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Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第一章 船上の悪夢
2/22

第二話

第二話です。

どうぞお楽しみください。

――二日目。


ベッドが柔らかすぎて早めに起きてしまった蒼太はブラブラと公園施設を歩いていた。

朝食はルームサービスかホールか、どちらでもよいことになっていたので悩んでいるとスマホが震える。


(部屋に行ったら居ないじゃない! どこに居るの!? ……か。公園ぶらついてるっと……送信)

送信完了の文字が出た数秒後にメール受信の通知が届く。


(返信早! えっと……ごはん一緒に食べよう……か。OK、OK。大ホールで待ってる……送信)

なんで電話でなくメールなのか蒼太は疑問に思ったが、彼女の癖だろうと思い気にしないことにした。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



――大ホール


「ごめーん、待った?」


「ん? まあ10分くらいだな、大した待ってない」


「そこは『今来たところだよ』でしょ?」


「何だよそれ」


「待ち合わせのお約束? テンプレ? そんなとこ」

まったく訳がわからないよ、と思ったが蒼太は声には出さなかった。


朝食はディナーのコース形式と違いバイキング形式になっていた。

ポワレ、コンフィ、リエット、プレゼ、グリエ……。


(コレ、朝食向けか?)

少々重たい料理も見受けられる、二日目にして味噌汁が恋しくなった蒼太。


「す、すごいね」

恵里香が初日からそれしか言ってない気がするのはきっと蒼太の気のせいだろう。


数ある料理から比較的軽めのモノをチョイスして座席に着く。

朝食向けかどうかはさておき、味は文句なく一級品なのは当然の事。

二人は運動するのに支障がない程度に腹に納め、早くも昼食の事を想像し、腹を空かせるためにどこで遊ぼうかと相談する。


ちなみに服装は動きやすい服に着替えてある。

初日は完成披露パーティなので正装が必要だったが二日目以降は施設を堪能してもらうためなのか特に制限は無かった。

あんな堅苦しい恰好で一週間は二人にとって拷問に等しいのでとても有難い。


「やっぱりここはスケートでしょ」


「俺はサーフィンがいいな」


「……そんなに水着みたいの?」


「ちげーよ!」

そう言いながらも恵里香の胸元を意識してチラと見てしまうのは悲しいサガである。


とりあえず午前中は特に着替える必要のないアミューズメントで遊び、劇場を見てから部屋に戻ってルームサービスで昼食を適当にとる。

午後から念願……かどうか真意は定かではないが恵里香のビキニ姿を蒼太は拝むことが出来た。


ひとしきり泳いだ後、二人はサーフィンを楽しむ事にする。

サーフィンの際に、バランスを崩して盛大に水に打ち付けられた恵里香がポロリ。

心の中で「眼福じゃぁぁ!」と叫び、蒼太は脳内フォルダにしっかりその光景を保存する。

勿論表情には一切出さない。

その後、しばらく痕が消えない程思いっきり平手打ちされたのはいい思い出だ。

リア充爆発しろと言わざるをえない。

着替えを終えてからプロムナードを散策し、二人は公園で一息入れる。


「結構回り切れないね」


「今日を除けばあと五日あるから大丈夫だろ」

思いの外疲れたなと蒼太は身体の怠さを感じながらベンチの背もたれによしかかる。

意図せずため息が漏れていたようで、恵里香に窘められてしまった。


「おじさん臭いなぁ。私の一個上でしょ?」


「疲れたものはしょうがない」


「確かにそうだね。あれ?」


「どうした?」


「あの人、昨日の女の人じゃない?」

見れば確かに正面に女性がいるが、それが昨日の誰なのか蒼太には皆目見当もつかない。


「……誰?」


「ほら、昨日具合悪そうにしていた男の人に……その……かけられた人」

気を遣ったつもりかもしれないが、その言い回しのせいで余計へんなイメージをしそうになった蒼太。

健全な日本男児ならば仕方がない事だと思う。


「そうか?」

あまり口に出せない妄想を思考の隅っこに追いやり、よくもまあそんなとこまで見ているもんだと感心しつつも特徴を思い出すために女性を眺める。


なんとなくだが思い出して来た、どうやら恵里香の言う通りの人物のようだ。


「あー、言われれば確かにそうかもな」


「だよね? でも、なんかフラフラしてる」


「昨日の男に病気伝染(うつ)されたとか?」


「ありそう、大丈夫かな?」


「うーん、本当に病気で俺たちまで伝染(うつ)ったら大変だし……ここはスタッフに任せた方がいいんじゃないか?」


