33.開戦
馬車は休むことなく走り続け、三日かかると言われた街道を二日でたどり着いた。
レオダニス王都、ブリガドーン。
長く雪に閉ざされる冬の国。
私は馬車の揺れと寒さでふらふらだったが、白い石が近くにないだけで砦への道のりに比べれば随分楽だった。ザーラさんに感謝だ。
しかし、この後---- いったいどうなるんだろう。
諦めるつもりなんてもちろんない。
兄様やロディはきっと助けに来てくれる。
でも、その前に婚儀に入ってしまったら---?
「王女サマ、ブリガドーンへようこそ。今兄上に御紹介いたしますわ」
「ダリア様--- あの砦への攻撃をご覧になったでしょう。ローゼス軍には勝てません。今のうちに私を開放して降伏してください」
「ほほほ、なにをおっしゃるかと思えば。姫がここにいる限りラインハルトが攻撃できるはずがないではありませんか。それにもう、ローゼス軍はオンディーナへ引き返しているはずですよ。リシャールの戴冠を阻止するために」
「リシャール殿下が一時的に戴冠したとしても、ついてくる貴族が居るはずありません。すぐに国は立ち行かなくなるでしょう。-----そうなれば一番困るのは国民です。」
「王女サマ、-----わたくしはローゼスの国民などどうなってもよいのですよ。まぁ、リシャールの治世を支えられる程度生きていれば、見せしめに町や村の一つや二つ、焼き払ってもよいと思っています。何しろローゼスの民は、こんな下賤の姫を崇めている愚か者の集まり。ラインハルトなどを賢王と呼ぶ、周りの見えないクズの集まり。わたくしやリシャールがどんな思いで暮らしていたか分かりますか?」
「リシャール殿下だって、もっと社交界に出られて貴族と交流を持って行けば国の要職にだって---」
「要職ではだめなのです。あの子は王にふさわしい--- しかもラインハルトの下になど付けるわけがないではありませんか。-----後宮では正妃がわたくしのドレス代にまで口を出し、宝石一つ買うのに陛下におねだりしなければならないような不自由な生活はもうまっぴら。リシャールが王になり、税率をもっともっと上げれば買いたいものが買える。ローゼスは民に自由を与え過ぎています。民など、生かさず殺さず位にしておかねば反逆を起こされますわよ?」
「ローゼスの民が反逆を起こした歴史はありません。それは国が領地持ちの貴族を管理し。貴族がそれぞれの領地を良く治めているためですわ---- 決して民から富を搾り取る為ではありません」
「綺麗事をおっしゃる。この雪をご覧になってもそう言いますか?言えますか?この何も出来ない冬の間、民を遊ばせていては何時反乱がおきるか分からないのですよ」
「雪で閉ざされるなら尚更です。税をあげれば冬の間、民はどうやって暮らすのですか?!税をあげるのではなく、何故冬の間に出来る仕事を作らないのですか?! 銀嶺も冬は厳しいと聞きます。でもあの国は冬の間、家で魔道具を作るのです。その技術を国家が民に教え、収入を上げているのですわ」
「本当に小賢しい---- でも---では、やって見せてくださいませ王女サマ。いえ、正妃さま」
目が笑っていないのに、口元は大きく笑う--- アルカイックスマイル。
ぞっとした。
こうまで考え方が違うものなのか----
これは転生者とかの問題ではない。ハルト兄様は私と同じ考えだった。
では---為政者としての姿勢の問題か?
では第一王子と言う人もダリア妃と同じ考えなのだろうか---
どちらにしろ、この人の兄だ。碌な人じゃないだろう。
「お付きになったようだな、我が花嫁殿」
盛大に冷や汗が流れた瞬間だった。
恐る恐る振り返ると、確かにダリア妃に似ている---それでもかなり立ても横も大きそうだ。
「リディアルナ殿下、ようこそ。雪の中の移動はさぞやお疲れであろう。ゆっくり休まれるが良い。殿下のために特別に部屋を用意してある、御案内申し上げよう花嫁殿」
「い、いえ、結構です。侍女を呼んでいただければ---」
「そう言わずに、さぁどうぞ」
と、馬車の扉…というか荷台の壁と言うか---を降ろし、私に手を差し伸べる。
そうされても、歩けないんだけどね。
「兄上。足首にアレを付けております。手の方は何かの魔道具が---」
「ふむ、では歩けないのではないか?」
「吸魔石を持てば歩かせることも可能でしたわ」
「では、抱かせていただこうか」
びくっと身じろぎして後ずさる。抱き上げられてたまるもんか!
