27.変われる人、変われない人
薬草やミスリルの花の成功にすっかり気を良くした私は、次にディーン様に相談することにした。
ロディはやっぱり警戒が解けないが、以前よりは表情は硬くない。
ディーン様は、探査魔術の成果を認められて。今は何と魔術塔で研究をなさっているのだ。
本当はシーザー様に、騎士団と魔術塔との連携会議の件で先に会いたかったのだが、最近のシーザー様は城下の鍛冶屋ダイランのところに弟子入りの勢いで通っているらしい。よほど自分のオリハルコンの剣が楽しみなのだろう。小さい頃から通っていたって言ってたから顔見知りなのだろうし。……もちろんこのまま鍛冶屋になられても困るのだが。
まぁ、そう言うことでシ-ザー様は後回しだ。
そう思って学園の帰りに魔術塔に向かおうと、ロディと二人で王宮内の外回廊を歩いている時だった。
向こうから、ダリア様が侍女を連れて歩いてくる。
え?
え??
なんで?
なんで側室様が後宮から出てこんなところを歩いているの?
後宮に入った側妃は、簡単には外には出られない。ぶっちゃけ浮気の予防のためだ。国王以外の子を身ごもったら大惨事である。
しかも相変わらずゴテゴテと下品にしか見えない宝石を髪に飾り、ドレスも、これから何処のパーティですか?と言うような豪奢なものだ。でもやっぱり飾り過ぎて下品に見える…のは、私の感情が入っているからだろうか。
そうは思ったが、取りあえず失礼にあたらない様に通路を譲り、礼を取る。私は今日は学園の制服だ。この姿に文句はつけようがないはず。
しかし、今日は別に宮中行事は無かったはずだ。ホントに何故……??
そう思っていたら、頭上からダリア様が声をかけてきた。
「久しぶりですわね、王女サマ、お噂はいろいろお聞きしております」
「--------それは、お耳汚しでございました」
「東国の姫の病を治したとか。-----なのに何故、我が陛下の病の平癒がかなわぬ?」
「私の力不足でございます。誠に申し訳ありません」
あんたの飲ませる酒が原因なんだよ! 全部の病気が治せたらそれは神様だ!
「陛下においては昨今、食も細く吐物に血が混じることもあるご様子。姫には陛下の病に対する治癒魔術を最優先すべきではないかの?----それを他国にまで赴いたり、まるで関係のない土くれを掘るなど…… 所詮、下賤の身とはいえ陛下の病を癒せぬ以上、王宮に留まる意味もなかろう。早う、我が国の利となる国の後宮なりと送り込めば良い物を…… ふん、その陰気な容姿では嫁ぎ先も決まろうはずがないか」
肝硬変とか治せないし。治す気もないし。…嫁入話がないのは容姿の問題でなく干物の問題だよっ。
「-------陛下の治癒魔術の研究は続けております」
「成果が上がらなければ、ただの役立たずじゃ」
私が役立たずならあんたは疫病神だよ!
