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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
17/108

◆17

 大きく崩れる音が聞こえてきた。それに反応するのはレーラとオクレズだった。彼らは単身で拠点に乗り込んだタツを捜すために裏通りから商業施設へと向かっているのである。


「爆発?」


 施設の方から聞こえてくる発破音を怪訝そうにしていた。いや、何もそう感じているのはレーラだけではない。オクレズ自身も施設内で戦っているレジスタンスたちの安否を気にしているのである。


「大丈夫なのかな?」


「とは思うが、確信は持てないな。あの爆発がこちらで仕掛けた物なのか。それとも、こちらに対して向けられた物なのか」


 どちらにせよ、双方のどちらかがこの騒ぎを立てたのだ。今頃は楽園ヘヴンの方に連絡は言っているはず。タイムリミットは開始された。急がなければ。


「あいつがこっちに来ているということは、大方リーダーの作戦でも聞き耳立てていたかもしれないな」


「じゃあ、地下に向かっているかも?」


「可能性は。もう一つの可能性としては、この時間帯にヘヴン・コマンダーのやつら以外がいるのはおかしいから、見つかって捕まっている可能性も高い」


 できることならば、前者の状態で会いたい。二人は強く願う中、遠くからは二度目の爆破音が鳴っていた。

 その音を聞いて耳元がキンキンしていた。しばらくは聴力が回復しないかもしれないが、完全に周りの音が聞こえないわけではない。それに、まだ目が残っているのだから。


「イアンっ!」


 耳鳴りの状態で微かながらグーダンの声が聞こえてきた。彼は何かを言っているようであるが、ジェスチャーから考えてこちらに来いと言っているのだろう。


 その指示に従う。あの爆発で大した傷を負っていないヘヴン・コマンダーたちが立ち上がってきていた。攻撃を仕掛けてくる。そうはさせるか、とフォーム・ウェポンの形状を銃器に変えて連射する。彼らの体に弾が着弾し、濃い緑色とは対極的な色である真っ赤な物が姿を現した。


 あまりにも数が多過ぎる。それでも、とイアンは動けそうなヘヴン・コマンダーに発砲して、ある程度のところでグーダンのもとへと向かった。


「こっちだ。ここから下りて、行け」


 どうもグーダンはここに残るらしい。手には大量の火薬が詰まっているであろう爆弾がある。


「このエスカレーターの退路を断たせる。この先はあいつらの拠点の本部があるはずだ。ということは、そこに親機も存在して、隊長もいる可能性がある」


 そう言いながら、動いていないエスカレーターの横脇に爆弾を仕掛け始めた。向こうの爆煙からはまだまだ動けるヘヴン・コマンダーたちが見えている。誰がこちらに来させるものか。


「早く行け」


 フォーム・ウェポンをガトリング砲へと変形させて、グーダンはイアンにそう言い放った。


 この場におけるイアンの上司はグーダンである。それ故に、彼の命令を聞かなければならない。イアンは「わかりました」と頷き、エスカレーターを駆け下りた。ここから先、途中までは単独行動だ。認めてもらえるような働きをしなければならない。これまでにおいて、グーダンの指示通りに作戦を遂行したことがほとんどないのだから。


 階下に来てまでもヘヴン・コマンダーたちは現れた。以前のクレンシャス街で拠点を張っていた彼らより多いのではないのだろうか。いや、あのときは陽動部隊側にはいなかったから、わからないか。しかし、レジスタンスの者たちの様子を見れば、苦戦しているのは明らか。この人数は予想外であることは間違いないだろう。


 斬って、叩いて、撃って、突いて――そうしていく内に相手の肉体に傷をつける感覚は慣れてきた。肉を削ぐような、裂くような鈍い感触。これがレジスタンスとヘヴン・コマンダーたちが織り成す当たり前の日常。


 迷い込んでしまったその日常から抜け出すことは可能だろうか。否、体が覚えたそれは一生ついて回る。逃げたくても、忘れようとしても――必ず、よみがえる。


 思い出した。クレンシャス街での戦闘を。体が覚えていた。今なら、同じような動きができるかもしれない。


 今、ここに石なんてないからフォーム・ウェポンをただの金属の塊にしよう。人間の確実な死は頭。怯ませるためには顔面に。何、落ち着いてすれば覚えていることはできる。やればできるのだから。


「ッい!?」


 心なしか、こちらに対しての敵対心を持っているヘヴン・コマンダーの目は恐ろしい物でも見ているような気がしてたまらなかった。


 それでも止まらない。止まれない。唯一の居場所を失ってたまるものか。それを手から滑り落させるものか。


 ようやくヘヴン・コマンダーたちを片付けた頃、目の前に血塗れのモンスターがいた。いや、これは自分だ。鏡に映った己か。一瞬だけ、それが恐ろしいと思ったのか肩を強張らせるほど驚いてしまったものだから。


