◆11
「イアンおにいちゃん、あそんでぇ」
イアンがレジスタンスに来て数週間が経とうとしていた頃。彼も他の者もイアン・アリスという人物に慣れ親しみを始めていた。特に子どもには人気らしい。理由は単純。他の大人たちは忙しいということもあってあまり構ってくれないのだが、彼は構ってあげてくれるから。遊んでくれるから。そんな優しいイアンお兄ちゃんはにっこりと笑みを浮かべつつ、
「いいよ、何して遊ぶ?」
「せんそぉごっこがいい!」
「やだよ、おえかきがいい」
「えぇ、ぼくはなわとびがいいな」
そして、いつも遊びに関しては子どもたちの中で一悶着がある。イアンは子どもの遊びであるならば、どんな遊びでも付き合ってあげるからこそ、彼らも色んな遊びを彼としたいのである。
また決まらないな、とすべてを子どもたちに押しつけたまま、遊びが決まるまでそこで停滞する。これもお決まりになってきつつあるのだ。
「あら、遊んでもらっていいわねぇ」
更にはこの小さな争いを大人たちは止めようとしない。そういうこともあってか、イアンは口出しをしないのである。正直言って、どうでもいいから早く決まらないかな、とぼんやりと子どもたちを眺めていると、一人だけ遊びに交わらないと言わんばかりにどこかへ行こうとする子どもを見つけた。
「あの子は……」
確か、初めてのミッションので武器を渡してくれた子どもだ。レーラはそう、「タツ」と呼んでいた。
あのときは初対面ということと、自分が得体の知れない人物だったから警戒心が高かったと思っていたのだが――ほとんど交流はない。
「おにいちゃん、きまったよ。なわとびしよ」
遊びが決まったらしい。子どもたちが袖を引っ張って誘ってくる。
「あっ、うん。それよりも……あの子、タツって子は……」
「タツにいちゃん? うーん、タツにいちゃんはね、ぼくらとあそんでくれないんだよ」
「うん、だからってなかまはずれにしてるわけじゃないよ」
「だったら、いつも独りなの?」
イアンの質問に子どもたちは首を揃えて縦に振る。どうも、子どものくせに彼らの遊びに交わろうとしないらしい。
「だからって、わたしたちをきらったりはしてないよ。タツにいちゃんは」
「ふぅん?」
それでもイアンはタツのことが気になって仕方がなかった。話したことはほとんどない。どういう子どもであるのか知りたい。それもあってか、子どもたちに彼を交えて遊ぼうと提案をする。もちろん、イアンが好きな子どもたちは大賛成。すぐさま数人の子が急ぐようにタツの方へと走っていった。
そうしていると、グーダンに声をかけられる。
「楽しそうにしているところ悪いが、ちょっといいか?」
「はい、グーダンさん」
グーダンに呼び出されたならば、仕方あるまい。また今度、と行こうとするイアンを引き留める子どもたちをたしなめるのである。
「えぇ、あそぼうよ、あそぼう! ねえ、おにいちゃん!」
「うーん、ちょっと呼ばれているからね。また今度遊ぼう? 今度はタツも交えてさ」
できることならば、子どもたちの要望にも応えてあげたいとは思っている。それでも、本来イアンがレジスタンスに入ったのは何も子どもたちのお守り役としてではないのだ。変形武器であるフォーム・ウェポンを持つ限り、彼は楽園の者たちを倒さなければならない。
それを自分に渡されたのはそういう意味があってからのこと。だからこそ、グーダンを失望させたりしてはならないのである。
子どもたちをきちんと納得させた上で、イアンは彼らと別れてグーダンと共にとある部屋へと入っていく。ここは大人たちだけが入れる会議室のような物。故に子どもたちが入ることは許されない。
「いつもちびっ子たちの相手をしてくれてありがとうな」
「いえ、とんでもないです。あの子たちも見ず知らずの俺と遊んでくれるし」
「大人たちは何もしていないときでも、その前にミッションをしているから疲れてそれどころじゃないんだよな。本当は遊んであげるべきなんだろうけど」
