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軋轢魔法少女イリーガル・ストライプ  作者: 井土側安藤
幸せになりたい人達
24/37

弐拾参――私は貴方を守れましたか?

 あれ……? 私、どうして……そうだ、確か背人(はいと)が殺そうとした人達の傷を肩代わりして、全身大火傷になって、それで気を失って。

 そうか、夢を見ていたんだ。昔の、子どもの時の夢を。


「……っ、んん」


 体を動かそうと筋肉に力を入れる。

 だが、脳がそれを拒絶した。拒絶しようとして体中に激痛を与えた。

 逆撫でされた神経が紙やすりで擦られているかのような灼熱が体中を駆け巡る。熱い、熱い。全身が焼けている。


「ぎっ、ああああ!!」

「リョウナ、大丈夫か!?」

「あ……洋?」


 いつもの黒いジーパンに、羽織っていたジャケットは流石に脱いでいるようだ。オレンジ色のタートルネックを着ていた洋が私の顔をこの世の終わりのように見つめている。その情けない顔を見て、何故か自然と痛みは気にならなくなった。


「なんて顔してんのよ……死ぬとでも思ったの?」

「馬鹿野郎……!! 生きてんのがおかしいぐらいだ!! なんであんな……《パンドラ》の媒体に自分の体を使うなんて、あれは人間が使っていい代物ではないんだよ!!」


 ポカンとした。その声はとても悲痛そうで、胸ぐらを掴んで叫んではいるものの、まるで自分の痛みのように、まるで私を宥めるように、洋は怒っていた。あの時も、こんな風だったのかな……?


「あれは呪いだ、この世全ての人間の為にあらゆる痛みを肩代わりするなんていう馬鹿げた呪いだ。あんなモノは間違ってる!! 間違ってるんだ……」


 そうだったのか。洋は、いつも私を心配してくれていたんだ。

 最初に私と喧嘩になった時も、私がうじうじしたままでいない様に怒ってくれたんだね。今も、誰かの為に自分の身を犠牲にした私に怒っている。

 でもね、違うんだよ。洋。


「違うよ、違う……私は誰かの為になりたいの。それが幸せなの。ただ生きてても傷付ける事しかできない私は、こうやって誰かの為になれる方法があるのなら、絶対にそれにすがりたい。その為なら私の体なんて安いものだよ」

「ッ――――」


 そうやって、今日一番の顔で笑って見せた。と思ったけど、どうやら顔にも包帯を巻いていたようだ。よく見るとほぼ全身が包帯で包まれていた。それでもきっと伝わったはず。


「…………俺が、どうこう言える問題じゃないな。はは、笑えてくるぜ。俺だからよかったものの、メルシィの前では絶対に言うなよ」

「あっ、ごめん洋! そんなつもりじゃ……」


 私とした事が。何も考えずに言ってしまった。

 『ただ生きていても傷付ける事しかできない』、それは私だけではなく洋やメルシィさんにも当てはまるのだ。ましてやそれらを受け入れて、諦めた上で自分達の為に世界を壊そうとしたメルシィに先の私の言葉は『死ね』と同義だ。


「まあ、確かにその通りだよ。俺も最初は《パンドラ》に手を出そうとした。だがそれはメルシィに止められたんだ。『お前みたいな半端な覚悟の人間が手を出していいものではない』みたいなニュアンスで言われてな」


 だが、洋達には必要だった。自分達を受け入れてくれる存在を。もう既に心が限界だったのだ。


「狂いそうだった。つくずくリョウナのその精神力が羨ましいよ。俺達は道端のゴミみたいに生きるので精一杯だった。これ以上何かあると、本当に狂ってしまっていたに違いない」


 だから求めた。

 都合のいい捌け口を。

 サンドバックを。

 自分達の身代わりになってくれる存在を。

 パンドラ=セブンを。


「だから作った。パンドラをな。見たんだろ? あの資料。だったら分かるはずだ。《パンドラ》は最初ロボットだった。だが《パンドラ》には心が必要な事が分かってな、次からはクローンにしたんだ。だが所詮、作り物の人間では心がもたなかった」


