21.緊急事態は突然に
「何故これがここにいるのです?」
「朝一番なのにそんなに怒ると体に悪いですよー」
ばーちゃんを学園に連れて行ったら、思った通りグレイシア様に一番に怒られた。
「でも、離れてくれないですし……」
「お姫以外が触ろうとすると逃げるんですよ」
とロディがフォローに入ってくれる。
「逃がしておけばいいのでは?」
「えー ハルト兄様はドラゴンは神聖な生き物だって……」
「その神聖な生き物に、何と名前をつけたのでしょうね?」
「バハムートは名前的には王道だと思うけどなぁ」
「問題は略称の方だと分かってて言ってますね」
そんな言いあいをしていたら、クラス担任が入ってきた。
一応、このクラスにも担任はいる。
ただ、今年は生徒に王族がいるので、すでに引退した上級貴族の元教師を引っ張り出してきたらしい。
ルーカス・エンデ教授。御年80歳。
本当に御苦労さまである。
ちなみにこの世界の平均寿命は50~60歳位だ。
ものすごい御長寿様である。
それでも、ボケることも無く、少し頑固だけど良い先生だ。
そのルーカス先生が教室に入って来るなりばーちゃんに反応した。
「お、王女殿下! こここここ…ここ、」
コケコッコーと突っ込みたい! しかしルーカス先生の目はこの上なく真剣だった。
「えーと、この仔はバハムートと言いまして…… オリハルコンの洞窟で見つけたドラゴンです」
にこやかに説明したのだけど、先生の反応は…… うん。石になってますね。
「王女殿下…… ドラゴンに触れても、よろしいでしょうか……」
結構長い時間をかけて石化が解けた教授は、おそるおそる手を出して来る。ばーちゃん、大人しいのになぁ
「大丈夫ですよ。-------大人しくするんですよ?」
と、頭の上に乗っていたばーちゃんを膝の上に乗せる。
「お… おお…… 」
そおっと、静かにルーカス先生はばーちゃんの背中に触れた。
「みゅっ?」
「冷たいが温かい。光沢があり表面は宝石のようであり金属のようであり……」
「あ、ばーちゃんは多分オリハルコンを食べて育ったみたいで、鱗はオリハルコンの成分が多いと思いますよ。剣も通らず魔法も跳ね返すそうです。これはシーザー様とロディが確認しています」
「そうでございますか…… それで、王女殿下がこのドラゴンを倒されたのですね?」
「えーと、倒したというか、捕まえたというか…… ロディ達が魔法も効かないって言うから、土魔法で檻を作りました。ちょっと重力魔法で抑え込んだ隙に」
「なるほどなるほど…… それで王女殿下に一番懐いておいでなのですな」
「---? と言うと?」
「ドラゴンは誇り高い生き物です。神聖な神の使いという言い伝えもあります。ただ、自分の認めた力量を持つ相手にならその力を貸し与えたという伝説がございます。王女殿下はこのドラゴンに認められたのでしょう」
「----そんなことが……」
「隣りの護衛騎士殿、貴方もドラゴンに認められているようですな。ドラゴンは自分が信じられない者からの食べ物は口にしませんから」
その言葉にロディがちょっと照れたように笑った。
「そうなんですか…… ありがとうございます先生。ドラゴンに関するものは文献も少なくて困っていたのです。 ---それに実はこの仔、ホントはもっと大きいんです。私が城に帰るのに連れて帰れないって言ったら小型化して……」
「小型化! それは素晴らしい。殿下、どうか庭に出て本来の姿をお見せしてくださいませんか」
「良いですよ」
と、ルーカス先生を筆頭にぞろぞろと私とロディ・シーザー様・グレイシア様・エド兄様。ここまでは分かる。しかし他の教授陣まで窓から外を見るなり走って集まってくる。
「朝から殿下のドラゴンの噂は流れておりましたからな」
と ひょうひょうとルーカス先生は言う。
これは、謀られましたかね。
最終的には生徒たちまで出てきて大騒ぎになった。
はぁ。まー仕方ない。
「じゃぁば-ちゃん。元の姿になって?」
「みゅ。」
とふわっと残像が残るように小さなばーちゃんが消えて、高さ(前足をついた状態)、3m位の深紅のドラゴンが現れた。
