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短編

昼間に流星群を見に行こうか

作者: 野庭 今日


 曲がりくねった山道を慣れない運転で進む。

 道がどんどん細くなっていき、これでいいのかと不安が増していくが、すれ違うのも危ういこの道ではUターンは出来なさそう。

 ――たどり着けなかったらディーラーを恨んでやる。

 カーナビを最新のソフトに入れ替えたばかりである。


「風が気持ちいいね」

 助手席で窓を開けた彼が呑気にいう。新緑の季節だ。

 重なり合った葉が擦れ合う音とエンジン音が久しぶりのドライブ気分をちょっとだけ向上させてくれている。

「立ち往生したらヒッチハイクは僕に任せて。葉月はづき、君は車を押してくれ」

「馬鹿じゃないの」

 彼流の、笑いどころが分からないつまらないジョークだ。

 天然で作られた木漏れ日のトンネルをひたすら進む。

 

 ようやく、駐車場と呼ぶにはあまりにも整備されていない開けた山頂へたどり着いた。

 ごつごつとした砂利道を手を取り合って歩くと、木で出来た簡素なベンチを発見して、二人で座って山の向こうを見る。

 何処までも広がる青い空ときらめく深緑のつらなる山々。うすくかかる雲が美しい。


「ねえ見える? 」

 車で何時間か揺られ疲れたのだろう。伸びをしている隣の彼に声をかけた。

「見えないかな」

 空を見上げると水色、というよりは濃い青色と照りつける太陽だけがそこに存在していて、更にその上の星など見える気配すらない。

「あなたなら見えると思ったんだけど」

「見えないよ。僕が見えたら君にだって見えるだろう」

 本当にそうだったらこんな辺鄙な所までわざわざお尻を痛くして車に揺られることなんてしない。

 彼になら見えると思ったから来たのに全然分かってないのだ。

 

 今日は流星群の日。流れ星が降る日。

 三日ほど前にテレビを付けた時、たまたまニュースで流れていた情報は私を食いつかせることにまんまと成功したわけ。

 生憎、時間が悪かったらしく、天気は良かったのだが、極大になる時間帯がこの真っ昼間というからついてない。

 流星群の観測のためだけに誰も来ていなさそうな山頂の展望台を調べ上げ、彼を引きずってここまで来たのに。

 

 暗闇の中でしか見えない流星群。

 私はまぶたを閉じてみるが、かすかに感じる日差しが色彩を帯びてはぜるだけで、やっぱり見えそうになかった。


「私、意外と目が悪いのよ。あーあ、今が夜だったら良かったのに。どうしてよりによって昼間群なの」

「残念だね」

 あまりそうは思っていないような声色にムッとする。

 私はどちらかというと悲観主義者で、彼の楽観主義には救われる部分もあるが、逆に心を爪で引っかかれたような気持ちになってしまう時も多々ある。


「もしかしたら、と思ってきたのに」

 すねた私は景色を見ることを止めて足をぶらぶらさせた。

 これだから神様は嫌いなんだ。自分はいつだって好きなものを見れるなら私達にちょっとぐらいサービスしてくれてもいいじゃない。

「お願い事でもあったの? 流れ星は願い事が叶うって言うよね」

 そんな私を察したように彼は話を別の方向へシフトさせる。

「たくさんあるわよ」

 

 山ほどある。くだらない願いがもう上げたらキリがないくらいに。

 でも目下の願い事は割りと切実で、違う。


「欲張りだね」

 遠くを見つめたまま彼はおだやかに言う。

「あなたに欲がないだけよ。私は不安でたまらないの。本当はこのままでもいいじゃないって思っちゃうの。このままが良いって思っちゃうのよ」

 

 無欲な彼を近くで見ていると私が愚かに思えてきて。

 こんなことが言いたいはずじゃなかったのに。

 どこまでも晴れた空の下、雲行きが怪しくなる。


「不安にさせてしまうのは僕のせいかい」

「違う。私が弱すぎるだけ」

 即座に返した。彼のせいなんかじゃない。

「いや、僕が、ごめん」

「謝らないで。私が悪いの。ごめんなさい。素直に応援できない私が嫌い」


 何をしているんだろう。こんな所まで来て。段々みじめになる。

 愛する人の幸せを願えない私なんて消えてしまえばいいのに。

 彼は決して多くを望まない。望むのはいつだって私ばかり。


「君が望むなら僕は今すぐにでも電話を入れて断るよ。あ、ここって電波通じるかな? それにすごく怒られるし説得されるだろうけどね。でも君がこれまで通りを望むのならばそれで良い。元からない物を手に入れる希望に賭けるより君を失うことのほうがずっと怖いから。案外、人間は工夫すればやっていけるものだよ」


