偽りの勇者さま
私には好きな人がいる。でも好きな人は私に目もくれない。
みんなは私を勇者と呼ぶけれど、ほんとうの勇者は彼の方だ。
戦闘中のまっすぐ前を見据える横顔に、何度恋に落ちたか分からない。
私を映さない瞳に、何度恋い焦がれたかもう数え切れない。
故郷に残してきた思い人のために戦い続ける彼は、強く、凛として、誰にでも優しい、正義感溢れるパーティーのリーダー。まさしく勇者そのもの。
彼が私を見ることはないのだから、少なくとも私は彼にとっての良いパーティー仲間であろう。
足を引っ張らぬよう、思いを悟られぬよう、堂々と隣で肩を並べられるよう。
私は勇者をやめない。だからあなたも、私の勇者でいてください。
この旅が終わるまで。
俺には使命がある。勇者とその仲間と共に果たす使命だ。
もういく日経ったのか分からないほど旅を続けた。
故郷に残してきた人たちのことを思う。元気にしているだろうか。
みんなの平和のためにも、これだけはやり遂げなければならない。
ふと、隣に立つ勇者を見る。黄金色の髪をした愛くるしい女の子。
みんなの言う勇者にはどうしても見えない。
気丈に戦う姿も、時折見せる眩しい眼差しも、勇者足るのは十分な素質も持っているのに、幼く儚い笑顔が頭から消えない。
たった16歳の女の子。ほんとうは今にも崩れそうなのを気丈さで隠して立っている。
早く、この旅を終わらせよう。彼女が気を張ることのないよう、普通の女の子として過ごせるよう。
彼女の前に立ち、彼女に降りかかるすべてを遮断し倒す。
誰も彼女を守らないのなら、俺が彼女の盾になろう。
隣に立っているように見せかけて、一歩前で先に前を見据える。
彼女が勇者だと言うのなら、俺は彼女の身代わりだ。
彼女が背負うはずの全てをこの身に引き受ける。もう一人の勇者となろう。
そしてこの旅が終わったら、想いを告げよう。
俺はしがない薬草売りだ。弓も扱えるってんで、経営している薬屋から外に引っ張り出された。今は勇者パーティーに同行している。
世界に脅威が差し迫っているってのは分かったが、この人数でどうにかなるもんなのかね。お偉いさんの考えることはよくわからねぇ。
そして勇者だ。ちみっこい女の子だ。頑張っているようだが、ガキなことに変わりはねぇ。自分の国ながら神経を疑う。伝統だか伝承だか御告げだか知らねぇが、これはないんじゃないかと思う。
とりあえず子守りでもするか。可哀想だし、嬢ちゃんに頼りにされるのも悪かねぇ。こういう旅は仲間の連携が大事だからな。でもせっせと世話を妬くのも性に合わねぇから影ながら少しずつだ。
そして気付いた。
そうだよな。お年頃だもんな。パーティーメンバーの中の一人を見つめる瞳の中に、揺らぐものを見つけた。
気付いた後は分かりやすかった。ふとした瞬間に視線が一定の方角へ彷徨う。ったく、じっと見つめやがって。相手には気付かれていないが、第三者からはバレバレだ。
でも気付いているのは俺だけだろう。他の奴は他のことを考えるので忙しい。勇者は強いから大丈夫だと思ってやがる。まあ、実際強いけどな。
しかし可哀想に失恋か。あいつ故郷に残してきた人がいるって言ってたもんな。
どう慰めてやろうかと考えていたらまた気付いた。
おい、あいつ信じられねぇほど不器用だな。どうしたらそうなる。つーか何故俺ばかり気付かなきゃならねぇ。
あの二人には絶対に言わない。絶対にだ。
言ったら何かが壊れる気がする。この均衡が、パーティーを救っている。
旅が終わるまで、俺は見守っている。
世話の対象が一人から二人になったが、まあこの際同じだ。
影ながらの助言は少しずつだ。干渉しまくんのは性に合わないからな。
面倒臭ぇが、俺は仲間の連携を大事にするんだよ。
さっさとこの旅を終わらせて、店に帰ろう。