周りから歓声が上がる。
「す、素晴らしいです殿下!!! 是非学園でドラゴンの研究を!!」
そう叫んだのは、確か魔物の生態研究をしているラルフ・カレンベルグ教授。
うーん、研究かぁ。
私、薬草と魔法陣の研究を先にしたいんだよね。
「後の世にドラゴンを捕獲した人のために記録を残すことはしましょう。とらえた時の状況とか、生態とか。でもばーちゃんが嫌がることはダメです」
「…………あの、王女殿下。大変申し上げにくいのですが、「ばーちゃん」と言うのはその……」
「ええ、このドラゴンです。フルネームはバハムート。通称ばーちゃんでお願いします」
「「「「「「「………………………」」」」」」」
「研究はラルフ先生がされますか? 私はちょっと他の研究も抱えているので……」
「よろしいのですか!!」
「私としては助かります」
「是非よろしくお願いします。もちろん王宮まで押し掛けるような無礼はいたしません。学園に連れてきていただければそれだけで十分でございます」
「では、なるべく通学するようにしなければなりませんね」
とちょっと笑う。
この時点での私の出席率はかなり悪い。
学園に来てはいても薬草園の方に行っていたり、そもそも通学せずにミスリルやオリハルコンなどを探しまわっていたのだ。
「ばーちゃん良いよ。おいで」
そう言うと、また体調20~30㎝くらいの愛玩動物サイズに戻る。
「殿下、……言葉が、言葉が分かるのですか?」
「ほとんど理解していますね」
「本当に…… 何と素晴らしい……」
それからというもの、ばーちゃんは学園のアイドルになった。
相変わらず、餌は私かロディ・シーザー様からしか食べたりはしないが、人に危害を加えることは無かった。
私もハルト兄様の「大人しくしておけ」との言葉を守り、学園と城を往復するだけの、きわめて優等生な生活をしていた。
クラスにも慣れ、もう夏だなぁと陽射しのまぶしさに目を細めていると、学園の馬車だまりにロックウェル家の紋章付きの馬車が止まった。
ディーン様は、あれ以来登校されていなかったはずだ。
と言うことは----
「ディーン様の馬車ですわね」
と グレイシア様が隣に来て見ている。
「うん。セシル様治ったのかな?」
怪我を負ってから既に2週間は経っている。しかし、貧血が元に戻るのはもう少しかかるはずだ。
そう思っていたら、馬車からディーン様が出て来られて、その後から降りてくるセシル嬢をエスコートしている。
「治ったようですわね。……聞いた話だともう少しかかると思ったのですが」
「私もそう思った。でもディーン様が治癒魔術を必死で勉強していたみたい」
「-----本当ですか? 貴女の魔法陣にしか興味がないのかと思っていましたのに」
「何だかね、この前会った時は普通の…… いや、優秀な研究者って感じだったんだよ」
「変わるものですねぇ…… これがセシル嬢のおかげなら、さすがに攻撃あるのみとは言えませんね」
「そうですよー 私は誰にも負けない最強を目指すと決めたのです」
「はぁ。魔術チートに召喚獣。完全に乙女ゲームではなくなってしまいましたね……」
「これで魔王が湧いてくれれば完璧なんだけどなぁ」
「そんな完璧いりません」
そんなバカな話をしていたら、教室にディーン様がセシル嬢を支えるように入ってきた。
「ごきげんようセシル様。お加減はいかがでしょうか?」
「ありがとうございます、王女殿下。おかげでこうやって外に出てこられるなでになりました」
そう言ってにっこり笑った。
まだ顔色は今一つだけど、もう大丈夫だろう。
……あー セシル嬢と言えばもう一つ問題がりましたね。
「あの…… セシル様。実はあの時のドラゴンなのですが………」
「きゅうー」
と、タイミング良くばーちゃんが私の頭の上に乗る。
「学園の教授陣の意向でドラゴンの生態を出来る限り観察したいと言うので、毎日こうやって一緒に登校しているのですが…… 大丈夫でしょうか」
あ、固まってる。
しかも二人そろって。
そーかー ディーン様もあの時怖い思いしたもんねー
こりゃー無理かな?
