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軋轢魔法少女イリーガル・ストライプ  作者: 井土側安藤
エンドレス・フェイト
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参拾参――機械の優しさ

 全ては、うまくいった。

 わたしに課せられた使命はただ一つ。

 この世を救う事。あらゆる争いを、憎しみを、全ての遍く負の感情を、この世界から消し去る事。


 世界の平和を、人々の心の平穏を願い、生み出されたわたしのたった一つの使命。

 これはその通過点、いや、出発点に過ぎない小さな事象だ。ただこれも大きな使命のその一部、たった一人であろうとも、『わたしの力』で私の元へ還す事ができたなら、それはとても幸先のいい事だ。わたしの本当の力が証明されるいい機会だ。


 この世の全ての災厄をこの身に、そして、人々の幸福をこの世界に――それがわたし、『パンドラ』だ。


 少し、手間はかかったが、だが、これでようやく『縞違リョウナ』はわたしの手によって救われる。

 幾度も幾度も、わたしの邪魔をしては、わたしの使命を横取りしようとしていたが、それもここで清算されるだろう。彼女は悪気があってやっていた訳ではない、自分の役割を理解していなかっただけの話だ。


 わたしはあらゆる幸福を理解できる。

 だから、彼女が追い求めようとした幸福も、わたしが与えよう。


 全ては必然。

 その為に生まれてきた、だから、そうするのはとても自然な事。

 そして、私がいる限りそうなるのは自然な事。

 『人は幸福でなければいけない』。

 自然な事だ。

 幸福でない状態を望まない者はいない。望まない者にも、幸福は与えられる。幸福でない状態が幸福であるならば、それも幸福だ。


 故に、わたしは、これより箱を開ける。

 この箱の底に残った幸福を解放する。

 そうして、この世界に散らばったあらゆる災厄をこの身で封印しよう。


「リョウナさん……入りますよ……?」


 その前に、やらなくてはならない事がある。

 縞違リョウナはまだ幸福ではない。

 縞違リョウナはどうやってもわたしに振り向こうとはしなかった。あわよくば、わたしの役割を奪おうとした。わたしに救われようとは決してしなかった。わたしを頼ろうとはしなかった。

 何故だ? わたしは彼女達の為の存在であるのに、何故わたしを頼らない?

 だから、その為に、縞違リョウナを振り向かせる為に苦労した。還崎洋に幸福を与え、その妹と共に死ぬように仕向けた。いや、妹の部分は予測でしかなかったが、どうやら上手くいったようだ。

 心の拠り所を失った縞違リョウナは塞ぎ込んでいる。これでもまだわたしを頼ろうとしていない。

 ならば、こちらから手を差し伸べるだけの話。


 ベッドの上でボールのように(うずくま)ったまま、ずっと動かない。

 戻って来てからはずっとこうだ。

 当たり前だ。幸せにする、と豪語した手前、その相手が妹を巻き込んで自殺したのだ。


 わたしは彼女の傍にいるだけでいい。

 彼女の折れた心は心の拠り所を求めている。だから、彼女の傍で彼女を慰めれば、それでリョウナはわたしを受け入れる。


「リョウナさん、わたしが傍にいます。私の力なら貴方を隠す事ができる。そうすれば洗礼教会からも逃げ出せます」


 彼女は何も言わない。

 ただ、蹲ったまま。


「大丈夫……もう、いいんです。リョウナさんは十分に頑張りました。もう、これ以上苦しまなくてもいいんです」

「セブン……そうか。そうだよね」

「ええ、リョウナさん……」



 あの時の光景が、目に張り付いたまま離れない。

 全てに絶望した洋の顔。約束も、絆も、想いも、全てを断ち切って全てを諦めて、何もかもを失ったかのような、この世のものではないあの表情。

 なんで、あんな事をしたのか。死んでしまった今となっては、確かめる術なんて残っていない。もう二度と会う事はできない。怒る事もできない。

 死体は何も語らない。


 なんでなんだ……洋のあの笑顔も、言葉も、結局は虚飾、虚勢だったにすぎないという事か? 私を安心させる為に、無理をしてあんな事を言っていたと? 私の為に無理をして、自分のせいだと言いながら、死んだのか?