「そう……かな? うん、そうだね」

自分たちに出来ることは無いだろう。

近くに居た客室乗務員に伝え、医務室に運ばれていくのを眺め、丁度夕食の時間になったので二人は再び大ホールに向かう。


「今日も満足~♪」


「俺はいいもん見れたしな」


「……また(はた)かれたい?」


「そいつは勘弁」


「記憶失うまで殴っておけば良かった……」


「可愛くていいじゃないか」


「それは何について言ってるのかな?」

昨日会ったばっかりとは思えないくらい仲が良い。

ほぼ四六時中一緒に居れば……まあ、そうなるだろう。


食事が終われば後は汗を流して寝るだけ、とはいっても普段ならまだ寝るには早い時間。

だが、流石に疲れたと早々に部屋に取って返す二人。


「あ」


「どうしたの?」


「昨日医務室に連れて行かれた人だ」

通路をフラフラ歩く人影、人通りが少ないために余計目立つ。


「どうしよう」


「夕方の女性みたいに何か伝染(うつ)されても嫌だ。遠巻きに避けて行こう」


「……わかった」

覚束ない足取りでフラフラと彷徨う男性を刺激しないようにゆっくりと回り込む。


「……うう……ううう……」

苦しそうに呻いているが昨日の様子では二人に出来る事は無い。

下手に触れて何かあっても厄介なだけなので足早にその場を後にする。


「もう寝るの?」


「そうだな、軽く汗を流してそうするかな」


「洗いっこする?」


「な、ば、寝言は寝てから言え!」

わかっていてもその手の冗談には過剰に反応を示してしまうのは悲しいかな女性経験の浅さ故か。


「へへん、冗談だよ」


「勘弁してくれ……」

内心では本当だったらいいのにと思いつつ、部屋の前で別れた。


――――――――――――――――――――――――

――夜中、4F蒼太の客室。


柔らかすぎるベッドのせいで眠りが浅かった蒼太は外の騒がしさに目を覚ます。


(なんだよ五月蠅いな……今は? 12時か……ちっ、まだ深夜じゃねえか……)

眠りを邪魔されたことに腹だたしさを覚えて抗議してやろうと考える蒼太。

室内と廊下を隔てる扉の前に立った時、外の喧騒が酔っ払いなどではなくそれよりも必死な叫びであることに気が付いた。


(っ? なんだってんだ……)

即座に開け放ち、状況を確認したい衝動に駆られるも心のどこかでは「開けるな」と言われている気がして躊躇する。


その間も叫び声は続いていたが、それも徐々に収まり今は何も聞こえなくなった。


(くそ、なんなんだよ一体!)

確認しない事にはどうにも動けない。

恐る恐る扉をほんの少し開けて外の様子を窺う蒼太。


(おいおい、これは何だよ……これ、全部血か?)

辺り一面の赤、赤、赤。

所々にピンク色の塊や黒ずんだ塊。

目の届くギリギリ遠くの方には人間の頭部らしきものまで転がっている。

豪華な廊下は数時間で惨劇の舞台に変わっていたのだ。


(ちょっとまて……理解が追い付かねえ……これはどういう『があああああ!』


「うわ!」

扉の死角になっていた方向から突如叫び声をあげて隙間に腕を差し込んでくる男。


「こ、コイツあの病気男!?」

目は狂気を孕んで血走り歯をむき出しにして、口元は血にまみれて涎をぼたぼたと垂らしながら強引に入り込もうと腕を動かす。


「くそ、なんて力なんだよ! コノヤロウ!!」

蒼太はほんの一瞬だけ扉を押さえる力を弱め、それと同時に男の腹部を蹴り飛ばす。

咄嗟に反応することが出来なかった男は廊下にはじき出された。

蒼太はその隙を逃さずに扉を閉めて施錠する。


「はあ、はあ、はあ……なんなんだよ……」

扉の向こうでは諦めきれないのかガチャガチャと狂ったように取っ手を動かしている。


(落ち着け……落ち着け……こういう時はパニックになったらだめだ……)

ゆっくりと深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせていく蒼太。


(すう……はあ……よし、大分息が整った……)

いつの間にか動いていた取っ手は静かになっている。


(まず状況整理だ。一つ、外には凶暴な男がいる。二つ、出るのは危険。三つ、あの惨状で救助や避難誘導が始まっていないところを見るに助けは期待できない……詰んでるじゃねえか!)

そうなると自分たちで何とかするしかない。

そのためには、何をどう動くにしても必要なものは出てくる。

早急に必要なのは身を護る武器。

とは言え客室の中に武器になりそうなものはある筈もない。


(おいおい、完全に詰んだかコレ。どうしたら「一体なんの騒ぎ、うわあぁぁぁぁ!」――っ!? 隣の部屋か? ……そうだ、恵里香は大丈夫か!?)

