伍――感情の箱
「なあ、風呂に入りたいとは思わないか。どうせロクに体も洗えてないだろ」
「……………………はぁ!?」
ゆっくり休めと言われてゆっくり休んでいると還崎洋が突然そんな事を言いだした。急に何を言い出したかと思ったらこのデリカシーの無さである。思わず私は飛び起きた。
「アンタねぇ! 失礼だと思わないワケ!?」
「あれ、オブラートに包んだつもりだったんだけど……足りなかったか」
「もうちょっとそつなく言ってくれないかしらね! まあ、別にいいけどさ……気を付けないとセクハラになるわよ」
「はは、俺の体の四五%はセクハラでできてんだよ」
こいつは笑いながら何を言っているんだ……と本気で引いたが、もしかしたら私の事を気遣って笑いを誘おうとしてくれているのではないだろうか。うーん、そんな事もない気がするほどに怪しい笑い方をしている。
「で、その風呂ってのはどこにあるの。連れてってよ」
「おう、その前に服を着替えようぜ。そのかっこじゃ外に出れないからな……意外と太ってるな」
「……………………あぁ!?」
ボソッと何かとんでもない事を言いやがった気がしたのだが気のせいだろうかそうかそうか気のせいなんだな……んなワケねぇだろ! と、いうか、私の今の格好は一体どうなっているのだろうか……そう言えば色々あって確認できていなかった。そういう事で視線を下に向けると、
「――――――ッ!! 変態!! 死ねクソ野郎!! ナニコレ!? どういうアレなの!? 頭湧いてるの!?」
「仕方ないだろ。酷い怪我だったんだし」
確かに怪我をしている。とっても怪我をしている。だから体中に包帯が巻かれていたりするのだが、まあそれはいい。しかしどうだろうか。裸包帯の上にワイシャツを一枚羽織っている。それ以外は何も身に着けていないのだ。大事な所は包帯で隠されてはいるのだが……
「このワイシャツは……?」
「しゅみ――いや、流石に裸ではどうだろうと思い、な」
「…………何か、死にたくなってきた。なんだろうこの別の意味で裏切られた感じは」
信じた私が馬鹿だった、というものではなく、ほんの少しでも好意を抱いていた自分をぶん殴りたくなるような気分である。
気分が悪い。
「残念ながらその風呂までは俺と行動してもらう事になっているからそこんところは了承してくれ」
「ごめん、じゃあ、できるだけ近寄らないで……それでいいから。後、ちょっと出てって」
「分かった」
還崎洋は部屋を出て行った。木製の扉が閉まる音が部屋に響いて、私は一人になった。
今すぐにでも吐きそうになってしまう。なんなんだあの男は。分からない。還崎洋もアイツ等と同じなのか……? しかし少なくとも、洋は私に『悪意』を向けていない事だけは確かなのだ。だが、その言動はどこか許容できる範囲を超えて私の気分を悪くする。
「うぅ……ぇぁ」
嘔吐感が喉のすぐそこまで登ってきている。あの時のあの光景を思い出すまいとなんとか抑え込み、息を整えながらベッドに倒れ込む。
『服は机の上に置いといたからな』
部屋の外から洋がそう言った。短く『分かった』とだけ返事をして、ベッドから降りた。さっきまで洋が座っていた椅子の対面に木製の机があり、洋の言葉通りその上に衣服が綺麗に畳まれて置いてあった。これも洋が畳んでくれたのだろうか。
「………………」
とにかく着ようと思い手に持って広げてみる。ジャージの上着と、紺色のタートルネック、下は内側がふわふわしているデニムのパンツ。ファッションについてはよく分からないのだが、何となくの感覚として何かがおかしい事は分かったが、考えてみると今の私の体は包帯だらけだ。それを隠す為にわざわざ首まで隠れるタートルネックにしてくれたのかもしれない。さり気なく手袋まで置いてある。
「やっぱり、優しいのかな……まあいいや」
とりあえず着よう。ワイシャツを脱いで、私はタートルネックの袖に腕を通した。
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「おまたせ。着替えたよ」
「おう。じゃあ行こう」
ずっと部屋の前で待っていたのか、洋は壁にもたれかかったままボーっとしていた。
「ところでその風呂ってのは……結局どこにあるの? わざわざ着替えるって事は外?」
「ああ、銭湯だ。この建物の中にはない。歩いて行くぞ」
なるほど。つまり一旦街に出ないといけないという事になってくるのだが、私としてはできればそれはあまりよろしくない事なのだ。軋轢魔法は今や見分ける方法の確立されたこの時代において生身で歩き回るなど生肉を体中にくっ付けてライオンの檻に入るようなモノである。それに、それ以前に軋轢魔法の影響で周囲の人間を傷付けてしまう事を考えると、どうしても雑踏に出る気分にはなれない。
