28.疑惑
さみしい。
さみしい。
かあさま、どこにいったの?
会いたいです。
お腹がすいたのです。
まりあ。
ロディ。
ここにいたら、ご飯はだれもくれない。
それは分かっている。
でも、それよりさみしい。
ロディ。
ロディ。
どうしてリディをおいていったの?
「お姫! お姫起きて! どうしたの?」
「------ロディ………?」
「うん。俺だけど。……どうしたんだ?」
そう言って頬を拭ってくれる。どうやら泣いていたらしい。
「ちょっと、夢を見たみたい---?」
「何の?」
「うーん…… さみしい夢? よく覚えてないや」
「昔の夢じゃない?」
「分かんないって」
「-------お姫、ダリア様に散々やられたじゃん。久しぶりに会っちゃったから、思い出したのかって……」
---そうだ。アレはダリア妃の差し金だった。
母様が他界してしばらくは乳母のマリアと後宮の片隅で暮らしていたけれど、ダリア妃の命令でマリアを別の貴族の侍女に連れて行かれたことがあった。
確か3歳位。
私は一人で---
後宮を迷うように歩いて。
あの時ロディに会わなかったら、死んでいたかもしれない。
良くロディはあのボロボロの私をリディアルナだと分かったものだ。
「大丈夫だよ、私そんなに単純じゃないし」
そう笑って見せるが、どうやら私は単純だったらしい。
「お姫、もうダリア様におびえなくても良いんだからね。もう、一人じゃないんだからね」
「うん。分かってる。---ありがと、ロディ」
「目の赤いのが治ったら朝食だよ。先に食べててもらうからゆっくりおいで」
そう言って寝室を出て行った。
そっか、もう朝だ。
夜寝るのが遅かったから、あんな変な夢見たのかな?
ずっと夢見ていたことに手が届きそうな今、あんな縁起の悪い夢なんか見て。
セシル嬢は王宮の客間に寝ているはず。
このまま修羅場が続きそうなら、王宮にセシル嬢の部屋をもらわないと…
あぁまだ眠い……
だめだ、だめだ。
今日こそはシーザー様を捕まえるのだ。
朝食をみんなで済ませ、学園は自主休校にして城下の鍛冶屋まで行く。
セシル嬢はディーン様が学園まで送ってくれることになった。
ディーン様は何と、あのまま徹夜でいろいろやってくれたらしい。
「もう数日待って下さいね!」
と、力強く言われた時は、誰だこいつ、と今更ながら思ってしまった。
「ディーン様、本当に別人ですね」
と、ロディが呆れたように言う。
「うん。何だか頼もしくさえ見えるから不思議。やればできる人だったんだろうなぁ」
「ですね。セシル様とも良い感じですし」
「うんうん、セシル嬢の愛の勝利だね」
「まぁ、あの状況のディーン様を更生させたんですから、相当の愛だったんでしょうねぇ」
「実際セシル嬢も優秀だしね。もうすっかり私がいなくても魔法陣書けるよ」
「それはすごい」
そんな話をしていたら、城下町の中心近くまで馬車が進む。
「この辺?」
「もう少し奥ですね。工房の方ですから。店はこの辺です」
そこからは歩いて奥まで進む。
すると、カンカンと、金属を打つ独特の音が聞こえてきた。
「ここですね」
「すみません、何方かいらっしゃいますかー?」
しばらく待つが返事は無い。
「入ってみましょうか?」
とロディ。良いの?
確かに工房のドアは開けっぱなしだ。
しかもこの音では呼ぶ声など聞こえないかもしれない。
そう思って失礼にならないか心配しながらそろそろ入ると、中はすごい熱気だった。
「うわっ……熱…い」
「うーんこれは--- お姫、気分悪くなったらすぐ言ってね」
私達が中に入ってもだれも見向きもしない。
私の頭上のばーちゃんにすら反応しない。
それだけ忙しいのだろう。国中の鍛冶屋がデスマーチだって言ってたっけ。
私のせいではないはず。うん絶対。
……でも、何だか頭上のばーちゃんがうずうずしている感じです。やはり火がたくさんあるところは、本能がうずくのでしょうか?
