◆13
レーラはイアンが座っていた木の箱を指差した。そこに黒の字で書かれているのが『キャンディ』である。すなわち、甘いお菓子。
「タツって、お菓子好きだよ。ちょっと、あんまり好ましいとは思わないけど、それをプレゼントするっていうのはどうかな?」
「うーん、いい考えかもしれないけどさ、勝手にこれ取っていい物なのか?」
そう言われると、閉口せざるを得ない。偶然あったお菓子の箱。しかも中身を見れば、このご時世には子どもたちにとっては嬉しい色とりどりの甘そうなお菓子の数々。てっきり資材関係の物ばかりと思っていたのだが。
「これ、どこから持ってきたんだろう?」
それよりも、とイアンはこの拠点にこんな綺麗な色をしたお菓子があることに驚きを隠せなかった。色んなレジスタンスの者たちの話によれば、楽園の管理から逃れようとする者たちに、物資なんて正規の値段で購入なんて不可能だろう。
工場なんて楽園の許可がなければ、設置できない。もし、無許可でしたとするならば、何かしらの処分が下されるのは明確。故に、楽園の人間として生きない者たちは別の派閥のレジスタンスと物々交換したり、ヘヴン・コマンダーの拠点に奇襲を仕掛けたりするのである。そうして、彼らは今を生きている。
「お菓子工場から取ってきたのかな? 楽園から」
「そうとしか考えられないよなぁ。他のレジスタンスの拠点が持っていた、作っていたってなると……というか、これをタツにだけあげるっていうのも気が引けるな。他の子たちが見たら、自分も欲しいって言ってこないか?」
「じゃあ、全部の子どもたちにあげたらいいじゃん」
「いや、こういうのってグーダンさんの許可がいるだろ。いくら俺がレジスタンスの人たちの仲間になったからと言っても、勝手に配るマネなんて」
「それもそうだよね」
なかなかの難題のようで、どうしようか、とレーラは腕を組んで悩ましそうにする。二人がその場で留まっていると、偶然にもグーダンが「何しているんだ?」と声をかけてきた。
ナイスタイミングな登場にレーラはイアンの肘を突いた。それはまるでお菓子のことを訊けと言わんばかりである。確かに偶然とは言え、この場にいるのは三人だけというこんな好都合な展開はそうそうない。イアンは「あの」と『キャンディ』と書かれた箱を指差しながら――。
「これ、お菓子ですよね?」
そう問い質す。グーダンは「お菓子?」と何のことだかさっぱりの様子で箱を開けてみた。
「確かにお菓子が入っているなぁ。……なんでここに?」
どうもここにあることを知らなかったらしい。その箱をあやしむグーダンは一つキャンディを取り出して、イアンに差し出す。
「食べてみる?」
要は毒見しろということか。受け取ったピンク色のキャンディを不安ながらも口の中に放り込んだ。一瞬にして、舌が甘いと判断する。ただ単に甘いというだけであり、特別変な味はしなかった。
「どうだ?」
「甘いですね。普通のキャンディみたいです。美味しい」
それ以外の感想はない。ごく普通に美味しいな、と思いながら棒付きのキャンディを手に取った。どこか懐かしいと思う反面、自分が小さい頃はこういう類のお菓子を食べたことがあるのかもしれないと感じ取れた。
「ふぅん、二、三時間経ってイアンがどうもなければ、子どもたちにあげてもいいぞ」
「……はい」
それでもまだお菓子がここにあることがあやしいと見込んでいるらしい。ここにある物って別段毒入りではないだろうが、警戒するのは悪いことではないのが現状である。
それからしばらくの時間を経て、二人はレジスタンスにいる子どもたちにそのお菓子を分け与えることにした。もちろん、狙いはタツ。彼だって子ども。普段食べない物には目にないはず。
子どもに大人、甘いお菓子を配っていると、ターゲットがやって来た。人だかりができていて、物珍しいと思ったのだろう。
「あっ、タツ。どうかな? お菓子」
「えっ、お菓子?」
