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軋轢魔法少女イリーガル・ストライプ  作者: 井土側安藤
嘯きのディスコード
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参――理解の暖かさ

 ――――私が目を覚ましたのは、真っ白な天井が見えるふかふかのベッドの上だった。

 体を動かすと軋む音がする。

 ベッドの音ではなく、私の体からだろう。


「ッ、ここは……」

「起きたか」


 黒髪で、長身の眠たそうな表情の少年が寝転んでいる私の横で立っていた。黒髪黒目、黄色人種、どこを取っても日本人だ。服装は黒いジャケットの中にオレンジのシャツ、下は黒いジーパンを履いていた。

 右手には缶コーヒーを持っている。


「驚いたよ。まさか魔道アーマーを盗んで戦うなんてな」

「…………盗、む」


 記憶が曖昧でよく思い出せない。というかこの男は初対面で女性に対して失礼じゃなかろうか。と、思ったがそう言えばパワードスーツのようなものを盗んで戦っていたような気はする。

 目の前の男は怪訝な顔をする私を気にせず話を続ける。


「運がよかった。アンタが倒れてて、まだ息があったから運んできたんだ。もう少しでアイツに追い付かれるとこだった」


 抑揚のない声で男は言う。

 記憶はほどなく戻って来たが、まだ頭がくらくらしてうまく思考ができない。


「まあ、落ち着いて考えろ」

「う、うん……」


 意外と優しい所もあるのね……という事でお言葉に甘えて私はベッドに仰向けに体を埋める。とてもふかふかで気持ちがいい。ふと周りを見てみると、シックなブラウンの壁に豪奢な飾りの付いた窓、ベッドもよく見ればとても豪華なものだったりと、妙にお金のかかっているような建物である事が分かる。


「なあ、アンタの名前は?」

「へ? 私? 私は……縞違、リョウナ。ストライプの方の縞に、違法の違、りょうなはカタカナよ」

「なるほど、俺は還崎洋だ。よろしく」

「う、うん。よろしく……ところでさ、還崎、洋。ここはどこなの?」


 洋はドカッと回転椅子に腰をおろし、一口コーヒーを飲んだ。


「ここは俺達の住処だ。なんというか……隠れ家? のような場所だ」

「そ、そう……」


 還崎洋と名乗った青年はピクリとも表情を動かさない。まるで機械かロボットかのように無機質な双眸が私の体を舐めまわすように観察している。思わず起き上がり身構える。変態の人か何かだろうか。


「何……?」

「いや、落ち着いて考えろとは言ったが、俺も質問していいか?」

「うん……いいけど」


 まるで最初から言おうとしていたが言い出せなかった時のように一度だけ逡巡して、そして口を開いた。


「アンタは……『軋轢魔法』か?」


 歯を食いしばる。

 軋轢魔法あつれきまほう

 古今東西些細な喧嘩から世界規模の戦争までありとあらゆる全ての『争い事』の元凶。

 それが存在するだけで人々の間には争い、つまり軋轢が途絶える事はない。

 それが近くにいるだけで、近くに居る人は誰かを嫌い、恨み、憎み、妬み、不の感情を相手に向け、争いだす。

 それを、その『軋轢』を糧に、破壊を撒き散らし物を壊す人を殺す。

 それはほんの一握りの、世界で何人かの人間の中に体質として存在しているという。

 それは本人が意図しなくても、歩くだけで周りを破壊して回る。

 そんな存在だ。


 ――ようやく普段の思考を思考を取り戻し、私の忌億はかつての出来事をフラッシュバックする。アイツ等の事、あの『大消滅』の事……


「そうよ。私は私の中に『軋轢魔法』を宿している人間よ。蔑まれ差別され殺される。そんな人間よ。それがどうしたっての……?」


 私を助けたとこの男は言った。

 また、だ。また私は助けられた。あの時もしかしたら死ぬ事ができていたかもしれなかったのに、また私は助けられ、裏切られ、そしてまた傷付く事を繰り返すのか?

 だが不思議と、心はざわつかなかった。


「いや、確認しただけだ」


 あまりにも素っ気ない返事に一瞬キョトンとしたが、私の頭と体は目の前の男を信用する事などできなかった。コイツが私を信用しているかが分かり得ない以上は。


「私をどうするの? 好きなだけ慰み物にした後に教会に金で売り飛ばすつもり?」

「本気でもそういう事を言うものではない。もしそうするならさっさとそうしてる」

「じゃあ何、何がしたいの?」


 苛立つ私の言葉にも還崎洋はそれでも眉一つ動かさず、変わらぬ声色で話す。


「俺達は『軋轢魔法』を持つ人間を集め保護し、世界に反旗を翻す集団をやっていてな。その一環でアンタを助けたんだ」

「何、それ……何言ってんのか分かんない」

「俺の仲間にもアンタと同じのがいるって事だ。アンタを仲間に迎え入れたいと申し出ている」


 これは、希望なのだろうか?

 もしこれが本当なら、私はもう苦しまずに『生きる』事が出来る。『死』へと逃げずに生を謳歌する事ができる。還崎洋達と共に居れば、私は平和に暮らす事が、できる……?

