36.戴冠
結果。
風邪をひきました。
まぁ、そうだよねー。
外は雪が降ってるのにこんなカッコで寝てたら風邪も引くよねー。
でも気温管理用の魔道具も使ってたんだけどなぁ……
「疲れが出たのだろう。ここに着くまで大変だったのだろう?」
と、兄様が私の額に手を当てて熱を確かめている。
「結構熱いのではないか? セシル嬢の魔法陣は使えないのか?」
「さすがに病気対応用のまでは持ってきていないと思いますし、疲れだったらさすがに治癒魔術では治りません…… すみません兄様。私の事は気にせず先に帰国してください。あまり国を空けるわけにもいかないでしょうし--- それに兄様は早く帰って戴冠式を行わなくては」
「お前がいないのに戴冠式をするのか? ---何とかならないものか……」
そう言ってくださるのは嬉しいのですが、こればっかりはどうしようもありません……
「兄様、私が今馬車に乗ったら、何度休憩を貰わないといけないか分かりません。それにローゼス軍もいつまでもここに駐留させておくわけにも--- 私は体調が戻り次第ばーちゃんで帰ります。ロディが残ってくれたらそれで良いです」
「まぁ、お前がその方が良いなら…… ふむ、むしろ二人きりの方が都合が良いのか?」
「兄様…… さすがに今ロディに言ったら、熱のせいにされてしまいそうです。オンディーナに帰ってからにします」
「そうか--- しかしそうするとロディも戴冠式には出ない事になるのだな?」
「そうですね。……ロディと戴冠式に何か関係が?」
「ああ、今回の戦の功績の高い物への褒美の発表も一緒にしてしまおうと思っていたのだ」
「それにロディが?」
「ああ、お前を実質取り返したのも、ドラゴンを駆って攻撃のタイミングを見極めたのもロディだ。王宮から逃げ出したダリアを、ドラゴンで捕らえたのもロディだった。どう考えても今回の一番の功労者だ」
「----そうですか--- では仕方ないですね…… ロディの代わりの護衛を誰か----」
「いや!必要ない!!必要は無いぞ!!ロディはここに、お前の側にいればよい」
兄様…… そんなに慌てなくてもその位で泣きませんよー
「でもロディの御褒美…」
「褒美は出す!公表もする。しかし本人が居る必要はない」
「本当に良いのですか?」
「良い。---おそらくロディの方が離れるとは言わないだろう」
「だと良いんですけど……」
そんなやり取りの後、兄様とローゼス軍はレオダニスを後にした。
後のことはアシス陛下にお願いして行ったらしい。
その日から私のいる宿は騎士団の護衛が山ほど付くようになり、帰って息苦しい。
これはこれで困ったものだ。
「こんなに護衛いらないと思うんですけどね」
とロディ。
うん。私もそう思うよ。
でもアシス陛下にしてみたら、ここでもし私に何かあったらレオダニスの国は世界地図から消える。それは間違いない。なので必死なのだろう。
「そう言えばダリアは?戦の時は居なかったよね?」
「まぁ、戦場に出てくる貴婦人はあまりいないでしょう。王宮から逃げだした来た時に捕まえたんですが、宝石を山ほど抱えて早く走れないと言う無様なものでしたよ。今は地下牢にいます。ただ、元第一王子とは違って、オンディーナに帰ってからの処分になるでしょうね。----お姫、何か考えてます?」
「ううん、全然。---確かに小さい頃からの恨みはあるのよ。でも-----」
「でも?」
「でも---- でも、ロディが見つけてくれた」
「うーん、お姫が優しいのは知っています。でもそれとこれとは別ですよね。----俺は彼女を許すことは、出来ないです」
「ロディ、何だか最近怒ってること多いね?」
「俺の大事な人を蔑にされて、怒らなかったら騎士どころか男失格です」
ロディの大事な人。
そう言われて、顔が赤くなる。
ちなみに今ダリアはローゼスに護送中だ。
私がされていたように、薄い下女のお仕着せを着て裸足のまま囚人のように鎖につながれ馬車の荷台に転がされているそうだ。
いや、そこまでしなくても… と思わなくもないが、ロディが非常に怒っており、そう言うことになったらしい。ホントにこんなに怒ってるところは始めてみたよ。静かに、でもものすごく怒るんだね。
ローゼス軍が帰国してから数日はベットから動けなかったが、少しずつ体力も戻ってきて動けるようになっていった。その間、ロディはずっと付いていてくれたが、何となく甘い雰囲気にはならなかった。