 希望に賭けるより、か。彼だって本当は怖いに決まってる。

 私なんかよりずっと怖いに決まってる。

 ちっぽけな私の不安が彼の希望や将来を真っ暗にしようとしているんだ。


「断らなくていい。その代わり、ずっと一緒にいてくれる? 」

 私の子供みたいな問い掛けに彼は吹き出す。

「今更。本当に今日はどうしちゃったんだい」

「真面目に答えて」


 追求をやめることが出来ない。突風が突き抜けて青空に向かって消えていく。

 草木が揺れる音も聞こえなくなり、時間が止まったような錯覚の元に沈黙が流れる。


「結婚しよう」


 彼は少し私から顔をそらして言った。

「ちゃんと、私を見て言ってよ」

 これだけを言うので精一杯の私はこらえ切れずにしゃっくりを上げる。

「分かったよ」

 彼は正しく私の意図を汲み取ってくれたようで、もうそれ以上は何も言わなかった。

 ただ、私を強く抱きしめると優しく頭をなでてくれた。

 彼の背中に手を回して力を込める。

 見えない流星群に初めて祈ると、明日という日を、これからもっと先の未来を彼と迎える覚悟が付いたような気がしていく。


「次は昼じゃなくてさ、夜に見に来ようね」

「ああ、約束しよう。二人で一緒に見えるまで何度だって来よう」

 私達はそのまま抱き合ってキスを一つすると、名残惜しかったが、また山道を引き返して病院へ戻っていく。

 フロントガラスに映る彼を、途中で何度も盗み見た。

 表情がガラスで透けていて、分からない。

 それでも、何度も何度も見た。




 病院のベッドの上で看護師の腕を借りて起き上がる彼を緊張して見つめる。

 この数週間は気が気じゃなかった。

 彼の母親と手を痛いぐらい握り合ってその様子を見守る。

 医師の手によって彼の包帯がゆっくりと外されていく。

 彼は、数度まばたきをしたあと、彼の母親をジッと見つめて指をさす。


「葉月」


 彼がお母さんを指差しているのに、私の名前を呼ぶ。

 ああ、そんな――。そんなことって――。

 心臓がゆっくりと鷲掴みにされたような痛みがじわじわと広がる。

 あれほど祈っても私達は神様に裏切られたのか。

 だから神様なんて嫌いなんだ。

 お母さんが、たまらず泣き崩れた。

 ギュッと結んだ口をなんとか開いて彼に声をかけようとした時。


「冗談だよ。ごめん、見えてるよ。葉月、こっちにきて」

 

 眉を下げて苦笑いすると今度こそ私をちゃんと指差して、手招きする。

 私は彼に駆け寄ると平手打ちをして思い切り抱きつく。

「笑えないのよ! つまんないのよ! 次やったらもう二度と許さないから! 」

 叫びながら彼の胸を叩く私に続いてお母さんも抱きついて離れない。

 彼は頬をさすりながら笑っている。手術は成功です、と医師が言う。

「葉月はこんな顔をしているんだね、うん、予想通りの美人だ。きれいな目の色をしているね。顔の感想ばっかり言ってごめんね。でも僕が好きなのは君の顔だけじゃないってこと分かって欲しいなあ」

「母さん、母さんとよく似てるって言われてたけどこれでようやく確認できるね。今まで育ててきてくれてありがとう」

 それぞれに言葉を言う彼、泣き叫ぶ私達。拍手をする医師と看護師。


「良かった。本当に良かった。この前はごめんね、ごめんなさい」


 昼間の流星群。いつも真っ暗闇にいる彼ならもしかして見えるんじゃないかって思ったの。

 夜なんか待たなくても見えるかもしれないって期待してしまったの。

 そうしたら、願いが叶うんじゃないかって。

 見えるようになる確率の低い手術が成功するんじゃないかって。


「怖かったの。失敗するんじゃないかって。見えるようになっても私の顔を見て失望するんじゃないかって」

 止まらなかった。堰を切ったように感情が溢れ出す。

 馬鹿だなあとのんびり言う彼に抱きついて子供のように泣きじゃくった。

「葉月」

 彼が、私の名前を呼ぶ。

 まっすぐに私の顔を見る。視線がぶつかると、星が見えたようにくらくらして。


「僕と、結婚してください」

「――はい」


 上手く返事ができたか分からなかったけど、伝わったみたい。

 病室から歓声が起こるとみんながみんな泣いていて酷いことになっているから笑ってしまう。


「流星群、見に行こうね」

「うん、そうだね。今度は僕が連れていくから」

 あ、教習所に通うのが先かな、と彼がしみじみと言う。

 

 願い事はきっと、もうしない。それでも私達は星を見に、また、あの山頂へ行くだろう。

 








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― 新着の感想 ―
[良い点]  彼女の不安も願いもとても理解できて、共感できました。私も同じ状況に置かれたら多分こうなります。 [一言]  彼の冗談は本当に悪趣味ですね。シャレにならないから!とツッコミいれましたよ笑笑…
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