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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
19/108

◆19

 戦状況的に危険だとタツは十分に理解をしていた。倉庫にあった予備のフォーム・ウェポンをパクってまで己の力を証明したかったのである。それでも、その力はとても不足していると言えている。


「おいおい、復讐を俺にするんじゃなかったのか?」


「……る、さいっ!」


 人がエンジェルズに敵わないことぐらいは知っている。それでもタツはやり遂げたかった。七年前の惨劇の仕返しを。己の両親がための復讐を。


 気力だけで立っている状態の中、ウリエルは律儀にタツが攻撃を仕掛けてくるのを悠長に待っていてくれていた。ばかにしているのか。それがなんとも煩わしい。むかっ腹が立ってしょうがない。


「ああぁあ!!」


 剣や槍のような当てる技量のないタツにとっても、銃器というのはとても重宝する武器である。焦点を合わせた銃口を動かさず引き金を引くだけでいいのだから。だが、発砲時の反動で当てるに当てにくいこともあるが。そのため、彼は下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、という考えのもとで弾切れの心配をすることもないフォーム・ウェポンをどんどん使用していた。


 そんな豆鉄砲はスローモーションでしか見えないのだろうか。ウリエルは余裕の顔で軽々と避けていく。これでも一応は弾丸である。それなのにだ。人間離れした身体能力。これがエンジェルズか。


「ははっ、遅い。遅い。こっちだ」


 あまりにも遅いのか、ウリエルはタツに挑発をする。鬼さんこちら、手の鳴る方へ。


 その挑発には乗らない方がいい。理性が止めようとしていた。相手の言葉を気にするな、焦点を合わせて引き金を引くことだけに集中しろ。しかし、闘争心を持ったタツが理性の鎖を引き千切るようにして、壊した。どうも彼は挑発に弱いらしい。ダメだとわかっていても、自制が効かない。どうせこれも「子どもだから」で済まされるのか。済まされたくない。


「俺だって――!」


 自分はもう十二歳。十分成長した。大人たちが話している言葉もある程度は理解できる。グーダンたちが立てた作戦もわかる。


 しかし――。


【お前にはまだ早いよ】


 軽くあしらわれるのが現実。所詮は十歳前後の子ども。それが悔しい。


【ここにいるちびっ子たちもいずれ大人になったら俺たちみたいに血生臭い戦場に立つんだからさ】


 イアンとグーダンが会議室で話をしていたあの言葉はなんだったのか。


【子どもだから子どもらしく遊べとは思うけど強制しないよ】


 手伝うことを大いに賛成してくれていたのではないのか。訳がわからなくなる。誰を信用したらいいのか。それこそ、レジスタンスのリーダーであるグーダンを信頼しなければならない。生き残りとしてあの場所に置いてもらっているのだから。


 一番信用ならない新参者のイアン。どっちつかずのグーダン。自身の両親を殺害したウリエル。タツの胸奥から万感が込み上げてくる。一つに絞りきれない感情はやがて右手の人差し指にすべてを託す以外の行動が思いつかない。単調的な仕返し。


「子どもであろうとも――」


 ウリエルの挑発発言に彼は「うるさいっ!」と声を張り上げた。


「子ども扱いするなぁああ!!」


 体全体が振動で伝わるほどの連射。悔しい。むかつく。大人のお前が俺の何を知っているのだ。身なりは子どもであろうと、一人の人間として。成長した大人として扱え。


「俺は……戦場に立っているんだぞっ!!」


 子どもが血塗られた戦場に立つことはまずない。それを今覆した。戦いの場に立つ者こそが『大人』であると考えていた。それだからこその拠点から戦場へ赴いた。もうあの場で大人たちのサポートをする必要はない。この場にいるからこその優越感。初めて噛みしめた戦の地。目の前にいる人物こそ、両親の仇。今ここで復讐を達成してやる。


「お前たち楽園ヘヴンがいるから……!」


――この世界は狂っていやがる。人並みの幸せは――。


 右手には父親、左手には母親。もういないあの人たち。いくら手を伸ばそうにも帰ってこない彼らは近くにいるようで遠い場所にいる。二度とこの世で会えない。


「俺の隣には誰もいないんだよっ!!」


「死ねば、その悲しみはなくなるぜ?」


 タツの訴えが心に響くことなく、ウリエルは弾丸の雨を掻い潜り――眼前に立った。すでに銃身を抑えており、余った右手には鋭く光る槍の刃。その一瞬の内に彼の脳内は復讐心から真っ新になった。何も考えられないから。死ぬとわかっていても、対処法は思い当たらない。どうすればいいのか知らない。


――ねえ、どうすればいいの? このままお父さんとお母さんのところに行ってもいいのかな?


