子どもであるかわからない感じがなんとも絶妙である。


「気持ち悪いってなんだよぉ!? お前口悪いな!?」


「事実を言って何が悪いんだよ。言っておくけど、俺は口が悪いんじゃなくて、正直者なんです」


 ぎゃーぎゃーと喚き立てる二人を遠くからレーラとオクレズは見ていた。今までに見なかった彼らのやり取りを見てどこかほっとしている様子。


「仲がよくなったな、あの二人」


「ね。タツったら、最近まで不愛想だったんですから」


「それ、レーラもじゃないか?」


 オクレズにそう言われ、彼女は「えぇ?」と片眉を上げる。


「まあ、そりゃあ……最初はね。見ず知らずの人間を信用するってなかなか難しいことだと思いますよ」


 だから、本音を言うと、まだイアンに心を許していない。本物の見ず知らずの人間、いつかは信じてあげたい。なんてレーラが鼻で小さくため息をついたときだった。向こうの方から騒がしい声が聞こえてくる。それに二人は顔を見合わせる。いや、兄弟げんかのように口論をしていたイアンたちも気付いたようである。


 一体何があったのか。

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