「ああ、いました。……打ってますね、剣」
「打ってますね。剣」
奥にはお目当てのシーザー様はいらっしゃった。
手には槌というんでしょうか? 剣を打つ道具を勢いよく振り下ろしています。
「シーザー様!!」
聞こえていませんね。
「シーザー様!!」
と、今度はロディが叫んで肩を揺さぶる。
さすがに気がついたのか振り向いて、驚いたようにこっちを見た。
「殿下!それにロディ。どうされたのですか、こんなところまで」
「ええ、少しお話があったのですが、お忙しそうですね」
「ああ、ダイランが剣を打っているのを見たら自分でも打ってみたくなって---」
「それは良いのですが、このまま鍛冶屋に転職したりされないで下さいね」
「ははは、それは大丈夫だ。それで殿下、今日はどのような--- その前に場所を変えましょうか」
「ええ是非」
ここで話していたら私は声が嗄れてしまいます。
工房近くの、喫茶の様なお茶が飲める所へシーザー様は案内して下さった。
「それで殿下。今日はどうされたのです?」
「例の剣の強化の話です。シーザー様がちょうど鍛冶屋におられると言うことだったので、剣を打つ時にこの魔法陣をなるべく剣先に彫り込むことは可能でしょうか?」
と、工夫に工夫を重ね、最小化した重力魔法陣を見せる。
「これを剣先に--- 親方に相談しなくてはいけないが出来ない事は無いと思う。殿下のおかげで鍛冶屋は大忙しだが、このオリハルコンなら、少々の刻印を施しても強度に影響は出ないはずだ」
「ではお願いしますね。それとこれが鎧用のイージスです。それと言っておきますが、鍛冶屋が忙しいのは私のせいではないです」
と、これも最小化に成功したイージスの図案を渡す。
「鎧なら刻印も可能と思ったのですが、無理なら魔術塔へスクロールの製作を依頼して下さい。話は通してあります。---魔術塔はここほど忙しくは無いですし」
そう言うと三人で笑った。
魔術塔が忙しかったのは、城内のイージスを書き換える時くらいなものだ。
「それと、騎士団の都合のいい時に魔術塔を訪ねていただいたら、いつでも話し合いに応じると言うことでした。……一部、生活魔道具の製作に飽きた魔術師が、爆裂魔法を込めた矢を一生懸命作ってます。とんでもない物を作り出す前に一度、話に行って下さったらありがたいです……」
魔術塔は、警察機能を持つ騎士団に比べ、戦闘面での活躍が全くない。なので生活魔道具の仕事がほとんどだったんだ。
でも、いざ戦争になったらどうするつもりなんでしょうね。
「わ、分かった。早急に一度伺おう。……爆裂魔法を矢に込めたのか……」
「止めるなら早い方がいいかと」
「うむ、ちょっと見てみたい気もするが、そんな危険物の管理は大変そうだな」
----見てみたいんだ。
シーザー様は良識派かと思ったが、案外そうでもないかもしれない。
「ではよろしくお願いいたしますね」
「分かった。早めに行くとしよう」
と、店の外でシーザー様と分かれたが、シーザー様は鍛冶屋の方に向かっている。
----いつまで剣を打っている気だろうか。
まぁ、オリハルコンは夢だって言ってたからなぁ。
もうすぐ冬休みになるし、しばらく好きにしていていただこう。
そんなことを思った瞬間だった。
「お姫!」
と、ロディが私を壁に押し付け、自分の体で隠すように抱きしめられた。
ばーちゃんも私とロディの間に挟まれているが大人しい。耳がピンっと立ってる。
「ロ、ロディ---?」
「静かに」
ロディの声が緊張している。こんな時はロディの指示に従う。
長く一緒にいるうちに身についたルール。
通りを歩いている人にはきっと、恋人同士が抱き合っているように見えるのだろう、冷やかすような声も聞こえるが、ロディが気配を探っている右手側には大きめの馬車が通っているだけだ。
何があった----?
ロディもイージスのペンダントをしている。奇襲攻撃を恐れる必要はない。
「もう良いですよ。……あ、すいませんでした。いきなり」
「ううん、ロディが理由もなくこんなことしないのは知ってるし、すごく緊張してるの分かったし…」
「さっき、6頭立ての馬車が通ったのを見ましたか?」
「えーと、大きめの馬車だなとは思ったけど…」
「中が、わずかですが見えたんです。----ダリア様でした」
「え?!」
あり得ない。
側室の宿下がりは、事実上の解雇と一緒のはずだ。親の葬式でもない限り外出なんて---
「ロディ、すぐ王宮へ帰ろう。ハルト兄様に伝えなきゃ。何だか変だよ。昨日の外回廊で会ったときだって変だった。側室が後宮を出るなんて有り得ない」
すぐに馬車を拾って王宮に帰る。
幸いハルト兄様にはすぐに会えた。
「ダリア妃が---城下にいた?」
「それだけではありません、昨日の夕刻には王宮の外回廊を堂々と歩いていたんです!」
「その時は俺も一緒にいました。間違いありません」
ハルト兄様は、しばらく考えるように手で口を覆うようにいしていた。
結構緊急事態だと思うんだ。
何しろ側妃とはいえ、隣国レオダニスの王女。
レオダニス現国王はダリア妃の父だったはずだ。
「分かった。陛下に確認の上対処する。二人とも、このことは忘れるように。---特にリディア」
「分かりました。……そんなに強調しなくても兄様の言うことは聞いてると思いますー」
「------ロディ、頼んだぞ」
「はい、もちろんです」
二人ともひどい!