それだけ言って、ダリア様は外回廊を後宮側に向かって歩いて行った。
-----こんなことを言われたのは初めてではない。
と言うか、最近は減ったな―と思っていたくらいだ。だから、何でもない。
「お姫……」
「うん、ロディ。大丈夫」
そう言って笑う。いつもロディが一緒にいてくれる。だから大丈夫。
------変われない人も、いるのだ。
ちなみにばーちゃんは尻尾をて立てて臨戦態勢だった。
……元の大きさに戻らなくて良かった。戻ってたらそれはそれで大惨事。
ちょっとだけ、沈んだ気分で魔術塔に入る。
魔術塔のディーン様は、既に研究室を一室貰っているようだった。もちろん私も持っている。私の研究室は魔術師団長の私室のある階---つまり最上階だ。セキュリティも下層とは違う。
ディーン様はまだ下層階の研究室だった。
そしてやっぱりロディには、ディーン様のに研究室への入室はダメだと言われてしまった。
良いじゃん。ロディが一緒なら。
そう思ったが、一応応接室で御待ちすることを伝えてもらう。
「リディアルナ殿下! お待たせしてしまい申し訳ありません。殿下でしたら研究室の方へいらしてくださっても構わなかったのですが」
「いえ、第一線の研究者の私室に入るのは、いくらなんでもマナー違反だと思っておりますわ」
と、笑ってごまかす。
「殿下は、そのような配慮も素晴らしいですね。---それで、今日はどうされたのですか?」
ディーン様はそう言ってにっこり笑った。……私の「笑ってごまかす」笑いじゃない、本当に楽しそうな笑顔だ。今日も私の目を見て話をしている。
-------変われた人が、ここにいる。
その笑顔になんだか少し救われた気がした。
「実はディーン様にご相談があって来たのです。私が病を治すための治癒魔法陣の研究をしていることは御存知だと思うのですが、病と言うのは人それぞれ。まず、何処が悪いのかが分かれば、それにあわせた魔法陣を作成すればいいのではないかと言う助言をいただいたのです。
そこで思いついたのがディーン様の探査魔法陣です。ディーン様の探査魔法陣で、病の原因となる場所を特定するようなものが可能でしょうか?」
私のこの話は、結構無茶ぶりである。探査魔術が出来ても、それを魔法陣にするのにかなり苦労する。しかもこんな曖昧な探査対象では、どんな陣を作ればいいのか私にはまったく思いつかない。
「------病の原因の探査、ですか…… 難題ですね。ですが、リディアルナ殿下には返しきれないほどの恩があります。少し時間をいただけませんか」
「もちろんです----ディーン様、協力して下さるのですか……?」
「はい。いくつか思いつくものもありますし、殿下がこうして協力を依頼して下さることは私にとって、この上なく光栄なことです。出来るかぎり、協力させていただきます」
「それと、全身の探査となると消費魔力の問題も出てくると思うのです。ディーン様はそちらの研究もされておいでだったと思うのですが、どうでしょうか?」
「魔力消費でしたら、随分進んでおります。そうですね、魔力消費も考えながら魔法陣を製作してみます。」
「-----ディーン様は魔法陣を見て、消費魔力を抑えることが出来るのですか?」
「ええ、以前作成した探査用の魔法陣がものすごく消費魔力のかかるものだったので、自然と工夫するようになりました。殿下、消費魔力で困っている魔法陣がありましたら、それも御相談に乗れると思います」
「-----是非、お願いしたい物があるのです。高度治癒魔法陣なのですが……」
「ああ、以前より苦心されていたものですね」
「はい。……細かいところまで治そうとすればするほど、魔法陣が巨大化して行ってしまって……」
「---殿下、良くわかります。私が以前作ろうとしていたものもどんどん大きくなって収拾がつかなくなってしまいました。---誰も同じようなところでつまずくものですね」
「ええ、本当に」
「でもこの魔術塔に入ってから、似た研究をしている者同士の意見交換が楽しくてたまりません。ここを勧めてくれた殿下には本当に感謝しています」
「私もディーン様を誘って良かったと本当に思っておりますよ」
------変わりすぎでしょ、この人。
ちょっと泣きそうになる。-----変われたんだね。
「ありがとうございます。期待しておりますが、御無理はされないでくださいね」
「お気づかいありがとうございます」
そう言って優しく笑うディーン様を後に応接室を出た。
そして今度は自分の研究室に向かう。
自分の研究室に入る前にロディとは別れた。
さすがにここは安全だ。ロディも騎士団の仕事があるし。
でもばーちゃんは、相変わらず定位置の私の頭の上にいる。
「殿下!ディーン様はどうでした?」
研究室のドアを開けたとたん、駆寄ってくる令嬢。
「思った以上に進んでるみたい、研究。さすがだね」
「はい!ディーン様はすごいんです!」
そう言って笑うのはセシル・ジャスミン嬢。
元悪役令嬢で、現在私の一番弟子だ。
ええ、グレイシア様には散々言われましたよ、脱線王女って。
でも良いんです。やれることはやるんだって決めたんだから。
教えているの治癒魔術。ひたすら、ただひたすら治癒魔術。
現在、いやちょっと前まで私しか使えなかった高度治癒魔術。これを彼女は2カ月で習得した。
元々魔術師家系で、かなりの魔力持ちだったのが幸いしたのか、ディーン様への愛の力か---
後者のような気はするが、共感は出来ない。好みは人それぞれで良いということだよね。
この二カ月でばーちゃんはセシル嬢にも慣れてきて、今もセシル嬢に抱かれて気持ちよさそうに咽をごろごろさせている。
お前は猫か?
