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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
16/108

◆16

【少しあやしい一人の男の子がブレクレス商業街にいるところを見たらしい。右手には手袋をしていたから】


【タツの姿が見当たらないんだが、知らないか?】


 ゲジェドとグーダンの情報。それらを照らし合わせてみると、間違いなくタツは単身でヘヴン・コマンダーの拠点に乗り込みに行っているはず。何が彼の心に火をつけたのかは――イアンは一つだけ心当たりがあった。


「俺のせい?」


 呟くように憶測を立てるイアンに「まさか」とレーラが否定した。


「イアンが悪いってわけじゃないよ。ほら、あの子は何でも自分でできるって思っているから」


「その思い込みがあったから、イアンの一言で躍起になったのかもしれない」


 オクレズの一言に周りが沈黙になる。連絡を入れてきたグーダンもそうだ。誰が悪い、そう勝手に決めつけられなかった。


「グーダンさん、俺にタツの捜索を――」


《ダメだ。今のタツの精神は不安定だ。そんな中、きみが手を差し伸べるのは更に問題を起こすようなものだからな》


「…………」


《作戦の人数の調整関係は俺に任せろ。三人は戦闘の準備をした後に、ブレクレス商業街前に来い。オクレズはゲジェドからもらった情報をこっちに転送してくれ》


「了解」

 楽園ヘヴン治安部隊ヘヴン・コマンダー拠点『ブレクレス商業街』。昼間は人がごった返すようにして賑わっているのである。そんなアーケード街を突き進んだ先には大きな商業施設があった。これもまた、外と同様に人が多い。


 そんな大賑わいの場所も夜になれば、閑古鳥が鳴くほど静けさが訪れる。そこを歩くのはヘヴン・コマンダーたち、見回り軍である。その彼らの拠点から少し離れた場所ではグーダンが双眼鏡で状況を観察していた。


「リーダー、向こうはどんな感じだ?」


「警備の数が少ないわけでもなく、多くもない。多分、タツはまだ見つかっていないんだろうな。特に手の甲を見られていなければいいが……」


「それで、タツの捜索は誰が行く?」


「オクレズとレーラが裏通りから行け。残りは奇襲作戦を仕掛ける」


 グーダンはためらうこともなしに「作戦開始」と合図を上げた。その声と共に、レジスタンスの者たちは正面通りへと駆ける。奇襲作戦に加わるイアンはレーラの方を見ると「悪いが」と申し訳なさそうな表情を見せた。


「タツのことよろしく頼む」


「わかってる。イアンは作戦に集中してて」


 互いの目を合わせると、イアンはレジスタンスたちのあとを追った。


 警備というのは不審者がいないかどうか、仲間がその不審者にやられていないかどうかの確認をするためである。それだからこそ、戦闘力はあった方がいいだろう。こうして、我が主である楽園の女王(クィーン)を侮蔑するような輩を、楽園ヘヴンの教えに背こうとする人でなしを一掃することができるのだから。


 レジスタンスというのは平たく言うと、反乱軍である。今の政権をよく思わず、伐倒せんとするのだ。それだからこそ、戦闘力がなければならない。何が主だ。何が楽園だ。この世にそんなものが存在する限り、平和とは呼ばない。楽園なんて呼べない。何も考えない者たちこそ、この世界の癌だから。


 双方の雄叫び声がアーケード街に響く。


「反軍が来たぞっ! 応援を頼むっ!」


「行け行けぇ! 立ち止まるなっ! 見つけ次第、殺れっ! その手にあるものは何だ!? 連中を殺す道具だろうがっ! それを使わず、なんで殺るんだっ!」


 一人のレジスタンスの言葉が他の者たちの頭の中を支配していく。彼らはそう、楽園ヘヴンに恨みを持つ者たち。復讐ができれば、それだけでいい。一人でも多くのヘヴン・コマンダーが死ねば、誰もが最高の笑顔になれるのである。


「死ねっ!」


 相手を殺すことに躊躇はない。相手に殺されることだって躊躇はない。なぜならば、レジスタンスの者たちはヘヴン・コマンダーを殺すためにここにいるようなものなのだから。


 人の心を捨てよ、己の復讐を果たすまでは。相手に情けをかけるな、相手は大切なものを奪った鬼畜外道だ。だから、自分たちも同様に鬼畜外道になる。


 閑静だったアーケード街には悲鳴と怒号、そして爆発音に紛れるようにして、イアンも暴れた。フォーム・ウェポンを手にし、変形をさせて――ヘヴン・コマンダーの頭を、首を、胸を、腹を、四肢を掻っ捌いていく。彼もまた『死』について柵はないのだ。相手が死ぬから、死ぬ。相手が殺すから、殺される。そういうサイクルを支持している。それ以外を知らないから。返り血が飛んでこようが、自身が傷つこうがお構いなし。今の自分は彼らを殺すマシン。感情は一切要らない。言葉も要らない。相手が死んだらそこでお仕舞い。もちろん、自分も死んだらそこでお仕舞い。


