フジコ・ベアトリクス1
秀作なので、ご意見ご感想お待ちしております。
出来る限り捻らず普通に書いてみました。
この書記を一体誰が読むのかは、あたしの知るところではないが、まずは何故この書記を書くに至ったのか説明すれば、あたしは勇者の物語を語り継ぐのが使命の、吟遊詩人であるからだ。
ほんの少しだけあたしの話をしよう。
父は王国騎士団の長であり大陸一の剣士。それでいて名家ベアトリクス家の長男。母はなんと異世界より転移し、やってきた魔法使いで、先代の勇者と共に旅をして、この国にやってきた。二人が恋に落ち結ばれ、生まれたのがあたし。
ベアトリクス家は、兎にも角にも騎士の名家であり、異世界より転移してきた魔法使いの母と、剣聖と謳われた父の子であるあたしが生まれてくる時、多くの人が期待したのだ。もちろん百年に一人と言われる念願の魔法剣士の素質を持って生まれてくることにである。
生まれた結果、あたしがまず女だったことに、多くの人が落胆したことであろう。騎士とは男社会なのである。そして更に魔法の素養がないことが発覚し、人々が身勝手にあたしに抱いて膨らみ過ぎていた期待は、シュワシュワと萎んで誰も見向きもしなくなった。それでもそんなポンコツなあたしを、父は愛してくれた。
母はあたしを産む時に亡くなって、たった一人大きな背中で守ってくれたのは父だった。母の故郷である異世界の、ニホンという国の名前を、赤ん坊のあたしに付けた。
『フジコ』と名付られたあたしはすくすくと育ち、手慰みに剣も習ったが、父はあたしが騎士になることを望まず、教養好んで付けさせ、あたしは吟遊詩人となった。
吟遊詩人とは様々な物語を集め、目に映る景色を言葉にし紡ぎ、聞こえる音を繋ぎメロディにし、歌を贈る。そんな職業である。
王国歴六五年。
かのロマンシア・エイリック・グランフォード一世が、剣と農業の国グランフォードを建国して、実に六五年の月日が流れた今現在から、約三ヶ月前の春先、隣国よりの使者がとある剣呑な知らせを持ってきた。
先代勇者が封印した【朱き黄昏の魔王】が蘇り、別の国を二つ挟んだ貿易産業国バルシャワの、海沿いの都市ベイトリスを滅ぼした知らせを受けたグランフォードの首脳陣は、パニックに陥った。
国中から魔力の素養がある者が掻き集められ、急遽異世界転移の儀が、城の地下にある遺跡で執り行われた。
異世界から転移してくる者は、漏れなく巨大な力を有していて、その力をいにしえの古代言語でチートと呼んだ。
伝承や言い伝えを研究している学者たちは、魔王を倒すのに、ただのチートでは駄目だと学会で発表し、【蒼き聖剣の勇者】と呼ばれる者でなければ、魔王に太刀打ちできないと主張する。
転移者の中でも、取り分け勇者の召喚には、普通のチートを持った者を転移させることと比べ数十倍の魔力を必要とするのである。
魔力の素養がなく、お呼びの掛からなかったあたしには、その全容を詳しく知ることはできやしないが、それはそれは大規模で大変な儀式であったことは、容易に想像できる。
端的に結果だけ報告すれば、異世界転移の儀は成功であり、失敗でもあったそうだ。
☆
冒険者ギルドが運営する、冒険者アカデミー訓練学校吟遊詩人科の卒業を間近に控え、就職先を決めかねていたあたしに、王から直々にお呼びが掛かった。
ベアトリクス家の端くれであるあたしは、生まれて初めて通される赤を基調とした謁見の間に、粗相の無いよう慎重な立ち振る舞いで王の前まで行き、想像していたよりもずっと若い国王、ロマンシア五世の前で深々と跪く。
「そう、緊張するでない。フジコ・ベアトリクスよ。そちは確か吟遊詩人をしていたな」
へらへらと威厳もへったくれも無いロマンシア国王の声。あたしが肯定すると、王は側近に「あれを持ってまいれ」と告げる。
あたしの目の前に広がる、赤くて柔らかそうな絨毯の上に置かれたのは、見慣れない形をした弦楽器であった。
「これは産業国であるバルシャワの伝統工芸品でな、バルシャワ琴というのだが……おい、勇者を連れてまいれ」
王の命令で、兵士は別の部屋から勇者を連れてきた。どんな古強者が現れるかと、畏怖半分、期待半分で黙って見ていたが、連れて来られたのは、華奢で、猫背で、なんともチンキクリンな少年で、両手にを手枷を嵌められ、鎖に繋がれ兵士に引っ張られているではないか。
「どうしても勇者殿は、逃げようと抵抗するものでな。少し手荒に扱わせてもらった」
