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Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第一章 船上の悪夢
3/22

第三話

第三話です。

ブックマーク、評価ありがとうございます!

――三日目。


(ん……今何時だ? ……八時、ちょっと寝すぎたか……)

蒼太は働いていたころはいつも食事の用意をするので大体六時には起きる。

昨晩は寝たのも遅かったし、色々あったので思ったより精神が疲労していたのだろう。

身体を起こそうとして腕に重量を感じ、目を向ける。

そこには蒼太の腕を枕にし、胸に顔をうずめるように丸くなって眠る女の子が居た。


(あー……事案発生? じゃねえな。思い出した)

寝る前のやり取りを思い出し、静かに寝息を立てる恵里香を優しく撫でる。


「ん……」

一瞬くすぐったそうに身を捩ったあと、恵里香の表情が幸せそうな笑顔に変わる。

起きる気配は……なかった。


(どうすっかな……)

一旦睡眠をとったことで少しクリアになった思考で、動ける範囲を見渡す。

そうすると昨晩は見えなかったモノが色々と見えてくる。


(使おうと思えばあれは武器になるな、そっちも使えそうだ)

電気スタンドは傘と電球を外して逆さまに持てば立派な鈍器になる。

外せるタイプなら椅子の足だって同じこと。


(やっぱり視野狭窄に陥ってたか……)

蒼太は古事に聞く諺である「果報は寝て待て」という言葉が好きだ。

意味は、運というものは人の力ではどうにもできないものだから、あせらずに時機を待つのが良いということで、人事を尽くして天命を待つとほぼ同じである。

要するに「やる事やったから後は神のみぞ知るってとこだね」という事。


だが、蒼太は少し違った解釈をしている。

それは、「悪いことにばかり目が行ってしまうなら、いったん寝て忘れた方がいい」である。

字面そのままの解釈である。


蒼太的には実際その方がいいアイデアが出たりして結構助かってたりする。

思考がリセットされるので先入観を払った見方が出来るから悩むくらいなら寝る! というのが持論だ。


(武器の目処は立った、次は食料か……)

何故か避難誘導が行われていない以上ルームサービスは期待できない。

よしんば呼べたとしても危険な人物がうろついてる以上犠牲者を増やすだけなのでおいそれとは頼む事は出来ない。


(結局アイツを無力化するしかないか……)

結論としてはそうなる。

もはや交戦は避けることが出来ない事象なのだ。


(とりあえず俺の荷物を取りに行って、廊下の様子を探ってからだな。可哀相だけど恵里香起こすか)

蒼太の中で決まった事を実行するにもこのプチ幸せな状況を解除しない事にはどうにもならない。

少々後ろ髪を引かれるが恵里香を起こすことにする。

リア充は早く爆発したほうがいい。


「ん……おはようございまふ……」

寝ぼけ眼で舌足らずな返事が返ってきた。

昨晩の緊張感は皆無だ。


「おう、おはようさん」

廊下の物音も一切ないので声を潜めずとも大丈夫かと思い、蒼太は普通に返事を返す。


「あれー? なんで蒼太がここに……え? 蒼太!?」

だんだん思考がハッキリするにつれて自分の夜の行動や今の状況を理解したのか顔が赤くなる。

でも大声はちょっといただけなかった。


「しっ!」

咄嗟に恵里香の口を押さえ、入り口に注意を向ける蒼太。

一秒、二秒、三秒と時間が過ぎる。

入り口に変化は無かった。


「……ふう、大声は勘弁な」


「その……ごめんなさい」


「まあいいさ、なんでもなかったし。それよりも、起きてからいきなりで悪いんだけど……」

先ほど決まった行動を恵里香に説明し、いったん蒼太はこの部屋をでると伝える。


「わかった、待ってる」


「ああ、行ってくるわ」

来た時と同じように器用に足場を使ってダクトに潜り込むと、今度は自分の客室に向かって進む。

途中惨状を目撃して後悔した隣の部屋のダクトまで来た時、ふと違和感を感じたので下を覗いてみる。

昨晩と変わらない赤い部屋が眼下に広がっていたが、そこにあるべきものが無いことに蒼太は気づく。


(死体が無い?)

