35.戦後処理
目が覚めたら、もう真っ暗だった。
開戦は夜明けだった。一度目が覚めたのは何時頃だったんだろう……?
天幕の中は魔道具で温められていて寒くはないし、弱い明りが灯されている。
咽が乾いたな…
そう思って体を起こすと、起こした瞬間天井が回って盛大にめまいを起こしクッションに逆戻りした。
魔力切れの影響はなかなか治らないのかなぁ?
でも体の痛みはだいぶ引いている。あれは筋肉痛だったの?
うーん、地味にショックかも。まぁいつも魔術塔に籠ってて運動なんてしないからな―。
諦めて身体の力を抜いて、横を向くと水の入った瓶とコップが置いてあった。
----侍女なんて連れてきてないだろうから、ロディなんだろうなぁ。
ちょっと嬉しくなって手を伸ばして瓶を取る。
ゆっくりゆっくり身体を少し起こして、コップ一杯の水を飲んだだけで落ち着いた。
兄様達はどうしただろう。
レオダニスの第二第三王子は無事だったんだろうか?
何しろ王宮ごと焼け野原にしちゃったらしいからなぁ……
師匠…… こう言う魔術だって知ってて使えって言ったのかな?
ここまで無差別広範囲魔術だったとは…
ぶっつけ本番はやめましょうて話だなー。
うーんまだだるいー
でも少しおなか減ったかなー
何で誰もいないんだろう… まぁ、寝てる人間につき添えるほどみんな暇じゃないよね、きっと。
ちょっと拗ねてみていると、天幕が開いてロディが入ってきた。
「あ、お姫起きた?ちょうど良かった。陛下が王都の宿屋を接収したんだ。そこに移動するよ」
「宿屋を?」
「うん、一時的にだけどね。仮の政務機関が必要でしょう?」
それは、私が王宮を焼け野原にしてしまったからでしょうか。
それ以外ありませんね。
「うう、ごめんなさい……」
「何謝ってるの? 王宮でも王都でも焼き払っちゃえばよかったのに」
「ロディ?!」
「お姫を誘拐したあげく婚儀? しかも噂によるとラインハルト陛下の前でお姫の婚儀をしようとしたとか―― そんな国の王宮焼き払って何が悪いんですか」
うーん、ロディが起こってる。珍しい。
「じゃお姫、移動するから上着を着て?」
「え?その、仮の政務機関に私が行くの?」
「うんそう。---あれはきちんと地下牢につないであるから安心して。第二王子と、その母君の側室様が会いたいんだって。----でもお姫が嫌なら会わなくて良いって陛下が言ってたけどどうする?」
---ロディは兄様のことを自然に陛下って呼んでることにも違和感があるなぁ。
元陛下は生きているんだろうか。
「うん、第二王子は第一王子の敵方だったんだよね。会うよ」
そう言ってセシル様が着せてくれたゴテゴテ系のドレスの上に毛皮の上着を着る。
……あったかいけど、暖かいことは良いんだけど。これは早急にローゼスから服持ってこないと動きにくくて堪らない。ドレスのあちこちについているゴテゴテした飾りを取っちゃう。
「ああ、だいぶ良くなりましたね。それだったら普通にローゼスのドレスに毛皮をあしらった位ですよ」
「ホント、良かったぁ。じゃぁ行こっか」
「はい」
---ロディは自然な動作で、はい、と両手を差し出した。-----?
「……?」
「お姫まだ歩けないでしょう?」
「や、もうだいぶ寝たし、歩けるんじゃないかな?」
「じゃ、試してみる?力が入らなかったら俺の方に倒れてね」
「うん……」
天幕の簡易式の寝床はベットと言うほど高さはなく、結局私は立ち上がることさえ出来なかった。
「だから言ったのに……」
「ごめん、いっつも迷惑かけて」
はい、私はお姫様だっこの最中です。
そして天幕を出たら、隣の天幕の陰からセシル嬢がこぶしを握って「やれ!」とばかりに振っています。
何がやれだ!このカッコだけでいっぱいいっぱいだ!!
「この位、俺の迷惑にならないってしってるでしょう?」
とロディは人の気も知らずに、優しい顔でそんなことを言う
私はあわてて下を向いた。
今きっと真っ赤だ。
「あ、そうだ。ロディ私にイージスのペンダント……」
「ああ、あの魔術塔でね。役に立ったみたいだね」
「うん、すごく役にたったの。…ありがと。-----でもね、あの時私---抱きしめられって思って、ちょっと、びっくりしたけど…嬉しくて…」
今度はロディは驚いた顔してる。
「お姫------ それは、間違いじゃないですよ」
間違いじゃない---- それじゃホントに抱きしめてくれたの----?
しばらく顔を赤くしたままロディに運んでもらっていた。
……そう言えばこの距離なら馬車があるんじゃないの?