 私は、所詮洋とは心を通わせていなかった。

 私は洋を救いたいと願った。全てを自分のせいだと嘆く絶望の淵から、ほんの少しでも自分を許せるようにできればと、そう願っていた。

 だが洋は、そんなものを求めてはいなかった。許されたくはなかった。どれだけ苦しくても、十字架を背負って、今まで自分のせいだと思って死んだ人達を忘れないようにして、生きようとしていた。そんな洋は、私の事ばかりを心配していた。

 互いに、与えようとしていたものが相違していた。


 勘違いをしていただけだった。

 私は、洋の事を理解していると、思っていただけだった。洋の過去を理解していただけだった。その深層心理、洋の本当の考えまでは、辿り着く事はできなかった。否、もし辿り着き、その想いを理解したとて、私に洋が救えただろうか? 洋の心は決して曲がらなかった。自分のせいだと思い続けた。たとえ、万人から許されようとも、あの男は自分を憎しみ続けただろう。自分の存在を。

 そうして、洋は自分を殺した。十字架に耐え切れずに、瓦解した。


「それじゃ……意味ないじゃない……頑張ってきた意味がない……」


 人の心は脆く、崩れ易い。特に洋はそれが顕著だった。ただ、自分を許して楽になる事ができれば、あるいは変わっていたかもしれない。ただ、それができなかった。かく言う私も、そうして生きてきた。自分せいだと思って、それが一番楽な事だと思って。

 事実、洋にとってそれが一番楽だったのだろう。彼女達が傷付くのは自分のせいだと思う事で、ほんの少しでも彼女達の死が無駄ではなかったと思いたかった。

 罪滅ぼしなど一切しようとはせず。

 その結果が、アレなのか。


 あまりにも固すぎた、腐食しきった鋼の意思は、少しの衝撃でいとも簡単に崩れ去った。

 私はその場にいなかったから、その原因がなんなのかは分からない。ただ明確なのは、私の体が壊れた事。軋轢魔法の使い過ぎで人間ではなくなってしまった事だろう。

 洋の軋轢魔法である『破滅への末路(ジンクス)』によって、そうなってしまったのだと思ったのだろう。

 私がどれだけそれを、なんて事のないように思っても、言っても、洋にそれを伝えても、洋はそれを自分の十字架として背負っただろう。


 洋が死んだのは、哉江が死んだのは……私のせい?


 違うと、明確に拒否する事はできない。

 間違っていたのか……? 私がやってきた事は。

 背人を救った事、洋を助けた事……哉江を洋に会わせようとした事。

 いいや、それは間違ってない。間違ってない、けど、結果的にそれが、洋が哉江を巻き込んで自殺する原因を作ってしまった。だったら、どうすればよかったんだ? 洋を連れ出さず、ここに残したまま私が行けばよかったのか……?

 そんな事を幾ら考えたところで、結果論にしかならなかった。

 どんな手を尽くしても、いつしか洋の心は壊れていた。それを止める為の、哉江だったのに。


 私のせいでなければ、誰のせいなんだ……?

 誰のせいでもない……?

 洋が死んだ事に対して、誰も責任を取る事ができない……?


 幾ら考えても、思考の行き着く先は『私のせい』。

 懐かしいな……幼い時も、こうして私は自分をずっと責めていた。あの頃は、それでも抗うと思いを滾らせていたが、今は違う。ただ、生きる事が苦しいだけだ。これ以上、このまま生きていて、私に何がある……?


 何が……何か……私にはある。

 私には背人がいる。

 私を信じてくれている背人がいる。そうだ、洋が死んで帰ってきた私を、その事実を知っていても彼女は暖かく迎えてくれた。

 私は救えなかった。洋を、だが、それは仕方のない事だと。


 私はヒーローじゃない。

 だから、どれだけ頑張っても救えないモノはある。

 どれだけ足掻いても、叫んでも、決して手にできない幸せもある。

 それを理解した上で、失う事の重みを理解した上で、私は、救おうとするべきだった。それが分かっていなければ、必ず救うという信念など、持ち得ようがない。


 私にはまだ希望がある。


 まだ、生きていられる希望がある。


「リョウナさん……入りますよ……?」


 ただ、気がかりな事が一つだけあった。

 パンドラ=セブン。


 洋は、どうやって私の体の事を知った?

 それが引き金となり洋が死んだのだとしたら、どこで私の体の事を知ったのか。

 セブンに体を調べてもらった後、私と洋とセブンはずっと一緒にいた。その間にセブンは洋と喋っていない。つまり、その後。だが、私と洋が街を歩いている時にも洋は私以外と喋っていない。だとしたら更にその後……私と洋が分かれた後。

 調べた結果が、その後勝手に変化するはずがない。あの時、特に問題はないとパンドラは言っていたが、それは嘘だった。事実、私の体は確かに人間のものではなくなっている。軋轢魔法ではない別の何かが巣食っている。それを分かっていて、わざわざ遅れて洋に伝えたのは、何故だ?