 そう、本当なら。


「……信じられる訳ないでしょう? まだアンタが、私の敵じゃないって分かった訳じゃないし。そうやってまた私を陥れようと――

「どうでもいい」

「へ?」


 だが少年はそれら私の心の中の憎しみを一蹴した。


「お前がどんな過去を持とうが、どんな未来を描こうが。俺には関係しない。お前は自分の命という最大の尊厳を守る為に抗ってるだけだ」


 表情は変わらず動かない。声色も一定だった。だがその言葉の内に何の感情もないようには思えない。


「正直言って人と特に関わらない俺に悪意とか言われても分かんないし、争い事も大嫌いだ」


 だから、と洋は区切る。


「俺は別に、お前を否定したりはしない」


 そんな風に、


「そんな風に言った人間は今までに何人もいた。でもその全員が所詮は聖人気取りの似非博愛主義者。私の力に恐れて……結局最後は私を裏切るのよ!! 怪物っ――て、私を罵倒して……私に、酷い事を……」


 還崎洋に、私が背負ってきたとてつもなく重い何かを理解する術はないだろう。本人もどうでもいいと言ったのだ。そんな人間をどう信用しろと――


「だから言ったはずだ。そんなものはどうでもいいと。お前が気に入らなければお前からどこかに行けばいいだけだ。俺の申し出が迷惑なら、別に良い。俺達を殺してここで暮らすでもいいかもな。俺を信用しろとは言わない、だが俺にはアンタを理解しようとする事が出来る」


 洋の何もかもが変わらない。まるで私をなだめるように言葉を紡ぎ続ける。


「じゃあ、あなたは、私に触れられる? 触れるだけで壊し殺す私に触れる事ができる?」


 勿論、常に触れたモノを壊せる訳ではない。軋轢魔法は人の悪意を主に栄養として発動する。もし洋が私に対して恐怖や畏怖の念を持っていたとしたら、触れれば死ぬ。

 私の心はざわついて、軋轢魔法は発動する。

 一種の賭けを申し出た。


「私を、抱きしめる事ができる――?」


 ――無理よねそんなの。

 そう続けるつもりが、そうは続かなかった。


「え……ちょ、ま」


 刹那、自分の置かれた状況が理解できずに脳がパンクする。私の体を覆う暖かい感触。ジャケットのごわついた感覚が感じられ、男のシャンプーの匂いがほんのりと香る。逃げ出そうと思考した私の脳の命令を無視するかのように私の体を力を抜き、その暖かさに身を任せる。人の温もり……何年ぶりだろうか。こんなにも、人の体は暖かかったのか。

 私の顔は赤面し、熱くなり、心臓が早鐘を打つのが聞こえる。

 長い。

 抱き締める時間が長い。


「恋人同士か!! 抱き締めるの長すぎでしょ!? というかそんな、急に、そんな事……ッ」

「何顔赤くしてるんだお前がやれって言ったんだろ」


 ごもっともである。


「それでも、あの、ちょっとだけでしょ普通!」

「ならそう言ってくれよ」

「くっ……!!」


 ごもっともである……

 はぁ、ため息を吐いた洋が言う。


「これで分かっただろ。俺はお前を否定しない」

「何も分からないわよ! 私を抱きしめて……それで、何が分かるってのよ」

「あれ?」

「あ、いや、確かに抱きしめろとは言ったけど……その……そう、なのね。何も起こってないって事は、洋、には『悪意』が少しでもないって事だもんね」


 つまり、洋は心から私を信用し、理解しようとして私を抱きしめてくれた。少しでも『悪意』があれば死んでしまうかもしれないのに、だ。

 私の頭と体はこんな時にどうすればいいのかを知らない。だからどうもこうもなく、ただ訳も分からずもじもじしながら洋の言葉を待つしかできない。人に信用されたと感じた時は、どうすればいいのだろうか?


「まあこれは……俺の仲間、というか俺達のリーダーのご命令なんだけどな。『どれだけ仲が悪くてもとりあえず相手を理解してあげろってさ。それで無理ならぶっ殺せ。』てな感じで。人の体の暖かさってのは何にも代えがたいからな。まあこれで、アンタ……あぁいや、リョウナは俺達の事を、一応は信用してくれるか」

「は、話しだけは聴いてやろうじゃないの」

「よし、おっけーだ」


 どうしても『信用』という行為は難しい。相手がもし自分を裏切れば……と考えてしまい、相手の心を遮断する。ましてや私のような危険な存在なら尚更信用を得る事などできようはずもない。だから私は誰も信用しなかった。自分が信用されない事を理解しているから、誰も信用する事などできはしない。

 だが、洋は私を『理解しようと』してくれた。私の苦しみを知ろうとしてくれた。そして洋は、私に一切の警戒心も抱いてはいなかった。それが分かっただけでもとてつもなく嬉しいのだ。今まで私を苦しめてきた『軋轢魔法』がそれを証明したのだと考えると、少し複雑ではあるのだが。


「……まあ、これでも飲んでちょっと休め」


 と、いきなり何かを投げつけられて、私は慌ててそれを受け止める。

 すごく熱い。


「おっと……って熱ッ!? ちょ、何いきなり渡してんのよ!!」

「熱い缶コーヒー」

「それは言わんでも分かる!! ていうか……何で休むのにコーヒーなのよ……」


 そんなイジワルな洋にぶつくさ言いながらも、私はそのコーヒーを一口だけ、口に含んだ。


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