うーん、このままでは帰国したらセシル様に何を言われるか----
「お姫、どうしたの? 最近何だか元気ないよね?」
----鋭い。何でこんな時は鋭いんだ。
「まだ疲れが残ってるだけだよ。でももうだいぶ良いし。そろそろばーちゃんに乗れるかな?」
「まぁ、もう戴冠式の準備も進んでいるでしょうから、帰れれば陛下は喜ぶでしょうけど。でもまだ食事は一人前食べられないし、歩くとふらつくし…… そこまで消耗するまで魔術使うの控えましょうね」
うーむ、実はコントロールが利かなかったとは言えないな。
あのメテオ。実はもうあの時魔力が切れなかったら止まらなかったかも、とか……
危険物取り扱い注意な感じですねー
「少しくらい、ふらついたってばーちゃんは私達を落とさないと思うよ」
「まぁそうですね--- 確かに療養するにしても、ここよりオンディーナの方が良いでしょうし…… 明日には帰るますか」
「うん!嬉しい!」
「じゃ、今日は早く寝てくださいね」
「はーい」
あーやっと帰れるー
なんだかんだで、10日以上オンディーナを出ている。
あの荷台の行軍も含めてだが。
----荷台と言えばダリアはどうしているのだろう。
きっと行軍の間中騒いでいたかもなぁ……
無駄に騎士団の人たちに迷惑をかけてしまった。
兄様に処分をどうするか考えておけって言われてたんだよね。ホントにどうしよう。
そんなことを考えながら、眠りに着いた。
ロディが隣の部屋にいる。それはとても安心のできる環境だった。
オンディーナに帰ることをアシス陛下に御挨拶申し上げ、帰国しようとしたらせめて手土産を――と、いろいろ持たされそうになったがこれから復興しなければならない国に負担はかけられない。
しかも責任の半分位は私だ。(いや、王宮破壊の責任は全部私か)
しかも帰りはドラゴンなので、と丁重にお断りした。
アシス陛下からは大層謝罪と感謝をされ、こんな立場でなければ求婚したかったとまで言われてしまった。
カイ殿下といい… 王族というのはこんな干物のどこが良いんだ。
しかも求婚してほしい人からは全く持ってそんな雰囲気にはならないし。
はぁ。
ばーちゃんは喜んで私たちを乗せてオンディーナへ飛んでくれた。
行きに苦しい思いをして超えた砦は2時間もかからずに超えて、あっという間にオンディーナへ着いた。王宮の中庭に降りたばーちゃんをみんなが迎えに出てきてくれる。
「間にあったな」
「兄様!」
数日ぶりに見るハルト兄様は、しっかり「国王陛下」だった。
「もう戴冠式終わっちゃいました?」
「いや、今日の正午を予定している。リディア、体調はどうだ?」
それでそんなにしっかりした正装なんだー
「あ、私は大丈夫……」
「まだ食事量が安定しません。歩くとふらつきがあります」
隣からロディが兄様にチクリました。そんなこと言ったら式典に出してもらえないじゃないですか―。
「そうか…… どうするリディア、無理をする必要はない。部屋で休むか」
「いいえ!兄様の戴冠式です。ぜひ出席させて下さいませ」
「-----無理はせずに大人しく座っているか?」
「さすがに兄様の式典で魔術をぶっ放したりしません」
「そう言う意味じゃない---- まぁいいだろう。今日はグレイシアは私と一緒に行動する。なのでセシル嬢たちと一緒にいると良い。ロディ、お前も正装に着替えて来い。今回の戦の賞罰も一緒にするぞ」
「え、俺も正装ですか?」
「今回の一番の功労者が何を言っている。さっさと着替えて来い」
「行ってらっしゃいロディ。みんなと一緒にいるし平気だから」
「はぁ…」
何だか納得行かない顔のロディが着替えに行った。
「それとリディア。北の塔に御隠居いただいた元陛下なのだが…… 母が仕方ないから面倒を見ようと言ってくれている。もう酒は飲ませない。治療が出来るか診てもらえるか。----母は元陛下とは幼馴染の様な物で、夫婦の愛ではないかもしれないが見捨てるには忍びないと言うのだ」
「分かりました。正妃さまのお言葉なら異存はありません。すぐにまいります」
「お前の体調の方を優先するんだぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
うーん、あの国王の治療かぁ。
真面目にする気がなかったから治療プラン考えてなかったんだよね。
癌の方は消したら多分それで終りで良いはず。
問題は肝硬変の方だよなー
細胞レベルで悪化した臓器って正常化できるのかな?
