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一日目 誰もがいる、一人の世界

 彼が意識を取り戻したのは、窓から差し込む朝の光の所為だった。

「……」

 ゆっくりと起き上がり、何かを思い出そうとする。

 だが、全てが闇に閉ざされたかのように、何もかも掴みきれない。

「……何かを忘れている気がするんだよなぁ……」

 立ち上がり、首を振る。どうにも意識がハッキリとしない。

 長く、長く夢を見ていたかのように、意識が朦朧としている。

「あ、そうか、ビデオを予約していたんだ」

 思い出したはずのその記憶は、遙か遠い過去のような気がした。

 もっと、もっと重要な何かを忘れている気がするが、その正体を全く思い出せない。

「……まあいいや、お、ちゃんと録れてるな」

 深夜番組が録画されているのを確認し、彼は満足げにビデオを止める。

「おっと、そろそろ学校へ行かないとな……」

 時間を確認し、大学へ向かう準備をする。

 今日は朝の一限目から講義である。 いくら歩いて五分の学生アパートだからといっても、ビデオにいつまでもかまってはいられない。

 手早く準備をすませて、坂の上にある学校へと向かう。

 その大学は、郊外の山の上にあった。

 さすがに周囲に何もないというわけではないが、コンビニなどの便利で洒落たものは存在しておらず、ただ郊外住宅街があるばかりだ。

 ゆえに学生達にとっては、実質隔離された場所ともいえ、不便さと退屈さの合わさった場所となっている。

 もっとも、人の多い場所が好きではない彼にとっては都会の真ん中にあるよりはよっぽど好ましい環境ではあったが、それでもやはり大学は大学である。

 学生達は集まり、大学内には多くの人間がいる。

「もう少しばかり、減ってくれるといいんだけどな……」

 靴を履きながら、ぼんやりそう呟いた。

 今から受けに行く講義は、一限目であるということを除いては非常に楽な講義であり、ある程度の出席さえあれば試験もなく単位がもらえるというものである。

 それゆえに人は多く、騒がしいのは少し不満なのだが。


 授業は相変わらず、彼の予想通りに騒々しい物だった。

 講義はいつものように騒然としており、至る所で学生達おのおのによって、無駄に私語が飛び交っている。

 それはいつものことではあるのだが、憂鬱と苛立ちもまた、いつものこととしてのし掛かってくる。

 だがそのざわつきにも慣れたのか、それともとっくに諦めたのか、教授は気にした風もなく、ただ淡々と授業を進めていく。

 彼は何の感情も持たぬまま、終了の時間までそれを続けていく、それが、この講義なのだ。

 黒板には、読み取られることを破棄されたかのような、乱雑な文字が書き連ねられている。

 周りの人間達は皆、何も理解していない。

 彼らは、自分勝手に蠢いているだけにしかすぎない。

 これが日常だ。これが日常のはずだ。

 慣れたはずの、いつもいつも繰り返した日常。

 だが、心がざわめいている。なにかを訴えようとしている。

 なにが違うというのか。まったく同じ一日だったはずだ。

 同じように、講義を受け、私語に腹を立て、ゼミの連中達が楽しそうにじゃれ合っているのを見て馬鹿馬鹿しいと思っただけだ。

 なんら、変わるところなど無い。

 満たされないことさえ、日常の中に埋没した退屈な一日。

 それが積み重なって、彼の人生になっているのだ。

 なのに、この、のし掛かる違和感はなんなのだ……?


 そして彼は自分の部屋に戻ってくる。

 安楽の場所。

 ここだけが、彼の安らげる場所なのだ。

 ずっとそうだったはずだが、なにか、まだ心が落ち着かない。

 だが、今はなにをする気も起こらない。

 録画した番組も見ることなく、彼はただぼんやりと寝転がって天井を見ていた。

 なにか、大切なことを忘れている気がする。

 部屋が明るすぎる気がする。

 もっと、もっと闇の中に行かなければならないと心が訴える。

 電気を全て消してもまだ、光が怖い。

 なぜ、こんな事になったのか?

 理由があるはずだ。

 だがそれがなにか思い出せないまま、彼はいつの間にか眠っていた。


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