「接収した宿屋には、カイ殿下もお待ちです。そして、その政務機関に接収した宿屋の近くにローゼス軍が接収した宿があるのでそこでお姫は今日は泊ってください」
「分かった…… ロディは?」
「俺も行きますよ。俺の仕事はお姫の護衛ですから----- 大事な時に役になたない護衛で---本当に申し訳ありません」
「ロディが謝ることじゃないよ! どっちかって言えば私がうかつだった。魔術を封じられることが出来るなんて思ったこともなかった。私に勝てる相手なんていないと思ってた---- ごめんなさい、ロディ。心配かけて---」
「お姫が謝ることでもないでしょう?」
「じゃこの話は終わり。ロディもそれでいい?」
「じゃぁそうしましょう。----もう離れませんからね」
「うん。絶対だよ」
あ、これ良いタイミングじゃない?
言う?
言っちゃう?
ええい、決めたんなら頑張れ私!
「あ、あそこですよ、代理政府」
「あ、もう着いたのね……」
-----やっぱり天は干物に冷たい。
政府機関として接収したと言う宿屋は立派なものだった。
日本で言うところの五つ星ホテルという感じなんだろうなぁ。
中央の階段をロディに抱かれたまま登り、立派な扉の前に来る。
「あ、シーザー様」
「殿下、御無事で何よりでございました」
「お姫の足枷、シーザー様が取ってくれたんですよ」
「え?シーザー様あれをどうやって?!」
「いや、お恥ずかしい。こんなところまでノミと槌を持って来ておりまして。それがオリハルコンのかけらで自分が作ったものだったのでつい持ってきてしまったのですが、殿下の足枷の吸魔石を割るのに調度よかったのです」
「そ、そうですか。ありがとうございます。本気で鍛冶屋に転職しないでくださいね」
「いやぁ、とりあえずこの吸魔石でも剣を打てないか帰ったら研究をしてみようかと----」
「あー… 頑張って下さい、ね?」
本気でやる気だ。
鍛冶屋になってしまう前に手を打たなければ。
ノックをして中に入る。
中にはハルト兄様、それに若い騎士姿の――多分この人が第二王子。その第二王子の後ろにシンプルなドレスの綺麗な貴婦人――側室様だろうな。……って言うか、あるじゃんこの国にも、シンプルなドレス。-----セシル様、何処まで確信犯なんですか。
「リディア、体調が戻らないのにすまないな」
とハルト兄様。私は兄様の隣のソファに降ろしてもらいながら言う。
「ちょっと力が入らないだけです。もう大丈夫ですよ」
「---まだ顔色が悪い。もう少し大事にしろ。----それで、こちらがレオダニスの第二王子殿下と母君だ」
そう紹介された、プラチナブロンドと色素の薄い青い瞳の王子様は膝をついて騎士の礼を取った。
----これって、忠誠を使う相手にする礼じゃなかったっけ?
「御紹介にあずかりました、第二王子のアシス・レオダニスでございます」
そう言って私の手を取ろうとしたら、ハルト兄様が私の手を抑えた。
「まずはリディアに許しを請うことが最初だろう」
「兄様、第二王子様からは別に何もされませんでしたし……」
「アレを野放しにした時点で謝罪の必要があるだろう」
「兄様--- 第二王子殿下…、アシス様?第一王子とダリアのことを私は許すつもりはありません。でもその他のレオダニスの方々に謝っていただく必要はないと考えております。---お立ちください」
「姫君--- 」
「何と慈悲深い--- 姫君、わたくしはローラ・ノルディアと申します。国王陛下の側室でございました。発言をお許しください」
そう言って兄様の方を見ると、兄様は何も言わずに頷いた。
「今回の姫君を拐かした罪は許されるものではありません。でもどうか、わたくしの首でお許し下さるのであれば、二人の王子たちは----」
「第一王子とダリア以外の首は必要ありません。それに第一王子にしてもこの国の法で裁かれるべきだと思います。---兄様、レオダニスはそのあたりの法整備はどうなっているのか御存じですか?」
「----お前はそう言うだろうと思って調べておいたのだが、この国は絶対王政の期間が長く、国王の判断が基準になっているようだな」
「ではまず法の整備から始めなくてはいけないんですか?」
「それまではさすがに待てん。国王の判断が基準となるのであれば、次の国王が判断するしかないだろう---アシス、お前が次期国王で間違いないのだな」
「----あ、まだ、国王陛下の生存確認が出来ておらず----」
「リディアの魔術で身罷られたのではないのか?」
「その確認が取れないのです。……恥ずかしながら、開戦時には王宮に居られなかったという者がおりまして」
「戦場は第一王子が指揮を取っていました。国王と思しき人はお見かけしませんでしたけど…?」
ん?どういうことだ?