血液の飛び散った赤い部屋、散乱する肉片。だが、ハラワタを食い荒らされた筈の死体が見当たらないのだ。


(どういうことだ? 残さず食べるような行儀の良い奴だったのか? ……ふ、そんな訳あるかっての)

自分の考えを自分で否定する。

きっと何か理由がある筈なのは明白だが、今はそれを気にしている場合ではない。

そう思い直し、自分の荷物を回収した後もう一度恵里香の下に戻るのだった。


「俺は一回廊下の様子を確認しようと思う」


「危険だよ……」


「いや、大丈夫だ」

その発言には理由がある。


「ダクトは廊下にもつながっているから。だから安全に確認が出来る」

一応念のため蒼太は自分の部屋の鍵を開けてきている。

廊下で交戦時に万が一を考えて退路を作っておいたのだ。


「……無茶はしないでね」

今ある手札を最大限利用している蒼太に恵里香はそう返す事しかできなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



――廊下、ダクト内。

(病気男が居ない? その代わりに……マジかよ、映画の撮影か?)

ハラワタを食われた男がうろついていた。

上から見下してる形なのではっきりとは解らないが、青白く血の気のない肌に濁った眼。

だらしなくぶら下がった食い残しの腸と生きてる要素は一切見当たらない。


(特殊メイクには見えねえ。何処からどうみてもアレは死んでるよな……歩いてるけど)

どちらにせよやることは変わらない。

病気男一人無力化すればいいと考えていたのが、二人になったというだけ。

否、死体が歩くという異常事態を鑑みれば倒さなければならない相手はさらに多くなる可能性も出てきた。


(最悪この船の大半の人間を相手に……?)

嫌な考えが頭を(よぎ)り、つう……っと冷汗がたれた。

不安を払うかのように頭を振り、今の状況に集中する。


このままダクトから飛び降りて奇襲をかけるか、いったん自室に戻り正面から挑むか。

見える範囲には病気男の姿が無いがどこかに潜んでいる可能性もある。

考えたくはないがそれ以外も視野に入れておく事にする、常に最悪をイメージしておけば咄嗟の時に対処しやすい事を経験で知っていたから。

なので、もう少し観察してからでも遅くは無いと蒼太は判断した。


(はあ……まさか学生時代の癖が生きるとは思わなんだ……)

蒼太は学生時代、その信念故に不良との喧嘩が絶えなかった。

街で会えば絡まれ、夜道を歩けば奇襲され、放課後呼び出されれば大勢に囲まれと退屈しない日々。

中学、高校と6年間、常に狙われ続ける毎日。

それでも父にバレず(バレてたかもしれないが)成績は落とさずに卒業まで持って行ったのは、そんな修羅な日常で磨かれた危険予測と冷静に自分の置かれている状況を理解して対処できる状況把握能力。

それに百戦錬磨の喧嘩殺法を身に着けたからだろう。

それともう一つの心構え。


――やるからには容赦しない。


下手に容赦して余計なしがらみを作るくらいなら徹底的にやって「コイツに手を出したら拙い」と思わせた方が後が楽になる。

事実、高校生活の最後は絡まれることなくかなり快適だった。


(狂犬なんて不名誉なあだ名を貰ったけどな……)

思考は横道に逸れまくっていた蒼太だが、観察を怠っていたわけではない。


(無駄に広い廊下だけど、今この近くには死体男しか居ないみたいだ……殺るか)

死体を殺す、既に死んでいる者を殺す、言葉にしてみるとなんと滑稽な事かと思う。

だがプランは決まった、一度部屋に戻り正面から挑む。

利点は、奇襲はかけれないが退路を開け放つことで「開ける」→「閉める」の2ステップを「閉める」のみに短縮できるからだ。


――客室前廊下。


『うう、あああああ!』

扉を開け廊下に躍り出ると、それに気づいた死体男が雄叫びを上げながら走り出して来た。


(意外に素早い!? だが、動きが単調だ、これなら!)

