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一日目 人のいない、ヒトリノセカイ

「テレビ、壊れたのか?」

 夜にセットしておいた深夜放送の録画予約を確認しようとして、彼は、まずその予兆を見ることとなった。

 電源を入れてみても、テレビは番組を映すことなく、どのチャンネルも砂嵐を映すばかりだったのである。

 もちろん、録画も失敗している。

 少し苛立ちながらもビデオを諦め、彼は大学へと向かう準備をする。

 今日は朝の一限目から講義である。

 いくら歩いて五分の学生アパートだからといっても、ビデオにいつまでもかまってはいられない。

 手早く準備をすませて、坂の上にある学校へと向かう。

 その大学は、郊外の山の上にあった。

 さすがに周囲に何もないというわけではないが、コンビニなどの便利で洒落たものは存在しておらず、ただ郊外住宅街があるばかりだ。

 ゆえに学生達にとっては、実質隔離された場所ともいえ、不便さと退屈さの合わさった場所となっている。

 もっとも、人の多い場所が好きではない彼にとっては都会の真ん中にあるよりはよっぽど好ましい環境ではあったが、それでもやはり大学は大学である。

 学生達は集まり、大学内には多くの人間がいる。

「もう少しばかり、減ってくれるといいんだけどな……」

 靴を履きながら、ぼんやりそう呟いた。

 今から受けに行く講義は、一限目であるということを除いては非常に楽な講義であり、ある程度の出席さえあれば試験もなく単位がもらえるというものである。

 それゆえに人は多く、騒がしいのは少し不満なのだが。

 部屋を出た時、彼は少々の違和感を覚えた。

 それがなんなのかは、その時点では気がつかなかったが、すぐにそれは明らかになった。

 学校に着いたとき、そこに誰もいなかったのである。

 違和感の正体は、人の気配の消失により生じた、不自然なまでの静寂。

「あれ、今日休みだったっけ?」

 思わず声が漏れる。

 これまで見たこともない無人の校舎が、朝の光に包まれているのは、あまりにも殺風景に映った。

 誰もいない校舎の間を走り、慌てて掲示板に確認に行く。

 だがそれらしい情報はなく、普段と変わりない掲示があるだけだ。

 学生課に確認に行こうにも、校舎には鍵がかかっており、彼はただ、漠然と掲示板の前にある長椅子に腰掛けていた。

 校庭の中央にある時計は九時半を刺している。本来なら、とっくに授業が始まっている時間であり、人が集まりはじめる時間でもある。

 なのに、この校舎には自分以外まったく人の気配がしない。

「ゼミのヤツにでも確認してみるか……」

 あの連中と関わるのは乗り気はしなかったものの、この状況を放っておく訳にもいかないだろう。

 携帯電話を取り出して、彼の数少ない知人へと電話をかける。

 呼び出し音が、二回、三回、四回……。

 だがどれだけ待っても、電話の向こうには何の反応もなく、ただ呼び出し音だけが鳴り続けるばかりだ。

 他のゼミのメンツ達も同様で、誰も電話に出ることはなかった。

 いったいどうなっているのか。

 学校には誰も現れない。

 学生はおろか、教員、職員の一人も来ないのだ。

 臨時休校にでもなったのか?

