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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、彼は俺のことを知っている。
12/108

◆12

 大人だけが入室できる部屋をイアンが退室すると、偶然にもレーラとばったり会った。あまりにも唐突だったのか、変な声を上げそうになる。いや、声が漏れて「へぁっ!?」と彼女に聞かれてしまった。ちょっと恥ずかしい。


「あ……」


 この時点でどうなるのかというと――。


「ふふっ、何? 『へぁっ』って。そんなに驚くこと?」


「いや、驚くだろ。いきなり鉢合わせするなら」


「えぇ、そうかな?」


 なんて言っているレーラであるのだが、彼女の足元には割れた瓶が。どうやら割れた音はイアンの変な声で掻き消された模様。彼女はそれをなかったことにする気満々のようで「そこまで驚かないよ」と強がりを見せるのだった。バレているのにな。見えているのにな。


 割れた瓶の件について言うべきだろうか。少しだけイアンが迷いを見せていると――。


「いや、レーラ姉。下」


 どこか大人びいたような口調の割には声質に幼さが残るタツが、顔を引きつらせて後ろから現れた。


「…………」


「というか、向こうも気付いてるだろ」


 タツのお察しの通りです。


「ああ、もうっ! 確かに私もびっくりしたよ! ほら、これでいいでしょ!」


「レーラ姉はヒステリックだな。あんたも相手選びには気をつけたがいいぜ」


 まさか自分より年下――おそらくは十二歳ぐらいか。それぐらいの子どもに女性の選び方を教授されるとは思わなかった。というよりも、どう反応を見せていいのかがわからないのである。それが故に「おう」と戸惑いの返事をするしかなかった。


 もちろん、そのようなことを言われたレーラが黙っておくなんてない。


「失礼ね!」


 顔を真っ赤にさせて、今にもタツに突っかかりそうである。傍から見ると、本物の姉弟げんかに見えるようだ。そんな彼らのやりとりを少しだけ微笑ましくイアンが見ていると、部屋から彼が出てくるのを待っていた子どもたちがやって来た。


「おにいちゃん、おわった? あそぼ、あそぼ!」


「お、おう」


 半ば強引に誘ってくる子どもたち。両手はしっかりと小さな手で逃がさないようにして。そして、この小さなレジスタンスチルドレンはイアンを急かしてくる。早く遊ぼう、時間が惜しいよ、なんてね。


「なわとび! なわとび!」


「ねえ、ねえ、レーラねえちゃんもあそぼぉ」


「タツにいちゃんも!」


 どうやらここにいる三人を巻き込むらしい。イアンは一向に構わないのだが、レーラは「うーん」と少しだけ悩ましい顔を見せている。一方でタツはというと――。


「俺はいい」


 遊ばない、と逃げるようにしてどこかへと行ってしまった。


 結局のところ、子どもたちの遊びに付き合ってあげることにしたのはイアンとレーラだけ。わいわいと拠点の外――と言っても、少し離れた、大人たちが許可を出した場所ではある。そこではしゃぐ彼らをよそに石で作られたベンチに座る二人。茫然と可愛らしい声を聞く。


「タツって遊ばない方なのか?」


「遊ばないってか、そうだね。遊ぶ余裕がないんだと思う。リーダーから聞いた?」


「グーダンさんは遊ばずに大人たちの仕事をやりたがるって。それに、あの人は直接的なことは言わなかったにしても、親がいないみたいな感じで言ってた」


【レーラやタツのような残されたガキは】


 あの言葉はどう考えてもそうとしか捉えられない。レーラの両親のことを聞いたように。


「……そうだよ、私たちはね。タツの場合は小さい頃目の前で殺されたから一番悲惨な方だと思う」


「…………」


「それに私は何か夢中になるような趣味があるけど、タツはそれがないみたい。だからじゃないかな、遊びたがらないっていうのは」


「趣味か。レーラの趣味って何?」


「アクセサリー作ったりしてる」


 こういうのとか、と見せてくれた。今、レーラが右手首に装着しているブレスレットがある。それは色とりどりのビーズで作られた物だった。キラキラと太陽に反射して素直に綺麗だと思う。