「街に出ちゃうのは、大丈夫なの……?」
とりあえずは歩きながら洋にそう聞いた。
「大丈夫だ。何が大丈夫かと言えば、俺達は軋轢魔法の力を抑える技術を手に入れたからな。あの『大消滅』から少々規制が厳しくなったからな……あ、『大消滅』は分かるよな?」
「あ、う、うん。あれよね、『東京の都心で起きた軋轢魔法の暴走による大量虐殺』。この前ニュースでやってたのを見たわ」
「ああ、一週間前の昨日で丁度五年だ」
「って事は私一週間も寝てたって事かぁ」
そりゃあれだけの傷を負ったのだからそんな気もするが、それにしてもよく生きていたとしみじみ思う。
しかしそれにしても、『大消滅』。紛れもなくアレは私が起こしたものなのだが……それは言うべきなのだろうか。何だか迷惑をかけているようだし何となく言い出しにくい。
「お、いたいた」
どうやら私のいた場所は恐ろしく豪華な豪邸だったらしい。例えるならばアメリカの賢い大学、みたいな建造物だった。これを見るととても力のある組織である事が窺える。
「え? 誰がいたの?」
「ほらあそこ。門のとこにいるだろ。おーい」
進行方向に向き直り言われた門の方を見ると、巨大な鋼鉄の扉の前に少女が一人いた。
「それはそうと、あれって門なの……? 鉄の塊にしか見えないんだけど」
「まず物理的なセキュリティは強くないといけないよなぁって事でああいうのにしたんだがあんまり深い意味はない。何か強そうってだけで突破される時は突破される。まあ気休めだよ」
「ふーん」
よく分からないがそういう事なのだろう。
「あ、あの……」
「おっと、すまん。リョウナが変な事を訊いてきたからな」
一々言い方が引っかかるがここは言わずに、少女の方を向き直る。
茶髪で黒目。身長157ある私よりもちょっとだけ低いくらいの少し控えめな印象を受ける少女だった。人の顔を窺う目で私を見ている……なんて、こんな事を考えてしまうのは私の悪い癖だ。気を付けないと。
「あ、あの、パンドラ=セブンって言います。よろしくお願いします」
「ど、どうも、縞違リョウナです……よろしく」
何だか改まって自己紹介されると少し照れてしまい、私の方がぎこちなくなってしまった。しかし圧倒的に洋よりかはいい感じの人である事は白明の理である事は確定的に明らかである。人は好さそうなので一先ず安心。
「セブンも『軋轢魔法』でな。コイツの力は少々特殊で、本来なら破壊を生み出す力が、人の悪意を収集する力になっているんだ」
「収集……?」
「そうだ。軋轢魔法は人の悪意で発動する。言ってしまえば誰も悪意を抱かなければ軋轢魔法なんて力はあってないようなものだ。つまりセブンはそんな人間の中に存在する悪意を自分の中に集めてそもそも軋轢魔法が発動しないようにする力を持っているんだ。同時に既に発動した軋轢魔法から発せられる電波とか波動的なモノも抑える事ができるから、軋轢魔法の存在も感知されにくいって訳だ。どぅーゆーあんだーすたん?」
「おーけーおーけー、何となく分かったわ」
なるほど。つまりこの少女、パンドラ=セブンがいれば軋轢魔法は周りの人間を気にせずに普通の人間として過ごす事ができる……という訳なのか。
「それって、ものすごく凄いじゃん。すごいよセブン!」
「あ、ありがとうございます……」
私のテンションの圧され気味な感じがしたがとても嬉しそうにセブンは笑った。こんなに純粋に人間が笑う事ができるのかと思うくらいに。
「えっと……リョウナさんも、私に助けさせてください。私の力は、きっとあなたを助けられると思います。もう、苦しまなくて大丈夫です……よし」
「え、あの、その……あー、えーっと、へへ……何か照れちゃうなーそんな風に言われちゃとなー。まあ、よろしくって事で」
「……おーい、そろそろ行くぞ」
「分かったわよ変態男」
「ストレートだな……」
洋の事はともかくとして、本当に安心して心を許せる存在ができた事に私は嬉しさを隠せなかった。何よりも、セブンのこの笑顔は何よりも代えがたい。人の心が読めなくても、本当にこの人は私の事を思ってくれているんだという笑顔。天使のようで、聖女のようで、どこか暖かい感じがした。
だがそれと同時に、その笑顔は、とても底が深かった。
~キャラクタープロフィールⅣ~
パンドラ=セブン
皆の事が大好きな気の小さい女の子。他者を助ける為に自分が傷つく事に快感を覚えている変態さん。
自己犠牲だけが友達だとか。
年齢 不明
身長 155.2cm
体重 40.1kg
性格 すなお
長所、短所 自己犠牲である事、自己犠牲である事
趣味 自己犠牲
特技 自己犠牲




