29.婚儀
学園は冬休みに入った。
私は予定通り、魔術塔に籠っている。
セシル嬢の家、ジャスミン伯爵家は領地持ちの貴族なので家族は領地に帰っているが、彼女は残って私の手伝いをしてくれる。
創った魔法陣を、私に見せてくれるのだが、もう直すところもないくらいのレベルだ。
恐ろしいほどの上達ぶりである。
あ、王宮内に彼女の部屋はしっかりと確保しました。……ハルト兄様が。
ディーン様は、何とあの6畳の大きさだった高度治癒魔法陣を1m四方にまで縮小に成功している。
こっちも恐ろしい才能だ。
これで、通常の治癒魔法陣だけでなく、高度治癒魔法陣も民間に降ろせる。
病巣探査の魔法陣も、完成間近だ。
薬草園の準備も整ってきていて。病気対応の魔法陣各種も出来つつある。
ここで、残る問題は、この世界に「病院」と言うものがないのである。
ちょっと前までは治癒魔法師がいる所に、家族が呼びに行って家にいる怪我人に治癒魔法師が治癒魔法をかける、という仕組みだった。
それが最近、私が治癒魔法陣を創り、治癒魔術師でなくても魔力持ちなら怪我の治療が出来るようになった。この結果、道具屋に家族が治癒魔法陣を買いに行って、魔力持ちを家に連れてくる、と言うのが一般的になっているようだ。
しかし、今度の病巣探査・各疾患にあわせた治癒魔法陣の使用となると、それなりに教育をした「魔力のある医師」が必要になってくるのだ。
こればかりは時間をかけないと進まないかもしれない。
兄様に相談して、来年度から選択教科に「医学」を入れてもらうことを考えてみたいと思っている。
セシル嬢には理解できた。
ならば他にも理解できる人がきっといるはず。
しばらくは、王宮の魔術塔の近くに臨時の治療施設を作らないといけないかもしれないな。
そこで、私かセシル嬢、またはディーン様が治療に当たる。
そんな事をしながら、医療を覚えたいという希望のある人を最初は助手として仕事を覚えてもらいながら、探査・治癒魔法陣を使える人を増やしていこう。
まぁ、実際は治療施設はディーン様とセシル嬢に任せることになるかもね。
選択教科に「医学」が入るなら、私は教える側で学園に通わないといけない。
壮大だなぁ、と思う。
でも同時にここまで来た、とも思う。
1年ちょっと前、グレイシア様と会う前は、こうなったら良いな、という思いしかなかった。
でも、-----若干乙女ゲームとやらのせいでいろいろあったけど、アレがなかったらここまで進まなかったとも思う。
グレイシア様のサポートのおかげで、こんな優秀な人材に会えた。
その人たちと、協力し合えるようになれた。
そう考えると乙女ゲームも悪くなかったかもしれない。
そんなことをぐちゃぐちゃ考えながら、今度はウイルス感染(全身用)の魔法陣を創っていた時だった。
「お姫、起きてる?」
「ロディ、どうしたの?」
「どうしたじゃないでしょう、昨日言ったはずですよね。今日は新年祝賀パーティですって」
「あー… そんなこともあったかなぁ」
最近はもうホント、締め切り前の漫画家よろしく書くだけ書いて力尽きたら寝る、みたいな不健康極まりない生活をしている。---いや、ホントに漫画家さんの生活を知ってるわけじゃないけど。
「そろそろ支度をはじめないと間に合いませんよ。---セシル様は?」
「力尽きてる。セシル様の御両親は領地だし良いんじゃないの?」
「いえ、ディーン様が出席されると聞いてドレスを新調したそうです。お姫起こしてきてください」
「------さすがだなセシル様」
正妃宮に帰る途中、私の自室に近い位置にセシル嬢の自室を貰った。
「セシル様―― そろそろお支度を……------ごめん!!」
------中にはディーン様の腕の中にいるセシル嬢がいた。
うわ---うわーーーー 次にあう時どんな顔して会えば良いんだ!
とりあえず正妃宮までダッシュで逃げ帰った。
「ロディ、ロディロディ----!!」
「ど、どうしたんですかお姫、そんなに真っ赤になって------あ。」
「ロディが悪い!」
「……ラブシーンに行きあたっちゃったんですね。あのお二人だし、婚約者同士だし別に……」
「ロディが悪い!!」
「はいはい、俺が悪いです。だから早く着替えて着てください」
あーもう、どうしよう。この真っ赤な顔、お化粧で隠れるかな?
ドレスはグレイシア様が見立ててくださったと言う、豪華なものだった。
薄いブルーの上に白い豪奢なレースが重なり、その中を銀の糸で雪の結晶を象った刺繍がされている。
私の髪も自然に流して、白い雪の結晶を象った髪留めでまとめた比較的楽な姿だった。
……グレイシア様、修羅場のわたしを気遣ってくださったのでしょうか?
