38.それぞれの人生
「お姫、お姫起きてください!」
「んあ---?」
「いい加減食事してください!セシル様も!」
「ロディ様、--もう様じゃなくていんですよー…」
「そこで寝ない!食事です!!」
現在、私とセシル様は各疾患用の病巣治癒魔法陣の製作の追い込み作業中だ。
休み終了までは後1週間しかない。
冬休み終了とは社交界の開催シーズンなので、外はもう春だ。
「殿下どこまで終わりました?」
「まだ脳神経系--- 内分泌系が手つかずだわ」
「私は眼科系が終わりません----」
「二人とも、何も休み中に終わらせなくても良いんですから---」
「「甘い!!」」
「病人は待ってくれないんですよ、ロディ様!」
「何しろディーン様の病巣探査の魔法陣があんなに早く出来るなんて思わなかったからなぁ」
「殿下も何言ってるんですか?! ディーン様は天才なんですよ!読みが甘いです!」
「-----スミマセン」
「とにかく食事をして下さい。片手で食べられる物にしてもらったので」
と、ロディが私とセシル様のところにサンドイッチを置いて行ってくれた。
あの日。
私がロディの婚約者にしてもらえた日。
まぁ、そもそもオンディーナに帰ってゆっくり療養しようねって話で帰ってきたのに、帰った途端あの騒ぎ。
私は疲労と知恵熱?で完全にオーバーヒート。
その日からしっかり一週間は寝込んでしまった。
それでも時々、元陛下の所に診察に行ったり、ロディとの婚約を聞きつけて乗り込んできたカイ殿下のお相手をしたり結構忙しく過ごした。
その中で、グレイシア様ともゆっくり話をする時間もあった。
「結局、ダリアが悪役令嬢役だったってことですかね?」
そう私が聞く。
「そう考えるとつじつまは合いますね。----ゲームの主人公も幼いころから苛められて育っていて、もちろん正妃さまに引き取られたりもせず、愛されることを知らない子という設定でしたから。それにゲームにはロディは出てきませんでした」
「ロディが居ない世界なんて考えられませんねー。なのに魔術もなくいじめられ放題だった? それで人の婚約者を横取りするような性格に育っちゃったんですかねー」
「かもしれませんわね。でも、今回の吸魔石はリディアルナ様が魔術チートだったから出てきた補正だと思いますよ」
「そうか…… あれがなかったら私を誘拐なんて出来なかったから---」
「何も出来ないままでは断罪イベントは出来ませんからね」
「随分派手な断罪イベントでしたね―」
「まぁ、話が国家間の戦争にまで発展しましたからね。もちろんゲームはそんな大きな話ではなく、あくまで学園内の恋愛話でしたが」
「ねぇグレイシア様。あの断罪ベントはあれで良かったんだよね。私、事前に相談したかったんだけどタイミングが悪くて……」
「ええ、あれが最良だったと思いますよ。ゲームも悪役令嬢は修道院送りですし」
「グレイシア様、やけに修道院に詳しかったですよね?」
「それは、…一歩間違えれば私が修道院送りだった可能性があったので---」
「それは私が主役だった時点で無くなったと思うんですけど」
「私も、主役がこの干物だと分かった時点でそれはないなとは思いました」
「ひどいっ!!」
「それとグレイシア様。結局私が婚約したのは攻略対象ではないロディだったのですが--- 考えたくないのですがまだ何かあるんでしょうか?」
グレイシア様は少し考えるようにして言った。
「このゲームはボーナスステージがあると言う話は聞いていました。でもそれは全攻略者の好感度をMAXまで上げないと出てこないキャラクターだと言う話で、娘はそのボーナスキャラが出てこないと嘆いていたのです。――――もしかしたらロディが、そのボーナスキャラなのかもしれませんね。今となっては全て推測でしかないのですが」
「ボーナスキャラ…… でも私は好感度ぜんぜん上がって無かったし…」
「恋愛好感度は全く上がってませんでしたが、それ以外の友情とか尊敬とか親愛とか、そんな好感度はMAXだったかもしれませんね。はやりここはゲームではない、人の世界だと言うことなのでしょう」
「――――ですね。それに人間生きていればいろいろあるのは当たり前ですよね」
「……あそこまでいろいろある人生は珍しいですけどね」
「や、別に普通に生きてきましたけど」
「普通に生きてきたらドラゴンや魔法金属や隕石魔術とは無縁だと思います」
まぁそれは、いろいろはありましたけどね。
この時、私はまだベットから起きられなかったけど、いろいろ安心する話が聞けて良かった。
ばーちゃんは私がベットから動けない時は、片時も離れず、腹を出して寝ていた。
良く分からないが可愛いから良いか。
ダリアは問答無用で砂漠の修道院へ送られた。着替えの一枚も持たせずに送り込んだそうだ。
数日後には扱いに困っている、という修道院長様からの手紙が王宮に届けられたので、兄様はその修道院への援助を増やし、人手を雇ってでもそこで何とかするようお願いしたようだ。
---ま、アレが素直に魔石を掘るわけないよなー
よくファンタジーに出てくる隷属の首輪みたいなものが作れないかな?