お菓子と聞いて、頬が綻んでいる。やはり、そこはお子様。幼い子どもたちが「おいしいよ」と物欲を唆してくる。
「はい、どうぞ」
すっとイアンが彼に棒付きキャンディを差し出した。透明感のある緑色から甘いにおいを発している。思わず唾液が欲しいと言わんばかりに口の中へと集まってきているようだ。
「う、うん」
物欲しさに勝てなくて、タツはイアンからお菓子を受け取り、早速食べようとした。
「なあ、タツ。よかったら、この後みんなで一緒に遊ばないか?」
「え?」
キャンディを口の中へと入れようとしたタツは手を止めた。どこか怪訝そうな顔をしながらも食べることを止めて、イアンとお菓子を交互に見つめる。
「鬼ごっこでもいいし、なんだったら縄跳びとかも」
「これで俺を釣る気だったのか?」
何かを察したかのような面持ち。その発言に二人は小さく肩を強張らせた。それをタツは見逃さない。不審そうにイアンを見ていた。
「あんたが俺と仲良くしたいっていう意味がわからねぇよ」
「いや、そういう意味でお菓子をあげようなんて……」
思っていたのだが、それを発言するのもまずい。更に、そうではないと嘘つくのも、もっとまずい。
「言っとくけど、他の人たちがあんたを信頼するのは結構だけれども、俺だけは絶対にあんたを信頼する気はないね」
こんな物要るか、と受け取ったキャンディをイアンの方に向けて投げつけた。それを何とか上手くキャッチをする。
「ちょっと、タツ!?」
「…………」
タツは下唇を噛みしめて、その場から走り去ってしまった。それと入れ替わりになるようにして、オクレズがやって来る。
「あいつはどうした……あれ?」
「いえ。あっ、オクレズさんも一つ……オクレズさん!?」
オクレズが『キャンディ』と書かれた木の箱を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。彼が見せるその表情は落胆のようにも見える。
「えっ、あ、あの?」
「お前たち、それはどこで……?」
「資材置き場の近くで見つけましたけど?」
「それ、今度ゲジェドさんの謝礼の分……」
ゲジェドさんと言われても、何のことだかさっぱりの様子であるイアン。一方でレーラはオクレズの言ったことをすぐに理解した。
「う、あっ……そうだったんですか?」
「ああ、しかも半分以下まで減っていやがる」
困ったように眉を八の字に見せるオクレズをよそにイアンは「なあ」とレーラにこっそり訊ねた。
「『ゲジェド』さんって誰?」
「うちとは別の派閥のレジスタンスのリーダーだよ。あっちの方って、小さい子どもが多いから。多分、情報の謝礼はお菓子だって決まっているんだろうね」
どうも二人の会話を聞いていたらしい。オクレズは「その通りだ」と返した。
「ゲジェドさん自身も甘いのが好きな人でな。どんな情報だろうが、物資だろうが謝礼には必ずお菓子だと融通が利かない人だ」
「そのお礼がこれだけなら……」
「イアンも聞いているだろ? 奇襲作戦を。その作戦を行うやつらの拠点の情報をあっちが持っているんだ。だから……」
その情報がなければ、作戦に支障をきたすと聞いて、いよいよとイアンの顔が青ざめてくる。とんでもない失態をやらかしてしまった。
「あの、オクレズさん。このお菓子ってどこから持ってきました?」
「ここから南西に行ったところに楽園が管理しているお菓子工場がある。そこだ。いつも、そこから輸送する分を盗んできている」
それなら、とイアンはどこか納得したように「そうですか」と頷いた。
「じゃあ、俺が取ってきます。やらかした張本人なので」
そう発言するイアンにオクレズはほんの少しばかり驚いていたが、彼の意思を見て何かしら気付いたのだろう。
「わかった。でも、ここから歩きだと相当時間がかかるから、途中までは俺が送っていく。それに……リーダーには黙っておいてやるよ」
「ありがとうございます」
こうして、イアンはミッション前に厄介な事案を帳消しにするために、個別的なミッションを決行するのだった。