でもまぁ、癌を取り除けば痛みは治まるかなー
私はレオン様に連絡を取って、ケシの実を取り寄せた。
クリステル邸で栽培されており、何とレオン様はこの実から痛み止めが取れることを御存じだったのだ。そしてそれが危険な物であることも。
この国の医療レベルを、私は侮っていたのかもしれない。
元国王の状態を説明すると、痛み止めに精製して持ってきてくれると言うのだ。
なんて優秀な---
この国の人たちに関しては驚くことばかりだ。
レオン様ももちろん戴冠式には招待されている。
その時に持ってきて下さったので、すぐさま元国王に投与し、若干ふらふらしながらも元国王は引退を宣言することが出来た。
その後は兄様の戴冠式だ。
元国王が兄様の頭上に王冠を乗せる。
兄様は既に1年以上もこの国を支えてきた。
なので今さらかな―とも思っていたのだが、やっぱりこんなシーンは感動だよねー
もちろん私も参加しましたよ?
ドレスは一応、ということでマリアが仕立ててくれたので、ちゃんとそれを着て、飾ってますよ。
もちろんレオダニスの様なゴテゴテ系ではありませんが。
でも飾ったら動けなくなったので、式はすわってみているだけです。
グレイシア様は兄様の隣に立って、次期王妃として御立派な立ち振る舞いでした。
ちなみに結婚式はグレイシア様の成人を待って行うそうです。
外では派手に昼花火が上がっている。
どうやら、あまったエクスプロージョンを打ち上げていると見た。
そして無くなったらきっとまた作るのだ。今回の件で魔術塔が味をしめたようで生活魔術以外が向上しそうで物騒なことこの上ない。さっさと騎士団と連携した無難な物の研究に入ってほしい物である。
城下はお祭り騒ぎだと言うことだ。
それは当然だよね。
兄様の治世は安定を約束されたも同然だ。
今回の戦だって、なんとローゼス軍の死者はゼロだった。びっくり。
まぁ、装備には凝りましたもんねー
しかも兄様はちゃっかりレオダニスの港の使用権や漁業権などを貰ってきている。
きっとこの国はもっともっと発展する。
隣国との関係も、今は良好だ。
まぁ、ちょっと間抜けな妹のせいで、レオダニスの復興のお手伝いをしなきゃいけなくなっちゃったけど。
そんなことを考えていると、王冠を頂いた兄様がバルコニーに移動して民衆に挨拶をする。
式典会場の屋根にはばーちゃんが大きく翼を広げて新王を祝福するようにカッコつけているはずだ。
これはばーちゃんに頼んだら嬉々として屋根に上った。どうやら目立つのが好きらしい。兄様も「箔がつくな」と満更でもなさそうだった。
私は、同じく正装したロディに支えられながらハルト兄様の後ろの方で私も民衆に手を振る。
そうしたらハルト兄様に隣に来いと言われ前に出された。
私にこんなところ、緊張するじゃないですか!
そう思っていたら兄様は私の手を取り、
「皆も安心するが良い。我が国の守護神、命の女神はこの通り取り返した!これもみな我が国の騎士団・魔術師団の活躍である! 我が国は富に置いても軍備に置いても他国に負けるものはない! 私も皆が心穏やかに暮らしていけるよう心を砕こう!」
バルコニーでは拡声の魔術が使える魔術師が側に控えている。
兄様の声が響くとすっごい歓声がバルコニーを包む。
ラインハルト陛下万歳、の声が幾重にも聞こえる。
それに混ざって命の女神さま万歳という声も聞こえるが、ソレは無視だ。
バルコニーには薔薇の花弁が撒かれ、新王を祝福しているように見える。
兄様はグレイシア様と共に長い間民衆にこたえていた。
---私は立っていられなくなったので途中退場です。
不自然には見えなかったと思うけど大丈夫かな?