「とは言ったけど、やっぱり気になると思わない?」
「----殿下の言われたこと、もう忘れたんですか?……確かに三歩以上は歩きましたけどね」
「鳥?鳥頭だって言いたいの?!」
ロディもひどい!
「ダメです。ラインハルト殿下がああ言った以上、お姫は動いてはいけません」
こうなったロディは梃子でも動かない。
「分かった……」
「殿下におまかせしたんですから、安心でしょうに」
「そうだね。兄様だもんね」
仕方ない。この件は丸投げだ。
「また今日も魔術塔ですか?」
「うん、病気を治す魔法陣、目処が立ちそうなの。冬休みは塔に籠るわ」
「なんだかさみしい新年ですね」
「パーティのごちそうだけ持ってきてね。待ってるから」
「王宮主催の夜会ですよ!出ないんですか?!」
「そんな暇ないし」
「はぁ。ドレスは仕立てておくって言ってましたけど…… グレイシア様が」
それは脅迫ですかロディさん。
「-------前日には声をかけて。さすがに少し寝ておくから」
「了解しました」
仕方なく、また魔術塔の研究室に籠って病気用の治癒魔法陣を創っていく。
今日は心筋梗塞・狭心症に心不全。それに弁膜症も一緒に作っちゃう。心臓系は全部治せないと、魔法陣の数は増える一方だ。
セシル嬢は学園が終わってから来てくれることになっている。なのでそれまで一人で作業だ。
一人で魔法陣を作るのなんて慣れた作業だったのに、最近はセシル嬢が一緒だったから何だか、さみしいな。
あ、ばーちゃんが居るよね。ごめんごめん。
うー、でもばーちゃんの気持ちよさそうな寝姿を見ていたら私も眠くなるー…
この、枕をして上を向いて寝てる姿をドラゴンの生態として記録するべきかどうかまだ悩んでいるところだ。まだ子供だからかなぁ……
ふぁ。 私も眠---
『なんて醜い灰色の髪』
繰り返される言葉。
『物語の灰かぶり姫でも、ここまで醜くは無かったであろう』
好きで汚れてなんかない。これでも雪の降る中精一杯水で体を拭いている。
『触れるな、下賤の身で妾の側に依るでない』
好きな時におもちゃにできないからって、かくれたら怒るくせに。それに側にいないと食べ物ももらえない---
『気味の悪い色の瞳じゃの、まるで魔物の徘徊する空のようじゃ』
気味が悪いなら側におかなければいいのに。私のやさしいひとを、みんなわたしから取り上げたくせに---
『下賤の者には、この程度が似合いであろう』
それは庭師が擦り切れるまで着た仕事着。でも、今の薄い半袖のままじゃ凍えてしまうので、そのごわごわになった仕事着を着た。マリアやロディが今のわたしを見ても気がつかないかもしれない。そのくらい、いまのわたしはよごれている---
『下賤の者、下賤の----』
「お姫!!」
「あ---- え?あれ?私寝てた?」
「寝てました。もう夕食の時間ですよ」
「あれ?セシル嬢は?」
「下のディーン様の研究室で一緒に魔法陣書いてました」
「あ----そっか。ディーン様にもいろいろ頼んで……」
と、ロディがまた私の頬を拭う。
「お姫、……俺もう、一緒に寝てあげられないんだよ」
「それはそう--- よね、分かってるわ。大丈夫よ」
「だから大丈夫じゃない時は、大丈夫なんて言わなくて良いんだって---」
「ちょっと----、ちょっと昔の夢を見ただけよ、本当に大丈夫」
「お姫…… 疲れてると悪い夢を見るっていうね。今日は早く寝よう」
「うん… でももうちょっと」
「だめ。それに夕食だって」
そう言うロディに立たされて、魔術塔を出る。
塔を出た時、一瞬体が震えた。
塔の中は安全だった。
後宮からあの人は出ては来られないのだから。
あの人の使いだって魔術塔までは入れない。
大丈夫、大丈夫。
ロディが一緒にいる。大丈夫。
兄様にちゃんと伝えてある。大丈夫。
------私は、あの人の呪縛から、まだ抜け出せていないんだ-----
今なら、何を言われたって負けはしない。
お情けで置いてもらっていたあの頃の私じゃない。
希代の魔術師。この国の最大戦力。
たかが側妃ごとき、私の敵ではない。
なのに何故今、あんな夢を見るんだろう----
昔は大変だったんだよねー
前世の記憶、戻るんだったら早く戻ってればあんなに苦労しなくて済んだのになぁ
あ、でもちょっとこの展開、乙女ゲームっぽくない?
あー まぁちょっと最大戦力だけどさ。