――ああ、わからない。ああ、知らない。


「悲しみはいつだって裏を返せば、幸せになれる。あの世でな」


 もうダメだ。まだ当たっていないにしろ、腹辺りで何かを感じるのだから。それに、ウリエルの言っていたあの言葉はもっともなのかもしれない。彼の発言を要約すれば、会えないならば、こちらから会いに行けばいい。つまりは、死ねばいい。


――そっか、会いに行けばいいんだ。このつらさから脱却するためには――。


「俺が……」


 すべてを投げ出したかのように、タツが目を閉じようとしたときだった。


「させるかっ!」


 一人の人物の声によって、すべては覆された。タツのお腹に感じていたものは遠ざかる。それに驚いたかのようにして、彼は目を開けた。眼前にいたのはウリエルではなく、イアンの後ろ姿であった。


「あんた……」


 突如として目の前に現れたイアンはウリエルの槍を盾で防いでいた。


「悲しみを裏返せば、幸せになれるなんて嘘に決まっている」


 それはどういう意味か。なんて考える暇もなく、イアンはその刃を捌く。その隙にグーダンがタツを救出した。


「グーダンさん、俺が時間を稼ぐから――!」


「頼んだっ!」


 その場に残ったのはイアンとウリエルだけ。前回の拠点で会ったとき以来か。


「イアン・アリス!」


 心なしか、ウリエルはイアンと再会できて嬉しそうな半面、憎悪を向けているようである。自分に何を思い、どう感じているかを知る由もない。だが、一つ言えることは、彼は自身のことを知っているということ。


 グーダンたちの思想には背くようなことなのかもしれないが、生きて捕らえれば。ウリエルは何かを知っているかもしれない。


 イアンは楽園ヘヴンに関わりを持った存在であるのか。それとも、彼らにとって何かしらの脅威ある存在であるのか。


「ウリエル、だったか。訊きたいことがある」


「答えはノーだ。俺はお前に何も教えることはない。すべては楽園の女王(クィーン)様とあいつが知っている。それだけだ」


 話すだけ無駄だったか。ならば、捕える必要もないのかもしれない。楽園(ヘヴン)が理想とするやり方に従って――。


「それならば、俺はウリエルが楽園ヘヴンだから殺そう」


「そんじゃあ、俺はお前がイアン・アリスだから殺そう」


 こちらに関しては交渉成立した。これから互いを殺さなければならない。ウリエルは楽園ヘヴン側だから。敵対する側だから。もう生かしておくこともないだろう。


 ぶつかり合う金属と金属。それらは風圧を起こす。火花を散らしながら、下にある水なんて気にもしないまま。ガツガツギツギツと音が鳴る。それが耳障りであっても、気にしてはならない。そちらに気を取られてしまえば一巻の終わり。ここで死ぬのだ。


 死ぬわけにはいかない。双方とも。まだ死ねない。


 今頃グーダンはタツを安全な場所へと逃がしている頃だ。地上へと向かっているだろう。ラファエルとガブリエル戦の後に見つけた地盤沈下。そこを下っていたら――二人のやり取りを見た。聞いた。


 タツの事情は詳しくは知らないが、レーラやグーダンから聞いた。子どもであろうが、大人であろうが――家族に会いたいという気持ちはとてもわかる。イアンは両親のことを全く知らない。それは記憶がないからということもあるのだが――何より奇妙な気分に陥るのだ。会いたい気持ちはあるのに。


 改造人間として仕立て上げられているウリエルとはまともには戦えない。イアンは慎重になりながらも、距離を取った。それでも関係ないと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるからたままったものではない。これでは逃げ回るしかないではないか。


 見過ごせない。瞬きをする余裕がない。それが故に肩で息をする始末。息が上がっており、それが限界であることを相手に知らせてしまっていた。


 退却するがいいのか。本来の作戦としての目的はこのヘヴン・コマンダーの拠点の殲滅。それはすなわち、この拠点における通信機器類の親機を破壊することは強ち間違いではない。しかし、タツが人質だったがために、通信を遮断してコンピュータウィルスを仕掛けることぐらいしかできなかった。それでもグーダンは上出来だと断言していた。ならば、ここにいる意味はないのかもしれない。


 まず、逃げるためにはウリエルがしばらく動けない状態にするべきだろう。それをイアンはできるのか。ますます不安は募る。


 戦闘経験値からして、圧倒的に向こうの方が上回っているだろう。一方で自分は先月ぐらいから戦うことを始めたようなもの。体は覚えていたとしても、頭の記憶は空っぽ。なんというか、ちぐはぐな動きが目立っていると以前オクレズに言われたことがある。体に頭が追いつかないのだ。手が、足が勝手に動くものだから「え?」と驚いたところで動きが鈍くなる。何も考えるべきではない、考えない方がいいのかもしれないが――それでも何かしらを考えてしまうから。


――何も考えずに戦うか?


 一か八かでイアンは自身の体に任せた。すると、勝手に手が動く。フォーム・ウェポンを剣から二本の短剣へと変えた。一本は防御用。もう一本は隙を伺ったウリエルの喉元へ。


 手応えはあった。だが、普通のヘヴン・コマンダーを殺したときとは手の感覚が違った。


 それは当たり前。ウリエルはエンジェルズ。人の体ではなく、改造された御身なのだから。これで死んだとは思えないし、これ以上戦っていても応援が来てしまえば元も子はない。


 ウリエルが少し離れた場所に倒れ込む。それと同時にグーダンから通信が入った。


《イアン、隙を見て退却しろ。できるか?》


「はい。今――」


 後退をしようとしたときだった。奥の方から奇妙な気配を持った人物が現れた。それがただのヘヴン・コマンダーには思えない。そう、ラファエルとガブリエルのように。


 イアンは完全に逃げ場を失ったのである。

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