 もう一度それらしい張り紙を探しまわるが、どこにもそんなものはなく、人がいないということ以外は、昨日までと変わりない校舎の姿である。

 時計はいつの間にか十時を回っている。

 登校してから約一時間、誰一人として自分以外の人間は現れなかった。

「まあ、せっかくだし、街の方にでも遊びに行くか……」

 そうぼやいて、駐車場横のバス停へと向かう。

 大学と最寄り駅を結ぶ直通バスで、この学校の学生達の最大の足といえるものだ。

 今時珍しく自動車も持たない彼は、街へ出るときはいつもこのバスを利用している。

 彼だけではない、車を持たない学生がこの辺境の大学までたどり着くには、バスを利用しないことはほぼ不可能だ。

 そんなこともあって、バスは原則として大学の休校日にも運行されている。

 時刻表の休校ダイヤを見ても、次のバスは十時半には来る事になっている。

 誰もいない校舎のはずれのバス停で、彼は一人バスを待つ。

 目の前のだだっ広い駐車場にも車はなく、他の車が現れる気配もない。

 だがこの日はバスも現れなかった。

 普段からよく遅れるとはいえ、予定の時刻から二十分過ぎても到着しないのは異常である。

「おいおい、どうなってるんだ……」

 その時になってようやく、彼の頭の中に一つの可能性が現れはじめた。

『この世界から、自分以外の人間がいなくなってしまったのではないか……?』

 いや、そんなことはあり得るはずがない。

首を振り、その可能性を否定する。

 馬鹿馬鹿しい妄想だ。

 しかし、その妄想の真偽はさておいても、時間は既に十一時になろうというのに、一向にバスが来る気配はないままである。

「仕方ない、いったん部屋に戻るか……」

 あえてそう口に出し、自分の意志を自分自身で確認しながら、彼は下宿先の大学裏にあるアパートに向かって歩いていく。

 相変わらず校庭にも道にも人影はなく、彼は誰ともすれ違うことなく、自分の部屋へと戻ってきた。

 とりあえず気を紛らわせるべく、テレビをつける。

 だが朝と同じく、どのチャンネルも、何も映してはいない。

「あー、駄目だ。完全に壊れてるわ……」

 その砂嵐ばかりを映すテレビに見切りを付け、電源を切る。

 まあ、せっかくの臨時の休みなのだ。

 理由はわからないが、あの様子では今日はもう講義はないだろう。

 バスまで休みなのは困ってしまったが、別に街にたいした用事があったわけでもない。

「別にすることもないし、昼寝でもするか」

 そして彼はベッドに横になる。

 何の音もしない、静かな平日。

 いつもならこの時間は、私語に溢れた、大学特有の雑多で騒然とした授業を受けているのだ。

 たまには、こんな日もあっていいだろう。

 目を瞑り、何もかもを忘れ、彼はいつの間にか眠っていた。


 彼は、部屋に入ってくる夕焼けの西日に目を覚ました。

 ゆっくりと起き上がり、枕元の携帯電話を手に取って現在の時間を確認する。

「こんなに寝てたのか……」

 すでに時間は十七時前。

 実に八時間近く眠っていた計算になる。

 携帯に着信はなく、電話をしたゼミのメンバーたちからは何の連絡も入っていない。

「ま、そんなものかな」

 自嘲気味に笑う。

 元々人付き合いを好まない彼は、ゼミの中でも浮いた存在だった。

 そんな自分がいきなり電話をしたところで、一体誰がまともに返すというのか。

「いいか、どうせ休みだったんだ」

 もしあの状況で実は授業をしていたというのなら、大概酷い話である。

 文句の一つも言う権利があるだろう。

 いずれにせよ、今日一日はなにもなかったと思われる。

 なんとなくテレビを付けるが、相変わらず何も映らない。

「どこが壊れてるんだろうなぁ……」

 テレビを確認するが、彼の機械に対する理解度では、問題がどこにあるかさえ不明であり、何が壊れているかなど全くわからなかった。

 仕方がないので、適当に雑誌などを読んで時間を潰す。

 空いた時間に彼がすることといえば、いつも雑誌を読むか、寝ているかのどちらかである。

 人との交流を好まない彼は、インターネットさえ引いておらず、ただ無為に時間を過ごすことをよしとしていた。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ、夜と呼ばれる時間帯になる。

