6.無理ゲーです
『乙女ゲームとは。
女性主人公が男性キャラクターを攻略して恋愛を楽しむ、女性向けゲームの総称である。』
乙女ゲーム…… 前世の私には全く縁のなかったジャンルだ……
いや、職場の同僚がはまっていたのは知っている。
数人で同じゲームをやっているようだったから、「流行ってるんだな」という程度の認識しかなかった。
「○○さまカッコイイ~~」と言う同僚の声を何度か聞いた気がする。
「話を続けてもよろしいですか?」
目の前にはグレイシア様。そうでした。まだ話の途中でしたね。意識が遠くへ飛んでいたようです。
「大丈夫ですか……?」
心配そうに顔をのぞきこまれる。……はっきり言って大丈夫ではありません。
「えーーっと、……その、全く未知のジャンルなのですが……。今後いったいどうなるのでしょうか?」
例えばRPGの有名どころ、ドラゴン○エスト。
勇者が旅立たなかったらどうなっただろう。
世界は魔王のものになる?という感じだろうか?
例えばファイナ○ファンタジー。
主人公が冒険に出なかったら… ずっと、はじめの村で満足していたら。
ヒロインは助けられない……
それは…… 私は嫌だ……
「リディアルナ様はこの世界のヒロインです。あなたが攻略対象を攻略していかないと、話は進まないのです」
…………はぃ――――――――っ?!?
「いくらなんでもそんな……」
確実に無理ゲーである。
「乙女ゲームにもいろいろあります。この『薔薇恋』は比較的攻略もしやすく、……その… R18要素も入っていない普通の乙女ゲームですわ。安心してください」
や、安心できないでしょう。
何そのR18乙女ゲームって?! R18って段階で乙女じゃないんじゃないですか?!
「このゲームは割と初期に作られた乙女ゲームの草分け的なものです。難しい分岐もありませんし、ENDも何十種類もあるわけではありません」
ENDって、そんなに種類があるの?
トゥルーエンドとかバットエンドとか?
パーフェクトエンドもあったね。
そんな感じかな?
「各攻略対象に対し、ハッピーエンドとノーマルエンドがあって、全員の好感度をMAXまで上げるとハーレムENDというものもあります。……でも、誰の好感度もあげられない場合バッドエンドがあったはずです」
そんなに種類が?!
しかも……バッドエンドって……
「私も実はゲーム自体はしたことがないのですが、娘がはまっていて……。バッドエンドは確か奴隷落ちだったと言っていました」
――――――――――――っっっっ?!?!?
「グレイシア様…… ぜひヒロイン役の交代を……」
もはや、泣きを入れるしかない。奴隷はさすがに嫌だ。
「それは無理ですわリディアルナ様…… 頑張って攻略するしかないんです」
この時点で私は既に涙目だ。
「攻略対象は第一王子ラインハルト殿下、第三王子エドガー殿下、宰相閣下ご子息レオン・クリステル様、近衛師団長ご子息シーザー・マクミラン様、魔術師団長ご子息ディーン・ウェルロック様。この5人です。
……私はリディアルナ様がラインハルト殿下を攻略する際の邪魔をするキャラクター、所謂『悪役令嬢』ですわ」
「はっ?なぜグレイシア様が悪役に……?」
「主人公が攻略するのを邪魔するのですから悪役でしょう?」
そう言ってちょっと困ったように笑う。
「待って待って、グレイシア様!私、兄様なんて攻略しないよ!死にかけてたところを助けていただいて、それからもずっと可愛がってもらっていて……。
グレイシア様もご存じと思いますが私には王宮に住む身分などではないんですよ!それを大事に大事に育てていただいて……。
この先、どうやって御恩を返していけばいいのか悩んでいるくらいですのに……」
攻略?こんなにラブラブなお二人をどうやって?!