「おそらく--- 貴軍の進軍を前に、離宮なり安全な場所に移られたとしか----今第三王子、ラクスを筆頭に動ける騎士たちが探しております。ラクスの不在をお許しください」
うん。さすがだレオダニス。さすがあの第一王子の父。ぶれない一族だ。
「息子の暴走を止めることも叶わず、さらに開戦前に最高責任者が逃げ出したと言うのか?!」
あ、兄様怒ってる。
まぁ、誰だって怒るよね。ありえねー
レオダニスの王子と側室様は項垂れておいでだ。さすがに気の毒…… 世の中正直者が苦労する――ことになっちゃいけないよね。
「兄様、もうその方はこの国の最高責任者ではありませんわ。戦時に居られないなどあり得ません。ここに居られる方こそ、この国の最高責任者ではないでしょうか」
「その通りだリディア。----アシス、お前に選択権をやる。お前が国王となりこの国の復興を成すか、我が国の一領土となりその領主となるか--- 前者であれば、復興の手伝いくらいはしてやれるだろう。しかしきちんと憲法を作り立憲君主国となせ。後者であれば、我が国の主導で復興を行おう。---何しろ王宮も保管してあった戸籍などすべての書類を灰にしたのは我が妹だからな。多少は手助けもしよう」
兄様---それは嫌味ですか? …でもやっぱりやりすぎだったよね…
「その件については本当に申し訳ありませんでした----」
と謝った時、すごい勢いで第二王子殿下と側室様に止められた。
「王女殿下に少しの非もありません! 全て悪いのは我が兄でございます、なにとぞその様なことは思わずに---」
「その通りでございます。王女殿下は本当に噂に聞いた通り寛大なお方---- でも今回の件は全てこの国に非がございます」
二人にすがるように言われ、ちょっと困ったな―と思っていたら、急に扉が開いた。
「ラインハルト陛下、見つけたぞ」
それは村人にしか見えない姿をした老人を連れたカイ殿下だった。
「陛下!」
「父上!」
「カイ殿下! お久しぶりです」
私は兄様の隣で笑顔であいさつした。
「リディアルナ殿下、今回は大変なことになっていたと聞く。お身体は大丈夫だろうか---」
カイ殿下は国王を放り出して私のところへ来た。
「まだ少し魔力不足で身体の力が入りにくいのですが、傷一つありません。カイ殿下、すごい海軍でしたね。素晴らしいです。ローゼス軍は随分助けられたと思います。ありがとうございます」
「なに、姫の危機と聞いて協力の一つも出来なくては求婚した者として失格だからな」
「えーと、殿下その求婚はお断りしたと思ったのですが……」
「姫はまだ幼い。まだまだ私の良さを分かってもらう時間はあると思っている」
「そこの二人、場を考えろ。アシス、それが国王で間違いないか」
「はい、間違いなくノアール・レオダニス国王陛下でございます」
「わ、ワシはそのようなものでは---」
「ないと言うか」
兄様、すごく眼が怖い。
きっと逃げ出した国王が許せないんだろうな…
「アシス、ソレは国王ではないそうだ。不審者として牢にでも入れておけ。そしてお前の戴冠をする。ブルーローゼス国王の名で後ろ盾になってやる」
おー、兄様の後ろ盾ならもう安心ですね、この国は。
「そこまでしていただくわけには…… 」
と、側妃様。御本人は茫然としておいでだ。
「この国の膿を出せ。一から作り直すんだ。-----やるか」
「-----はい。はい、やらせていただきます!」
兄様は満足そうにうなずいた。
「その老人を牢へ。生き残った官僚を集めよ」
アシス殿下――いやもう陛下だね。指示を出し始める。
王宮への退避勧告は功を奏したようで、ほとんどの人が逃げ出すことが出来たそうだ。----ほっとした。
「後は任せる---- その老人と元第一王子の処置については報告せよ。戴冠式には出席するので連絡するように。文句があるものがあれば私の名を出してかまわない。---これで大丈夫か?」
「はい。陛下に恥ずかしくない国を作って見せます!」
若い国王は、はっきりした声で言った。
この国はもう大丈夫だね。
でも兄様すごいなぁ--- あのアシス殿下より兄様の方が年下なんだよね。
そんな感じには少しも見えない。
カリスマ? オーラ? そんなのが出てる感じ。
「では話しは終わりましたね。この後夕食でもどうですか?姫」
とカイ殿下が私の手を取る。
でも次の瞬間ロディが私を抱きあげた。
「カイ殿下、申し訳ありませんが姫はまだご自分で歩くこともできません。ローゼス軍で接収した宿に戻らせていただきます」
「また君か--- 護衛騎士と言っても姫を束縛しすぎではないのか?」
「カイ殿下、ホントにまだ具合が悪いんです… 宿に戻らせて下さいませ」
ちょっと弱っているように言うと、カイ殿下は無理は言わなかった。
ホント、基本的にはいい人なんだよねー…
でも求婚には応じられません。すみません。
ロディに抱かれたまま、接収したと言う宿に着く。
ベットに降ろされて、やっと一息。
あーまだ座ってるのもキツイわ。
「大丈夫ですかお姫? ホントに顔色がまだ良くないですね」
「うーん、魔力不足は仕方ないよねー 寝ないと治らないから。とりあえず寝るわ」
「その前に食事です。お姫何日食べてないんですか?随分軽くなりましたよ?」
!? 最近頻繁に抱きあげられてたから体重がばれてる!!
