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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶があるが、すべて許せない。
100/108

◆100

 初めて戦っている相手だというのに、どこか知っている戦術だなとイアン・アリスは思いつつも、顔をしかめていた。この四人目のエンジェルズ、どうやらこちらの戦い方を知っている様子が見受けられる。


 身の丈ほどの銀色の大剣を大振りに振り回す。まるでグーダンのような力任せの太刀筋のように見えても、彼のような相手はできそうになかった。隙が大きいという油断をしていたから。


「うっ!?」


 エンジェルズの大振り攻撃を避けて、その隙に懐へと入り込もうとするのだが、彼の蹴りが腹へとくるのが見えた。避けられずに、そのままもろに食らう。この蹴りが強烈な一撃だった。それでも、蹲って苦痛の表情をしている場合ではなかった。


 どうしても、このエンジェルズを殺してやりたい。そんな気分だからだ。


 真正面からぶつかろうにも、相手は武器とそれ以外のものを利用してくる。つまりは正攻法があまり使えない。それならば、とイアン・アリスは剣状のフォーム・ウェポンの形を変えた。


 一つだけ言っておこう。このフォーム・ウェポンは特殊な金属を加工した武器である。その特殊というのは、かつて昔に従来の銃器などでも貫くことができない生物兵器がいたらしい。これはそれの対策のために作られた加工金属なのである。とある研究レポートによると、その特殊金属に「何か」を加えてフォーム・ウェポンが完成したのだ。記述による「何か」は特定の人物の意思によって形状の変化があるという。


 そう、何度も言ってきたが、フォーム・ウェポンは形を変えることができる。繰り返し、繰り返しの研究の成果で誰もが形状変化を可能にした。まるでおとぎ話のようにして。それによって、誰もが欲しいと思うような武器となった。ただ、フォーム・ウェポンは「形」を変えるだけ。それ以外のことはできないはず。研究レポートにはそう記述されている。


 ましてや手に握らずとも空中に浮かせるだなんて。


 イアン・アリスが形成した物はコンピュータ世界での武器として使っている、自身の周りにたくさんの刃を囲ませた――それが三つ。シージュだ。


 人がなせる業ではないのは確か。それは誰もが思っていること。もちろん、当の本人だってこれができるとは思っていなかった。実際はできてしまった。


「…………」


 四人目のエンジェルズは何も言ってこないが、その灰色の目からして「人を捨てたな」とばかにしているように見えた。どちらが「人」を捨てたのか目に見えているのに。その視線が嫌で、シージュの一つを投げつけた。中距離からの攻撃だ。何も一つだけ投げて満足するほど優しくはない。エンジェルズが投げつけられたたくさんの刃がついたサークルを大剣で防ぐ。ぎりぎりと金属の小競り合いが耳元でうるさい。この武器をたとえるとチェーンソーか。


――こちらには後「二つ」あるぞ。


 イアン・アリスの目がこちらの勝利だと言わんばかりに、嬉しそうにしていた。残った二つのシージュも左右へとぶつける。


――さあ、さあ、見せたまえ。その腹を掻っ捌いて、四肢を取り除いて。手足を失った可哀想なお人形さん。悔やむ姿を見せておくれ。


 勝利確定。そうとしか思えないのか笑う。笑う。ぎゃりぎゃりと耳障りな音に紛れて笑う。これでうざったいエンジェルズは死んだ。またあの人に褒めてもらえるかも。そう思って。


 残すところは楽園の女王(クィーン)だけ。四人目のエンジェルズに見向きもせず、イアン・アリスが先へと進もうとするのだが――。


 ぶつんっ。


 シージュの音よりも一番耳を塞ぎたくなるような音が右側から聞こえてきた。何があったのか。それは十秒後にわかった。いや、実際には一秒しか経っていない。それほどまでに理解するのに時間がかかったように思えたのだ。


 シージュが出していた音よりも、先ほどの音よりも大きな声で叫んだ。あまりの叫びように本当は叫んでいないのではないだろうか、と思うほど。


――誰だ、こんなに騒いでいるのは。うるさいぞ。


 必死で喚いているイアン・アリスはなぜか冷静的にうんざりとしていた。うるさいのは自分なのに。騒いでいるのは自分なのに。


 その理由が、右腕を切断されているからだった。


「ああ、うっ……ああぁあぁあああぁあぁあぁぁぁああ!!」


――痛いし、痛い。涙が出そうなのに、出ない。ねえ、誰か助けて。『イアン君』の手はどこにある? 誰かつけて。誰か何とかして。死にたくないから。死ねないから。絶対に、つけなきゃ。五体満足でないと楽園の女王(クィーン)には勝てないから。右手がないのに、ある感覚が怖い。こんなに血飛沫をあげてボタボタと下に血が滴っているのに。ない物がある感覚が恐ろし過ぎて。頭が狂いそう!