それと、色合いと雰囲気が似ていたので、レオン様にいただいたミスリルの花の指輪をつけてみた。
うん、綺麗。白とか銀のドレスの時は活躍しそうですねー
「お姫、準備できた? あ、今日は雪の精霊だね」
と、ロディがいつもの騎士の正装で現れる。
「----ロディは紅竜の主様の恰好じゃないんだ?」
「俺にあの甲冑でダンスを踊れと」
「……そうね、ダンスは無理か」
何となくロディに八つ当たりだ。でもこの恥ずかしいのをどうすればいいんだーーー!
とりあえず、ディーン様とセシル嬢の件は見なかったことにしよう。うん。
新年の祝賀パーティと言っても、王都にいる貴族は多くないので、そこまでの規模ではない。
ロディのエスコートで会場に入ると、既にハルト兄様はグレイシア様と歓談中でした。
「ごきげんようハルト兄様、グレイシア様」
「ごきげんようリディアルナ様、ロディ。リディアルナ様、良くお似合いですわ」
「ありがとうございます、グレイシア様。グレイシア様がお見立て下さったとか」
「ああ、私が選ぶより遥かに良いだろう」
と、兄様。やっぱりドレスを選んだりは出来なかったんですね。
グレイシア様は、今日は明るいオレンジにたくさんの花をあしらい、裾に行くほど重なったレースの美しいデザインです。黒髪は完全にアップにして、髪にも花飾りがたくさんついています。
「グレイシア様のドレスも素敵ですね。早春の女神ですか?」
「それはもう殿下に言っていただきました」
……それは御馳走様でした。
エド兄様も出席はしている。クラリス嬢はやはり騎士の正装だ。こっちはこっちでどうなってるんだこのカップル。
レオン様もソニア嬢をエスコートしておいでになっている。
ディーン様達もいますね。とりあえず今は無視しましょう。…何だか気まずい……
シーザー様……は、仕事だって言ってましたね?騎士団はまだ忙しいらしいです。
今回は特に王族用の席も用意のない、ホントただの新年会って感じ。
一応、国王の一言があって、音楽が鳴り始めるはず……?
挨拶に壇上に上がった国王は、周りを見渡すと長々としゃべり始めた。
--------?
この国の歴史がどうの、魔法金属の発見で空前の好景気がどうの。
そのうち、話が隣国のレオダニス王国の話になってきた。
レオダニス王国はダリア妃の生国で、現国王はダリア妃の父に当たる。
王子は三人いて、正妃の息子はダリア妃の兄が一人。後の二人は側室の子らしい。しかも国王が既に御年68歳。にもかかわらず、王太子を決めていないのだ。王太子として公表しないと、正式に次期国王とは認められない。
ちなみにうちのハルト兄様は5歳で立太子の儀を行い王太子として認められている。
レオダニス王国第一王子サマ。実に40歳。
ここまで立太子されていないとなると、資質に問題があるのではないかと諸外国は思うよね。
実際にレオダニス王国では次期国王の座を巡って国が二分してしまっているらしい。ここは下手したら内乱だ。早急に次期国王を決めなければならない。
そこまでは、多分うちの国民なら大方知っている事情だ。
レオダニス王国からはダリア妃が後宮に入っているし、縁のない国ではない。
しかし。
次の国王のセリフを予想した者は誰ひとりいなかったのではないだろうか。
「我が国としては、ダリアの兄が国王となれば国交も安定し、国益にかなう。そのため、王女リディアルナを第一王子ライナー・レオダニスの正妃として婚儀を行うものとする!」
---------はっ????
