弐――最初の抵抗
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
――苦しい。
心も体も全てが苦しい。
私の体は既に限界だ。奴等から盗んだこの機械の鎧は私の体に合わなかった。奴等に合わせて造られたのだから当たり前だ。
しかし皮肉。生きる為にやった事が自身の身を滅ぼす事になろうとは。笑うしかない。
だが、恐怖で顔の筋肉は動かない。
疲れと焦りでただ”生きる”事しか頭に浮かんでこない。
機械の鎧を着た目の前の少女を殺すか、逃げるかしなければそれは叶わない。
「遅いな、所詮は急ごしらえか」
「黙れ――!!」
アサルトナイフの一撃を掌で受け止めた少女が、嘲る様に私を笑う。
拮抗が解かれるなり、私の体は後方に何十メートルも吹き飛ばされる。
アスファルトの上を肩の肉を削ぎながら転がる。血が喉ににじんだ。
「ゲホッ、ゴホッ……」
肩の血を抑え、血の塊を吐きながら、なんとか震える足を軸に立つ。
だが、そんなものは無駄な足掻きでしかない。
満身創痍の私を見据え、嘲笑う少女は握り拳を開き、握りなおす。
太極拳の構えをとる少女は十メートル以上の距離を一歩で間合いを詰め。
私の眼には絶望的が映り。
鳩尾に少女の拳が突き刺さった。
「ぐェ、ァ゛――ッ!?」
唾液と血液と酸素が同時に吐き出され、呼吸ができない。
腹から何かが折れる音が体中に響いた。
しかし、先の様に後方に吹っ飛ぶ事はなく、見えない壁に背中から激突する。衝撃を拡散させる事を許されず、全身に割れるような痛みが走った。
開けた口からは絶えず血と唾液が流れ出る。
殺される。
「クソッ……クソォッ!!」
悔しい。そして死が見えた。一瞬の油断も驚愕もこの場において許される感情では無い。それを感じたが最後、私は頭を潰されアスファルトの染みへと還るだろう。
今がその時だ。
一歩引いてもう一撃――そんな余裕はどこにもない。ある訳が無い。
一歩引いたが最後私の背は見えない壁にぶつかった。目の前の少女は装甲に覆われた拳を固く握りしめ、ただ私を殺す為の呪いの言葉を呟くのだ。
「――Sekhmet」
少女の拳に何かが集約され、それは確かに私の顔を捉え、しかしまだ放たれない。少女は私をいたぶる様に右脚を私の鳩尾にめり込ませた。
「ぁ――は、……!?」
骨と骨と骨と肉が擦り潰される様に犇めき合い悲鳴を漏らす。私の口からは血が漏れ、言い知れぬ悔しさが腹の底から湧きあがり、それでも、体に力は入らなかった。
どこへも向ける事ができない怒りが私の中で暴れまわる。だがそれも、もうすぐ死ぬのだと悟ればすぐに悲しみに変わる。
「終わりだ」
感情の籠っていない少女の声。それが断罪の声。
拳は放たれ、血と涙と鼻水で汚れた私の顔を跡形もなく消し飛ばす。見えない壁に縫い止められた私の体は逃げる事もできずにその死を待った。
ああ――叶えられなかった。
そう嘆きながら。
しかし、
「な、何で……? 何でお兄ちゃんがここに?」
あまりにも驚いた。
今までの感情の無い声とは違う、少女が出したハスキーボイス。それと同時に私の耳に響いたのは、大地を破壊する少女の拳を受け止めた甲高い音と烈風の轟音。
見えたのは背中。黒いジャケットを着た背中。
長身で、黒髪で、頼もしいその背中を見て、私は思った。
助けられたのか? そう思うと、もしそうじゃなくても安心してしまった。
そして私の思考は停止した。




