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5,背けた目の行き着く先は


 置かれた茶器に視線を落としつつ、楽しそうに話を弾ませる二人を横目で眺める。羨ましいというわけではない。どうにも気恥ずかしさが勝って、そこには参加出来ずにいた。

 それに、先の会話。

 ギルドの階級章は自分たちにとって誇りそのものだ。誰かに渡すなんて以ての外だし、ただの装飾品として使われていいものでもない。断じて。

 ――おしゃれでいいだろう?

 彼女は言ったのだ。とても嬉しそうに。

 なのに、どうして。

 ――まさか、二度も同じことを言われるとは思わなかったよ。

 どうして続く言葉を、あんなに痛みを堪えるような顔で言ったのだろう。

「東に向かったって言うのか?」

「ああ、そうだ。確かに聞いたから間違いないよ」

 シュマは、外を眺めながら耳だけ傾ける。

「西は山岳地帯がほとんどだろう。これから寒くなる季節に向かうから、大人数での山越えとなると厳しいだろう? 山を越えたことのある経験者はあまり多くないそうだ。だから、ここから平地に向かうのだと、そう話してくれたよ。ただ、別の方向に行く人もいて、途中までは一緒に行くのだと」

 会話から判断するに、ナダの集落の数人がこの店に寄ったのらしい。彼らと話をしていて聞いたのだそうだ。

「チェシーが会ったのって、今からどれくらい前だ」

「そうだね……もう十日くらい前になるか。後方がゆっくりだから先に来たって、そうも話していたかな」

「十日か……。こっちは身軽だし、急げば追いつけるかもしれないな」

 アズリアのひと言に今までと違うものを感じて、首をめぐらせる。

 茶器に入れられていた緑茶はとうになくなっている。アズリアの引いた椅子が、やけに大きく響いた。

「行くんだね?」

「ああ。大した時間いられなくてごめん、チェシー」

 一拍遅れてシュマも立ち上がる。

「いいんだよ、あんたが気にすることじゃない。見送って、帰ってくるのを待つのが私の役目なんだから。任せておくれ」

「ごちそうさまでした。美味しかった、です……」

 何か言わねばと、口を吐いて出てきたのはそんな言葉だった。もっと別なことを言えれば良かったのに、初対面の人が相手だとどうにも苦手だ。

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

 それでも彼女は、顔を綻ばせて笑ってくれた。二人は少ない荷物を持って立ち上がる。

 アズリアがここでいいと言ったのだが、入り口までは見送ると言って聞かないチェスティアに押し切られていた。本人は気付いていないが、案外女性の押しには弱いのかもしれない。

 先に扉をくぐり、傾きかけた日差しを仰ぐ。直に辺りは暗くなってくるだろう。アズリアはまだかと振り返ると、ちょうど外へ出るところでチェスティアに捕まっていた。彼女は二、三言アズリアに耳打ちし、話し終えたと思ったら彼の背中を思いきり張り飛ばしていた。アズリアの背負う剣が音を立てる。それにしても痛そうだ。

「……悪い、待たせた」

「別に」

 背中に手をやるアズリアを若干哀れみながら、同情の眼差しを向ける。

「アズリア、シュマ」

 名前を呼ばれて同時に振り向いた。白い建物を背にして、チェスティアが笑っている。

「またいらっしゃいな」

 アズリアは大きく手を振り、シュマは片手を挙げてそれに応え、あとは振り返ることなくその場を後にした。

「見送る側って、どんな気持ちなんだろうな」

 並んで歩くアズリアがぽつりと溢した。なんでもない、単なる世間話でもするかのように。実際世間話でしかなかったのだろう。それもきっと明確な答えを欲するのではなく、不意に浮かんだ疑問を口にしてしまった、それだけの。

「そんなの、実際に見送ってみればわかるんじゃないのか」

「見送ったことはあんまりねえなあ。いっつも見送られる側だ」

 なんとなしに、想像がつく。

「奇遇だな、俺も同じだ」

 思い返してみれば、見送った経験なんてものは皆無に等しい。いつだって誰かに見送られてばかりだ。

「それじゃあ、どっちが先に見送る立場を経験するかだな。俺とおまえ、どっちだと思う?」

「さあ」

 正直どちらでもいい。遅かれ早かれ、いずれは体験するだろうから。けれど。

「ないものねだりで考えることでもないだろう」

「ねだってはいねえよ」

「アズ」

 ひとつ訊いておきたいことがあったのを思い出した。アズリアの疑問同様、もしくはそれ以上に大したことではないものだけれど。

「出てくる時、何を言われたんだ」

 チェスティアとアズリア、二人の視線が一度だけこちらに向いたのを知っていた。その時は素知らぬ顔をしていたが、催促しようとしたシュマの口を、チェスティアの残念そうな表情が止めたのだ。