こ、婚儀----- って、婚儀、つまり結婚。
第一王子…… 40歳の人と結婚………
「お待ちください!」
「反対は許さん、ラインハルト」
「いいえ国王陛下。王女リディアルナは、既にただの王女ではありません。我が国の最大戦力にして希代の魔術師です。リディアルナを他国に出すなどあり得ません」
「無礼ながら、発言をお許しください国王陛下。魔術師団長のロックウェルでございます。リディアルナ殿下は我が魔術師団最高の戦力であり、かつ最高の魔法陣技術者です。殿下の作成されている治癒魔法陣の力は陛下もよくご存じのはずです!」
「私からも発言をお許しください。騎士団長のマクミランでございます。現在騎士団はリディアルナ殿下の探し当てた魔法金属で続々と武器が作られ、尚且つそれには殿下の創られた魔法陣でその武器の威力の増強や防御力の増強が図られております。リディアルナ殿下は我が国の比類なき宝! どうぞお考えなおしていただきたい!」
「では私からもお願いいたします、宰相のクリステルでございます。リディアルナ殿下のここ最近のご活躍を一部だけでも御紹介させて下さいませ。まず、人工栽培の不可能だった薬草の栽培の成功と、その薬草園の全国展開の準備。ミスリル鉱山・オリハルコン鉱山の発見。ドラゴンの捕獲。治癒魔法陣の開発。守護魔法陣や隠密行動用の魔法陣の開発。さらには現在、病を治すことのできる魔法陣を開発中で学園の休み明けまでには出来あがる予定だと伺っております。陛下、このような人材を他国に渡すと言われるのでしょうか」
「反論は許さんと言ったはずだ。魔法陣の研究なら嫁いでからでも可能であろう。その娘は私の血をひいてはおらぬ。他国とはいえ正妃として迎えると言っておるのだ。ありがたい話ではないか」
「陛下、血筋の件は自国の最大戦力を他国に渡す理由にはなりません。どうか考え直していただきたい!」
「ラインハルト、わが軍は一人の魔術師がおらぬだけで弱体化するのか。変更は無い」
「しかし、陛下。万が一にもレオダニスが敵にまわった場合リディアルナ一人にわが軍は壊滅状態にさせられるでしょう。それほどにリディアルナの魔術は強大なのです」
「ダリアの兄が王位に就くのだ。その様な心配は無用のこと。むしろ、いざ事が起こった場合レオダニスの戦力も当てにできるであろう。----リディアルナ、異論は無いな。今日からダリアの部屋でレオダニス王国のことを学ぶように」
「--------ぁ、---」
「王女殿下は我が兄上に嫁ぐことを、それ程までにお厭いか?」
「妾妃どの、リディアルナの婚儀は認めません。第一まだリディアルナは14歳、成人にもならないうちに、婚約だけならまだしも婚儀など有り得ない」
「しかし、それでは我が兄上が世継ぎの座に就くのが遅れ、妾腹の王子殿下が王位を継いでしまってからでは、この国との関係も悪くはならぬかの?」
「貴女の兄が、国王の座に着いたら、この国との関係は良くなるのでしょうか、ダリア殿」
「王太子殿下、それはどういう意味か聞いてもよいか?」
「貴女が最近、外出が多いことは門番の記録からも明らかです。しかもレオダニス側の国境は食料や武器などの搬入が極端に増えている様子---- 何をお考えか聞かせてもらい」
「ラインハルト、軍備の話とは別の話ではないか。リディアルナの婚儀はレオダニスへの街道の雪解けを待って3月とする!これは決定である。以上だ」
「陛下!!」
ハルト兄様が国王を追いかけて広間を出る。
私は…… 私、は、王女リディアルナは、他国との婚姻による関係を持つために王家に残された。
コレハ、ハジメカラキマッタコト。
「リディアルナ様、何を呆けているのですか、一度ここを出るのです。ロディ!」
グレイシア様に腕を掴まれてロディに体ごと押される。
「お姫、一旦出るよ」
そう言ってロディは私を抱えあげ、廊下を走った。
「ここなら、一般の人は入れないと思うけど……」
と、ロディが連れて来てくれたのは、魔術塔の研究室だった。
確かにここには国家機密が保管してある。
「お姫、-----お姫?」
「あ、うん。ちょっと、急だったからびっくりして---」
「びっくり、だけじゃないでしょ。お姫、ここにてね。絶対に出たらだめだよ。ラインハルト殿下たちと話してくる。少し長くなるかもしれない」
「-------分かっ…た」
「お姫-----」
ロディが、また私の頬を拭う。
私、泣いてた?
変だな。こんなことになることは、分かっていたことなのに。
「-----お姫」
そおっと、壊れ物を包むかのように、一瞬ロディが私を---- 抱きしめた。
「ここにいてね。------守るから」
それだけ言って研究室を出る。
ロディ--- 今の---
「みゅー?」
「あ、ばーちゃん……」
パーティの間、お留守番していてもらったんだ。
「みゅ―みゅ―」
何だか盛んに何かを訴える。私に何があったのか聞いてるのかな?
「ばーちゃん、私ね。お隣の国にお嫁に行くんだって--------」
自分でそう言ったら、ぽろぽろ涙が出てきた。
「ばーちゃんとも、お別れかもっ----」
「みゃ!!みっ!!」
「でもね、初めから、それは決まっていたことで-----」
「みゅっ、み―――――」
「ばーちゃん、私、この国にいたいよ---」
「み―――!!!」
ぽろぽろぽろぽろ、涙が止まらない。
せっかく書いた魔法陣が涙で滲んでいく。
それでも止まらない。
「み―――――――!!!」
ばーちゃんの鳴き声を聞きながら、私は静かに泣いた。
あれ?
なんで?
なんで乙女ゲームの攻略対象以外との婚儀の話になってるんだ??
え?、これもしかしてゲーム補正?
奴隷落ちじゃなく他国へ嫁ぐことになるってこと?!
あんまりだ------!!