「おい、痛いな。離せって。お前ら絶対許さないからな」
あたしは呆然とそれを見ていた。当然である。仮にも相手は伝説の【蒼き聖剣の勇者】である。そして抵抗するのも当然だ。彼は元の世界から、突然理由も判らず転移されて来たのだから。
「あーー、えーーと国王? そのお方が本当に伝説の勇者さまなのですか?」
歳で言えば、たぶんあたしより少し下。ひょろっひょろで背だって女のあたしとさほど変わらない。髪は柔らかそうな猫っ毛で、顔はまあ悪いわけではないが、性格の悪そうな三角のつり上がった目と、嘘を吐きそうな薄い唇が特徴的だ。イメージと大違いである。
「地下牢に捉えておいても何も解決しないからな。勇者には旅立って貰わねばならない。そこでだ。フジコ・ベアトリクスよ。この勇者殿の英雄譚を語り継ぐ為に、そなたに旅に同行してもらいたいのだ」
監視する為の間違いじゃね? ってのが半分と、面倒を押し付けるだけじゃね? っていうのが残り半分。
王は臣下の者に目配せをし、あたしにバルシャワ琴を渡させる。初めて手にする楽器ではあるが、とても軽く扱い易そうだ。
「勇者伝承の叙事詩を聴かせてくれないか?」
あたしは悪戯にバルシャワ琴を爪弾いてみれば、よく調整され、丁寧に調律されていることが伺えた。
あたしは今の時代にピッタリな、とある勇者の詩を詠んだ。透き通ったバルシャワ琴の音色は、弾いている自分でさえも鳥肌が粟立つほど、綺麗だった。
【古きいにしえの時代、神々がまだ人や獣の姿をしていたほど昔の話】
【朱き黄昏の魔王は、四つの魔性を引き連れ、天界に戦いを挑んだ】
【魔王にひれ伏した神々は一人の人間の若者に、全てを託した】
【若者は蒼き聖剣の勇者として旅立ち、四つの魔性を滅ぼし、竜の神子の神聖魔法で魔王を滅ぼさん……】
「えーーーい、止めろ! このど音痴め!」
鎖で繋がれていた筈の勇者に突然突き飛ばされた。痛い。ぐすん。あたし女の子なのに。
「ちょ、急に何するのよ」
「自分でこの惨状をみてみなよ」
見渡せば謁見の間にいる王と臣下一同、全員が全員耳を塞いでいる。あたしの演奏が止んだことを確認したロマンシア国王は、耳から手を離し咳払いを一つ。
王は、「い、い、いや、とても見事な叙事詩であった」とまるで取り付くろうような、嘘をでその場を収めるが、傷ついたあたしの心は癒えやしない。
「と、兎に角、フジコ・ベアトリクスよ。勇者殿と世界を旅して、魔王を倒す勇者の冒険譚を後世に残すのだ」
☆
と、こうして、このあたしのベッドで高鼾の、クッソ生意気な少年を、王に押し付けられたのである。
拘束が解かれた開放感から、満更でもない顔の勇者が「よろしく」なんて言ってきたから、「よろしくじゃねーよ」と返したあたし。
旅の準備もあるが、夜も遅いのであたしの部屋に泊めてやることになったのだが、お腹が減っていたのか、あたしの料理をガツガツと食べ、勝手にベッドに上がり込み、直ぐに寝てしまったのだ。
乙女の寝床に勝手に上がるなんて本当に異世界の人間はデリカシーがない。まあ、寝ている顔は、可愛く見えなくもないから、許してあげなくもないけれども。
まさか吟遊詩人と、転移したばかりの勇者二人で、旅をする訳にもいかないので、明日は街で仲間を募集する。つまり早起きである。
湯浴みでもして眠るとしようと、浴室の脱衣所で、服を脱ぎ風呂へ行き鼻歌を歌いながら一日を振り返る。あたしは転移者の娘で、ベアトリクス家の長女である。だからあたしが選ばれたのであろう。
それにしても勇者の寝顔、子供みたいで可愛かったな。
風呂からでて、楽な洋服を着る。ガキとはいえ男、決して油断してはならない。浴室から寝室に戻ると、寝ていたはずの勇者は、起きて何やらゴソゴソやっている。
こっそりと様子を伺うと、どうやら吟遊詩人であるあたしの楽器を物色しているようだった。あたしは一応吟遊詩人の端くれなので、部屋には世界中、様々な楽器が取り揃えられている。
あらあら、楽器に興味でもあるのかしらん? と、よくよく見ると一本の縦笛を持ち、キョロキョロと辺りを見回し、暫し考え込み、何を思ったのか勇者はそれを咥えた。
大事なことなので、もう一度言おう。……あ、た、し、の、縦笛を咥えたのだ。
「このど変態!!!!」
あたしは縦笛を咥える勇者を、後ろから思いっきりぶっ飛ばしたのだった。
ぺーろぺろぺろ