「…………」


 イアンは黙って汚れていない袖口で顔に付着した血を拭うと、先を急いだ。ヘヴン・コマンダーたちの死体の山を放置したままである。


 通路が真っ直ぐに一つしかないことからこの奥がここの拠点の本部であろう。ということは、ここは連絡通路か。


 道なりに向かうと、そこには大きな機械類が設置されていた。この場にいるのはイアンと一人楽園ヘヴンの方に連絡を取り合っている者だけである。


「きっ……!」


 イアンの姿を見て、ヘヴン・コマンダーは歯を食い縛りながら銃口を構えた。それを厭わない様子で彼もまたフォーム・ウェポンを銃器に変えて構えるのだった。


 まさかレジスタンスが、自分たちが使用するような武器を、それ以上の物を持っているとは思わなかったらしい。ヘヴン・コマンダーは目を丸くした。自分がこの血塗れのレジスタンスの人間に勝てるわけがない。そう直感が告げていた。だが、そうであろうとも楽園ヘヴンには誇りを持っている。そのためならば、命を賭してもいい。玉砕覚悟。


「あアアァぁぁあアァ!!」


 己が死のうとも、ここで戦ったという事実はある。この世にあだなす穢れ者よ、立ち去るがいい。


 闘わんとする気迫だけは一丁前。その怨念にイアンが圧されるか。いいや、そのようなことはなかった。


 それはどちらかの台詞であるか。


 両者ともに引き金が引かれる。それは同時であり、一コンマもずれはなかった。それが故に二人のど真ん中で着弾爆発が起きる。銃口初速、約毎秒四百三十メートル以上。決してとっさの判断ではなかったはず。


 指を動かしたイアンはまた引き金を引いた。


「ッ!?」


 次弾は見事にヘヴン・コマンダーの額へと辿り着く。そのまま動かくなくなり、倒れた。きちんとそのことを確認したイアンは鼻で大きく息を吐いた。


「これがグーダンさんの言っていた親機?」


 実のところ、イアンはあまり機械が得意ではない。なんとも複雑そうなそれを見て「うーん」と唸る。


「わからないし、訊いてみるかな」


 こういうときの自己判断は良くないとして、イアンはグーダンに連絡を取った。そろそろ彼はあそこの爆弾を発破させてもいい頃合いだろう。


《どうしたか?》


 出てくれるか心配があったが、グーダンは自分の連絡に気付いてくれた。向こうからは連射音が聞こえている。まさか、まだ設置完了していないのか。


「グーダンさん、俺です。イアンです。今がした通信機器類の親機みたいなのを見つけました」


《でかした。画面か何かに『楽園に通信中』とか表示されていないか?》


「ああ、はい。大きな画面があって、色々出ていますけど……俺、機械には疎いから……」


《わかった。ちょっと待ってろ。今から爆発させてそっちに来るから》


 グーダンはそう言うと、通信を切った。その直後に上の方から揺れるような音が聞こえてくる。これが、彼が用意していた爆弾か。


 そうこうしばらくしていると、急ききった様子でグーダンが到着した。彼はイアンが探し出した通信機器類の親機を見て「ほお」と感嘆を上げる。


「立派な物じゃねぇか。どうせならば、使えそうな部品を取りたいところだが、分解しているヒマはない」


「壊すんですか?」


「いいや、先に楽園ヘヴンとの連絡を切る。じゃないと、近くの拠点から応援がすぐに着ちまう。そうなればこちらは不利状態だ。なんせ、タツが人質状態だからな」


 なんてイアンに説明をしながら、どこか慣れた手付きで楽園ヘヴンとの連絡を絶った。そうし終えると――。


「そんじゃあ、一丁意地汚いモンでもやってやるか」


 などと悪い笑みを見せながら、懐から一つの小さな金属備品を取り出した。


「それは小型爆弾ですか?」


「残念ながら違うな。こいつは、コンピュータウィルスだ。それもタチの悪い」


「機器類の症状は何が出ます?」


「情報が消えてしまうモノだ。しかも、バックアップのところまで荒らすから、連中が気付いた頃は悲惨だろうよ」


 にやにやとグーダンはそれを機器類に挿入した。このコンピュータウィルスが詰まった物は何もしなくてもすぐに『インストールされました』と表示を出す。


「おまけにネットワークを媒介しているだろうから楽園ヘヴンのサーバーも大変だろ」


 用事は済んだ、と言うグーダンはイアンに「行くぞ」と声をかけるのだが――彼はしかめっ面をしてとある方向を見つめていた。


「そこにいるのは誰だ」


 通信機器類の親機がある部屋――通信指令室へとやって来たのは二人のヘヴン・コマンダーたちだった。だが、彼らはどこか人間味があまりないのは絶対に気のせいではない。

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