「作ったりしていると、しばらくは忘れられるかな。で、作り過ぎてレジスタンスの女の人とかは私が作った物を必ずもらっていると思うよ」


「なるほどなぁ」


「イアンは? 何か趣味ってある?」


 そう言われると記憶があった頃の自分の趣味はなんだったのだろうか。何かしらに興味を持てば、それが趣味だったと認定してもいいのか。子どもたちと遊ぶことに抵抗は一切ない。となると、現在の趣味はレジスタンスチルドレンの相手だろうか。


「……あの子らと遊ぶこと?」


「ああ、イアンって子どもたちに好かれているよね。それって、すごくいいことだと思うよ。他のレジスタンスの人たちにも信頼されるだろうしね」


「そっか」


「あとはタツが懐けば完璧だよ。私も何かしら手伝おうか」


 レーラはイアンとタツが仲良くなることを悪くないと思っているらしい。二人の仲良し作戦を企て始める。


「多分、普通に誘っても断るだけだから。そうだ、訓練と称して鬼ごっこでも誘う?」


「それ、タツは食いつくのか?」


「やってみなきゃ、わからないね」


 さっそく実行してみよう、ということで二人は拠点内にいたタツに声をかけた。彼がイアンを見た途端にあまりいい顔をしなかったのは見なかったことにしよう。


「タツもいずれ戦場に赴くんだからさ、私たちと一緒に訓練しない?」


「訓練って言っても、タツはまだ子どもだからな。ほら、小さい子とかも誘って鬼ごっことかはどうだ?」


「俺はいい」


 断られてしまった。というよりも、イアンの発言のときにとても嫌そうな顔をしていたのはもう気のせいで済まされない。気のせいではない、現実だった。


「えっ、いや……基礎体力をつけるのも必要なわけだからさ」


「だからいいって」


 ばっさりと断られる男、イアン。何がいけないのかは薄々感じている。自分という存在をタツは好ましいとは思っていないから。それもそうだ、まだ警戒する人間がいてもおかしくはないのだから。


 次にどう言おうかと苛まされていると、いつの間にかタツがいなくなってしまった。どこへ行ったのか、と慌てた様子でいると、レーラが「自室に行っちゃった」と残念そうに言うのだった。


「忙しいからってさ」


「うーん、俺の誘いがいけないのかな?」


「……そういうわけじゃないと思うけどね。一応、あの子は返事をしてくれているんだしさ」


「じゃあ、誘い方? 遊びがいけなかったのかな?」


 どういう物でタツがつれるか、とポケットに手を入れたとき、金属の独特とした冷たさが指先に触れた。これはフォーム・ウェポン。


――そうかっ!


 何かが閃いたかのようにして、イアンは武器庫からとある物を拝借してタツの自室へとやって来た。その後をレーラが追いかけてくる。


「何?」


 一応は返事をくれるらしい。だが、タツは本を読んでいるようで、顔を上げようとはしない。


「鬼ごっこじゃなくて、俺が稽古をつけてあげるよ」


 そう言うイアンの手には二本の木剣が握られていた。これならば、食いつくかもしれないと見込んだのだ。子どもっぽいのが嫌いなのであれば、こちらは問題ないという謎の判断である。


 自信たっぷりのイアン。だが、残念ながら「やらない」と切り捨てられる。


「そういうのはリーダーやオクレズさんに頼んでるし。あんた、言うほど剣技が巧いわけじゃないだろ」


――なぜにそれを知っている。


「俺、本読んでいるからさっさと部屋から出てくれない?」


 もっと辛辣な言葉を受け止めたイアンは本気で叩きのめしてやろうか、とこの場で思っていたことに関してはここだけの秘密である。


 部屋から出ていけと言われて、拠点内の廊下に置かれたままの木の箱の上に座り、イアンはため息をついた。


「難しいな」


「タツはタツで年頃の男の子だもん。扱いが難しいのは誰だってそうだと思うよ」


「言っても、俺の記憶があった頃ってあそこまでひねくれた子どもじゃなかった気がするんだけど」


 記憶がなくともそれだけは絶対そうだ、とイアンは断言する。子ども時代の自分なんて、そこまで難しい扱いではなかったはず。多分。確信はないけれども。


「はあ、どうすればいいのかなぁ」


 再び悩ましそうに腕を組むイアンを見ながらレーラは「あっ」と何かしらを思いついたようである。


「ねえ、イアンが座っているその木の箱」


「ん?」


『キャンディ』

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