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Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第三章 天保製薬
18/22

第四話

お待たせしました。

ちょっと区切りいいとこまでやったら長くなりましたが、どうぞお楽しみください。

蒼太と保莉菜は下水を抜けて目的のマンションにたどり着いていた。

帰りに使った避難梯子はまだネクロが群がっていたので断念したからだ。

ついでに言うと恵里香じゃなかったからレイジの力を使えなかったのもある。


「ここの1003号室だっけ?」


「そうよん。でも、バリケードがあったとは言え静かで不気味ねん……」

正面口はバリケードで塞がれていたので塀から二階のバルコニーによじ登り、ガムテープを駆使して音が出ないようにこじ開けてきた。

手慣れてるわねん、と訝し気な目で保莉菜に見られたが蒼太は知識で知っていた事を実行しただけ。

こんな事は有名な手口だから別段驚くこともない。


それよりも、意外と保莉菜が身軽だった事に驚いてはいた。

これなら足手纏いにはならないだろうと蒼太は思った。


「確かに物音一つ無いのは不気味だな」


「……やけに落ち着いてるわねん……」


「ん? まあ、アンタらに出会うまでにも色々あったからな」


「深くは効かないわん、言いたくない事だってあるだろうしねん」


「……助かる」

エレベーターは使用不能になっていたので地道に階段で向かう二人。

その間も何も起きない。


「ここか」


「私たちは夏目んの友達よん! 生きているなら反応しなさぁい!」


「……反応なしか」


「一応確認ねん」


「だな」

依頼内容は生死の確認、反応がないからと言って死体を確認するまでは達成ではない。

蒼太は鍵の状態をまず見ようとノブに手をかける。


「鍵がかかってるな」

籠城しているなら当たり前である。

さて、どうやって侵入しようかと悩んでいたとき、カチャリと鍵が開く音がした。


「生きてたのねぇん!?」

普通はそう思うだろう。しかし、蒼太は違う可能性を考えて警戒を外さなかった。


「だといいがな」


「え? 蒼太ちゃん、それはどういう……」


『ぐるあああああ!』


「どうしてこう嫌な予感だけは当たるかな!!」

中から出てきたのはレイジ化した住人だった。

勢いよく扉を開け、なぜか蒼太には目もくれずに保莉菜を狙うレイジ。


警戒を外さなかった蒼太はその奇襲に反応し、保莉菜が噛みつかれる直前に顎を蹴り上げる事に成功した。


「なに!? どうなってるのよん!」


「ちっ、浅いか! 保莉菜さん、逃げるぞ!!」

チラリと視界に入った部屋の中で、さらに二体のレイジが動くのを確認した蒼太は逃げる指示を出す。


『『きゃあああああああ!』』

部屋の中のレイジが二体とも悲鳴を上げる、この悲鳴には覚えがある。


「くっ! 早くしろ、死にたいのか!!」


「でも蒼太ちゃんが!」


「俺はここでこのレイジを押さえる! 早く行け!! じゃないと……」

今まで閉じられていた部屋が一斉に開け放たれ、ネクロが群れを成して現れる。


「遅かったか……しかたねえ!」

自分だけ生き残るなら容易い。しかし、そんな事をしてしまえば死んだ父や恵里香にどんな顔をすればいいか分からなくなってしまう。

だったら選択肢は一つしかない。


「保莉菜さん! 何とか屋上まで行ってくれ!」

下からも上がってきているのが見える、この中を保莉菜と共に出るのは最早不可能だ。


「屋上なんて行ったら逃げらんなくなるわよん!!」


「今日あったばかりで難しいかもしれないが、生き延びたければ俺を信じろ!」


「わ、わかったわぁ!」

先ほどは突然の出来事に面食らってしまって動けなかったが、立ち直ってしまえば保莉菜は強い。

伊達にあの拠点で戦闘要員をしていないようだ。


「どぉっせい!」


(おいおい、ネクロの頭砕けてるぞ……)

