16.授業抜け出し校内デート・・・か?
「-----リディアルナ様」
「ハイ………」
「何が言いたいかお分かりでしょうか」
パーティの翌日。例によって王宮のサロンである。
グレイシア様とロディとで昨日の反省会だ。
「でもグレイシア様、イージスの常時展開を切るのに反対したのは俺です」
「そうですね…… 確かに護衛の立場から言えばイージスを切るのは無いかもしれませんが。
アレが常時展開していれば令嬢方がなにをしても攻撃が一切、全く通らないですよね……」
「グレイシア様、令嬢の相手はしなくてはいけないんでしょうか? 完全無視だとゲームの展開に影響がありますか?」
「主人公が苛められているのを見たターゲットが、主人公をかばって、卒業のパーティでの断罪イベントと言うものがあります。
例えばゲームのメインターゲットはラインハルト殿下なので、私が断罪されて修道院送り、またはルートの取り方によっては、こちらも奴隷送りがあります」
「………そこはカットで!」
「修正が入るとしたらどうなるか分かりませんよ?」
だけど、それは……なんかいやだ。嫌なんだ。
「意地悪をされなければ断罪イベントは無いはずですよね? 修正がどう入ろうとも何とかする方向で。誰かが断罪されるのが分かっていて、防げるいじわる受けるなんて……… それは、私は嫌です」
修正がどうした!そんなもんに私の主義を曲げさせるもんか。
しかもわざわざ、いじわるされたい人間がいるもんか。
そのたびに守護魔法を切ったりとか、はっきり言って面倒です。
「リディアルナ様がお優しいのはよくわかっておりますが……」
「お姫、お姫にリスクがでそうならイージスを切っても、俺がいつもそばにいるよ?学園内なら離れなくてもいいだろうし」
「ロディがいたが結局私に被害が無いから一緒だよ」
と、ちょっと笑う。
「―――私はね、元々、前の世界でね。 人の命を助ける仕事をしていたんだ。 」
そう。人の命をね、助けることが私の仕事だった。
心配そうな二人の顔を見る。精一杯笑って見せる。
「私は嫌だよ。私が何とか出来るのに、それをしないで人が傷つくなんて。まして奴隷落ちなんて」
「俺はお姫が傷つくのは嫌だよ」
今度はそうロディが笑う。
「……でも、それがお姫だよね」
「うん」
今度は心から、笑えたと思う。
グレイシア様は最後まで心配そうなお顔をされていたけれど、方針は決めた。
令嬢の意地悪は無視で。
イージスは切らない。
出来ることはやる。
攻略の努力はする。
でも。
私は私だ。
世界が変わろうと、ここが乙女ゲームであろうとRPGだろうと。
私は私だ。
………そう決めたら、少し楽になったかな。
うん。ゲームとか、攻略とか、気にし過ぎていたのかも。
うん。私は私で、出来ることをしましょう!
それからしばらくは、(多分)主にセシル嬢からの地味ーな意地悪が続いた。
歩いていたら、二階から水が降ってきた。バケツか何かでしょうか?
もちろんイージスがはじいた。
階段で後ろから押された。
……重力魔法で、ふんわり着地した。
移動教室の際、机に落書きをされた。
……洗浄魔法が活躍した。
セシル嬢が私に苛められていると周囲に言ってまわっている。
……そして「命の女神様がまさか」と否定されているらしい。(これはロディの情報)
…………何だかセシル嬢がかわいそうになってきた。
うん、まぁ。そのうち諦めるでしょう。
セシル嬢の方は、当面無視の方向で良いとして。
現状困っているのが、退屈な授業である。
さすがに基礎は王宮で習っているものばかりだし、退屈で仕方ない。
あ、でも魔術理論の授業で驚愕の事実が発覚した!
何と、この世界の魔術師でも詠唱する人がいるらしい!!
うわ――――!
魔術塔の人は詠唱する人なんていなかったから知らなかったよ。
初心者の魔術師が新しい魔術を覚える時は詠唱する方が、イメージしやすいということ。
うーん、まぁ理解できなくもないけど……
アレをやる人がいるのか……
教科書には、基本的な詠唱も載っている。
ただのファイヤーボールにも詠唱が付いている。
―――何も言うまい。この世界はただの魔法陣技術者に「命の女神」などという名を付ける国民性なのだ。
この、「我は○○なり、炎よ、全てを燃やしつくせ」と言う詠唱も、恥ずかしいとか思わないんだろう。
我は○○なりと言うのは、誰の魔力を使って、と言うことまで指してから、炎の魔術の詠唱をするという……
この○○は、なるべく多くの人に周知されている自分をさす名が良いそうだ。例えば、あだ名でしか呼ばれていない人はその名が入る。
……………何このシステム。
ベテランになると、詠唱なしで魔術を発動できるようになるため、魔術塔の人たちは詠唱派の人はいなかったらしい。
あー良かった。師匠が無詠唱で。
と、まぁ。小さな発見があったりもしたけど、基本は暇だ。
と言う訳で、ミッションに挑んでみましょう!
