12.魔術師団長ご子息攻…略…?
来るべき時が来てしまった。
師匠の、魔術師団長ご子息のキモオタ……ではなく、ディーン様が登城される日が決まったのだ。
5日後の午後。
対策会議の時間はある。私はすぐにグレイシア様に手紙を送った。
翌日。手紙を見たグレイシア様は速攻で会いに来て下さった。
今回は密談なので私の私室である。
グレイシア様とロディと3人で対策会議だ。
ハルト兄様? 兄様がいたら剣を抜きそうな感じさえするので、徹底的に隠れてお茶会をしなくてはならない。
かといってロックウェル邸に御訪問は絶対に回避したい。何としても王宮内で、ハルト兄様に知られずに、お茶会をしなくてはいけないのだ。
……好感度とか以前の問題だよね。
「グレイシア様…… 乙女ゲームってイケメンを攻略するゲームじゃないんですか?なんで私はキモオタを攻略しなくてはいけないのでしょう……」
なんかもう、泣きそうです。
「そこが変なのです。そもそもリディアルナ様はゲームではもっと積極的に殿方との会話を楽しみ、婚約者がいようがお構いなしにデートに誘ったりエスコートを頼んだり……
まぁ、乙女ゲームの主役なのだからと言うならそうなのでしょうけど、正直原作のリディアルナ様は現実にいれば好感のもてるキャラクターではありませんでした。
……つまり、乙女ゲームの世界と言っても同じなのは設定だけなのかもしれませんね」
「ひどい……」
「それと、前にも言ったかもしれませんが、去年か一昨年位に出会いイベントがあったはずなんです。建国記念のパーティとかだったと思います」
「あー…… サボったかも……」
言い訳をさせてもらいますと、社交界ってパーティ多いんです。○○家主催のパーティとかお茶会とか。まぁ、貴族同士の横のつながりとか、子息令嬢の婚活?目的とか。
私は婚活したってしょうがないし、横のつながり作ってもしょうがないし何より着飾るのが苦手だし……
って、つまり干物には不向きのイベントなんです!!
「その出会いイベントでリディアルナ様は泣いているディーン様を庭園に誘って御自分の魔術を見せて泣きやませるんです。そのイベントでそれまで伯爵邸から出なかったディーン様が魔術塔に入られて御一緒に研究をされるのではなかったかと……」
「……つまり私がそのパーティをサボったから引きこもりが続いたと」
「お姫、王家主催のパーティは出ようねってあれほど……」
「や、出たとしても泣いてる御子息を庭に誘ったりは……」
「あー しないよねお姫は」
「「「……………………」」」
ため息が三つ。
「過ぎたことは仕方ありません。今後の対策です。ロディのお話だとリディアルナ様の魔法陣に御執心のご様子ですね」
「……お姫自身である可能性もあります。油断はできません」
「いやだいやだいやだ」
「とにかく!ディーン様を伯爵邸から引っ張り出し、魔術塔へ就職させるんです!」
「あれと同僚になるのは嫌だ! そもそも就職したら負けだとか言いだすかもしれないじゃないですか!」
「魔術塔のお姫を一人にできなくなるじゃないですか!」
通常、朝ご飯をみんなで食べた後、私は魔術塔へ、エド兄様とロディは騎士団へ、ハルト兄様と正妃さまは公務へと赴かれる。アレが魔術塔にいたらロディが騎士団の訓練が出来なくなっちゃう。
「グレイシア様、代案はないんでしょうか?」
「……引きこもりのままだと、伯爵邸に行くしかなくなりますよ?」
「それは嫌です!!」
「あ、お姫、ディーン様同じ年だから待ってたら一年遅れだけど入学してくるよね」
「入学待ちも一つの手ではありますが…… オタク度が上がっている可能性も……」
「アレ以上どう上がるんですか?!」
「本人に対するスト―キングが始まっては手遅れだと思います」
「いやだ――――――!!!」
話が前に進まない。
私がテーブルに懐いてめそめそしていると、例によってグレイシア様がロディにストーカーの概念を説明している。
……グレイシア様、説明上手なのに、なんでハルト兄様あんな変な誤解をしたかな?