 小腹も空いてきたため、彼は夕食を買いに出かけることにした。

 近所にコンビニなどはないが、そのかわりに大学の学食は遅くまで開いていて、弁当やインスタントラーメンなどを売っている。

 彼の夕食の多くは、その学食の弁当だった。

 いつものように部屋を出て、学校へと向かおうとする。

 だが表に出たとき、彼は朝と同じ違和感に包まれる。

 静かすぎるのだ。

 アパートのどこからも、まるで人の気配を感じない。

 そしてその違和感が正しかったことは、下に降りたとき、とうとう明確に思い知らされる事となった。

 アパートには、主の出て行った自分自身の部屋も含めて、どの部屋にも明かりが灯っていなかったのである。

 アパートとはいうものの四階建てのそれなりに大きなものであり、全部で十六部屋あるのだが、そのどの部屋にも、今この瞬間にはまったく人の気配がないのだ。

 それはまるでゴーストタウンのようであり、アパートは生気無く、落ちかけた紫の夕焼けに照らされて、ただ虚ろに外観だけが浮かび上がっている。

 廃墟ではない、アパートの生ける屍。

 建物のゾンビがあるとすれば、こんな存在感ではないだろうか。

「どうなっているんだ……」

 彼はここに来て、事態の異常さをハッキリと認識した。

 朝、一瞬考えたように、この世界から、自分以外の人間が消えてしまったのだ。

 少なくともこのアパートには、もはや自分以外の人間が残っていないのは明白である。

「……住宅街の方へ行ってみよう……」

 他人を確認したい。

 そう考えたが、なかなか足が動かない。

 事実を確認してしまうのが怖いのだ。

「……」

 無言のまま踵を返し、再び自分の部屋へと戻る。

 今、この世界を出歩くのは危険すぎる。

 本当に人がいないかどうかはわからない。

 だが、もしいまの住宅街で人に出会うとしたら、それは尋常なことではない気がした。

 少なくとも、この死んだアパートはそう考えさせるには充分な根拠であった。

 その死体の中にある、唯一の生きている事を知っている場所を見上げる。

 入学から二年近くを過ごし、つい先ほどまでいた場所にもかかわらず、彼にはそこに戻る事を恐ろしく感じていた。

 部屋そのものよりも、そこに向かうまでの僅かな道筋が怖いのだ。

 本来あるべきものがない世界というものは、これほどに背筋の寒いものだったのか。

 それでも彼は一歩を踏み出した。決意というよりも、背後に迫り来る無人の街を包む夜を感じたのだ。

 自分の足音が大きく響き、自分の耳にまで届く。

 音がないことを意識すれば意識するほど、何も他の音が聞こえなくなっているのがわかる。何も見えない事が闇ならば、何も聞こえないこの世界は音の闇だろう。

 ただ自分の足音だけが階段や廊下にこだまして、それが却って恐怖心を駆り立てる。

 わき上がるその感情を押さえながら、彼はなんとか自分の部屋に飛び込んだ。

 誰もいない世界であるが、彼は入念に鍵を閉める。

 普段ほとんど掛けることのないチェーンロックも引っかけた。

 そして、ゆっくりと部屋に戻り、ベッドに腰掛けてようやく一息ついた。

 だが、事態は何も解決はしない。

 この世界に誰もいないことには変わりはないのだ。

 それでも、この、自分だけの領域であるこの部屋にいれば、少しは安心できる。元々ここは、自分一人しかいないのだ。

 そういった意味では、ここは普段と何も変わりはしない。

 シャワーを浴びて着替え、いつもと同じように振る舞いながら更けていく夜を迎える。

 世界に他人がいようがいまいが、この生活には変化はない。

 電気やガスといった、数値等の監視はされていても常に操作されているわけでないものは、しばらくはそのまま動き続けているのだろう。

 相変わらず、テレビは映らない。

 だがそれはテレビの故障ではなく、人のいなくなったテレビ局側の問題だったのだ。

 なんにせよ今、自分に出来ることは何もない。

 彼は、ただぼんやりと天井を見つめながら、朝が来るのを待った。もしかしたら、明日の朝にはいつも通りの世界に戻っているかもしれない。

 そうでなくても、あの誰もいない闇の街の中を歩く勇気を、彼は持ち合わせていなかった。

 人がいないことも、あの闇の中に自分以外の人間がいることも、どちらも恐ろしかった。

 全ては夢でしかない。

 考えている内に、彼は眠っていた。


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