「で、殿下が飼われているのですか、……その、あの時のドラゴンを……」
「うん、まぁ、成り行きでー。頭も良いし大人しいし、何しろドラゴンの捕獲記録が数百年ないっていうから、まぁドラゴンの生態解明になるなら協力しようかなーと」
「はぁ。まぁそうでしょうね。捕獲記録があったらその方が驚きですが…… 何だか殿下。いろいろとすごいですね」
「偶然の成り行きですわ」
「偶然でドラゴンは生け捕れません。いい加減にしなさい」
グレイシア様ー もういい加減認めましょうよぅ
「あ、あの、殿下。私は平気です。ドラゴンの研究、されてください。……それによく見れば、なんだか可愛いですのね」
と、セシル嬢。
へー。ちょっと意外。パニックになったらどうしようって思ってたのに。
「実は私の伯爵家で猫を飼っているのですわ。………この仔の瞳が、殿下が大好きだって言っていますね」
「セシル様…… お分かりになるのですね」
「ええ、生き物は基本大好きなのです。お名前は何と付けられたんですか?」
「フルネームはバハムート。通称ばーちゃんです」
二人は再び石になった。
そんな感じで、いろいろと問題があったりなかったりしながら、ゆっくり時間が過ぎて行った。
ハルト兄様の言うとおり、大人しくしていたんだよ?
ちょっと、薬草の人工栽培の人材を増やすべく、町の農業ギルドにかけあったり(農業ギルドや商業ギルドはあるのに冒険者ギルドは無いのよ!!)、郊外の人の入りにくい土地を確保したりと、しばらくは薬草園の外堀からの援助をしていたりはした。同時進行で、私の高度治癒魔法陣に「ポーションの傷を治す仕組み」を組み込めないかの研究にも熱中した。
ここで驚くことに、この高度治癒魔術の魔法陣化をセシル嬢が手伝ってくれているのである。
恩を感じているのかとも思ったが、「それも一因ですがそれだけではありません」と言うこと。
そもそもセシル嬢は魔術師家系で、かなりの魔力持ちである。これ以上ない助手を得た感じだ。
……ホントに彼女が悪役令嬢だったんですかねー
もうほんと。乙女ゲームとか無視して生きていきたいなー
と、私は完全に気を抜いていたのである。
緊急事態は、緊急にやってくるから緊急事態なんだよね。
「リディア、大変申し訳ないのだが東の隣国、ギンレイに行ってもらうことは出来るだろうか」
そろそろ秋も来るかなぁというこの時期。ハルト兄様がいきなりこう言いだした。
「ギンレイは実はグレイシアの母の祖国なんだ。グレイシアの母---レーナ様はギンレイ前国王の側室の第2王女だった。その方が我が国の有力貴族ソフィアローズ公爵の正妻となられたのだ」
グレイシア様はハーフだったのですか…… ハーフは美人が多いと言いますからね…… ちょっと羨ましいです。
「それで、ここからが本題なのだが、10日以上前からギンレイの現国王の第二王女が奇病に侵されているらしい。グレイシアの義理の従妹姫だな。
元々ギンレイは友好国であるため、ギンレイまでの街道の整備は進んでいる。なので出立すれば5日ほどで着くだろう。どうだろうか。グレイシアも母の国が見てみたいと言って同行を申し出ている。レーナ様はさすがに御一緒に行かれるのであれば5日ではつかないだろうから今回は御遠慮いただいた」
私がハルト兄様の言うことを断ると言う選択肢は無いんだよね。
「分かりました。すぐに出立いたします」
「そうか……ありがとうリディア。第二王女は5歳。高い熱と体中に発疹が出ているということで大変お苦しみらしい。よろしく頼む」
「はい。おまかせ下さい」
「それからリディア。友好国とはいえ、お前の魔法陣は置いてきてはいけない。アレは我が国の宝だ。ただ、必要なら通常の治癒魔法陣を置いてくることは構わない。そこまではギンレイ国王と話はついている。---礼としてミスリル・オリハルコンの関税撤廃と東岸の港の自由化だそうだ。よほど第二王女が大切らしい。
……まぁ、お前はそんな難しいことは考えなくて良いから、第二王女を頼む。詳細はグレイシアとロディに良く言っておくから。
------それと、---アレは連れて行くのか……?」
「ばーちゃんですか?もちろん連れていきます」
「--------------くれぐれも騒ぎは起こさないようにな」
「もちろん大丈夫です」
とにっこり笑う。
5歳の発熱と発疹。
いくつか考えられるけど、治せない病気ではないと思う。
よし。早くいくぞ!
ふっふっふ。
隣国の王女の病を治すイベント!
RPGっぽくなって来たじゃないですか!!
魔力チートを十二分に発揮させていただきますよーーー!