お誘いするのは、まずレオン様。
薬草園は早い方が良いでしょう。
学園内、授業抜け出しデート(?)ミッションです!
「レオン様、明日のマナーの授業…… 聞かれますか?レオン様にはもう必要ないものだと思うのですが……」
そう言うと、レオン様もちょっと困ったように笑った。
「しかしリディアルナ殿下、入学間もない時期に抜け出すのもちょっと……」
「でも、必要のない授業に出なくてもよいシステムにはなっているではありませんか」
そうなのだ。
Sクラスの隣には、いつでも使用できるサロンが併設されている。
繰り返すが「いつでも」である。
つまり、授業中であろうと好きに休んでいいよ、と言うもはや配慮なのか放任なのか分からないシステムがあるのだ。
「明日、前に言われていた薬草学の教授のところに行ってみませんか?」
「ああ…… いいですね。まともに待っていたら会えるのは半年後ですからね」
「はい。兄様にお願いして、薬草園が出来るのなら王宮から学園に助成をしてくれることになっているのです。教授に会って、レオン様が、その教授がレオン様の助けになれる人かどうか判断して下さい」
そうなのだ。ハルト兄様も薬草が人工栽培できるということは大変驚いていたが、それが本当なら学園で大規模に栽培実験を行い全土に普及させてよいという許可をいただいている。
ちなみに国王陛下は全く公務に出てこないので、実質この国はハルト兄様が動かしている。
「私などの判断で良いのでしょうか………」
「もちろんです。ハルト兄様は本当ならレオン様が薬草の人工栽培の責任者になれば早いのだけれど、それよりも学園内にレオン様が薬草園を任せられる人を育てて、レオン様には王宮で自分を手伝ってほしいのだと思います」
「………それは…… 宰相職を継げと言うことでしょうか……」
「選ぶのはレオン様ですわ。兄様は無理は言いません。自分のやりたいことをやるのが、一番成果が出るといつも言っております。でなければ私が魔術塔に籠れるわけが無いではありませんか」
とにっこり笑う。
正直、この人が宰相になってくれれば、確実に兄様の助けになるし、国も良い方向に進むと思う。
でもそれは強制ではいけない。本人の覚悟と決断が無ければ。
「将来のことは置いておいて、明日、楽しみにしていますね」
そう言って教室に戻る。
少しでも考えてくれるといいんだけどな。
……教室に戻ると、ソニア嬢が見ていた。ホントに色恋の話はしてないんだけどなぁ
それにこの娘、正直いまいち性格がつかめない。セシル嬢は正直だよね、自分に。分かりやすいと思うよ。でもソニア嬢の方は感情を表に出さない。私をどう思っているのかすらつかめない。
うん、まぁ気にしないって決めたんだけどね。
それより薬草だ!
やるぞ人工栽培!!
今日も良い天気だ!
薬草園の移植作業にも丁度いいでしょう。
とりあえず教授に会ってみないと分からないのですが、噂では話しの分かる人の様です。なのでレオン様は薬草の苗を持参すると言っておりました。
堂々、一日中のおさぼり宣言ですね。
もちろんロディも一緒におさぼりです。ロディは授業聞きたいのは無いのかって言いたら、きっぱりと「ない」と言われました……。
因みにグレイシア様はサロンで刺繍をなさっておいでです。優雅ですね~。何しに来てるんですか貴女。
「殿下!お待たせして申し訳ありません」
「そんなことはありません、大丈夫ですよ」
にっこり笑って答えると、レオン様は後ろを向いて連れてきた令嬢を紹介してくれた。
「ラングハイム伯爵令嬢ソニア殿だ。報告が遅くなって申し訳ないが先日婚約者になっていただいた」
「まぁ、おめでとうございます!最近はエド兄様をはじめ、おめでたいことが多くていいですわね」
「ありがとう殿下。ソニア嬢は文官系の家系で魔力を全く持っていない。私の手伝いを申し出てくれたのだ」
「それは心強いですわね、よろしくお願いします、ソニア様」
「よろしく、お願いします殿下……」
うーん、やっぱり警戒されているのでしょうかね?表情が硬いです。仕方ないですけどね。
レオン様とソニア嬢が薬草の苗を持って教授の部屋を訪ねます。
薬草額の教授はユーリア・ベッカーと言う女性教授だった。前日にアポは取ってあったためそのまま研究室に入れてくれる。
中は、……カオスだった。
研究者って、こんな人多いんでしょうか?