なんてグーダンは苦笑いをしながらタバコに火をつけた。その煙を燻らせながら「それで」と本題に入る。
「明日、前の拠点とは違うところに奇襲を仕掛けるつもりだ。今回もきみは参戦してくれるよな?」
「はい、もちろんです」
否定的な言葉を聞かずに済んだグーダンは安心したように口からタバコの煙を吐いた。
「まあ、やるのは夜だし、お子様はおねんねの時間だから何も問題はないだろうよ」
「ははっ、そうですね。前のミッションは昼間だったから、遊べないとわかった途端に子どもたちはこんな顔をしていましたよ」
そうイアンは唇を突き出すようにして悲しそうな顔をしていた子どもたちの物真似を見せてあげた。それが案外にも傑作だったらしい。この物真似を見たグーダンは吹き出しながら笑うのだが、タバコの煙が変なところに入ったようで咽るのだった。
かなり大きな咳。相当苦しそうである。
「あ、スミマセン」
別に悪気があったわけではないにしろ、罪悪感はあるようだ。イアンは消え入るような小さな声で謝罪をする。
「いや、こっちもすまん」
ようやく咳が止まったグーダンも笑いながら謝罪をする。
「イアンって、そういうことをするガラじゃないと思っていたからさ」
「そうですか?」
「なんというか、ちびっ子たちの相手をし始めてか? 来た頃は暗い印象が強かったからな」
人というのは僅かな期間であっても、環境が変われば印象が変わるものなのか。
「変ですか?」
「いや、変じゃないさ。むしろ、そういう風にいていた方がいい。少なくともちびっ子たちにとってもそれは大切だと思うからな」
そういうものか。なんとなく独りでに納得をしたイアンは「わかりました」と承諾する。その言葉を聞きたかったグーダンも頷くと「じゃあ、よろしくな」そう彼に言った。
「今回は、物資奪取は無理しなくてもいい。目的は拠点の壊滅だからな」
グーダンはそれだけ言うと、部屋から出ていこうとするが「待ってください」とイアンが呼び止めた。
「すみません、一つ訊きたいことがあるんです」
「訊きたいこと?」
呼び止められるのは予想外だったようで、グーダンは咥えタバコをしながら片眉を上げた。
「タツって子についてなんですが……」
「ああ、遊びに誘おうとか言っていたな。別にそういうのはいいけどよ。多分、あの子はいくら誘っても交わろうとはしないはずだ。交わるくらいならば、大人がやっていることを全力でサポートする子だな」
グーダンの言葉で思い返してみる。初めて会ったときは武器を受け取った。それから何度も見掛けるときは大抵子どもには似つかわしくないところにいたりする。まだ拠点の外では見掛けていないのだが。
「子どもだから子どもらしく遊べとは思うけど、強制しないよ。ここにいるちびっ子たちもいずれ大人になったら俺たちみたいに血生臭い戦場に立つんだからさ」
「…………」
もっとも過ぎてイアンは言葉が出てこなかった。
「多分、この世は腐っているんだろうな。ここもそうだが、きっと楽園の子どもたちも同じような状況になるだろうな。そうならないためにも俺らが降参してやつらの言いなりになればいい。だが、そういうわけにもいかない」
短くなったタバコ。それをグーダンは携帯灰皿で消した。その残り香が辺りを漂わせる。
「二百年と続いている先祖たちの思いをあっさりと幕を閉じらせるわけにはいかねぇ。特にレーラやタツのような残されたガキはどこに怒りの矛先を向けたらいい? 俺だってそうだ。楽園の連中に恨みがあるから動いて……」
そこまで言うと、言葉を詰まらせる。イアンもただ黙ってグーダンが次に言う言葉を待っていた。しかし、彼はこれ以上言う気がないらしい。沈黙の空気を残したまま、部屋を後にした。残されたイアンは何を言いたかったのかは十分に理解していた。
誰が悪いのかはわからないが、どうすればいいのだろうか。
「……俺だって、好きで記憶を失くしているわけじゃないんだよ」
イアンの悲痛の声は誰にも届かない。




