◆2
朝のあいさつをされてレーラは何もかも思い出した。なぜに『彼』がここにいるのか。
「おはよう」
若干不機嫌ながらも――納得のいっていないとでも言うような表情を見せながら、愛想笑いを見せているイアンにそう返した。結局はあいさつだけだろう。そう高を括っていたレーラが彼の横を通り過ぎようとするのだが「なあ」と呼び止められた。
「何?」
なるべくは関わりたくないのだが。この世界を取り仕切っている楽園の者たちに対抗するレジスタンスとしての志は、一応は同じ。レーラはぶっきらぼうながらも振り向いた。イアンの後ろにはここのリーダーであるグーダンがいるのはあまり気にしないことにする。
「グーダンさんがきみと一緒にミッションをしろって言うから……」
ミッションを一緒にする? あまりの衝撃的なことにグーダンの方に詰め寄ってしまった。
「リーダー!? なんで私が彼と!?」
「俺は別に忙しい。それに、他の連中に任せるより年の近いレーラの方がいいだろうと思ってだな」
「オクレズさんは!?」
自分とミッションをするより、別の誰かとやるべきだと考えているレーラは周りを見渡した。他の者たちは目を合わせたら終わりだとでも言うような面持ちでトラックに荷物を積んでいく。
「オクレズは物資の運搬でいないだろ。ほら、昨日教えたところにイアンと一緒に行け」
強引に地図を渡されたレーラはどこか恨めしい目付きでグーダンの背中を見送った。そんな彼女に声をかけづらいとでも思っているのか、イアンは戸惑った様子でいる。この彼らを見て、他のレジスタンスの者たちは苦笑いをするしかなかった。
「あの、レーラ……」
「何? もう行くよ」
こうなれば諦める他ないのか。盛大にため息をつくと、イアンに指示を出す。向かう先はこの拠点の出入口。そこで二人を待ち侘びていたのは自分たちよりも年下の少年だった。
「いってらっしゃい」
少年はレーラの顔を見て同情したように武器を渡した。それを彼女は「ありがと」と受け取る。ただ、イアンには無言で差し出した。
「ありがとう」
お礼を言うのだが、どうもこの子どもには相手をしてもらえないようだ。無表情で見送っているから。こればかりは無理があるのだろう。昨日今日と突然入ってきた余所者だから。
少年はイアンにではなく、レーラに顔を向けて「クレンシャス街道は気をつけて」と助言を送る。
「みんなが言ってた。そこにはヘヴン・コマンダーたちがうろついているからって」
「情報ありがと。大丈夫、余程のことがない限りそこには近寄らないから」
二人(主にレーラ)を見送る子どもに手を振りながら、外へと出た。屋外へと出て見た外の風景は荒野だった。草木もほぼなしに砂風が二人に体当たりをしてくる。
この光景に見覚えはない。そうイアンが感傷に浸っていると「早く」なんて少し離れたところでレーラが急かしてきた。
「ぼんやりしていると、時間がなくなるから」
「ごめん」
レーラのもとへと追い着き「それで」と話題を振る。
「ミッションって何をするんだ? グーダンさんはレーラに訊けばわかるって言っていたけど」
そう質問をするのだが、レーラは不機嫌そうな顔を見せてきた。その表情から察するにどうしてグーダンは肝心なことをこちらに任せてくるのだろうか、であろうか。だが、この質問に答えなければ、イアンは何も知らないまま突撃して死ぬ可能性だってある。一応は彼もレジスタンスの仲間。ある程度の情報共有は必要なはず。
「物資運搬している人たちの護衛に行くの」
「もしかして、その人たちが通っている道にヘヴン・コマンダーが現れたりするから?」
「意外に勘は冴えているんだね。そうだよ、どうしても移動していると、あいつらに出くわすこともあるの。あいつらは物資を持っているレジスタンスを特に狙うからね」
「その人たちは物資を奪うことが仕事なの?」
「一概には言えないかもね。入れ墨ない人は敵だっていう考えなのかな? でも、一番の目的は私たちレジスタンスの殲滅みたい」
だから追われていたのかもしれないね、と皮肉を含めた笑いを見せた。その笑いにイアンは笑えるはずはない。理由もなく襲いかかってくるのならば。
「でもさ、イアンって記憶がないとか言っているけど、自分の名前は憶えていたよね。それなら徐々に記憶を取り戻せるんじゃないの?」
「そうかもしれない。というより、レーラって案外おしゃべりなんだな。昨日の様子を見ている限りだとあまりしゃべってくれない方だと思っていたから」
少しずつこちらに心を見せてきているな、とイアンは思った。先ほどまでの不機嫌さから一変してである。
「そう? あなたのことをまだ気は許したわけじゃないけど、理解力は割と高めだから。そこを評価しているの」
「……あんまり嬉しくないな」
「というのも、いきなりぽっと出のあやしいやつを信用しろっていうのが無茶な話。グーダンさんもかなり大雑把。そりゃ、多少の考えて切り替える時間が欲しいし」
なるほど、先ほど見せていた冷たい態度はそういう意味があったのか。そう考えると、少しばかりは気持ちが和らぐようだった。
「一応は……期待してる。私たちの拠点から少し離れたところにあるクレンシャスの丘がその運搬係と合流することになっているの。その少し離れたところにクレンシャス街道という場所があって、タツの情報によれば、そこにヘヴン・コマンダーたちがいるって話ね」
今回のミッションについてレーラは説明をし始めた。だが、地図は見せてくれないようだ。これが信頼関係というものか、と納得するイアンは「それじゃあ」と言葉を続ける。
「その街道を避けて通るのか」
「うん、戦闘はなるべく避けたがいい。今回は物資もあるし、イアンはそこまで強くないでしょ」
「実際言われると、へこむんだけど」
「まあ、まあ。その内嫌でもグーダンさんにあいつらと戦わされると思うよ? 私たちの本来の目的は楽園の女王を倒すことなんだから」
「そう言えば、その人を倒したら本当の平和が訪れてくるって言っていたな」
昨日のグーダンの発言を思い出す。その楽園の者たちからすれば、現状では平和と断言している。だが、その一方で反乱軍が存在する限りは見事な平和とは謳われないのだろう。彼らは一体何が不満なのか。
そのことについて問い質そうとするのだが――レーラは何かに気付いたのか、上空を見上げて走り出した。唐突なことにイアンもそのあとを追うのだった。
――まさか!?
レーラの視線を追いかけてわかったこと。上空にはあまり好ましいとは言えない黒煙が立ち上っていたのだから。彼女の焦りから推測するならば、クレンシャスの丘で待っている物資運搬係の者たちに何かがあったということだろう。
――それだけはあってはならない。いや、あって欲しくない!