掴もうとする腕を搔い潜り、すれ違いざまに頭部に一撃を食らわせる。


「オラァ!」

メキっと骨の砕ける感触が腕に伝わるも意に介さず電気スタンドを振りぬく。


普通の人間ならば致命傷にあたる程の攻撃だが、コイツは既に死体。

完全に沈黙するまで油断は出来ない、倒れた死体男の頭部に二発、三発と追撃を叩きこむ。


「はあ、はあ、クソ! どれだけやれば動かなくなるかわからねえから緊張感が半端じゃねえ……」

少なくない精神的疲労感を感じながらも蒼太は警戒を緩めない、どこかに病気男がいるなら今の騒ぎで間違いなく反応する筈だから。


『がああああ!』


「クソったれ! やっぱり居やがった!」

想定の範囲の出来事とは言え、やはり一瞬反応が遅れてしまう。


「しかも死体男より速いとか! あぶね!」

アスリート並みと言える速度から繰り出される腕の攻撃を躱し、足を払う。

勢いのついた病気男は支えを失ってバランスを崩すが、その後の行動に蒼太は目を見開いて驚いた。

そのまま転倒すると思われた病気男が頭を抱えるように身体を丸めて自ら転がり、即座に立ち上がったのだ。


「はは……受け身とか、冗談だろ?」

その様子から導き出される答えは、「ただ凶暴なだけでなく僅かでも思考して襲ってきている」という事。

それは昨晩扉を開けようとしていた事からもうかがえる。


『ぐるあああ!』

大凡人間には出せないであろう天井すれすれまで跳躍し、襲い掛かってくる病気男。

それを見た蒼太は思わず「馬鹿め」と内心でにやけてしまった。


「まったく、出鱈目だ。超人ハルクかっての」

普通であれば回避行動に出るところを蒼太はあえて躱さず、正面から心臓に向けてカウンターを狙う。

逆さまに持ち替えた電気スタンドで。


跳べば落ちる、誰でも考えることが出来る自然の法則。

自らの体重×重力×スピードが加わった状態で、そんなものに突っ込めばいくら鋭くなくても貫くのは容易い。


『があ……あ……あ……』

結構な離れ業に感じるが、蒼太にしてみれば何のことは無い。

ただ、狙いをつけて待っていただけなのだから。

実際それをやるには尋常じゃないクソ度胸が必要なのは本人のあずかり知らぬところ。


「ま、空でも飛べない限りは不用意に跳んだら駄目って事で。ご愁傷様」

どんな奴であれ心臓を貫かれれば死ぬ、蒼太は自分の腕が耐え切れなくなる前に退避し、病気男は見事その一撃で沈黙したのだが。

病気男の死体を見てふと思う。


――もし、最初の死体男と同じ現象が病気男の死体に起きたとしたら?


「こういう時の勘ってなぜか当たりやすいよなぁ……あー……やっぱり?」

絶命したと思われた病気男がゆっくりと立ち上がる。

その瞳に先ほどのような狂気の色は無く、代わりに白く濁っていた。


「動きが単調になってるな……さっきよりも少し遅いし。オラ!」

突進を難なく躱し、足をかける。

受け身も取れなくなっているようで、素直に転んでくれた。


「うへ、嫌な感触……」

武器は刺さったままなので病気男(死体)の頭を踏み砕く。

靴越しに骨と脳を潰す感触を感じ、あまりの気色悪さに思わずそうつぶやいてしまう。


「この場合正当防衛ってことになるのか?」

人を殺したという実感があまりに薄い。

それは(ひとえ)に病気男が人間離れし過ぎていたのが原因だろう。


「こういうのなんだっけ……狂気か……あのゾンビ映画みたいだからレイジとか?」

個体差があるから分けたくなる気持ちはわからなくもない。


「死体を操る奴の映画なんてったっけ……ネクロマンサーか。じゃあ動く死体は縮めてネクロって呼ぼうか」

結局悩んだ末、凶暴で厄介な生者をある映画に因んでレイジ、襲ってくる死体をネクロと区別することにした。


「さて、こんだけ騒いで襲撃が無いからここら一帯は一先ず安全か? 恵里香に無事な姿見せてやらなきゃな」

ここから厨房まで絶対に真っすぐ行けないだろうなぁ。などど考えつつも一応のセーフエリアを確保できたことに安堵する蒼太だった。

シリアス難しいですね。

お付き合いいただき有難うございました。

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