 そうして何度も失敗を繰り返し、積み上げられた屍の先に、ようやく七人目で成功した。


「それが今の《パンドラ》。パンドラ=セブン。クローン人間とは言ったが、アレは人間じゃない。自己犠牲を遂行する為だけの、悪意の入れ物だ。自分が傷付く事に対しては何も思わないし、何も感じない。それ以外の感情なんて片手の指で数えるほどしかない。あれは人間じゃない!! だがお前は人間だろうが! だから、あれの真似だけはしないでくれ……!」

「でも私は……」

「たとえどれだけ心が強くても、いつかは絶対壊れる。人間の心は万能じゃないんだよ」


 そう、そうだ。

 辛いし、痛いし、死にたいくらいは苦しんでいる。

 でも、


「ありがとう、そんな心配してくれるなんて、なんかちょっと照れるわね……でも、私は止めないよ。間違ってるとは思わない。それに、壊れたって生きてはいけるよ。もしかしたら、最初から壊れてたのかもね。私の心」

「………………そう、か。そこまで言うのなら、俺はもう知らん。勝手にしやがれ。だが、体の心配はさせてもらうからな」

「ありがとう。やっぱり、優しいんだね」

「まあな。とにかく、その力がまだ完全な状態でなかったのが唯一の救いだ」

「それってどういう事?」

「その力は世界中の人間の悪意による、傷ついたり痛がったりする現象を全て受け止めるものだ。もし完全な状態で発動していたら、火傷では済まないだろうな」


 そう言われて、私はほんの少しだけ恐いと感じた。私は背人を助ける事だけを考えてこの力を発動させていたが、もしそれが全人類へ及んだと考えると、どうなっていたのだろうか。


「まあ、たとえ自己犠牲であったとしても、全ての人間の為に傷つく事は、ないだろ。お前は背人を救いたかった。それでいいんだ」

「そうだ、背人は今どこにいるの?」

「ああ、その事か。背人に会いたいのならすぐに会える。お前が回復するまで会わないように言っていたんだ。また発動したらややこしいからな」


 そうか、背人に関連する全てにおける痛みを私が受け止めるのだとすると、背人が少しでも痛がる度に私が傷付くという事になるのか。確かにそれはややこしい、か。


「会わせる前に、一つだけ言っておきたい」

「何?」

「自己犠牲を”された”人間は、どんな顔で自己犠牲を”した”人間に、どんな顔をして会えばいい?」


 考えていない訳ではなかった。自分のせいで他の人が傷ついているのは、決していい思いはしないだろう。自己犠牲をする方はともかく、された方は罪悪感もあるはずだ。助けた事を気が付けれなければ問題ないが、私の場合目の前で発動してしまったせいで、背人には気が付けれているかもしれない。

 所詮、助けたいなんて感情は自分勝手なものでしかない。だが、助けた上であなたを『助けたい』『助けたかった』という思いを理解してもらう事が、大事なのだと私は思う。だから、背人に会って話さなければ。


「私が笑顔なら、きっとわかってくれるよ」

「お前は……なんつーか、馬鹿、なんだな」

「なによそれ!」

「まあそういうこった。じゃあ連れてくるからな」


 非常に不愉快な捨て台詞を吐いて、洋は部屋から出た。暫くして、背人が恐る恐るといった感じで部屋の中に入ってきた。私の顔を窺うように。はっとした私はとりあえず笑って見せた。すると、少しは緊張がゆるんだのか背人の顔も明るくなった。


「ねえ、お姉ちゃん……ありがとう」

「へ?」


 なんと言い訳もとい説得しようかと考えていた自分が、洋の言う通り馬鹿に思えてくるような言葉が背人から発せられた。文字通りハトが豆鉄砲を食ったような顔になっていると思う。