うん。今の私なら作れそうだな。
あんまり状況がひどいようなら試してみよう。
それにダリアが使っていた宮を調べたら、豪華な宝石や装飾品、ドレスなどが山のように出てきたらしい。しかもロディが捕縛した時に走れないほど抱えていた宝石。
これをまとめて国庫に戻したそうだ。
かなりの臨時収入だと兄様が喜んでいた。
---戦争ってお金使うもんね。
リシャールは、教会側との話し合いの後、主に金遣いが粗すぎて没落したとか、軽犯罪を犯した貴族などが入る修道院へ行くことになった。
こちらは兄様の方が気にかけていて、様子を見に行ったらしい。場所も王都の近くだしね。
そこの修道院長様が言うには、リシャールは大変まじめに神に仕える生活をしていると言うことだ。近々、近所の孤児院の手伝いなどの奉仕活動にも出られるだろうと言うこと。
何かやりたいことが見つかると良いのだけど。
そしてレオダニス元国王と第一王子はやっぱりというか、死罪となった。
さすがにちょっと後味が悪い。
でも、侵略戦争の犯人だもんね。仕方ないのか。
しかもハルト兄様の手前、ここで甘い顔は出来なかったのだろう。
その後はレオダニスとは、というかアシス国王とは何事もなく、王宮の復興の援助はしているらしい。
-----ホントにごめんなさい。
それと、あのメテオ。
師匠に聞いたら、元々そこまでの大技ではないと言うのだ。
大きな火球程度の岩が数個落ちてくる程度だと。
じゃ、あれはなんだったんだ。
師匠もあのメテオは見ている。
戦場に参加していたのだ。
見た時は少しじゃなく引く位びっくりしたとか。
もう少し、あのミスリルの花を研究する必要がありそうだ。
何しろあのメテオはミスリルの魔力で放ったものだ。
……もしかして、私のせいじゃないかもしれない?
いえいえ、そんなことは考えていませんよ。
でも研究はしておかないとね。
そんな話をしながら過ごしている間、ロディはほとんど側にいてくれた---って、前と同じ状況じゃん。
前だってほとんど一緒にいたし。
結局、生活自体は前と全然変わらない感じだ。
体調が戻ったらばーちゃんを頭に乗せて魔術塔で魔法陣書いて。
最初の頃、体調か完全じゃなかった頃は夕方にはロディに強制的に連れ戻されて寝かされたけど、今は好きなだけ書かせてくれている。
この辺の体調管理も、結局いつも通りだ。
でも、ロディは最近騎士団長について歩くことが多くなった。
どうも兄様は次期騎士団長をロディにと考えているらしい。
-----シーザー様が正式に鍛冶屋のダイランに弟子入りしてしまったからだ。
やるんじゃないかとは思ったんだけどね。
でも本人が幸せそうなので良いことにしよう。
ロディは侯爵の爵位は貰ったけど、領地はもらわなかった。
なので法衣貴族にと考えているらしい。
理由はグレイシア様が兄様に確認した。
「リディアを領地に連れ帰られたら半年弱会えないのだぞ!」と答えたそうだ。
だけど、ばーちゃんの件があるので、私達の子供の代になったらばーちゃんの住めそうな森のある領地を考えてくれているらしい。
私の子供が転移の魔術が使えると良いけど。
ごめんロディ。
爵位はもらえたけど、領地は当分諦めてね。
しかしそうすると、結婚した後は私は何処に住む事になるんだろう?
王都に屋敷を買う?