素手で相手の頭を破壊し、最も近いやつはほかの奴に投げつけたり突き飛ばしたりして道を作りながら屋上への階段に向かう保莉菜。

たまにネクロの足を掴んで振り回すように武器にしたりとかなり容赦ない。


「ほんじゃま、こっちも行きますか!」

噛みつかれてもレイジにはもうならないとはいえ、致命傷を追えばネクロにはなるので極力蒼太も攻撃は食らわないようにしている。

今もシャベルでレイジの口を押さえつけ、噛みつきをさけつつネクロの相手をするという割と器用な事をこなしている。


「すまない、俺はまだ生きてやる事があるんだ」

レイジはまだ生きているというのは重々承知しているが、襲ってくるなら容赦はしない。

引き倒して地面に脚で押さえて固定し、一気に首にシャベルを突き立てる蒼太。

部屋の中に居るレイジは指揮個体なので直接的には絡んでは来ないだろうと放置して保莉菜のいる屋上へ向かう。


「開かないわ! どうするのよぉ!」


「どいてろ!」

シャベルを叩き付け、ノブを破壊して蹴破り、保莉菜を突き飛ばすようにして二人は外へ出る。


「保莉菜さん、押さえててくれ!」


「了解よん!」

保莉菜が扉を押さえたのを確認すると、蒼太は思いっきりシャベルを扉の前に突き立てる。

鉄の部分が根元までコンクリートにめり込んだことに保莉菜は目を丸くした。


「これで蝶番か、このシャベルが折れるまでは時間をかせげるだろ」


「どんな力してるのよぉ……」


「後で話してやる、それより時間がない」

そう言って蒼太は転落防止の柵に向かっていく。


「今度は何する気よぉ……」

常識を覆すことの連続に保莉菜は恐怖にも似た感覚を蒼太に抱いていた。

そんなことはお構いなしと柵を踏み曲げていく。


「よし、これでOKだ」

見ればすっかりなだらかになった柵の姿、ここまで来て蒼太が何をしようとしているのか朧気に想像できた保莉菜は顔を青くする。


「ねえ、ちょっと……まさか跳ぶ気じゃないわよね?」

意味深な笑みを浮かべた蒼太はおもむろに保莉菜を所謂お姫様抱っこで捕まえる。

想像していた事が現実だったうえに別々にではなく抱えて一緒に跳ぶ気だとわかった保莉菜は青い顔を白くした。

目指すは隣のマンションの屋上だ。


「ちょっと、私重たいのよ!? 絶対無理よ!」


「このままだと間違いなくアイツらの仲間入りだぜ? それでもいいなら置いていくが」


「それも嫌だけど無理よ! ここと同じ高さで少なくともあそこまで10Mはあるのよ? マイク・パウエルだってギリギリ無理よぉ!!」


「その人は知らないな。それに、もう迷っている時間は無いようだ。あきらめて行くぞ」

見ればシャベルの柄の部分にはヒビが入り、蝶番も外れる寸前になっていた。


「ちょっと待って、ダメよん! ダメダメ! 嘘! いやああああああああ」


「くっ、暴れるな走りにくい! おらああああああ!!」


「うおおおおお、たすけてえええええ! 死ぬ! 死ぬ! 死んでしまう!」

下を見れば目が回りそうな高さ、保莉菜は恐怖によって健治が出てきていた。


「ふんぬ!! くああああ……保莉菜さん何キロあんだよ……」

着地した衝撃で足は痺れたが、お互い噛まれることなく脱出することに成功した。


「あいた! 落とす事ないだろ……って生きてる?」


「ああ、なんとかうまく行ったぜ。あと地がでてるぞ」


「あ! ん”ん”……蒼太ちゃん、貴方何者なのよぉ……コレ間違いなく世界記録ものよぉ……」

涙目になりながらぼやく保莉菜、さっきまで居た屋上からはネクロが投身自殺を図っている。

「追え」か「捕まえろ」かわからないが、指示されたことを遂行しようとして次々に地面にシミを作って行ってる。

それはさながらレミングの集団自殺のようだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そう……だったのねん……」


「俺が怖いか? いや、怖いだろうな……アンタを送り届けたら俺たちはすぐに出ていくとするよ、従兄妹も探さなきゃなんないしな」


「……怖くないわ……」


「ん? 慰めならいらねえよ」


「違うわ、たとえあの扉から出てきた頭のいいゾンビと同じ力を持っていても蒼太ちゃんは蒼太ちゃんよ。現に私を助けてくれたわぁ」


「……」


「それに、その力が露見するのを恐れて始末したり見殺しにすることだってできたわ。でも貴方はそれをしなかった……そんな優しい人をどう恐れろっていうのよん」


「ありがとう、それじゃ近くまで安全に行きたいから我慢してくれな」


「え? 嘘、またアレやるの? ちょっとまって、心の準備が……いやあああああ!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


――???