あー 元々式典系は苦手なところに、この体調不良。
だけど、さっき引っ込んだ元国王の治療だけはやってしまわなければ。
出来るかどうかも分からないけど。
そう思いながら一度正妃宮へ戻る。
この式典用の正装は医療行為向きではない。
簡単に冬用ワンピース風の衣装に着替えて、北の塔へ。今回はセシル様も一緒だ。さすがに妙なことは言わない。これでも時と場所を選んでいるらしい。
選んだところが敵国の本陣ってどんなよ。
そしてやって来た、北の塔は……
---隔離施設ですか?って感じのところ。
中は程ほどには快適かも。まぁ狭いけど。
そこに正妃さまが、ベットに横たわる元国王陛下に着き添っていらした。
「正妃さま----」
「ああ、リディア… ごめんなさいね。貴方にこんなことは頼むのは筋違いだとは思うのだけど……」
「いえ、構いません正妃さま。----だけど、私にも治せるかどうかは分からないのですけど---」
「リディアに治せないのであれば、それはこの人の運命でしょう。---無理はしない程度で構わないのでお願いしますね」
「分かりました」
私はセシル様と二人で元国王の腹部の状態を診る。
「殿下、これが『ガン』でしょうか」
「そう、この肝臓から十二指腸・胆嚢・膵頭部に掛ってるものが全部……」
「これを取ってしまうのですか?」
「そう。肝臓は正常であれば再生能力の高い臓器、ガンが残らない様に取ってしまって問題ない。だけど血管の多い臓器なので出血に注意して--- 胆嚢は取ってしまっても問題はないから。十二指腸は慎重にそれに続く腸管につないで--- これが難しいのだけれど、膵頭部を切除したら膵液が漏れないように処置をしながら、すぐに膵臓の正常細胞を再生させて---」
「すご…い……、 まだ私には無理です----」
「すぐにセシル様にも出来るようになりますよ」
セシル様は、真剣な顔でうなずいた。
処置が全て終わって、簡易麻酔を覚ます。
「まだ動いてはいけませんよ。しばらくは安静です。食事も2日は水だけにして下さい。痛み止めは飲んでも構いません--- 良く効かれたでしょう?」
「うむ--- 本当に治るとは思わなかった----」
「まだ治ってはいませんよ。治療には数年かかると申しましたでしょう? 少しずつ正常な状態に戻さなければ、肝硬変は治りません。数日ごとに様子を診に参りますので安静に過ごされてくださいませ」
----治るだけでもすごい事なんだけどね。
「リディアルナ---」
「はい」
今度は何だ? 消化管をいじってるから酒なんてもってのほかだぞ!
「------すまなかった」
「!?!----あ、え------?」
脳転移?! 転移が脳まで行ったか?!
「リディア、本当にありがとう。----もっと早く、こうしておけば良かった。側室などに遠慮していたらこの始末---」
「ロゼット---お前にも本当に申し訳ないことを---」
「そう思うんならリディアの言うことを良く聞いて、早く体を治してください」
「そうですね。1年も治療すれば温泉地に旅行に行ける程度にはなるのではないででょうか?」
「まぁ温泉地に?」
と、正妃さまが嬉しそうに言う。
「お前とそんな旅行はしたことがなかったな----」
「ええ、そうですね」
「これからがあるなら、そんな生活も悪くない----」
しみじみと元国王が話すのを正妃さまが聞いておられる。
気がつくとセシル様が私の袖を引っ張っていた。
「殿下、ここはお二人にして差し上げましょう」
と一緒に来たの塔を出た。
ホントにこう言う雰囲気を察するのが天才的だ。
「殿下体調はどうですか?正妃宮まで戻ります?」
「うーん、まだ戴冠式終わってないよね。戦の賞罰もやるって言ってたし……」
「じゃ行きましょうか。きっとロディさん褒められますよ」
「そうだね」
広間に戻ると、兄様は玉座に坐していらした。
その両脇に宰相閣下と騎士団長・魔術師団長が立つ。
うわぁ、この絵だけでもかっこいいなぁ。
広間には騎士団員・魔術師団員を始め主たる貴族が揃っている。
なかなかの人数だ。
私は邪魔にならなそうな隅っこに椅子を用意してもらって見いていた。
「では、これから此度の戦における賞罰の発表を行う」
宰相閣下の声が響いた。
やれやれひと安心……
兄様立派だったなぁv
乙女ゲーム、もう良いんじゃないの?