「本当は、殺したくなんて……なかった。みんなと、お話するのが怖かっただけで……それで、自分が傷付くのが、怖くて。お姉ちゃんが私があいつ等を殺す事を手伝ってくれるって言ってくれた時はすごく嬉しかった! でも、ほんとに殺した時……怖かった。自分がされた事を思い出して、それを誰かにしてるんだって思うと……」


 そう……怖かったんだ。だから周りに棘を向けた。周りを傷つけて自分が傷付かないようにした。だがそれはあまりにも不毛だ。誰かを傷付ける度に、そんな自分が空しくなっていくだけ。心の拠り所だったはずの姉も、いつしか自分への関心がなくなっていたのだから。たった一人で周りに敵意を向けるだけ。文字通り一人ぼっちだ。本当の意味で一人で生きていける人間なんていない。それが精神的なものであるなら尚更だ。生きている内に心は疲弊して、いつしか死ぬ。


「大丈夫……大丈夫だから。私がいる。背人の痛みは全部私が受け止めてあげるから。背人が誰かに敵意を向けるなら、それは私が受け止めるから。だから、もう誰も憎まなくていいんだよ」

「ううん……もう、いいの。お姉ちゃんを傷付けたくないから。私もう誰も憎まない事にしたんだ。これからは、ちゃんとみんなとちゃんと話すようにする」


 そう、か。

 背人はもう既に自ら決心していたのだ。自分のせいにもせず、他人のせいにもせず、一方的な感情を持たずに相互的に生きる事を決意したのだ。それは恐らく生半可なものではない。今まで怖くて怖くて仕方がなかったものに、いきなり立ち向かうなんて尋常ではない勇気だ。それをこうして堂々と口に出して言えているのだから、もう、背人は大丈夫なのかもしれない。

 これは、私が背人を守れたと言っていいのだろうか。

 行動が結果を伴ったかは、目に見えて分からない。誰も教えてくれないし、背人に訊くわけにもいかない。


 だが、背人のこの笑顔を見ていると、守れたと言ってもいいのではないかと思えてくるのだ。


「だから、ありがとう。お姉ちゃん」





「メルシィ……いや、九連」

「分かっています。私自身が私の心を一番分かっています。私は背人を捨てました。私は、私が自らの目的を達成する為に肉親を捨てたのです。ですから、この結果は嬉しいと、私は感じます」


 そうか、と。洋は深くは追及せずに短く相槌を打った。

 メルシィはいつにもまして無表情で無感情だった。いつもはもう少し柔らかい物腰のはずだが、恐らく、口ではこう言いながらも内心では感情が溢れているのだろう。自業自得だが、それでも、実の妹が実質『盗られた』と言えるのだから、それに対して悔しいと思うのは当たり前だ。もう無理だと思った上で見捨てたのだから、それを助けたリョウナを妬むのも道理だ。


「洋、私は戻ります。教会の動きが気になりますから。私もまた、出ないといけないかもしれません。リョウナさんのアーマーも、もうほぼ完成したのでしょう?」

「ん、ああ。ご存知の通りだ。後は本人の着る意思だな」

「彼女なら、きっと大丈夫でしょう」


 メルシィ・クレンドロス。もとい、滝反(たきそり)九連(くれん)はそう短く言ってその場を後にした。その背中は酷く孤独に感じたのを、洋は一生忘れなかった。

軋轢魔法図鑑Ⅴ

罪焼のサソリ

 縞違リョウナが一時的に有する軋轢魔法。

 悪意によって発動し、対象とした人間に関連する痛みや苦しみなどの感覚を肩代わりする力。対象の範囲が広くなるほど、使用者への負担も大きくなっていく。

 『自分のせいで誰かが傷付くくらいなら、自分が傷付いた方がいい』という深層心理によってリョウナ自身が変質させた。

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