うーん、私お金って持ってないんだけど。
このまま王宮に部屋を貰う訳にもいかないしねー。
あ、兄様ならこのままここに住めとか言いそう。
でもそう言う訳にはいかないよね。
うん、最初は小さくても良いから王都に家を借りて、二人でゆっくり過ごせたらいいな。
そんなことを考えていた時期もありました。
それからは、あの騒ぎが嘘のように平和な日々が続いた。
そのおかげで私は思う存分好きなことに没頭できた。
薬草園は今、全ての貴族領に最低一か所は作られている。
高度治癒魔法陣も、無事に民間に降ろすことが出来て、安価で大きな怪我も治すことが出来るようになった。
そして王宮の側に治療院を設立。最初はディーン様とセシル様、それに助手として魔術塔から5人ほどスカウトしてきて「病気」の治療を始めたのだ。
学園には私が「医学」を教えに行っている。希望者が結構多く驚いている。今まで治癒魔術師として仕事をしていた人がかなり多く医学を学びに来てくれていることが嬉しい。
病巣探査魔法陣と、疾患別治癒魔法陣の方も順調に増産体制に入った。
このままなら全国に治療院を作るのも時間の問題だろう。
この国の医療は確実に変わってきている。
結局、学園には授業を受けるより講義をしに行くことの方が多くなってしまったが、それなりに楽しく過ごした。
魔物の生態研究をしていたラルフ教授はばーちゃんを追いかけまわし、せっせと観察を続けている。結局上を向いてお腹を出して寝る姿も記録されてしまった。……良いのだろうか?
学園ではレオン様に定期的に麻薬を精製してもらっていた。
精製方法やケシの育て方などはユーリア教授と相談の上、資料にして治療院でのみ使用を許可するようにしていく方針だ。
前国王陛下は、正妃さまの献身的な看護もあって、今は麻薬も切ることが出来ている。
まだ、食事制限はあるが北の塔内くらいなら歩くこともできている。
正妃さまと温泉旅行にも行った。
まるで人が変わったかのように穏やかな顔をしていたのが印象的だった。
おそらくあと数年は大丈夫ではないのだろうか。
孫の顔くらい見られるだろう。
そして、あっという間に学園の卒業式がやってきた。
本来なら、この日に私は婚約者を決めて、悪役令嬢の断罪イベントがあるはずの日。
「結局、ゲームはゲームなのですわね」
そうグレイシア様は優しい笑顔で話した。
何事もない、ただ友達との別れを惜しみ、半分泣きながら再会を約束し。
そんな普通の。
幸せな卒業式。
-----でも私はまだ教師業で通うので状況は全く変わらないのがまた泣ける。
卒業後、レオン様は正式に薬草園の管理業務の責任者になる。
ソニア様も一緒に事務を行う予定だ。
シーザー様は元気に剣を打っている。何とあの吸魔石の特性を持たせた剣を作り上げていた。さすがに石をそのまま剣には出来なかったようだが、ミスリルと組み合わせたとか。「好きこそ物の上手なれ」ってことか。私の魔術はこの吸魔石の剣を相手にしたら、多分押し負けるんじゃないだろうか。脅威だ。管理は徹底してもらいたい。
婚約の話などはまだ聞かない。でも一応伯爵家の跡取りのはずなんだけどな?
エド兄様はハルト兄様の補佐をするべく宰相について勉強している。以外にも文官系に才能があったようだ。マッチョのくせに。しかしクラリス嬢との仲は進展がない。エド兄様もヘタレ系と見た。クラリス嬢も男前だしな…… ちなみに今は正妃さまの護衛女性騎士団の隊長さんだ。ダリアが拘束されてから護衛騎士団は縮小されたって言うのもあるけどね。
ディーン様は、治療院の仕事をしつつ、何と騎士団の方にもスカウトされ、索敵を主とした探査魔術を磨いている。
そして明日。
卒業式の翌日にセシル様と結婚式だ。お二人とも17歳。
かなり早い気はするが、セシル様ならやると思っていたのであまり驚いてはいない。
この世界では結婚するのに成人を待ったりはあまりしないようだ。
当日。
セシル様は綺麗だった。
本当に笑顔が輝くんだ。
ディーン様は何となく相変わらずな感じだけど、とっても幸せそう。
私はセシル様から直接ブーケを貰った。
---だけど私の結婚式って、何時なんでしょう??
そして、グレイシア様が成人された卒業後、二年目。
春の社交シーズン開始と共に結婚式を盛大に行うことが決まった。
そして何と、ついでに私達の式も挙げてもらうことになった。
うん、兄様のお式の陰でこっそり挙式するんだ。
あんまり派手なのは兄様とグレイシア様におまかせしましょう。
卒業して、私は教師として学園に通いながら、魔法陣の研究も続けている。
ロディは騎士団の仕事が本格的に忙しくなってきて何時も一緒にいるわけにはいかなくなった。
でも、変わらずに朝の食事はみんなで取っている。
「兄様、お式の準備って私は何をしたらいいんでしょうか?」
式まであとひと月、という段階で聞いてみた。あまりにも、その話が出ないのだ。
そうしたら兄様は
「式の日からしばらくは学園を休めるよう手配しておきなさい」
と、それだけしか言わなかった。
----私は何もしなくていいのでしょうか?