しかしあと4日で本人に会わないといけない。これは決定事項だ。
でも誰もオタクの生態について詳しい人はいない。対策も未知数だ。しかもこう言う趣味嗜好の問題となると更生出来るのかどうかも怪しい。
「と、とりあえず4日後は師匠も同席してくれるそうなので…… 登城目的も前回のパーティの時の非礼のお詫びをしたいということだし……」
とりあえず4日後は普通にクリアできるだろう。
しかしその後をどうするか。方向性だけでも決めておかないとシーザー様のように友情エンド一直線って事もあり得る。
あ、グレイシア様には手紙でシーザー様との一件を報告しました。
お返事は速攻で帰ってきました。きつ――いお叱りのお言葉でした。しょんぼり。
対策会議は混迷を極め、方向性を決められないまま当日を待つことになってしまった。
こうなったら行き当たりばったの出たとこ勝負。
えーもー ダメならダメで諦めます。他の方を頑張って攻略します。どうせ初めからハーレムエンドなんて狙ってないんだし。どうせ干物ですし。どうせ最初のイベント逃したし。
……どうせ…… ……どうせ好きでもない人を攻略してるんだし。
…………女神様ぁ……… 私の転生先、間違えたでしょう……?
私の気分が呼んだのか、当日は雨だった。豪雨だった。台風かもしれない。
……まぁ、出来ますけどね、天候操作。出来ますけど、やりませんよ。
後々の影響も怖いし、何しろ広範囲も広範囲、迷惑をかけてしまう人も莫大になる。そりゃぁ日照りが続けば雨を降らせたりは適度に調節するけど、こんな大迷惑な豪雨を降らせたりはしません。
きっと私の気分を分かってくれた女神様が…… いたら、こんな事態にはなっていないんですよね。ええ、分かってますよ。あーあ。
その豪雨の中、伯爵邸から馬車で師匠と御子息はやってきた。もう、雨天中止でよかったのに。
「リディアルナ殿下、遅れて申し訳ない」
「とんでもありません師匠。こんな天気ですから延期でも構わなかったのですが……」
「いや、せっかく登城するという言質をとったのだ。この日を逃したらまたグズグズとごねられてはかなわん」
「……言質をとってまで……」
馬車から、師匠がディーン様のローブをつかんで降りてこられた。
お迎えしたのは魔術塔の前、魔術師団の詰め所である。
会談の場所はここに設定した。詰め所にも応接室のようなものがあって、十分対応が出来る。
しかも魔術師団のエリアには対魔結界が張ってある。万が一、私がキレて大技をぶっ放しても周囲に被害は及ばない。
師匠とディーン様、私とロディが応接室に入る。すぐに侍女がお茶を淹れてくれた。
今日のロディは護衛に徹するそうだ。騎士団の甲冑まで着こんでいる気合の入りようである。
ディーン様はローブをフードまでかぶって下を向いている。顔も見えない。
……これでよくこの前の夜会に来られたものだ、とちょっと驚く。
しかも私をダンスに誘ったのだ。まぁ、いろいろと失礼はあったけど、この人なりに、ものすごく頑張ったのではないだろうか。
「ディーン、殿下に謝らねばならないのだろう。まずローブを脱げ」
しかも濡れてますしね。風邪引きますよ?
ちなみに私は今日はローブじゃないよ!
パーティでの非礼のお詫び、という名目だったので魔術師の正装ではなく、一応王女の普段に着る程度のドレス姿だ。
……普段には絶対来てないんだけどね。例によって侍女隊が磨き上げてくれたので、一応王女には見えるはず。
ディーン様はもそもそとローブを脱いで侍女に預ける。しかし顔は下を向いたままだ。
出たとこ勝負だったんだけど、何にも出てこなかったらどうしたらいいんでしょう。
仕方ない。私から攻めるか。
「ディーン様とおっしゃるのですね。先日はダンスに誘っていただいてありがとうございました」
あ、しまった。これ盛大な嫌味じゃん。
「いえ…… ダンスの時は名乗りもせず…… 申し訳ありませんでした……」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、師匠の御子息と知っていたらもっとお話が出来たかもしれませんね」
そう言うとディーン様が少し顔を上げた。
「リディアルナ殿下…… 命の女神様。貴女の創る魔法陣はとても美しく、私の憧れです……」
兄様!周知徹底!! 周知徹底が不足していますよ!!!