「魔道具のせいか、それもかないませんでした。我が国の魔道師を呼んで何とかなれば良いのですが」
「---では、しばらくの辛抱か。ローゼス軍が進軍してくれば人質には事欠くまい。姫君はお優しいようだ。お国の軍を攻撃されたくなければ、自ら魔道具をはずして下さるだろう」
脅しじゃんそれ。えげつないなー まぁダリア妃の兄だしな。
「では、吸魔石だけお持ちしよう姫君」
そう言って吸魔石と鎖を持ってくれる。確かにそうすれば歩けることは歩けるはず…… だけど、歩こうとした瞬間、膝から崩れた。
「姫には早めに魔道具をはずした方が良いのではないか?」
「いいえ、大丈夫です。お気づかいなく!」
意地でも自分で立ってやる。
なんとか、馬車?に体重をかけて立ち上がる。
そのままやっと歩いた。何とか歩けた。
レオダニスの王宮は、何だか豪勢だった。
そうか。ダリア妃の趣味の悪さはここからきているのか。
ダリア妃的にはアレが普通なんだ。
国民性って怖いなー
やっとやっと歩いて、辿り着いたのはやっぱりと言うかなんというか---
うん。がっつり地下牢。
「ここに私をつなぐと?」
「姫君の魔術の噂は耳に入っているのでな。油断はしたくない」
そう言って背を押された。
「あっ---」
ただでさえ力の入らない身体が、石畳に倒れる。
その石畳は、例の吸魔石だった。
「これは-----」
「姫君のために特別に作らせた。お気に召しただろうか」
「私、この量の吸魔石に触れていますと、持って数日くらいかと思いますが」
「なに、婚儀は明日だ。数日持つなら構わないな」
そして部屋の中央に足から伸びた鎖を固定した。
これで私はこの部屋から出られない。
いよいよやばいか---
「ではゆっくり休まれよ」
と、御丁寧に扉に鍵をかけて出て行った。
-------どーしよう-------
詰みましたかね?
これはもう詰んだね。
兄様は王都に帰った。
多分ロディも一緒だろう。---一緒じゃなくてもこれはどうしようもない。
しかも私は数日もすれば身動きが取れないほど消耗する。
持っているのはミスリルの剣。
あ! それとこの、ミスリルの花!
これで、何とか魔術が使えないかな?
花は指輪の一輪とブレスレットに--- これ、いくつついてるんだろう?
レオン様、ありがとうございます。
でもこれは温存できればしたい。
何としても一矢報いるのだ。
--------寒い。
当たり前かもしれないけど、地下室には窓は無い。
今の時間が分からない。
婚儀は明日って言ってたけど、後何時間くらいだろう。
時間がたてば兄様が来てくれる確率は上がる。
でも私が身動きできなくなっていく。
きっとこれは、ゲーム補正で間違いないのだろう。
実際私は地下牢で鎖につながれ身動きが取れない状態だ。
ゲームの「奴隷落ちエンド」で間違いないのかな。
----でも、きっとゲームはエンドマークを入れたらそこで終わりだ。
だけど私達はこの世界に生きている。
諦めちゃいけない。
最強になるって決めた。
最強になるって決めたんだ。
師匠が魔術塔を出る時に教えてくれた呪文。
一字一句間違いなく覚えている。
今の私にアレが制御できるか?
発動できるか?
やるしかない。
やるしかないんだ。
ここで40男の嫁になんてなるもんか。
----------帰れたら、言おう。
セシル様に散々言えって言われてたこと。
好きな人に、好きって言うんだ。
ああ、こんな時にならないと決心できないなんて、私はここまでヘタレだったか。
--------次に会ったら、すぐ言うんだ。
ん?これって死亡フラグじゃん?