「でも兄様。式を挙げたら正妃宮にいるわけにもいきませんし…… 城下に引っ越しできそうな物件を探しに行ったり…」
「リディア? 屋敷なら既に完成しているぞ」
「は?」
屋敷?完成??
「兄様……?」
「お前、何処に住むつもりだったんだ?」
と、兄様がやや呆れたように言います。
「それは--- まぁ、王宮と学園に近いところに狭くても良いので家を借りようかな―と」
「「「は?!」」」
正妃さまとエド兄様も一緒にすごい勢いで振り向いた。
「お前を市井の家に住まわせる訳にいくか!きちんと屋敷を建てた。お前は何も心配することはない」
ロディと二人で顔を見合わせる。
「それにロディ。王女を貰うことになるからな。公爵に陞爵だ。金の心配はするな。使用人もある程度そろえている」
「え、あ、でも陛下----」
「ロディも式の前後に休暇を取れるよう調整しておけ」
「はい、それは大丈夫ですけど……」
「それ以外の心配はするな。全て私とグレイシアがやっておく。お前たちにやらせたら二度手間だ」
----兄様何だかひどくないですか。
結婚式は、いくら干物とはいえ女性の夢なのですよ。
「あの、兄様。ホントに、兄様の陰でこっそり式を上げる感じでお願いしますね」
「-----それで済むと思っているのか、命の女神。それに紅竜の主」
「ダメですかー…」
「お姫、一日の我慢です。頑張りましょう」
そう言って笑うロディに見惚れてしまう。
ああ、駄目だ駄目だ。
最近特にダメだ。
ロディの笑顔なんて、生まれてきてからずっと見てきたのに。
こんなにダメダメになる。
「うん。一日の我慢… だよね」
結婚式が「我慢」というのも悲しい気がしますが。
それからしばらく二人とも忙しくて、ゆっくり話が出来なかったけど、やっとゆっくり話が出来たのは二週間もたった頃だった。
もう夕食も済んでゆっくりと早春の薔薇の咲く庭園で散歩する。
あー、なんだか幸せだなぁ。
だけど、気になることも多いのです。
「ねぇロディ。結婚式ってこんなものなのかな?」
「うーん、少なくとも一般的ではないと思おいますが……」
「だよねぇ。……少なくともドレスとかは選びたかったかなぁ」
「でもお姫が選んだらシンプル系になるんじゃないですか?」
「そうだよ。私の好み知ってるでしょう?」
「だからじゃないですか?お姫に選ばせなかったの」
「------ってことは」
「やっぱりそう言うことでしょうね、命の女神様」
「やーめーてー!!」
衣装については諦めるしかなさそうだ。
「お屋敷の話は知ってた?」
「いえ全然」
「これも普通じゃないよね」
「普通じゃないですね」
「しかも屋敷って何?屋敷って。----私はロディと一緒に小さくても家を借りたいかなと思ってたのに」
「お姫…… さすがに城下に家を借りるのは俺でも無理だと思います。主に防犯面で」
「そーかー」
「俺は騎士団の家族用宿舎でも良いかなって---」
「あ、それでいいじゃん」
「でもお屋敷なんですね------」
「しかも二人とも見たこともないって、無いよね」
「場所も分かりません」
ロディもそんな遠い目をしても、もう無駄だと思うよー
しかも招待客はハルト兄様の招待客がメインなので各国の重鎮が集まる。
国内外に広く宣伝しているのが怖い。
しかしそのおかげで城下町は大賑わいだ。
大きなお祭りになる。
人が集まる。
お祝いのお祭り----
それはなんだか幸せなことだ。
「ねぇお姫。陛下がして下さるお式の後でも、何時でも良いんですが二人で静かに式挙げませんか?」
「え?二回目?」
「二回目って言うか、仕切り直し?」
「二人で?」
「二人で」
「うん…… 嬉しい」
「じゃ約束です」
「うん。約束」
そう言ったロディは私の眼をじっと見ていた。
その距離が近くなる-------
唇に、何か触れた。
「おやすみなさい、お姫」
気がついたら自室の前だった。
今の何?
今の-----
きっと今の私の顔は見せられない位赤いに違いない。
結婚式まで、後2週間。
いきなり干物にこの仕打ちはないと思うの……(真っ赤)