「はい……失敗しました……足手まといを抱えながら逃げられました……はい……人ひとり抱えて10M先の建物へと飛び移りました……ええ……そちらに送った映像を見てください、私も信じられないです……わかりました、次の手を打ちます……はい」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「蒼太、大丈夫かな」


「あれだけ強いなら大丈夫さ……俺なんかより全然信用できる」


「そうだね」


「(否定されないのが悲しいなあ……今日が初対面だし、積み重ねた信頼の強さかなあ……)」


「ん? 何か言った? ところで、飯田さんと海野さんはどこに行ったの?」


「え? ああ……二人ならアレだと思うよ。決まった時間はないけど、さっきあっちの部屋に向かったから」


「アレ?」


「男と女が一つの部屋でする事っていったらアレしかないよ……」


「あ……ああ……アレね……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ねえ……哲哉ぁ……」


「はは、こんな時間からおねだりなんてはしたない女だな」


「ふふ。あ、する前にぃ、プレゼントがあるんだけど……」


「ん? 何をくれるんだ?」


「それはねぇ……これよ!」


「痛! な、なにすんだよ!」


「あとはぁ……これ」


「なんだよそれ……うぐっ! お前一体俺に何したんだよ! がっ! 苦しい……頭が痛い……」


「あははは、たぁくさん役にたってね。期待してるわ、可愛い木偶人形さん」


「ぐ、ぎ、が、あが、があああああ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「? なんか向こうの部屋が騒がしいね」


「どんだけ激しい事してるんだ……」


「……そんな音じゃないよ……コレ……」

恵里香はそういうと角材を手に取り、警戒態勢を取る。


「え? 鮎川さん、警戒してどうしたの? あれ? その目……」


「……来る!」

恵里香がそう言った瞬間、隣の部屋へ続く扉が乱暴に開かれ、何かが飛び出してくる。


『ぐるああああ!』


「くっ! こんのぉ!」

警戒態勢を取っていたおかげで反応が間に合い、飛び掛かってくるレイジの横腹を殴打して弾き飛ばす事が出来た。


「あらあら、やっぱり一筋縄じゃいかないわね」


「あいつは飯田……海野さん、これはいったいどういうことなんだ」


「見ての通りじゃない? 哲哉ぁ、あの女は生け捕りよ。多少なら怪我も許すわ、あとそこのゴミは好きにしていいわよ」


『ぐるあ』

そのやり取りに恵里香は驚いた。

自分らのようなものならいざ知らず、理性が吹き飛んでいる状態のレイジが素直に指示を聞き、頷いたのだから。


「……あの額に埋まっている宝石みたいなのが原因かな」


「あらぁ、凄い洞察力ね。正解よ、アレを付けていれば私の指示を聞くようになる。ああ、取ろうとしても無駄よ? 脳に食い込むようになってるから簡単には抜けないわ、というか抜いたら死ぬわ」