「うぅっ、うぅ……お前……!」


――絶対に許さないんだからっ!! 絶対だっ!! この右腕切断事件は絶対に忘れないっ!! 記憶を失っても、絶対によみがえらせて、同様の姿にしてやるっ!! いや、その倍だっ!! 『両腕』を切断させてやるからなっ!!


 イアン・アリスはない腕から飛び出してくる血を左手で押さえながらエンジェルズを見た。彼はこちらがシージュで攻撃を与えていたというのに対して、一切の傷がついていないではないか。


 三つのシージュは持ち主である自分の下へと戻ってきている。


 冷静な判断ができない。とにかく右腕のことが精いっぱいで反撃をするということが考えられない。頭の中にはただの腕を切断された恨みのみ。


 しばらくの双方の睨み合いが続き、ようやくイアン・アリスが動く。自身の周りに囲っていたシージュを解いて、元のフォーム・ウェポンへと戻したかと思うと――それを自分の右肩へと取りつけたのだ。なんて不格好な右腕でしょうか。上手く自分の左腕と似せてはいるものの、右腕は真っ黒なのだ。いや、傷口が上手く塞がれていないから赤く染まり上げていく。やがて、それは彼の心情に合わさるようにして、憤りの形を成していく。もう人の腕ではない。


「お前の両腕を落としてやるっ!!」


 強い歯噛み。今にも歯が削れるか折れそうな勢いだ。それすらも厭わず、不気味な右腕から刃を形成させてそれでエンジェルズに斬りかかった。対して、彼もその恨みの一撃を銀色の大剣で受け止める。


「切り落としてやるっ! 切って、切って、泣き喚いて死ねっ、クソがっ!」


 カウンターの恐れを気にすることはなくなった。なぜならば、イアンの頭の中にはそれがないから。シージュでの攻撃していたときのような慎重さを捨てたから。八つ当たりと言った方が正しいだろう。


 両腕を狙っていると断言した敵。そうだとしても、どうしてかエンジェルズはお目当てがそこではないことぐらいわかっていた。イアン・アリスが本当に狙っているところ。それはどんな敵であっても必ず狙う『癖』。


 真っ黒な刃がエンジェルズの首へと迫ってくる。それを払い除け、反撃に向かおうとするのだったが――。


「なっ!?」


 予想外の一言。


 弾かれた右腕。それでもまだ左腕が残っているじゃないか、とエンジェルズの右腕を抑え込み――ぶつんっ。


「ひっはっはぁ!」


 切れた。


 イアン・アリスの左手にはエンジェルズの取れた右腕があった。だが、そこは改造人間らしく血の一滴もない。それが面白くないと思ったのだろう。残りの左腕を切断させるためにもう一度立ち向かうのだ。


――両腕切断しないとつまらないから。面白くないから。いや、こいつが死なないともっと面白くない。


 先ほどまで嬉しそうな表情を浮かべていたイアン・アリスは急激に真顔になったかと思えば、四人目のエンジェルズを睨みつける。次は左腕と首狙いだ。


――死が着々と近付いてきているぞ。もうすぐあの世に逝けるよ。やったね。よかったね。


 エンジェルズにもその狙いはわかっていた。次は左腕か首だと。突撃してくるから、防御の体勢に入る。これでいつでもカウンターは――。


――取らせないよ。


――狙っているのが左腕と首だけだと思った? ざんねぇん。正解は……。


 イアン・アリスが起こした行動はエンジェルズの両目玉を潰すことだった。右手にある真っ黒な刃を囮にして。左腕と首を狙っているふりを見せかけて。


「何も見えなければ、死んだも同然」


「それもそうだな」


 なぜか納得したエンジェルズはそう言った。その目は潰されているというのに、片腕を失ってバランスが取れないはずなのに。彼は左手だけで大剣を抱えると――油断していたイアン・アリスに向けて攻撃を加えた。


 そのおかげで後方へと飛ばされる。勝利を完全に確定していたのに。それが許しがたい、と思う。


――お遊びはここまでだ。


 イアン・アリスの心奥には醜い負の感情がたまりつつある。それがトリガーとなるように、不気味な真っ黒い右腕は変貌を遂げていき――右半身を守るような立派な黒い鎧になるのだった。


「お前が嫌いだっ!」


 醜い、醜い哀れで可哀想なお人よ。その汚い心でどこまで抗うおつもりかしら?

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