勇者1
これは俺が異世界へ行った時の話である。呼ぶだけ呼んでおいて、いきなり牢にぶち込まれた俺は、やっとのこと外へ出され、魔王を倒せと吟遊詩人を一人お目付け役に付けられ、外へ放り出されたので、取り敢えず吟遊詩人の部屋へ泊まることとなった。
目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。そして後頭部に鈍い痛み。ああ、昨日はあのフジコとかいう吟遊詩人に、しこたま殴られたのだっけ?
「いてて、むっちゃくちゃしやがって」
しかし随分城の地下牢に閉じ込められていたので、久しぶりに旨い物を食い、良い場所で眠ることが出来ただけでも、ありがたいのではあるが。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。狭いソファーで眠る吟遊詩人は、薄着で毛布が肌蹴ていた。胸はけっこう大きいでござる。
「こいつ。寝ている隙におっぱい揉んだろか」
とか、なんとか言いつつも、毛布を掛けてあげる自分が憎めない。カーテンと両開きの窓を開け、朝の空気を吸い込む。久しぶりに浴びる朝日は心地よく、身体が少しずつ少しずつ目覚めていく。
吟遊詩人の部屋は学生寮のようなところで四階建ての四階。更に小高い丘の上に建てられていたので、街並みを一望できるが、んまぁ〜〜、感想を述べるとするならば、見渡す限り異世界、異世界、異世界。どこもかしこも異世界。異世界の一大パノラマ。俺は本当に異世界へ来てしまったのだ。
ずっと城の地下牢にいたから、実感することはできなかった。
「どうしたもんかねぇ」
「どうした? やはり異世界は珍しいか? 済まないとは思っているが、吟遊詩人風情のあたしには、どうすることもできない」
どうやら起こしてしまったようで、吟遊詩人は大きく伸びをすると、キッチンからポットを持ってきて、暖かい飲み物を淹れてくれる。いや、お湯沸くの早くね? なんて思ったが、きっと意外に科学水準が高いのか、異世界特有の魔法ってやつだと、勝手に判断して突っ込んだりはしなかった。
飲み物は甘みのない紅茶であった。いや、俺現実世界でも紅茶なんて飲まないから、厳密には紅茶と呼んで良いものなのか判断はできないけどな。
「朝食を食べたら、冒険者ギルドへ行って、パーティを募集するぞ」
「なあ、あんた……」
「フジコだ。フジコ・ベアトリクス」
「えっと、なあ、フジコ」
「あたしのが年上だよな? さんを付けないか。さんを」
なんだこの女。むっかつくー。ここへ来てから酷い目ばかり見ているが、本当に俺は勇者なのであろうか。扱い悪すぎるだろ。
「あー、フジコさん? 冒険者ギルドってとこへこれから行くのか?」
「ああ、勇者。あんたには戸籍がないから、冒険者カードを作るついでに、旅の仲間を募集する。あたしは吟遊詩人だからな。戦力に計算されては困る」
そう言いながら吟遊詩人……フジコさんはエプロンを羽織り、キッチンに立つ。どういう原理かコンロに炎が灯る。それをぼけっと眺めていると、
「ああ、勇者の住む世界には無いのだったな、魔鉱石。これは魔物の体内に含まれる鉱石で、微量の魔力が含まれていて、人々の生活や、魔鉱列車の動力なんかに使われている」
と、フジコさんが説明してくれる。
この世界で何と呼んで良いのかは分からないが、バケットと、目玉焼きと、ソーセージの盛られたプレートが、俺の前に出される。
「はい、朝食」
城の地下牢でクッソまずい粥ばかりを食べていた俺は、フジコさんが作った朝食をがっつく。右手にナイフ、左手にフォーク。テーブルクロスを汚してしまったが、フジコさんは怒るでもなく、旅の支度を始める。
☆
初めて繰り出す城下街は何もかもが新鮮であった。排気ガスなんて無いクリーンな空気、西洋っぽくはあるが何かが違う街並み、俺の住む世界と変わらぬ青空。俺はるんるとスキップで大通りを歩く。
牛と鹿を掛け合わせたような動物に荷物を引かせる行商人や、どこぞのヨーロッパを思わせる民族衣装みたいな服を着た町娘。
道中、俺はフジコさんと、わいわい、うふふ、きゃっきゃっな、トークに花を咲かせようと奮闘するも会話が続かない。俺ってば、ぼっちでコミュ障だから仕方あるまい。
会話も特にないので、俺は如何にして、自分が異世界へ来てしまったのか、記憶の糸を手繰る。
あの日俺はネットカフェで、新作のVRMMO『異世界GO』をプレイする為に、VRマシンに乗り込んだ。
キャラ作成時に振り分けるパラメーターは、美しすぎるグラフィックが売りのこのゲール、パンティの皺まで綺麗に再現されていることを前情報を知っていた為、全てのパラメーターを、エロに役立つスキルや能力値に全フリしてしまったところで、俺は異世界へ転移した。