しかも後ろのロディが剣に手をかけそうになってるし!
「あ、ありがとうございます。……ただ、その、命の女神は止めていただければ……」
「あ、はぁ……」
「ディーン様は魔法陣の研究などはされておられるのですか?」
「はい…… 一応……」
「どんな系統のものかお聞きしても?」
「あ、えっと……」
「探査系だな」
ディーン様が言い淀んだら師匠が説明して下さいました。……?
「探査系は難しいですよね。対象の特定などの設定もありますし」
「いえ…… 対象の特定は別に…… ただ常時発動させるための魔力消費を抑えるのに苦労しています」
「魔力消費ですか…… それが出来れば素晴らしいですね」
私がそう言うと、師匠が渋い顔をなされた。
何だかなぁ。話がかみ合わないって言うか、会話が続かない。
「ディーン様…? その、お顔を上げて、話をしませんか?」
「え…… 顔を?」
「はい。今日、私は一度もディーン様のお顔を見ておりませんよ。人の目を見るのが苦手なのでしたら口元を見るくらいいでも良いのでは?」
ディーン様はまた少し顔を上げた。
「でも。」
「下を向いてばかりでは、ディーン様を見つめている御令嬢がいても見逃してしまうかもしれませんよ」
そう言って少し笑って見せた。
ディーン様は少し顔をあげたまま、固まっている。
ダメだこれは。話題を変えよう。
「あ、そう言えばディーン様は、魔術塔に入られたりはしないんですか?研究はしやすいですよ?」
少々暴発しても大丈夫ですし。
「……魔術塔……」
「学園を卒業してからだな」
ディーン様はちょっと考えるようなそぶりを見せたが、師匠がきっぱり切って捨てた。何故?!
「そうですね。私は来年スキップで入学しようと思っているのですが、ディーン様は再来年ですか?」
「え……殿下は来年ですか?」
「はい。エドガー殿下やラインハルト殿下の婚約者様が来年の入学なので護衛についていこうかと」
「……そうですか……」
「殿下、これ以上愚息のためにお時間をいただくのも心苦しい。そろそろ退室しようと思う」
「あ、はい。今日はわざわざありがとうございました」
そう言って師匠はディーン様を引きずるように馬車に乗って帰って行った。
「……何だったんだ……?」
「多分、変なことを言い出す前に撤収したんだと思います。魔術師団長、がちがちに御子息を威嚇してました」
「そう…… だったかな?」
「多分ですけど、研究中の探査系魔術ってお姫の居場所を特定したいとかじゃないでしょうか」
「え…… まさか……」
「御子息は終始、お姫の動きに集中していました。顔は下を向いていましたが、視線はお姫から離れませんでした。可能性はゼロじゃないと思います。……お姫、決して、絶対に、二人っきりなんかにならないでくださいね」
「わ、分かった」
……いやー、もう、本気でどうしようかね。
攻略? もう諦めましょう。手も足も出ないわ、あれじゃ。
でももう、好感度?はMAXかもしれないね。
うん。人間諦めも肝心だ。
気を取り直して、入学後に考えましょう。
……ど、奴隷落ちの一回や二回…… 平気なんだからねっ!!
7/23加筆修正
おまけ。
家族の朝ご飯、余談。
正妃宮に住む女性騎士団員のクラリス嬢にエドガー殿下は
「クラリスはもう家族だ、朝食くらい一緒に食べないか」
と、にこやかに誘った。
次の瞬間、つややかなピンク色の髪を揺らして振り返り、
「任務がありますのでお断りします」
と、びしっと敬礼して出て行った。
鈍感大王の春は遠い。