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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
14/108

◆14

 楽園ヘヴン治安部隊ヘヴン・コマンダー拠点『ブレクレス商業街』奇襲作戦まで残り十八時間。


 トラックの荷台に乗りながら、オクレズからイアンは聞いた。正確的な時間を聞いていて、よかったと安堵する。グーダンからは『明日』という曖昧なことしか教えられていなかったから。


「いいか、移動時間と情報入手までを考えて、工場内へと潜入できるのは二時間しかないと思え。リーダーは情報の入手予定時間を作戦の六時間前に指定しているからな」


「わかりました。……でも、何もレーラまで来ることはないのに」


 そう、トラックの荷台に乗っているのはイアンだけではない。隣には責任感を感じているレーラもいたのである。


「だって、私……お菓子あげればって提案したし」


「いや、レーラが負い目を感じることはないんじゃないか? きちんと俺がオクレズさんにも確認取っていなかったのがいけないんだし」


「いいのっ、連帯責任でも」


 そういうわけにもいかないんだよな、とあごに手を当てた。今回のシークレットミッションは短時間な上に、工場内の者たちに見つかってしまえばアウトなのだから。そして、何より殺生禁止である。要は誰にもバレずにお菓子を一箱盗むという業をしなければならない。


 正直な話、単独行動の方が早いかもしれない、とイアンはそのようなことを考えていた。彼には自信があるのだ。以前に、ヘヴン・コマンダーよりも強いエンジェルズの相手をしているのだから。時間稼ぎをしたという自慢があるのだから。


 イアンがレーラに対して、わからないように小さくため息をついたとき、自分たちが拠点を構えている場所で一番近いお菓子工場が横から見えてきた。一応工場でも塀は作っているようで、白い無機質なレンガ壁が覗かせている。


「イアン、レーラ。侵入ルートは裏の方から行け。そして、出荷口までは建物を回って行かなきゃならん。警備に関しては拠点よりも手薄であることには間違いないが、あまり派手には動くな。いいな?」


「はい、わかりました」


「それじゃあ、俺はここで待っている。あんまり工場の方に近付くのも危険だからな」


 そうオクレズはトラックを停車させて、二人を降ろした。


「あと、ここの裏側は工場の人たちが住んでいる寮がある。非番の連中たちの目にも気をつけろよ」


「はい、それでは行ってきます」


 忠告にきちんと耳を傾けて、二人は工場の裏口へと向かっていった。


 裏口と言っても一言で表すならば、従業員専用の出入口だろう。それでも一応は出入口に値する場所のため、警備員はいた。だが、ヘヴン・コマンダーとは違って武装もそこまでガチガチにしていないようだ。


「どうやって入る?」


「変に突破は危険かも。あそこにセンサーやゲートがあって、一発でバレたら大変」


「うーん……」


 さあ、どうしようかと思った矢先、イアンは壁際に寄せて停車している四トントラックを見つけた。


「レーラ、そのトラックから上って中に入れそうじゃないか?」


「ああ、そうだね。行ってみる?」


「うん、向こう側に木があるから少しは身を隠せそうだ」


 早速、二人はそのトラックの箱型の荷台に乗り上げて、壁の方へと上った。そこから見えた工場隣にある窓の多い建物。なるほど、あそこがオクレズの言っていた従業員の寮か。おそらくはあちらからでもこちらの様子を見ることは可能なはず。


「レーラ、もうちょっとこっちに」


 イアンは自分たちの身の安全を優先して、レーラの体を引き寄せて木の方に体を隠した。彼女もどういう状況であるかは彼の視線を見て気付く。


「大丈夫かな?」


「それはわからない。けど、壁によじ上っているやつなんてあやしさ満点だ。早いところ、下りよう」


 二人は警備員がいないことを見計らって、壁から下りた。本来、侵入作戦ならば、夜がいいのだろうが、時間の都合上太陽が出ている時間帯に遂行しなければならないのである。イアンは空を見上げて今の時間帯が昼間でよかったと小さく息を吐く。