その、ばーちゃんを捕まえた時の、対ドラゴン戦なんだけど、まず先に逃げ遅れたセシル嬢をディーン様がかばって怪我をしたらしい。それで二人で動けなくなった。その間ロディが撹乱し、その隙にシーザー様が切りかかったが剣が全く通じない。セシル様はその時何もできなかった。それを心から後悔していると言っていた。
自分に攻撃魔術が使えたら。治癒魔術が使えたら。
悔しくて堪らなかったと。
その時、ばーちゃんの尻尾がディーン様を引っ掛けようとしていた。
セシル嬢はそれを身を持ってかばったと言うのだ。
尻尾は胸に当たり、そのまま岩にたたきつけられた。
そこからは記憶がないそうだ。
そして目が覚めたらディーン様のロックウェル邸で私と話をして。
自分が大きな誤解をしていたことに気が付いたと言うのだ。
普通に仲直りできれば、私はそれで良かったのだが、セシル嬢は義理堅かった。
しかも、私に恩返しをしながら、実戦で使える魔術を教えてほしいというのだ。
義理堅い上にちゃっかり者である。
こう言う人は嫌いじゃない。私も手伝ってくれる人がほしかった。
そんな訳でセシル嬢は今、この国で私に次ぐ治癒魔術師である。
つまり、人体の正常な状態を、私が教えられる限り教え込んだのだ。
「ディーン様は病巣探査の魔法陣が出来そうだったんですか?」
「うーん、時間をくださいと言われた。でも何か案はありそうな感じだったよ」
「じゃぁ、病状別の治癒魔法陣、作り始めていいでしょうか?」
「ん--- 無駄になる可能性もあるかもだけど」
「いえ! ディーン様なら必ず作り上げてくださいます!」
と、拳を握る伯爵令嬢。
そうかそうか、そこまで信じているのか。
------じゃぁ私も、信じようか。信じてみようか。
「じゃぁ、これからが大変だ」
「覚悟は出来ております!」
病巣探査の魔法陣を作ることが出来るなら、各病状に応じた魔法陣を作るのだ。
これがもう、種類が膨大。
とても一人じゃやる気にすらならない。
でも、今は一人じゃない。一緒に苦労してくれる人がいる。なら頑張れる。
それに、消費魔力の節約を見てもらうように、高度治癒魔法陣を持って行かないといけない。
------何しろこの高度治癒魔法陣、現在の大きさ、おそらく畳六畳分位かな?
さすがに無いわ―
しかもこれだけ大きいと、魔法陣自体を起動できる魔術師が何人いるか。
セシル嬢は起動できたけど、一日に一回が限界だった。
私も三回以上は試したことは無い。
これでは汎用には出来ない。後はディーン様頼みだ。
「じゃぁ、需要の多い病から作ろうか。----気道感染用、消化管感染用、発熱」
「じゃそこまでは私が作りますわ。殿下は難しい内臓の病の方を」
「分かった」
うーん、その三つでほとんどの需要を満たしちゃいそうだけどな。
後は--- 眼科、耳鼻科---これはもう外科用と一緒でいいや。それとアレルギー疾患、膠原病---リウマチとかね。糖尿病とかいる? 心臓疾患用は作らなきゃ。脳卒中は---日本なら治らないんだけどね。治るんだなこれが。なのでこれも作成。
うーん、当分魔術塔から出られないかもー
まぁ、もうすぐ冬休みになるから良いんだけどね。
すごく忙しくなる---- それが楽しい。
私の頭の中には、魔術塔でこたつ(私作成)に籠って、ひたすら締め切り前の漫画家のごとく魔法陣を書く私とセシル嬢の姿が浮かんだ。
……さすがに、せめて新年はお休みにしよう。
ダリア妃? 昔からあんな感じだから別にもう気にならないよ?
だからかな― 今更悪役令嬢(本物)がいたとしても全然へーきと思う。
うーん、元々私は大人しくいじめられる性格じゃないからなー
ターゲットの庇護? いらないいらない、自分で何とかするしー
やっぱり、主役の人選ミスだね!