「なんで飯田がああなってるんだよ!」


「五月蠅いわねゴミ! まあいいわ、教えてあげる。ベルセルクを二倍に濃縮したものを打ち込んだのよ」


「ベルセルク?」


「なんて酷い……」


「さあ、説明の時間は終わりよ! 哲哉、やりなさい!」


『ぐあああああ!』

海野の声で飯田は行動を再開した。

床にひびが入るくらいに強く地面を蹴り、一足で恵里香に肉薄する。

掴もうとする手を避け、行動を制限しようと放たれる蹴りを躱し、なんとか見つけた隙を縫って攻撃を当てる恵里香。


しかし、蒼太のように最低限の動きで回避しているわけではなく、攻撃に至っても無駄の多い恵里香は徐々にだがスタミナを奪われて息が上がってきてしまう。


それでも必死に食らいつき、動きを止めることはしない。

自分が仕留められれば夏目は殺されてしまうだろう。

そして、人質となってしまえば蒼太も……。

恵里香はどんなことをしてでも捕まるわけにはいかないのだ。


「ちっ、もたもたしてたらアイツらが返ってくるわね……仕方ないわ。哲哉、さきにゴミを始末しなさい」

海野の指示で飯田は即座に標的を夏目に切り替え、飛び掛かる。

普通の人間では相当の手練れでなくては対処できないようなレイジの暴力。

気づけば恵里香は夏目を庇うように飛び出していた。


「か……かはっ……」


「鮎川さん……俺を庇って……」


「あっははははは! ねえ、馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ? こんなにうまく行くとは思わなかったわ! 会ったばっかりの人間を庇って仕留められるなんて貴方相当の馬鹿よね?」


「くっ……そう……た」


「あーおっかしい。あ、報告しないとね」

夏目を無視してスマホを取り出し、どこかへ連絡を取り始める海野。


「ええ、確保したわ。え? それはスゴイですね、もう一人ですか? では男を捕まえればサンプルが三体になるのですね? わかりました、ええ、任せてください」

報告を終え、扉に視線を向けるとそこには計ったように蒼太が怒りの形相を浮かべて立っていた。

その後ろでは保莉菜がオロオロしている。


「おい、これは一体どういうことだ? え?」

血こそ出ていないが、ぐったりと気絶している恵里香を担ぐレイジとどこかに報告していた海野、へたり込むように座る夏目の姿。

どう控えめに見ても誘拐の一歩手前だ。


「あらあら、これはちょうどいいところに」


「恵里香を離せ」


「んー? そんな事出来るわけないでしょう? それに、この人がどうなっても?」

恵里香を担いだままのレイジが夏目の頭に手を添える。


「知った事か、恵里香を離せ」


「あら、見てた限り結構なお人よしみたいだったけど……大事なものの為の犠牲は気にしないのね。面倒な奴……なら、これはどう?」

夏目に添えられた手が恵里香の首に変わる。


「俺たちは大事なサンプルじゃないのか?」


「ええそうよ。でも、もう一体捕まえたみたいだから一つ減っても大丈夫よ。怒られるでしょうけどね」


「……もう一体?」


「朱音とか言ったかしら、小柄な女の子」


「っ!? なんだと!?」


「貴方の従兄妹らしいわねぇ。貴方の家系ってどうなってるのかしら……興味あるわね」


「ちっ……おい、ついていってやるから恵里香と朱音には手を出すな、あとコイツ等にも」


「蒼太ちゃん……」

やっと事態が飲み込めたのか心配そうに声をかけてくる保莉菜。


「道中は保証してあげるわ、道中はね。ついてしまえば私の管轄じゃないから知らないわ。このゴミ達は……もう興味も使い道もないし、いいわよ。私は手を出さないわ」


「……保莉菜さん、わるいな。なんとか生き延びてくれ」


「蒼太ちゃん……わかったわん、漢の覚悟は無下にしない主義なのん……」


「ありがとう、じゃあな。夏目さんも」

恵里香を守り切れなかった事を悔いているのか、夏目はバツが悪そうに俯きながら小さく首是で答えた。


「おら、とっとと連れてけ」


「上から目線ね、ムカつくけど気にしないわ。哲哉、行くわよ」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



四人が出て行ったあと、残された二人はうなだれていた。


あの時何もできなかった自分がとても空しく、悔しく思う。

人外の力を揮う蒼太と恵里香が何もできなかったのだから仕方のない事ではあるのだが。

これからどうしようかと思案に暮れていると、外が騒がしくなる。


「いたぞ、連行しろ!」

唐突に侵入してきたフルアーマーの兵士たちが保莉菜と夏目を取り囲む。


「ちょっと、いきなりなんなのよ! 離しなさいよ!!」


「いてて! 俺たちに手を出さないんじゃなかったのかよ!」


「んー? 知らないな、少なくとも我々はそんな約束はしていない」


「だ、騙したのね!?」


「酷いやつらだ!」


「騙してないさ、言っただろう? 我々はそんな約束していないと」


「あの女と同じところの奴らでしょ? 屁理屈じゃない!!」


「連れていけ!」


「ちくしょう、ちくしょー!!!」

保莉菜さん、大好きだ。

作者的にはほっといたらかなり遊びそうなキャラ。

お付き合いいただき有難うございます。

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