 まるで、洋が自殺するように仕向けたかのように。


 彼女は私が『パンドラ』を使った事に、怒っていたのか、何かしらの感情は抱いていた。


 『パンドラ』、この世のあらゆる災厄を詰め込んだ箱が開かれ、それらが世界に散らばってしまった神話を基に、この世のあらゆる災厄を回収する為の機構。それを持って生まれたのが『パンドラ=セブン』こと『七番目の箱(パンドラ=セブンス)』。彼女は私達軋轢魔法の力を抑えたり、軋轢魔法発動の為の魔力となる『負の感情』を回収する為にメルシィ達に作られた。

 自分が傷付く事を代償にそれらを行っていた彼女からすれば、洋や背人に寄り添おうとしていた私は、どれだけ邪魔な存在だったか。

 『パンドラ』に関する資料を見つける直前の殺気や、医務室でのあの言葉は、そういう事だった。

 だったら、私を殺せばよかった話だ。なのに何故洋にそれが向けられたのか。


 考えれば、今までメルシィや洋はセブンの力に頼って生きてきたのだろう。ただ私はそうしなかった。一度はその手を借りたが、パンドラを傷付ける事を嫌がって、それ以上進んで手を借りようとはしなかった。知らなかったのだから当たり前だ。メルシィや洋にとってパンドラは機械だった。自分達を助けてくれる体のいい。ただ、それを知らなかった私が彼女を、彼女からしてみれば拒絶ともとれる行動を取ってしまった。

 だから彼女は、私に振り向いてもらおうとしたのか……?


「リョウナさん、わたしが傍にいます。私の力なら貴方を隠す事ができる。そうすれば洗礼教会からも逃げ出せます」


 それでも、いいだろう。

 背人とセブン、一緒にどこか遠くへ逃げるのもいいだろう。あの時までは逃げてもいいと思っていた。誰かに頼って生きようとしていた。

 だが、今は違ってしまっていた。

 『軋轢魔法』が人が人に対して感じる恐怖から生まれるものだとしたら、それを取り除かなくてはならない。争いそのものはなくならないかもしれないけど、『軋轢魔法』をこの世から消す事ができれば、これ以上私達のように傷付く人はいなくなるだろう。その為には、私が傷付かなくてはならない。


「大丈夫……もう、いいんです。リョウナさんは十分に頑張りました。もう、これ以上苦しまなくてもいいんです」

「セブン……そうか。そうだよね」

「ええ、リョウナさん……」


 セブンは、許してくれるだろうか。

 きっと、それなら私がやると言うだろう。


「でも、セブン。聴いて、私、この力でみんなを助けたい。この世から『軋轢魔法』を消して、私達みたいな人を無くしたいの」

「それなら、わたしのやるべき事です。リョウナさんは、もう休んでいいんです」

「……セブン」


 セブンはその為に産まれてきた、だから、そうしなければいけないのだろう。

 私はその為に産まれてはこなかった。だが、知ってしまった以上、私はそうしなければならない。

 それを、阻害する者がいるのなら。

 私がそれを成そうとする事で、セブンが『傷付く』のだとしたら、私は……


 私はセブンを――――――


「ごめんね。セブン」

「――ッ!? リョウナ……さん……」


 今まで、自分を傷付ける為にずっと肌身離さず持っていたナイフを、セブンへ突き立てた。

 肉の中にズブリと入り込んでいく、嫌な感覚が手に、腕に、不快感を広がらせていく。


「私は、私の手で、救わなければいけないの」

「……そう、ですか。なら、仕方ないですね。わたしの心は機械です。わたしが必要でなくなったなら、それでいい。ただ、リョウナさんの行動は正解です。これがたとえ貴方の罪になったとしても、きっと間違ってはいません。生きている限り、私はそうしなければいけないから」

「ごめん……ごめん……!!」


 冷たくなっていく体をずっと感じていた。

 私の罪はまた一つ増えた。

 自分勝手な想いだ。それでも、これは私がやるべき事なんだ。



 玄関前の広いエントランスへ行くと、背人が心配そうに椅子に腰かけていた。

 私を見ると嬉しそうにこちらへ駆け寄る。


「お姉ちゃん……! もう、大丈夫!?」

「うん。ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫だから。それで、ね……背人」

「なに? お姉ちゃん!」

「私、行かなくちゃいけないの、この闘いを終わらせる為に」


 軋轢魔法を、壊さなくてはならない。その為には一人ではダメだ。もっと多くの人がいなければそれは成立しない。多くの人が軋轢魔法がないと知ったその時が、軋轢魔法が破壊される時。それで、何かが変わる訳ではないけれど、少なくとも軋轢魔法による破壊は止まる。

 それは容易な事ではない。場合によっては、私が……


「だから背人……もし、私が――



「もう、馬鹿だなお姉ちゃんは。私は、ずっとお姉ちゃんの帰りを待ってるよ?」



「――――――ええ。そうね……ありがとう。背人」

「あれー? お姉ちゃん泣いてるの?」

「だって……だって、そんな……」


 嬉しかった。

 そんな風に言ってもらえる事が。ただなんでもなく、嬉しかった。


「行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

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