「おい、ぼけっとするな。着いたぞ」
フジコさんの声に現実に戻る俺。視界に広がる広大な敷地に、到着したことに気づかなかった。見くびっていた。この世界の冒険者ギルドとやらは、俺が想像していたよりも、規模の大きな施設であった。俺の貧相な語彙でそれを表現するならば、近隣で一番大きなイオンってところだ。
そしてイオンって表現が妙にしっくりきたのは、人混みでごった返していたからである。ライトアーマーをお洒落に着こなす耳の尖ったエルフっぽいお姉さんや、如何にもならず者なモヒカン、馬車から降りてくる数人のワニ人間……リザードマンってやつであろうか。
「はいはい、サクサク登録済ませて、仲間募集するよー」
「ちょ、フジコさん。俺からしたら見知らぬ土地なんだから、も少しゆっくり歩いてよ」
軟弱者! って、俺の脛を蹴るフジコさん。この人ちょいちょい暴力振るうよね。実に今後が思いやられる。まあ、おっぱいが大っきいから、許すけれどな。
エントランスを潜り抜け、受け付けで簡単な登録を済ますと、待たせられることもなく瞬く間に、俺の冒険者カードは発行される。こんな身元不明者をあっさり受け入れていいのかと、思わなくもないが、そこら辺はご都合主義で助かる。
ギルド内の食堂でお蕎麦みたいな、麺類をずるずる食べて、俺たちはパーティ募集掲示板へ向かい、募集を開始する。するとあっという間に俺たちの前に人だかりが出来た。
「フ、フジコさん。何これ」
「ふん。あんたは仮にも【蒼き聖剣の勇者】だならな。そりゃあ、行列もできるさ」
フジコさんはダルそうな顔で、ギルドから借りた金属の椅子にもたれかかる。
「あんた、どんなやつと組みたい?」
☆
「それでは只今より、勇者のパーティオーディションを開始する!」
にっくきロマンシア国王がそう宣言すると同時に、ドンドンパフパフと、後ろの吟遊詩人のマーチバンドたちが気を利かせて音を鳴らす。
「いや、あんた、なんでここにいるんだよ」
「余はイベント好きなのでな。さあそちのパーティのオーディションだぞ。早く審査員席に座らぬか」
だめだ。ノリに付いていけない。
ここからは長いので、掻い摘んで説明させてもらう。審査員は、俺、フジコさん、王の三人。一人持ち点は最高十の三十点満点。
「それでは勇者の仲間オーディションはっじまーるよー。エントリーナンバー一番は騎士団一の力自慢、レベル四〇のアレクス」
司会のバニーガールの掛け声とともに、ムキムキという足音が聴こえ、半裸のムキムキマッチョなおっさんが現れポーズを決めるれば、キラキラと彼の汗が華麗に舞う。
い、いや過ぎる。俺は即座に一点の札を高々と突き挙げる。良かった。隣を見ればフジコさんは、同じ気持ちのようだ。王は十点を挙げてやがる。あいつぶっ殺すぞ。
こんな感じで、俺たち三人は様々なパーティ志願者に点数を付けていった。
俺のゲームでの経験上、アタッカー、タンク、ヒーラーなどと、役割を明確にした方が円滑で効率よく戦闘が行える。
吟遊詩人でゴリラなフジコさんは、俺の盾にするとして、アタッカーとヒーラーが是非欲しいところだ。何故なら俺は、パラメーターを全部エロいことに振ってしまい、戦闘をすることが出来ないからだ。
目ぼしい能力を持った者は必ずと言っていい程、一癖二癖難癖があり、生理的に受け付けない化け物ばかりだ。愉快犯な王だけが、クスクス笑いながら十点を付けている。
俺とフジコさんが、ほとほとこの茶番に飽きてきた頃、一人の少女が前へ出た。
俺の肩くらいの小さな身長、三つ編みの長い髪の毛、まだ垢抜けない服装、まるで頬紅を付けたような赤い頬は緊張の現れであろう。
「勇者さま。初めまして。スー・ヘミングウェイと申します。神龍が眠るシュミ山脈の麓の小さな村出身で、巫女をしております。下手くそですが治癒魔法を使えます」
ぺこりとお辞儀をする少女。か、かわいい! もうこの子でよくね? と、俺は不動の十点を掲げる。
「おい、勇者。何か邪なことを考えているだろ」
「いや、フジコさんの音痴な叙事詩で謳ってただじゃん。竜の神子がどうとか。あれ思い出してさ」
たしか竜の神子の魔法で魔王を倒すんだっけ。あれ、勇者何もしてないじゃん。俺要らないじゃん。
俺の主張にフジコさんと王は、悔しそうな顔で十点の札を挙げた。
どうでもいいことですが、
全ての名称はその場でパパッと適当にアドリブで決めてます。
フジコさんの名前とスーの苗字を合わせると、フジコ・ヘミングウェイってピアニストの名前になります。