「ま、前はそんなに重かった---??」
「何を言ってるんですか、お姫が重いはずないでしょう。しっかり食べてください」
いやいや、そう言われてもここで食べられる乙女は少ないのでは---
はっ 何だか干物が治ってきている感じがする!
「殿下― 夕食ですよ。ロディさんと一緒に食べてくださいね」
そう言ってセシル嬢がワゴンを押して来た。
何故このタイミング!?
今度は何をたくらんでる?
「ロディさん、なるべく消化のよさそうな物を作ってもらったので、良く冷まして食べさせてあげてくださいね」
今度は「あーん」か!!
「ロディ、私起きられるよ。大丈夫一人で食べ…… --------あー、もし時間があったらオネガイシマス」
睨まれた!! 思いっきり睨まれた!
「時間は大丈夫だけど、お姫どうしたの?」
貴方の後ろに鬼が居るんです--- とは言えず、そのまま食べさせてもらうはめになった。
「それとこの仔も」
と、睨むのをやめたセシル様がばーちゃんを私のベットに置いてくれた。
「ばーちゃん!」
思わず抱きしめる。
「みゅーみゅーみゅー」
ばーちゃんも嬉しいのかすりすりしてくる。撫でて撫でてと腹を出す。
お前そのカッコはやめなさい。
「ばーちゃんは大活躍だったんですよ」
「みゅ!」
と、誇らしげに胸を張るばーちゃん。可愛い。
「じゃ殿下、食べ終わった頃夜着を持ってきますね」
「あ、ごめんねセシル様。何だか侍女みたいなことさせちゃって」
「いえいえ、こんな時こそ何時もの恩を返させて下さい」
笑って部屋を出て行った令嬢はさっき睨んできた人と同一人物には見えない。
うん、やっぱり最強は彼女だ。
「お姫、ばーちゃんとじゃれるのは後にして食べちゃいましょう。はい」
そう言ってスプーンを出してくれるロディ。
何とかして― この羞恥プレイいつまで続くのーーー!
「ごめんもういいや」
三分の一くらい食べて、ホントにギブアップ。
確かに自分で食べてたら二口で止めてたかも。
まだその位、食欲がない。って言うかだるい。キツイ。
「じゃぁ、セシル様に夜着を持ってきてもらいましょうね」
とロディはワゴンを押して外に出る。
器用にもロディは私を食べさせつつ、自分の分もしっかり食べていた。
はー。
何時になったら国に帰れるかなぁ。
って言うか、まず馬車に乗れるようにならないと帰れないのか。
じゃぁまだ何日かかかるかもなー
「殿下、夜着を持ってきましたよ、もう着替えて休みましょう」
そう言ってセシル様が出してきたのは―――― 少なくとも私の中では夜着ではなかった。
「何それ! 何でそんなに透けてるの?薄いの?! そんなの着て寝たら風邪ひくって」
「何を言ってるんですか、ロディさんが一緒に寝てくれたら寒くありませんよ。殿下、ここは攻めないと!」
「何をさせる気だ----!!」
「何って、ナニに決まって---」
「出てけ---!!」
油断も隙もない---
「どうしたんですか?喧嘩でもした---- -------お姫、その夜着、着るの?」
「着ない!これを着る着ないで言いあってただけ……」
「セシル様の趣味ですかね…」
ロディ、そんなのマジマジと見ないで…
「--------ロディ、そう言うの、---好き?」
「俺がこれを着たら変態です」
……………。
違うっ そうじゃない!!
進展がないのは私のせいだけじゃないと思うぞ、絶対!!
「まぁ、そうよね…… ね、ロディ申し訳ないんだけどまたシャツを貸してもらっても良いかな?さすがにこれじゃ…」
「風邪引きそうですね。---でも俺のシャツだけでも風邪ひくかも?」
「室温調節の魔道具があったでしょう?大丈夫よ」
「じゃ、シャツ持ってきますね」
------彼シャツ再び。
ああ、早くオンディーナに帰りたい。
もしかすると、セシル様はダリアより強敵かもしれません!