恋愛フラグは全然立たないのに死亡フラグだけは立つってどんなよ。
まぁいいや。
こんな時じゃなきゃ気がつかなかったかもしれないし。
-----それにしても寒い。指先から動かなくなっていく。
気温のせい? 吸魔石のせい?
そう言えば、何で私にイージスが自動発動するんだろう。
吸魔石はしっかり私の足首についている。
私自身が発動できるはずがない。
やっと思いで左手を見る。
ミスリルの花の指輪とブレスレット。
---これは関係ないわよね---?
背中のベルトのミスリルの剣。
これにそんな仕掛けを施した覚えは無い。
じゃぁ一体---?
そう思って身動きをした時、シャラッと首もとにチェーンネックレスの音がした。
-------?
首もとに手をやると、ネックレスがかかっている。
その先には---- 青い魔宝石のイージス。
これは、ロディの胸にあるはずの-----
魔術塔で、一瞬だけ抱きしめられたと思った時のことを思い出す。
アレは抱きしめてくれたんじゃなくって、これを私に掛けてくれたの?
抱きしめてくれたんじゃなかったの?!
---------心使いは嬉しい。実際かなり助けられた。
なのにこのがっかり感は何だろう------
うぅ、せっかくの決意がしぼんでしまいそうです。
いやいや、生きるか死ぬかって時にそんな理由で落ち込んだらだめだろう。
しかも戦争になんかなったら、一大事だ。
----いや既に一大事。
砦だけでかなりの死者が出たのではないだろうか。
このまま行けば首都決戦だ。
いくら王族がアレでも国民に罪は無い。
少なくとも首都決戦は避けなければ。
ということは、兄様を待っていたらダメってことか。
兄様はきっと王都ごと焦土と化すまでやると言ったらやる。
喧嘩を売ったのはレオダニスだ。
レオダニス軍はもう、仕方ないと思ってもらおう。
でも、民間人はダメだ。
元日本人としてそこは譲れない。
-----最善策は、私がさっさとここを脱出して兄様と合流すること。
イージスのペンダントがあれば、もしかしたら何とかなるのかもしれない。
逃げたって、レオダニス軍は手出しが出来ない訳だしね。
そして可能ならローゼス軍を待ちかまえているはずのレオダニス軍、そこに攻撃魔法をぶっこむ。
よし。
そんな感じで。
私は動かない身体を、無理に動かして腰にあるミスリルの短剣を抜いた。
そして指輪の花の、花びら一枚分の魔力を短剣に込める。
何度か足首の吸魔石に向かって短剣をふるったが、私の力が足りないのか吸魔石自体が硬いのか傷もつかない。
仕方なくそれをつないでいる鎖に短剣を思いっきり振り下ろしてみた。
バキッと小さな音がして鎖にひびが入る。
-----切れる。
何度か短剣を振るうと鎖は何とか切ることが出来た。
次はこの部屋から出ること。
扉の鍵は、ミスリルの花びらの二枚目で開けた。
もう一枚、花びらを使って体力を回復させる。
万全にはほど遠いが、歩ける程度にはなった。
牢の外には当然見張りがいる。
私は4枚目の花びらを使って見張りの兵を全て眠らせた。
そうして外に出ると、もうすぐ夜明けが来る時間帯だ。
急がないと、私が逃げたのがばれる。
でも歩いて逃げても、稼げる距離なんてたかが知れている。
あぁ、ロディに甘えて後ろに乗せてもらってばっかりいないで、自分で馬に乗る練習をしておけばよかった。
こうなったら仕方無い。
----馬車ジャックか?
その辺を走っている馬車を止めて、短剣で脅して----
ダメだ。その時点で力負けして軍に突き出されちゃう。
ならもう、ぶっつけ本番で馬に乗ってみる?