恵里香の部屋は叫び声が聞こえたと思われる部屋のもう一つ隣。

蒼太は祈るようにスマホの通話ボタンをタッチする。


(無事でいてくれよ……)


――ブツ。


「あ、もしもし恵里香か? 俺だ、俺」


『……蒼太、さっき外で悲鳴が……隣の部屋でも……何が起きてるの? ……怖いよ……』


「落ち着いて、状況を聞かせてくれ。鍵は閉まってるな? 扉は開けてないな?」


『……うん』


「わかった、そのまま待っててくれ。絶対に外には出るな、今迎えに行く」


『わかった……早くきて……お願い……』


(よし、恵里香は無事だ。行こうか)

鍵を閉めてどうやって恵里香の下まで行くのか、蒼太には考えがあった。


(大体こういうのって人が通れるくらいのダクトがあるんだよな)

蒼太はゲームをほとんどしない代わりによく映画を見ていた。

ジャンルは問わず、面白そうなモノなら割となんでも見ていた。

その中に、こんなシチュエーションを見た記憶があり、現実ではなさそうな感じもしていたが結果は


(ビンゴ! 映画通り)

天井に見えた格子を外すとそこはエアダクト。

椅子やテーブルを使ってよじ登ると蒼太は恵里香の下に向かい始める。


(ちょうどココが隣の部屋だな……)

格子の真上に来た時、何の気なしに下を見る。

後悔のない様に生きてきた蒼太だったが、この時ばかりは数秒前の自分を責めたくなった。


部屋一面の赤、所々に散乱する肉片、そして部屋の主であろう人物のハラワタを貪る病気男の姿……。

思わず声が出そうになるのを寸前で止め、唾液を飲み込む。


(……最悪だ……)

胃の中のモノが溢れそうになる感覚も気合で抑え込み、蒼太は恵里香の部屋へと急いだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



――恵里香の客室。


「(恵里香、恵里香)」


「え? 蒼太、どこ?」


「(ここだ、エアダクトだ。それとあんまり声を大きくしない方がいい。あと、ここの荷物避けてくれ)」


「(わかった)」


「(サンキュ、よっと。お待たせ、うわ!)」

降り立った蒼太に恵里香は勢いよく抱き着く。

よく見れば顔には涙の痕があった。


「(待たせてごめんな)」


「(ううん、いいの……ちゃんと来てくれたから……)」


「(そうか)」

蒼太はしがみついた恵里香を引きはがすようなことはせずに優しく頭を撫でて落ち着くのを待つ。


数分後、落ち着きを取り戻した恵里香に今の状況を説明し、今後の対策を相談する。

とはいえ、先ほど蒼太が部屋で考えていた事以上のものは出てこない。

脱出艇を手に入れて逃げるにしても今の位置は屋上に上がった方が近い場所なので大分遠い。

よしんば手に入れたとしても誘導する筈の船員はおらず、今は何処を航行しているかわからない海上だ。

闇雲に海に出れば漂流待ったなしだろう。

籠城しようにも水と食料は必須、まあこれに関しては脱出するにも必要だが……。


「(とまあ、かなりの確率で詰んでるんだコレが……)」


「(……救助って、来るのかな?)」


「(わからない。航海の終了予定日を過ぎてなお暫くしてから捜索って言うのが定石だろうから、救助を待つなら少なくとも後一週間以上は籠城しなきゃならないと思う)」


「(そんな……)」


「(生き延びれる可能性が強いのは脱出艇でこの船を出る事だけど……どちらにしても博打要素はかなり高い)」


「(蒼太の言う凶暴な人を相手にしながら逃げる……無理だよぉ……)」

恵里香の嘆きも尤もだ。

実際あの凶暴性を目の当たりにした蒼太は武器なしで立ち向かう事が出来るかと問われれば難しいと答えるしかない。

勝てないとは言わないが、少なくない怪我を負うことになりそうだ。


これだけの規模の客船ならば備蓄や緊急時のモノはそれなりに備えているが、それが持つ間に何とかできるかは不明瞭。

万が一無くなっても水はシャワーが各部屋に備え付けてあるからそこから補給すれば何とかなるが問題は食料。

籠るも進むもコレが十分にないと話にならない。

なので、あの病気男にはいずれ立ち向かわなければならないのだ。


(武器が……武器が必要だ……)

いくら考えても答えは出ず、堂々巡りが関の山。

こういう時は脳の休息をとるためにもいったん寝るに限る。そう思い、恵里香に提案する。


「(どうしたって答えが出ないから、今日は体力回復のために寝ようと思う)」

そう言ってダクトに向かおうとする蒼太を恵里香は引き留める。


「(待って! お願い、一緒に居て)」

状況が状況だけに一人は心細いのだろう。

うるんだ目で見つめられたら蒼太は断ることも出来ない。

仕方なしとベッドのそばの床に座り込もうとしたところで「(一緒に)」と誘われる。

流石にそれはマズイだろうと断ったのだが、結局負けてしまう蒼太だった。


(恐怖で震えてる……か。しゃーないな、役得役得……)

怯える恵里香の体温を腕に感じながら父親を思い出す。


――どんなに理不尽でも自分の中の芯を折らなければなんとでもなる。


この子を守り、自身も絶対生き延びると蒼太は覚悟を決めた。

お付き合いいただきありがとうございました。

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