「あー、あれか。最後までチェシーって呼んでくれなかったって、嘆いてたんだぜ」

「それだけか?」

「ああ。結構気にしてたんだぜ? 次行ったら呼んでやれよ。あれで相当寂しがってたからさ」

「……善処する」

 初対面だったからそう気安く呼んではいけないと思ったのだ。まさか、それが裏目に出てしまっていたとは。これがアズリアだったら短く呼ぶと怒るのだ。世の中にはいろいろな人がいるものである。

 何となく視線を転じた先に、自分の一歩前を歩くアズリアの背中が見えていた。

 見送る側と見送られる側。

 先を行く者、後から追う者。

 教える人と教わる人と。

 初めて会った時から、アズリアには教わってばかりだ。シュマが教える立場になったことは一度足りともない。たかだか一歩の距離。少し足を速めれば追い越すこともできる間。けれど一度視界に入れてしまったその背中は、シュマでは到底追いつけそうにないほど遠くにいるような、そんな錯覚がして。

 そうして思う。いつか見送る側になるのは、置いて行かれるのはシュマの方ではないだろうかと――なんて、冗談じゃない。

 自分で考えた結論で不愉快になるのは、そう遅くなかった。

「――ぃ、シュマ!」

「っ!」

 目の前で大きな音が弾け、はっと我に返る。

 両手を合わせたままのアズリアがそこにいて、鋭い目を向けてきていた。言葉に詰まって返事を返せなかったけれど、今の音は彼が出したものだと知れる。

「どうしたよ。おまえ、チェシーのとこ出てからずっと変だぞ」

「……悪い、ぼんやりしてた」

 手を鳴らされるまで気付かないなんて、とんだ失態だ。

 二人で囲んだ火から、時折火の粉が舞い上がる。()ぜた木の上に、アズリアが脇に置いていた枯れ木を一本くべた。

 赤々と燃える炎を見ながら状況を思い出す。

 チェスティアのところで得た情報を元に、二人は東へと向かっていた。夕暮れの時刻が近付いていたこともあって、数刻歩いただけで太陽が沈んでしまったのだ。これ以上は無理をしない方がいいというアズリアの判断に従って、手近な場所に火をおこしたのが先刻で――確か、そうだったはずだ。

 それから何度か話しかけられた際に生返事をしていたのだろう。そうでなければ手を叩いて気を向けさせるなんてこと、されるわけがない。

「――っわ!」

 突然視界を遮られ、慌てて引きはがしてみればそれは見覚えのある上着で。

「いきなり何をするんだ! 危ないだろう!」

 投げつけられた方向、上着の持ち主へと抗議する。たまたま斜向かいにいたからいいものを、火を挟んだ向かい側だったらどうするつもりだったのか。

 さらに言い募ろうとした口はしかし閉ざさざるを得ない。何よりアズリアの静かな目が発言を許してくれなかった。

「おまえさ、今日は先に休め」

 アズリアの落ち着き払った声が、シュマの怒りを消していく。

 シュマのことなど見もしない。枯れ木と一緒に拾ってきた、ところどころ歪んだ鉄の棒で火元をいじっている。炎に照らされた横顔からは、何を考えているのか想像もつかない。

 何かされたわけでもないのに怒鳴られるよりも辛くて、視線を引きはがした。

「……けど、今日は俺が先になる日だろう」

 いつもだったら見張りは交代制で、昨日はアズリアが先に見張りをし、後からシュマが交代したのだ。順番から言えば今日はその逆、シュマが先に見張りをする日だ。

「注意力散漫な奴に任せられるほど、ここは安全な場所じゃない」

 苦し紛れで、とってつけたような問いかけは、やはり一蹴されてしまう。なけなしの抵抗もひと言で切り落とされしまったので、素直に従うより他になさそうである。

「……わかった、すまない」

 もはや何も言うまい。火を背にして横になり、先程投げられた上着をありがたく拝借して被ることにした。手足を胸元に引き寄せて丸くなり、少しでも上着にくるまろうとする。できるだけ平らなところを見繕ったはずなのだが、脇腹に当たる小石の感触だけは寝転がってから気付いてしまった。

 雑草は多いけれど、お世辞にも寝心地が良好だとは言い難い。腕の下にあった石や砂利を軽く払い、ちぎった大きめの葉をそこに置く。

 目を閉じて寝たふりでもしなければ、アズリアから今度こそ特大の雷を落とされるのは必至だろう。それはごめん被りたい。今ここで、互いに余計な体力を使うわけにはいかないのだから。



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