その方が成功率は高そうだな。
ここは王宮。
ならば必ず馬屋もあるはず。
あー… でも私はまだこの段階でも新年のパーティドレスのままだ。
いい加減レースは解れて、雪や泥で汚れてきったなくなっているが、少なくも乗馬に向いた服装ではない。
幸い少し歩いたら馬屋が見えた。
そこにも兵士が結構いたけど、これもミスリルの花びらで眠らせる。花びらはあと半分。
そして、既に鞍がついていて、尚且つ小型で乗りやすそうな馬を選ぶ。
やっぱりドレスじゃ乗馬は無理だよね。
私は短剣でドレスのサイドをざっくり切って、その小型の馬にまたがった。
-----片足がしっかり見えてしまう淑女にあるまじき姿です。
や、もう戦争とか言ってる時点で淑女の出番ないし。
とにかく、見かけよりも優先すべきものがある。
私はそのまま馬屋を出て南に向かって馬を走らせた。
そのまま王宮の門を強行突破する。
もちろん目撃者は眠らせた。これで6枚目。
南に向かう街道---
多分ローゼス軍が来るならこの街道だ。砦から脱出した街道だから除雪がされている。
馬は、私の思う方向とはちょっと違う方に向かったりしながらだけど、何とかなっている。
このまま行こうと、そう思って南へ向かって丘を登る。
丘の上に着くころには日は完全に登っていた。
丘の上で、ふと街を振り返る。
雪深い、北の国。
そしてその向こうの海に視線を上げると------
大小合わせて数十隻の船が王都を囲むように配置されている。
-------これは、何?
ローゼス軍は海軍は持って来ていない。
ローゼス軍の軍港は南の港だ。大陸の反対側になる。
どういうこと-----?
「そこまでだ姫君」
----------!!
見つかった。
「来ないでください」
私は馬から降りて、周りを見る。
盾になりそうなものは何もない。
しかも、第一王子が声をかけてきたのは、私の向かっていた南への街道。
ここに陣を敷いていたのか―――
見つかって当たり前じゃん。
うん。だけど諦めない。
そう決めた。
「随分御大層な海軍ですわね。ローゼス海軍は出ては来ませんわよ」
そう言うと、第一王子は大層忌々しそうに顔をしかめただけだった。
------?
レオダニス海軍じゃないの?
それとも第二王子の軍とか?
そうだ、この国は後継ぎ問題の真っ最中。
私が逃げ込むのは第二王子のところでもよかったんだ。
「花嫁自ら御出でになったのだ。もう少しでラインハルトがやってくる。目の前で挙式と行こうか」
「御冗談を! 兄様が来て下さるのであれば、私は早々にお暇いたします。国民に被害が出ないうちに降伏されてくださいませ。兄様はやると言ったらとことんやりますわよ」
「それは気が合いそうだな。私もやると言ったらやる。婚儀から逃げられると思うな」
「そう…ですの。つまり、その状況判断の甘さが立太子されなかった理由ではないのですか?」
「お前に言われることではない!!」
あ、地雷だったか。
まぁそうだよね。
『レオダニス第一王子ライナー・レオダニスに告ぐ。今直ぐに我が王女リディアルナを解放せよ。リディアルナの解放が確認されなければ王都は焦土となると心得よ』
兄様!!
ローゼス軍がすぐそこにいる。
「来い!」
第一王子が私に手を伸ばすが、バチッとイージスが反応する。
-----ロディ。
第一王子は舌打ちをして、拡声用の魔道具(うちの魔道具の3倍くらいデカイ)で反論を始めた。
『ブルーローゼス軍ラインハルトに告ぐ。既に王都オンディーナは我が甥、リシャールが王権を取り戴冠の準備をしているだろう。今直ぐ軍をひき王都に戻ることをお勧めする』
『リディアルナの解放は出来ないと言う返答で間違いないか』
『聞こえないのか? オンディーナは既にわが手にある!!』
『繰り返す。リディアルナの解放は無いのだな』
第一王子が再度舌打ちをする。
「何故あんなに冷静なのだ--- リシャールなど眼中にないと言うのか」
第一王子の注意が私から逸れた。
その瞬間、私は7枚目の花びらを使って叫んだ。
『兄様、私はここです!レオダニス軍の後方の丘におります!』
『リディア、すぐ行く。待っていろ------全軍攻撃開始!!』
日の出より30分。
ブルーローゼス軍5万。レオダニス軍12万。
---------開戦。
…………さすがに今回はふざけた文句も言えないよなー




