◆10
ダミー拠点からトラックで移動すること三十分。地平線が見えていた荒野ではなく、切り立った岩の細道がそこにあった。グーダンは下車すると「ここから歩きだ」と言う。
「こんな細いゴツゴツとした場所は行けそうにないからな」
その言葉が当然だとして、トラックを運転していたオクレズはその場を走り去っていってしまう。取り残されたのはイアンとグーダン、そして数名のレジスタンスの者だけ。レーラはダミー拠点にいる。
これからスコップを使って何をするのだろうか。その不安が拭えなくて、気になり過ぎたイアンは「あの」と声をかけた。
「これからこれ持って何をしようと?」
「ああ、結局何も教えていなかったな。これから俺たちがするのは土堀りだ」
行くぞと言われ、レジスタンスたちのあとを着いていくのだが、イアンはいまいち理解ができないらしい。
「あの、土堀りって?」
「この先に墓場があるんだよ」
まさかとは言うまい。すでに埋められた者のところを掘り起こすとでも? そんな考えをグーダンは見抜いていたようで「イアンが想像しているようなことじゃないぞ」と苦笑い。
「昨日、ヘヴン・コマンダーに殺されたやつらが安心して眠れるようにしてあげるだけさ」
「昨日? えっ、いつの間に彼らを?」
「もちろん、ドンパチが起こっているどさくさによ。あんな嫌なやつらの隣で寝ているのは居心地が悪そうだし、何より不憫だからな」
どうもイアンたちの物資奪取作戦時に紛れてグーダンと今回作戦に加わらなかったレジスタンスたちが亡骸の回収をしたらしい。それで一度去ってしまったオクレズは遺体の入った棺桶をこちらの方に運ぶため、ダミー拠点へと戻ったとのこと。
トラックが通るには厳しいような険しい道を行った先にはたくさんの墓石がこちらを見るようにして佇んでいた。
「これ全部が?」
「いいや、全員がレジスタンスのやつらとは限らねぇ。ここの大半は昔存在していた王国の人たちの墓だよ」
グーダンに案内されるがまま、とある二つの墓石の前にやって来た。それはどの墓石よりも大きいものである。
「これ、その王国の王族の墓だよ」
紹介された二つの墓石の内、一つのそれには文字が刻まれていた。
「二百年くらい前に人類滅亡の危機がこの世界に訪れた。人々が安心して望めるような世界に戻すために、王族を含めた数千万人ものの部隊が立ち上がったんだ。それでも、どうにもならなかったらしい」
「…………」
「これ……今は使われていないんだが、昔の言葉で『何も守れなかった』って言うらしい。最後の王族はそれを悔やんで死んでしまったんだ」
さあ、死んだやつの墓を掘るぞとグーダンはイアンたちを促す。彼がなんとも言えない気持ちで掘る場所へと向かっていると、一人のレジスタンスの者がこそっと教えてくれた。
「昔の人類滅亡を促すようにしたのは楽園の連中らしいし、部隊を解隊させるように全滅させたのもあいつらだ。リーダーの先祖はその部隊の一人だったそうだ」
そう聞かされて、よくグーダンを見ていると、怒りの感情が見えているようにも見えた。
「レジスタンスの元はその部隊なんだよ。一応はこの世界の滅亡は免れたけれども、こういう平和とは言いがたい状況が二百年近くも続いているんだ」
「そんなに長く……」
「だから、生まれながらのレジスタンスのやつらばっかりなんだ」
長話していたことが少しばかりグーダンの気に触れてしまったらしい。いつまでも作業に取りかからない自分たちに「早くしろ」と強い口調で指示を出してくる。これに彼らは慌てて土を掘り起こし始めるのだった。
それから一時間ばかり土を掘り起こしていると、オクレズが迂回でもしてきたのだろうか。棺桶を荷台に乗せてこちらの方へとやって来た。彼の助手席にはレーラもいる。
手伝いにでも来てくれたのかと思ったが、そうではないらしい。トラックが停車すると、すぐさま降りてきてとある墓石の前に立った。これについてもレジスタンスの者が教えてくれた。
「レーラの両親もレジスタンスでな、あの子が小さいときにやつらに殺されたんだ」
だが、教えてもらったところでイアンがどうすることもできない。ただ単に持ってきてもらった棺桶を土に埋める作業を黙々とするしかなかった。何も言葉が思いつかない。どうすることもできない。思いつくことと言えば、棺桶に土を被せることぐらいか。
一つの棺桶を埋め終えると、向こうの方で故人に祈るレーラを見た。
「…………」
その祈る姿を見て、デジャヴを感じた。しかし、思い出したからと言っても、その記憶はすぐに忘れるように記憶の奥底へと沈んでしまう。
呆然とその姿を眺めていると「イアン」そうグーダンに呼ばれた。そちらの方に顔を振り向けた瞬間、沈み落ちてしまった記憶が引き上げられる。
【――――】
穏やかに流れる時間。そこで自分とレーラに似ている誰かは過ごす。永遠とその場でいることを望むようにして。だが、イアンがここにいる時点でそれは叶わなかったということだろうか。 彼女は死んだ。死んだ? そう、死んだのかもしれない。理由はわからない。単なる病気だったのかもしれないが、そこまでは思い出せそうになかった。
その人が死んだとき、自分はどんな感情でいたのか。悲しかった? きっとそうなのかもしれない。彼女に対する基本的な感情は『好き』なのだから。
「おう、イアン? 大丈夫か?」
どこか心配そうな顔を見せるのはグーダンである。どうも呼びかけているのに、一度だけ反応を見せてそれからうんともすんともしないから不安になったそうだ。
「ここ、もしかして見覚えがあるのか?」
「あっ、い、いや……」
ここ自体を知っているわけではない。思い出した内容は平和的に優しい時間が流れるようなここではない場所であること。
「ならば、いいんだけれどもよ。ほら、もう終わったし、そろそろ戻ろうぜ」
「はい」
いつの間にかすべて土の中に埋め終わったらしい。イアンには向こうでまだ祈っているレーラを呼んできて欲しいとお願いをされた。それを承諾すると、スコップをグーダンに渡して彼女のもとへと近付く。
イアンがこちらへと近付いてきているのに、レーラは祈ることを止めて立ち上がると、顔だけを向けてくれた。
「イアン」
【――――】
そう見てはいけないと誓ったはずなのに、レーラと誰かが重なって見えてしまう。
「えっ? ちょっと、イアン!?」
体が勝手に動いた。気付いたら、レーラを抱きしめていたから。何がしたいのかはよくわからない。だが、彼女を失いたくないという気持ちなら今の自分でも理解できた。
「い、イアン? あなた、泣いているの?」
そのようなことを言われて初めて知った。頬に垂れる水気のもの。それは涙。それと同時に自分がしている状況も気付いた。
「す、すまない……今のことは忘れてくれないか?」
「う、うん。って、もしかして……リーダーから私の両親のことを聞いたの?」
「いや、グーダンさんじゃないけど……そう」
「気にしてくれているんだね。ありがとう」
お礼を言われるとは思っていなかったらしく、イアンは「え」と声を上げる。
「早く、記憶が元に戻るといいね」
レーラはそう言うと、一足先にトラックの方へと行ってしまった。独りそこにいるイアンは空を見上げる。雲一つない青空は地上の世界とは似つかわしくないと思えるのだった。
――愚かな者よ、夢を見よ。悲しいことはすべて忘れられるはずだ。