「イアン、俺と一緒に来いっ! ここの通信機器をぶっ壊しに行くぞ!」


「はいっ!」


 グーダンに声をかけられてようやく目の色が普通の人間に戻る。


 この阿鼻叫喚とした場をレジスタンスの彼らに任せて、二人はアーケード街を駆け抜けていった。


 アーケード街ではわらわらとヘヴン・コマンダーたちが出てきていたのだが、その奥にある商業施設でも彼らは大量に現れた。倒しても、倒してもこちらを倒す気満々の彼らは不屈の精神を持っているようである。


 拠点の通信機器類の親機は地下にあるらしい。このままではその通路を探すにも一苦労であろう。どうしたら、とイアンが強く歯噛みをしたときだった。


「俺が指示を出したら脇目を振らずに真っ直ぐ走れ。いいな?」


「は、はい?」


 一瞬だけグーダンの言っている意味がわからずに適当に返事をした。何をしたいのか、それは横目で見えた物で理解する。


「走れっ、イアン!!」


 施設のホールの壁が巨大な音を反射する。それと共に、絶対にこの場にいてはいけないという直感が教えてくれた。死にたくなければ、走れ。それが、グーダンが持っている物が語る。


 火薬たっぷりの爆弾。


 走って、気がついたときは後ろから熱風が襲ってくるのだった。同時に火薬臭が襲ってくる。まだ足は止めてはならない。イアンの耳には爆音は聞こえなかったのだが――。

 商業施設内の某所にいたタツは何事だと言わんばかりに揺れる建物を見つめて思うのだった。


「なんだ?」


 この震音はよくわからなかったが、タツ自分で何でもやれると証明したいことがあった。近々グーダンが言っていた奇襲作戦のこと。


【何か俺もできることありますか?】


【まだ子どもなんだから】


 自分だって、大人同様にレジスタンスとしての仕事ぐらいはできる。正直言って、後から来た新参者であるイアンに嫉妬していたのかもしれない。


「でも、俺だって……」


 そう呟きながらタツがポケットから取り出したのは鉛色をした少し厚めの金属の板。これはフォーム・ウェポンである。彼はそれを剣へと変形させた。


「通信機器をぶっ壊すことぐらいはできる」


 先へと進もうとしたときだった。床や壁が再び震え出した。一体、この施設で何が起きているのか。あやしんでいると、床が軋むような嫌な音がした。


「え」


 あっと気付いた頃には遅かった。崩れ落ちる床。そんなところに足場はあるはずもなく――。


 一階下の方に体を叩きつけられないように、反射的にまだ壊れていない箇所を剣で突き刺す。宙ぶらりんの状態で下を見た。目線の先には瓦礫の山がある。そこを足場に下りたら問題はないだろう。下に空洞があるならば、ここも地下とも呼べるし、何より探し求めていた通信機器類の親機がある可能性だってある。


「水?」


 先へ行こうとしていたタツの足元を水が濡らした。ふと思うのはこんな水浸しの場所に機械類があるかどうかである。だが、上に行きたくても、ここに落ちてしまった以上はどうしようもない。それが故に、先に進むしかなかった。


 幸い、明かりがついていることがタツに安心を与えていた。


 そうして水のある道を歩いていると、急に悪寒がした。いや、これは視線? 何だろうかと後ろを振り向くと――。


「そこのお前、何をしている?」


 濃い緑色の軍服。天井に空いた穴からの明かりに照らされた銀色の槍を持った男がそこにいた。そんな男にタツは見覚えがある。忘れもしない七年前の出来事。悲痛の叫び声をあげる女性がフラッシュバックする。


「あんたは……!」


【逃げてっ!】


【ママぁ!?】


 自分たちを守るようにして立ちはだかる後ろ姿の男性。手にはヘヴン・コマンダーから盗んだであろう銃器。その男性と対峙している者が――。


「ガキ、俺のことを知っているってことは……」


【お前だけでも生き延びるんだ!】


【パパぁ!?】


 忘れたことはない。いいや、忘れる方がどうかしている。忘れようとする方がどうかしているんだ。絶対に忘られない、この男の顔。


「親の仇か」


 にやにやと察したかのように不気味に笑う男こそ――。


「エンジェルズ!」


 ヘヴン・コマンダー特殊部隊『エンジェルズ』が一人、ウリエルだった。

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