「それにグレイシア様、私の結婚は私の意志では決められません。私がここにいるのは政略結婚のためです。私は兄様のためならどんな国にでも嫁ぐ覚悟はできています」
……唯一諦められないのが冒険者だったんだけど、それはこの国じゃ無理そうだしね。
「……大変ご立派だと思います…… でも…」
視線を下に下げるグレイシア様。きっとほかに方法がないんだろうなぁ…
そんなやり取りを、ロディは何も言わずにただ黙って、でも一言も聞き洩らさないというような真剣に聞いていた。
「リディアルナ様! 覚悟を決めましょう!出来る限り協力いたします。私も同じ転生者が奴隷落ちなんて絶対いやです」
「グ、グレイシア様~~」
ありがたくて涙が出そうです。
「リディアルナ様、もうすでに物語は始まっています。さっきのディーン様とのダンスでリディアルナ様は好感度を上げなければならなかったはずです」
「好感度…… それはどうやって上げるものなんでしょうか?」
「会話の選択肢によって違ってくるのですが…… 彼は確か魔術にのめり込みすぎて、このままでは将来ひきこもりになってしまうはずです。なので他者とかかわることの重要性とか楽しさとかを話す……のではなかったでしょうか……」
「……グレイシア様もゲーム自体はプレイしてはいないとおっしゃいましたよね?」
「ええそうです。私は前世、54歳の主婦でした。二人の娘と夫の四人家族で、ささやかでしたが幸せな一生だったと思っています。
その娘がしていたゲームだったんです。娘は二人とも就職して、一人は結婚して家を出ておりましたが、もう一人がアラサーにもなって家でゴロゴロとゲーム三昧……」
そう言って眉間にしわを寄せるグレイシア様。
……どうしよう、自分のこと言えない……!
「わ、分かりましたグレイシア様!ディーン様は師匠のご子息ですので会う機会を作ってお話してみます!」
「ええ、頑張ってください。あ、他にも宰相ご子息と近衛師団長ご子息とのイベントがこのパーティであったはずです。好感度は上げておくにこしたことはないので頑張ってください」
「……他に二人も……」
「ゲームの本編は学園に入学してからですわ。このパーティは前哨戦のようなものです。
……実はこれ以前にも出会い編のようなものがあったはずですが…… リディアルナ様は魔術塔に籠っていらっしゃいましたから……」
うわーー、魔術チートに浮かれている間にイベントを逃していたようです。
「これからはきちんと社交界に出ておかなければなりませんね……」
「ええ、その方がいいと思います。あ。宰相ご子息のレオン様は内気で気弱な方ですので、強く出ない方がうまくいくと思いますわ。近衛氏団長ご子息の方は、父上をとても尊敬していて『剣こそすべて』みたいな方です。皆様個性が強いのでお気をつけて!」
「ありがとうございます、グレイシア様!頑張ります!!」
そう言ってピシッと右手を上げて敬礼のポーズをとる。
「健闘を祈ります」
と、グレイシア様が返礼をくれた。
……………。
「……あはははははっっっ」
そのあと二人で爆笑。
ああ、楽しい。こんなに楽しいのって久しぶりだー。
「では本当に行ってきます」
と、東屋を出る。……気は重いが、グレイシア様と言う最高の参謀が付いているのだ。奴隷くらいは避けたいと思う。
あー、でも奴隷落ちになっても兄様が買ってくれれば問題ないんじゃないかな?
なんだ、そんなに難しく考えなくても大丈夫なんじゃない?
うん。まぁ、頑張りましょう。
気を取り直して、私は光のあふれるホールへロディと一緒に戻った。
「ねぇお姫」
ちょっと困ったような声でロディが声をかけてくる。
……そうだよね、いきなりこんな話聞いちゃって、何が何だか分からないよね。
うん、でも私も何が何だか分かんないよ。
「ロディにはちゃんと話す。全部。信じられないかもしれないけど、全部ホントだから」
……だから、協力して?
そう言うのは、卑怯だろうか。
でも、協力者は一人でも多い方がいい。
……だけど。
ロディに協力をお願いするのは、なぜかとても胸が痛いんだ。
ねぇ、何とかなりそうじゃない?
例え初体験の乙女ゲームでも、基本私はゲーマーだったし?
例え干物女でも、有能な参謀がいるし?
ねぇ、ねぇ誰か大丈夫だって言って―――!
7/23加筆修正