 極端な話、恐れているのは自分たちの足元から伸びる影である。昼であれば、影は一番短い。逆に朝方や夕方だと危険だったかもしれない。


「出荷口は正門の方だったっけか」


「うん、従業員の人たちに見つからないようにして……」


 行こう、と言う口を止めてレーラはとある場所を見た。ここは工場の裏側、ということは従業員たちの休憩所があってもおかしくはない。外にいても分かる機械音、今は就業中か。


 レーラの目には天日干しされている洗濯物があった。


「イアン、これに着替えて行かない?」


「え?」


「私たちの格好、どう見ても不審者以外ありえないし」


 それはもっともだった。工場の従業員の格好でもなければ、警備員の格好でもない。更に言うならば、非番の従業員の私服と断言するにはいささか武骨である。


「そうだな」


 イアンはレーラの言うように、外に干されていた工場の制服を取り、この時間帯には使われていないであろう更衣室を利用して着替えた。この格好の方が却ってあやしまれずに済むかもしれない。帽子やマスクで目以外は隠せるし、何より楽園ヘヴンの人間ではないと証明される入れ墨のない右手の甲を手袋で隠せるのだから。


「はい、これ持って」


 早速行こうとするイアンをレーラはもう一度呼び止めた。今度はなんだと思えば、資材の入ったコンテナを渡してきた。こんな重たいものをどうしろと?


「手ぶらより、こういうのを運べば堂々と敷地内を歩けるよ」


「完全な偽装か」


「今、機械音が作動しているしね。サボっている従業員だと思われたら、事務所とかに連れていかれそうで」


「そうだな。じゃあ、行こうか」


 コンテナを手にし、出荷口へと向かう二人。途中、他の従業員とすれ違うのだが「お疲れ様です」という言葉を交わすだけで何も言われない。切羽詰まった侵入劇でもないため、イアンは心の底から安心しきっていた。その安堵の声が思わず漏れる。


「レーラが一緒に来てよかったかもしれない」


「え、どういう意味?」


「俺には考えつかなかったやり方だから。というか、こそこそしながらバレたら気絶させて手足を縛るという考えしか思いつかなかったんだけど」


「まあ、まあ。大体の潜入ってそんなものだと思うけど」


「そうか?」


 談笑をしながらの潜入奪取作戦。これほどまでに緊張感のないようなやり方があったであろうか。そんな状況の中で、二人には余裕が見えていた。それもあってか、傍から見れば挙動不審ということはないようだ。


 軽く話をしつつも、出荷口へとやって来ると、トラックに『キャンディ』と書かれた木の箱を荷台へと積めるところに遭遇した。


 さて、これをどうやって取るか。


「レーラ、どうしたらいい?」


「そうだね……ちょっと待っていて」


 レーラは持っていたコンテナを渡すと、独りでに積み込みをしているトラックのドライバーへと近付いた。それと同時にイアンは視界の端にあったある物を目にする。


「すみませーん」


「はいよっ」


 今からパワーゲートにお菓子の箱の山を載せようとしていたドライバーは手を止めた。


「その商品、納品数の変更があったらしくて。二箱ほど取っていってもいいですか?」


「ああ、そうなの? ありがと」


 お礼を言うドライバーは近くに置いていた受注リスト用紙に減る分の数量を変更していた。それを見ながらも、レーラは箱の山から二箱だけではなく、四箱ほど取る。


「レーラ」


 こっそりとこちらへと来ていたイアンは台車を押している。その台車には先ほど持ち運んでいたコンテナが積まれており、そこに二箱を隠した。


「ありがとうございましたぁ」


 これ以上の長居は危険だとして、二人は二手に分かれて逃げるのだった。合流先はオクレズが待っているトラック。それでも、このミッションは成功と呼べるだろう。


 後にこのトラックのドライバーは納品先で数量が違うと口論となり、工場と揉めるのであるが――それはまた別の話である。

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