私の前世通っていた大学にもこんな教授は多かったと思います。
そのカオスの中に踏む込むのも憚られ、外で待っていると、ユーリア教授は資料を両手にいっぱい持って出てきた。
「ここでは話しも出来ないから指導室の方に行きましょう」
この学園の教授は自分の研究室のほかに、自分のゼミの生徒の指導用に指導室を持っている。もちろん教授塔にもサロンはある。ホント、どこまで金かけたんだ。
指導室…… って言ったら机といすがいくつか。て思ったら。会議室って言わない?この広さ。しかも大きない一枚板のテーブルに体が埋まりそうなソファ。
いろいろ―――突っ込み所満載。何の指導するんだこの部屋。
中の様子に呆れ果てていたら、レオン様は当たり前のように薬草を立派な机の上において、話を始める。
私は薬草からなるべく離れた所に座り、レオン様とユーリア教授との話を聞いていた。
ただ、聞いていた。
レオン様の薬草の生える条件の説明。それに対する教授の反応。品種改良の経緯。そして学園に薬草園を作って、ここで薬草及びさまざまな病に対する薬を作成したいということ。
現在、薬と呼べるのはポーションである。
でもあれは外傷を治すものだ。私の中では『薬』とは認められない。
レオン様はその薬を作りたいと話しているんだ。
一通り、レオン様の話を聞いたユーリア教授は私の方を見た。
「リディアルナ殿下も同じ意見と思ってよろしいのでしょうか?」
「結構です。そしてこの件は王太子殿下の許可も下りていると持って下さい。---後は人材だけなのです」
「それでは学園が断ることはできませんね。私も全面的に協力させてくださいませ。夢のようです。薬草の人工栽培なんて…… 長生きはするものですね」
「しっかり長生きをして、レオン様を手伝ってくださるとありがたいです。何処かお悪いところでも?」
「いえ、腰少しを痛めておりまして。レオン様の研究のお手伝いは出来ますよ」
それを聞いて、私は教授の後ろに回った。
「痛むのはこの辺りですか?」
「はい…… 数年前からなのですが、この年ですからね」
ふむ。圧迫骨折かな?ヘルニアは無い。狭窄症かーー なんでもいいや。治しちゃえ。
脊椎管の正常な状態に戻るよう魔力を流す。
「これで、薬草の苗を植えるところから出来ますよ教授。頼りにしていますのでお願いしますね」
「え?、 え? 殿下これは―――」
「普通の治癒魔術ですよ」
とにっこり笑ってごまかす。
「私の治癒魔術はちょっと特殊なのです。---魔法陣化も研究中なのですが病気に対するものは一人一人異なる陣が必要です。なので、薬草栽培が完成した折には薬草に他の薬効のあるハーブを混ぜて、病気に対する薬の研究もしていただきたいと思っているのです」
「殿下それは、…それは、壮大な―――」
「はい。でも、始めなければ始まりませんからね。私一代で出来るなどとは思いません。なのでこの学園で研究を続けてほしいのです。薬草や病に対する薬はラインハルト殿下が助成を申し出て下さいました。
どうでしょう先生。先生のポーションの精製法は他の精製方法よりも薬効が高いのだとお聞きしました。どうか一緒にその上を目指して下さいませんか」
「殿下―――。王女殿下。私に、この老骨にまだこのような大仕事を任せてくれると言われるか」
「貴女しかいないと思っております」
「分かりました。残りの人生、殿下とレオン様の薬草の研究に使わせていただきます」
そう言って丁寧に頭を下げられた。
例によってロディが調べてくれた情報なのだけど、このユーリア先生。現在市販されているポーションの精製をさせたら国一番らしい。ポーションって普通2万ギル(1円=1ギル)位なんだけど、このユーリア先生のポーションは25000ギルまで出す人がいると言う。そんな人を取り込まないって無いでしょう!
ちなみに見習い騎士の月給が10万ギルくらいだ。騎士については討伐の際のポーションは支給されるけどね。
この後、ユーリア教授はレオン様と一緒に学園の一角に立派な薬草園を作ることになる。
そしてそれは、ソニア嬢も一緒に行っていたということだ。令嬢が自分の手を汚して苗を植えていた。
ソニア嬢はソニア嬢で一生懸命なんだなぁ。
今はレオン様の薬草の講義を、薬草園の世話の傍ら必死で勉強中とか。
これは、邪魔に入ったら馬に蹴られそうじゃないですか?
レオン様も楽しそうだし。
グレイシア様―。
攻撃あるのみは止めましょうよぅ
レオン様の好感度はきっと上がったと思う。
問題は何色の好感度かだなぁ。
絶対恋愛好感度じゃないよな。
教授のところを出る時、お互いの顔を見て、笑いながらハイタッチをした。
絶対友情エンドだな。
はぁ。
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